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第7章 試合当日


 応援席正面、応援用ステージに立つ椎堂 紗月(しどう・さつき)は、声を張り上げた。
「よーし! みんな頑張って白組応援しようぜー!」
 そのかけ声に、応援席に座る者達は「おー!」と声を上げた。
「みんなー! 白の選手で一番頼れるのは誰だーっ!?」
「ヴァーナー!」
「ヴァーナー! ヴァーナー!」
「美央ーっ!」
「ミューたぁぁん!」
「ヴァーナーちゃあああん!」
(女の子の名前しか上がってないな……)
 確かに白チームの男女比率は女の方に傾いているが。
「……なあ、ヴァーナーって誰だか知ってるか?」
 椎堂紗月は隣に立つラスティ・フィリクス(らすてぃ・ふぃりくす)に訊ねた。
「さぁ……だが、これだけ名前が出てるってことは、それだけ有名なのであろう」
「いや、俺聞いたことないぞ」
「お前の立てているアンテナとは別方向で有名なのであろうよ、若者」
「……えーと、ちょっといいですか……」
 体をもじもじしながら、有栖川凪沙(ありすがわ・なぎさ)がラスティに訊ねる。
「何か?」
「私達……本当にこんなカッコで応援するんですか?」
「何だ? 死力を尽くして頑張る選手を応援するのは面倒くさいか、少女よ?」
「いえ、応援するのはともかく……このカッコ……」
 椎堂紗月、ラスティ、有栖川凪沙の姿は、上はノンスリーブ、下はプリーツの入ったミニスカート、白いソックスにスニーカー、両手にはポンポンという、いわゆる「チアガール」というものである。
「少女よ、郷に入っては郷に従えという言葉を知っているだろう? この出で立ちは、女性が戦士を奮い立たせる為に纏う、由緒正しい盛装なのだ」
「いや、まぁ……そうかも知れませんけど」
「戦いの中で傷つき、疲れ、地に伏しそうになった時、私達のこの姿での応援を見て、戦士は不死鳥のように甦るものだ。応援とは、戦士の心への後方支援。その作法には従わなければならん」
「……そういうものなんでしょうか」
「なーに、そんなに深く気にするなって、凪沙!」
 椎堂紗月は「がっはっは」と笑った。
「ここまで来たら今さらウジウジ言ったって始まらねーよ! 一緒にがんばろーな!」
「……紗月、選手やりたいって言ってなかったっけ?」
「まー、ラスティが応援やりたいって言ったしな! ここまで来たら突っ走るまでよ! この応援席が俺達のフィールドだ!」
 再び椎堂紗月は「がっはっは」と笑った。若干ヤケクソが入ってるように思えるのは気のせいだろうか。
(……つきあわされるこっちの身にもなってよ……)
 有栖川凪沙はラスティを見た。ラスティは何やら自分の服をあちこち見ては「ふむ」「ほほぅ?」と声をもらし、楽しそうに笑っている。
(ラスティ……そんなにチアの衣装着たかったの?)
「よーし、みんな! コールの練習するぞー!」
「「「「おー!」」」」
「まず最初は、白チームのフォワードの……」
「「「ヴァーナー!」」」
「「ヴァーナーちゃああん!」」
「「ヴァーナーァァァ!」」
「……いや、フォワードの……」
「ヴァーナー!」
「ヴァ・ア・ナー! ヴァ・ア・ナー! ヴァ・ア・ナー!」
「ミューレリア! ミューレリア!」
「……いや、その……」
「ヴァーナー! ヴァーナー!」
「オーケー、分かったぜ! まずはヴァーナーコールの練習だ!」
「「「「おおおおお!」」」」
 見ている内に、何故か椎堂紗月が少し不憫に思えてきた。
「しょうがない……私もがんばりますか……」
 有栖川凪沙は深々と溜息をついた。

