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リアクション
2.本校舎
7月某日――。
空京の空には雲ひとつない青空が広がっている。
本日は、シャンバラ中の学生達が待ちに待った「空大一日見学会」の日。
大学へ向かうメインストリートには、見学会に参加するらしい学生達の長蛇の列が果てしなく続いている。
彼らの先には、がっしりとした空大の正門があり、花火の合図と共に鋼鉄の門がギギッと内側に開いてゆく。
りーんごーんがーんごーん。
午前9時のチャイム。
見学会開始の鐘の音だ。
門を目指し、生徒達は思い思いの速さで歩を進める。
さあ、今日という日を楽しんできて下さいね♪
■
正門から、真直ぐに行くと真正面にどこかで見た様な(扉絵参照)石造りの校舎が建っている。
左右対称に分かれた堅牢な建物の正体は、空大の「本校舎」。
学生達の講義が行われる、学びの園だ。
空大に初めて足を踏み入れた他校生達は、ふと足を止めて建物を見上げる。
――ああ、これが、世に名高い空大の「本校舎」なのだな……
ある者は、感嘆の声を上げ。
ある者は、囁き合い。
ある者は、携帯電話にその雄姿を収め。
ある者は、羨望の眼差しを向ける。
いずれにせよ、ある意味「1番目立つ建物」であることには変わりはない。
■
その本校舎の前で、葦原明倫館の霧雨 透乃(きりさめ・とうの)はパートナーの緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)と共に「催し」の案内係を行っていた。
「ねえ、どこに行きたいのか? わかんなくなっちゃった人いない?」
透乃は道行く学生達に声をかける。
「そんな時はこれ! 」
じゃあ〜ん。
ウィンクひとつ。
B99の胸元から取り出したのはお手製の「パンフレット」。
「この『催し会場案内パンフレット』で、キミも迷子になることないよ!
『協力者』の人達全員から聞いたもんだから、間違いもないだろうしね。
え? 値段? タダだよ、タダ! 世の中タダより安いもんってないよね?」
自分の胸元に見とれている見学者達に「パンフレット」をドンドン渡してゆく。
だが動機はどうであれ、彼女の「パンフレット」は確かに迷子の減少に貢献し、他校生達は透乃に感謝するのであった。
透乃さん、猛暑の中お疲れ様でした。
一方、陽子は透乃の近くで困った人を見つけては、地道にフクロウやレイスを使って道案内をさせていた。
見た目はかなげな陽子の正体はネクロマンサーだ。
おまけに彼女は惨死体等のグロいものを好む性向のため、おかしいとも思わない。
けれどふつーな学生さん達は、アンデットを見て気味悪がらない訳はない。
彼女の申し出はことごとく断られる。
「では、透乃ちゃんの暑さ対策でも専念しましょうか?」
という訳で、結局は氷術で透乃を暑さから守ることに専念することとなった。
けれど、陽子は本当に役に立たなかったのであろうか?
いいえ。
たった1人だけ、陽子に感謝している方がいます。
その「迷子」の名前は、比島 桜花(ひしま・おうか)。
彼女は掲示板で知ったシャンバラ大荒野の文化に関しての「研究発表会」に行こうとしたのだが、目が悪いために1人では難しかった。
そこで、陽子のレイスを頼ったのだ。
「あの……黙ってついて行けば……よいのですね?」
臆病な彼女は、それでも勇気を出して自分から声をかけてみる。
だが、レイスは答えない。
おいでおいでと、白い手を緩やかに動かすばかりだ。
無口なレイスの存在に、桜花は正直ホッとした。
(この分なら、案内人さんにビクつくことなく、研究室までつけそうですね)
そして実際に彼女は目的地にたどり着けたのだった。
目が悪いゆえに成功した「好例」だろう。
(ありがとう、陽子さん、レイスさん)
レイスを見送って、桜花は無事研究室の中に入って行くのだった。
■
同刻――。
空大生の騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、在校生として「空大見学ツアー」の案内係を行っていた。
「見学ツアーをご希望の方はいらっしゃいませんか? 騎沙良詩穂と申します、よろしくお願いします☆
え? 中学生? いえ、大学生です♪」
簡単な自己紹介をしつつ、参加者を募って行く。
「参加者の方、いませんかあ〜?」と構内を練り歩いていたところ。
「はい! 案内係さん」
研究棟群近くで、少女に呼び止められた。
ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)だ。