《えー、入場の際はボディチェックをさせて頂いております。
 安全に、楽しく観戦をしていただくために、各種武装、装備は実行委員まで預けて下さるようご協力をお願いいたします》
 騎沙良詩穂の声が、あちこちのスピーカーから流れていた。
 「スキルありのトンデモスポーツ」と言う事で、かなりの注目を集めていたらしい。警備担当の人員は、空港の入場ゲート並みの所持品チェックをしなければならず、多忙を極めていた。
 とりわけ、パラ実生徒の観戦者は色々と面倒くさかった。チェーンソー、クギ付バットをして「コレはオレ達のファッションなんだYO!」とゴネまくり、刹那は対応に苦労していた。
「分かったか、嬢ちゃん? コレは武器じゃねえ、危険物じゃねぇ、オレらにとっちゃ空気みたいなもんよ! そうだろみんな!?」
 食ってかかってるパラ実生が後ろの仲間を見ると、全員が「ヒャッハー!」と歓声を上げた。
 陰陽の書 刹那は無線機のマイクに呼びかけた。
「こ……こちら刹那……パラ実生の皆さんが、いうこときいてくれませ〜ぇん」
《こちらリカイン・フェルマータ。これより援護に向かいます。しばらく持ち堪えていて下さい》
《こちら鞆絵。リカさん、無茶はやめて下さい》
《心配しないで。手加減はするわ、できる限りね》
 ――十数分後、覇気をなくしたパラ実生徒の一団は、文句を言う事もなく刹那の指示に従った。
「えーと、物品にはタグをくっつけますんで、この紙に名前を書いて下さいね?」
「……はい」
「で、こちらからちゃんと並んで入っていって下さいね? 走っちゃだめですよ?」
「……はい。入場させていただきます」
(張り合いがないわねぇ?)
 リカイン・フェルマータはつまらなそうに溜息をついた。

 携帯電話は便利なものだ。
 音楽は聴けるしテレビもラジオも視聴できるし、誰が持っていても怪しまれない。
 さらにいうなら、携帯電話の形をしていれば、何を持ち込もうと怪しまれる事はない。
(警備のお目々は節穴お目々、ヒャッハッハー)
 観客席の最前列に座り、南 鮪(みなみ・まぐろ)は押し殺した声で妙な節の歌を歌っていた。
 彼の手の中で、旧式で少し大きい携帯電話の筐体が外され、中から電子部品が現れる。
 だが、それらは素人の目から見ても携帯電話の部品ではない。
 南鮪の手の中で、電子部品がひとたびバラされ、組み上げられていく。細長い形。片手がポケットの中に入って、別なプラスチックのガワのパーツを取り出す。その中に、細長く組み上げられた部品が嵌め込まれる。
 ガワのパーツをもうひとつ。電子部品がガワのパーツの中に包まれるように収まる。携帯電話のカメラ部分のレンズが、細長いパーツの先端に組み込まれる。
 レンズを座板に向けて、スイッチを入れる。レンズから赤い光線が伸び、座板に当たる。焦げ目がついて、微かに煙が上がった。
 南鮪は、持ち込んだ機器の動きに満足した。
 あとは試合開始を待つだけだ。

「ここ、空いてるか?」
「ねぇ、ここ空いてるかしら?」
「ここは空いているかな?」
 日下部 社(くさかべ・やしろ)は同時に声をかけられ、「別に構へんよ」と答えた。
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)
は、日下部社を挟むようにして座る。近藤 勇(こんどう・いさみ)はその後ろだ。
「なかなかいい場所を陣取ったな、あんた」
「せやろ?」
 日下部社はエヴァルトに向かって少し得意そうに笑う。
「この位置からなら試合場の全体が見渡せる……って広過ぎやがな!」
「確かに。この広さならば戦闘どころか戦争だってできそうだ」
 近藤勇がフィールドの彼方の地平線を見て、ほぅ、と息をついた。
「まぁ、普通のサッカー場程度の広さじゃあ、それこそサッカーにならないでしょうけどね」
 ヴェルチェがパンフレットを開く。
「ディフェンスラインにバーストダッシュ使いが揃っていれば、オフサイドトラップなんてかけ放題。攻撃力強化系スキルをキック力に活かせば、ゴールキーパーだって自陣ゴールからハットトリック狙えるわ」
「俺は蹴球なるもののルールがよく分からんが、選手達が並みの枠には収まらん、というわけなのだな?」
「ま、そんなところよ」
「どの位置からも誰でもシュートを狙えるスリリングな試合展開に……ってそんなんサッカーちゃうわなぁ」
「ゴールキーパーは大変だな。ケガじゃ済まない」
「だから、キーパーのみ防具の装備が許可されたんでしょ?」
「フィールドプレイヤーも武器・防具が禁じられてるだけで、アイテムなんかは持ち込み自由やで? みんなして点取るためにどんなエゲツない事するんか見当もつかんわ。あー怖い怖い」
「みんなそれを見に来てるんだろう?」
 エヴァルトは観客席を見回した。
 町ひとつ収まるようなスタジアムの観客席は、既にかなり埋まっている。
「全く、物好きが多いな」
「あんたもそうやろ?」
「否定はしないさ」
「どんな超人サッカーが見られるんだか……楽しみだわ」
 パンフレットに並んでいるメンバーの名前を見て、ヴェルチェは眼を輝かせた。

《開会宣言。御神楽環菜・蒼空学園理事長兼校長兼生徒会長よりご挨拶を頂きます》
 詩穂の声に、観客席の一部がどよめいた。
「校長ーっ!」「カンナ様ーっ!」「アナウンサー! ちゃんと様をつけろ!」
「ひっこめカンナー!」「何しに出て来やがったー!」「かえれーっ!」
 シンパとアンチの怒号が飛び交う中、観客席後面の各所に建てられている大型モニターに御神楽環菜の顔が映った。
《蒼空学園の御神楽 環菜よ。場所は準備したわ。みんな好きなだけ暴れなさい。ただし、試合が終われば恨みっこなし。いいわね? 以上》
「校長ーっ! どこまでもついていきますーっ!」「あなたの思うがままにーっ!」「カンナ様の言う事はいつでも正しいーっ!」
「うるせーバカ野郎ーっ!」「かえれーっ!」「消えろーっ!」
《以上、開会宣言でした》
 怒号の一番激しく飛び交う観客席で、小競り合いが始まった。周辺の観客が、悲鳴を上げてその一画から避難し始める。
《こちらリカイン・フェルマータ。これより暴徒を鎮圧してきます》
《ちょ、ちょっと待って下さい、リカさん》
《止めないで下さいな、鞆絵さん。危険を排除して、皆さんが安心して試合を観戦できるようにするのは、実行委員の役目でしょう?》
 十数分後。
 観客席の一画に人影がひとつ飛び込み、縦横無尽に暴れ回った後、騒ぎは沈静化した。

 救護テントの中で、四方天唯乃は溜息をつき、立ち上がった。
「ちょっと出かけてくるわ」
「唯乃、私も一緒に行くのです」
 そう言って立ち上がるエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)に向けて、四方天唯乃は首を横に振った。
「エルは留守番をしていてちょうだい。私一人でどうにかなるだろうから」
「了解なのです」
「……会場の安全を守る人間が、いの一番にケガ人作ってどうするのよ……」

「始まったな」
 エヴァルトが、グラウンドと携帯電話の画面とを見比べる。
「つくづく大がかりなイベントね。ワンセグで放送までしてるなんてね」
 ヴォルチェも自分の携帯の画面を見た。
 携帯電話の液晶の中では、紅白両チームの選手達が、グラウンドに入場しているのが見える。
 スピーカーからは、妙にテンションの高いアナウンサーのトークが聞こえてきた。
《ついに始まります、第一回蒼空杯サッカー大会! ついに選手がグラウンドに入場です! これから始まる前半後半各45分の中で、一体どんな死闘が繰り広げられるのでしょうか!? 実況は、私、実木 陽太(じつき ようた)がお送りさせていただきます!》
《実況アシスタントのミヒャエル・ゲルデラー博士です》
《博士、本大会には選手として、各学校から色々な生徒が参加しているわけですが、ズバリどちらが勝つと思われますか》
《そうですね。選手の層が厚いのは紅という気がしますが、白にはサッカー経験者やスポーツ経験者が揃っているので、現時点では何とも言えません》
《なるほど、ただのサッカーであれば、白の方が有利、と》
《ええ、高い運動能力や有効なスキルの活用なども重要ですが、やはりそのスポーツにはスポーツなりの、サッカーならサッカーなりの技術や経験、動き方が求められますから》
《ですが、今回のこの蒼空杯サッカー、言わば蒼空サッカーでは、普通のサッカーの経験はどう生きるでしょうか》
《生かせる形にできなければ、紅がペースを掴むでしょうね。もっとも、紅にしてもこの巨大なフィールドで漫然と動いているだけでは勝利は難しいでしょう》
「……なかなか始まらないな」
 エヴァルトはポツリと呟いた。
 フィールドに入場した選手達は、まだ中央に向かって歩いている。
「単純に考えて、タッチラインから中央まで1キロあるわけだもんね」
「スケール大きくすりゃいいゆうもんと違うやろ」
《はいっ、ここで突撃レポーターの騎沙良詩穂が、参加選手に意気込みを聞きたいと思います!
 まずは紅チームのキャプテン、マイト・オーバーウェルム選手です。マイトキャプテン、本日の勝算は?》
《負ける為に勝負しに来る奴はいねぇ。そういう事だ》
《勝利への自信満々ですね。ありがとうございました。続いて紅チームのゴールキーパー、椎名 真(しいな・まこと)選手にお話を伺います》
《この俺がいる限り、ゴールは割らせない。まあ見ててくれ》
《頼もしい意気込み、ありがとうございます。続いては……》
「センターサークルまでまだ遠いな」
「野球の選手交代の時みたいに、何か乗り物使った方良かったんじゃないの?」
「間が持たんなぁ。お客さんダレてまうで」
「だからインタビューしまくって繋いでいるんだろう」
「選手の数も限りがあるで? 間に合うんかいな」
「俺も少し飽きてきたな……お、マイトが映ったぞ」
《選手に参加した理由ですか? 普通なら警備に回る所だったんですが、もうひとりのマイトと組む、というのも面白そうでしたので。それに、こんなスポーツ大会もなかなかないでしょうからね》
「へぇ、このコがあんたのパートナー?」
「まぁな。こいつの言う『もうひとりのマイト』との連携とやら、楽しみだな」
「……けど、あんたの所のマイトさんはFBだぞ。もうひとりのキャプテンの方のマイトはFWで、連携も何もない気がするが?」
「なーに、攻撃に参加するFBなんて珍しくもない……ってライン何メートル上げるつもりや?」
 ――結局。
 センターサークル付近に選手が並ぶまで、騎沙良詩穂のインタビュートークのおかげで何とか間は繋げた。
 その間の放送席の緊張や、騎沙良詩穂の脳の回転――(えーと、この質問の答えから繋げる別なトピックは……)――がどれほど凄まじいものだったのかは、関係者以外誰も知らない。

「お疲れ様です。選手のみなさん」
 並んだ選手の前に立った風森 望(かぜもり・のぞみ)は、試合に使う二つのボールを出した。
「告知の通り、この試合には二つのボールを使います。ひとつはこの、黒と白のいわゆる普通の色のサッカーボール。もうひとつは、正二十面体状の模様が施されている黄色と黒のサッカーボール。
 いずれも、多少の魔法や打撃を受けてもそう簡単には壊れませんし、予備は準備してありますので存分に力を発揮して下さい。
 ただし、極力ケガはしないように」
「サッカーボールの色って、なんだかパンダみたいだよねー」
 ヴァーナーが誰に言うともなく口にした。
「葵ー。黄色いボールってカレーみたいだねー。試合終わったら焼き肉とカレー食べたいー」
 イングリットがそう言って葵の腕を引っ張った。
 風森望は咳払いをひとつした。
「……では、これよりそれぞれのボールをパンダボール、カレーボールと呼称します」
「「「「「「ええ〜〜ぇ!?」」」」」
 選手のほとんどが声を上げた。
「いくら何でもその呼び方はどうかと思うぜ?」
「お黙りなさい」
 風森 巽(かぜもり・たつみ)の抗議に、風森望はむべもない。
「フィールドでは審判は絶対です。文句があるなら出て行きなさい」
(パンダとカレーってのがツボに入りやがったな……)
 風森巽はそう思った。
「では、カレーボールは赤チーム、パンダボールは白チームのボールでキックオフをします。
 それでは両チーム、互いに礼の後、各々ポジションについて下さい」

「「「「「「「「お願いします!」」」」」」」」

 センターサークル付近に固まっていた選手達は一礼の後、巨大な自陣の中に散っていっく。
 風森望は空飛ぶ箒に乗ってひとまず上昇。全プレイヤーが所定のポジションについた事を確認してから、ふたつのボールを置いた。
 カレーボールにはマイト・オーバーウェルムと遠野 歌菜(とおの・かな)、パンダボールには、秋月葵とイングリットがついた。
 準備は完了。風森望は頷くと、宣言した。
「第一回蒼空杯サッカー大会、正々堂々と試合開始!」
 笛が鳴った。
 「超感覚」を使える全てのプレイヤーから、様々な動物の尻尾と耳が生えた。