「このあたりに『農業関連の研究発表』ってありません?」
「うん? 聞いたことないよ。やってないんじゃない?」
「そう、なんですか……やっぱり」
シュンとなるジーナ。
「私、空大農学部への転校考えていて……それで、どんな研究しているのかな? って、思って見学しに来たんですけど……」
パラミタトウモロコシの遺伝子操作とか……何やら難しい名称の研究名を呟いて指折り数える。
ついで、溜め息。
「せめて、空大の空気というか、学生生活といいますか……そんなものだけでもわかれば、なのですが……」
「あっ! それなら簡単なことだよ! 『見学ツアー』に参加すればいいんだもん、ね?」
え? とジーナが問い返す間もなく、詩穂は参加者として手を掴む。
そして大きな目を見開いたまま、見学ツアーに拉致されたのだった。
その後、自主的に参加した黄泉 功平(よみ・こうへい)も含め、総勢3名により、「見学ツアー」は決行されたのだった。
「ジーナちゃんのリクエストもあるからねえ。ここはまず、見どころ全部押さえちゃなくっちゃ!」
本校舎・研究棟・御神楽講堂を渡り歩いて説明をする。
「こちらが扉絵でお馴染の本校舎です。閑散とした講義室がトレードマークですね♪」
「似た様な味気ない建物が立ち並ぶ所が、『研究棟群』。棟は学部ごとに分かれていて、たくさんの研究室があります」
「そして、御神楽講堂――」
広場の中央にある、巨大な円形の大講堂を指さす。
「空大最大の出資者――御神楽 環菜(みかぐら・かんな)を記念して造られた講堂です。
蒼空学園の生徒にとっては、1番メジャーな観光スポットと言っていい場所ですね!」
「そうだな、空大も蒼空学園も御神楽環菜によるところが大きい」
功平はふむと腕組みをする。
「両者の違いって何だ? 見た所、建物が新しいのと校舎が閑散としていることくらいだが?」
「授業受ける必要がないくらい頭がいい、てことだよね?」
それに、と、詩穂は自分を指さして。
「詩穂みたいに。個性豊かな学生が多いってこともかな?」
「……そうだな、それは確かに大きいな」
お世辞でなく、功平は素直に答える。
才色兼備の彼女との個性的な空大生活。
それはさぞかし楽しい思い出になることであろう、と。
だが、あの機能性ばかりを追求した学食はどうにかならないものだろうかと考えるのだった。
(カフェテリアのデザイン性だけは、蒼空学園の方が上かもしれないぜ)
「私もそう思います」
考えを読んだらしい、ジーナが小声でこっそりと付け足す。
「けれど設備は整っていますから、あとは本人の気持ち次第ですね! 『郷に入れば郷に従え』って言葉もあることですし」
2人は詩穂のお陰で、空大での大学生活に対する一定のヴィジョンを持つことに成功したようだ。
無事進学できますよう、お祈り申し上げます。
■
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は本校舎の前で王 大鋸(わん・だーじゅ)、シー・イー(しー・いー)、パルメーラ・アガスティア(ぱるめーら・あがすてぃあ)を見つけて呼び止めた。
「ダーくん達! お久しぶりっ!」
「おー! 美羽じゃねぇか!」
旧友との再会に、大鋸は喜びをあらわにする。
「ダーくん、ホントに空大生になったんだね……」
空大の中で委員として動き回っている大鋸の姿を、美羽は眩しそうに見上げる。
(なんだか急に、遠くの世界に行っちゃったみたい)
孤児院の子供達のために、パラ実から空大の福祉学科に進学した大鋸は、孤児院の子供達の憧れのヒーローだ。
それはもちろん、美羽にとっても同じことで。
「でも、ホントにダーくん、勉強してるのかな?」
美羽は大鋸に疑いの目を向ける
「ダーくん、私とタメはるくらい、勉強嫌いだったよね?」
「うっ!」
「ダーくんの授業、覗いてみたいなあ〜」
暫しの問答の後、美羽は福祉学科の講義を見学に行くこととなった。
長い長い、ひたすら長い本校舎の廊下の中。
3人に美羽はひっきりなしに質問攻めを掛ける。
「そう言えば、どうしてダーくんは見学会の実行委員長になったの?」
「それはだなぁ……」
「パラ実から進学した変わり種で、有名だからだナ」
大鋸に変わり、テキパキと答えたのはシー・イー。
「釣りの餌は目立つ方がいいと考えたのだろウ、あの学長ハ」
事情を知っているパルメーラは、あはははー、と笑ってごまかす。
「じゃあ、ダーくんの大学生活って、どんな感じなの? やっぱり勉強漬けなのかな?」
美羽は、それ可哀想だな、と思って言ったことだが。
3名は様々な反応で言葉を濁した。
な〜んか歯切れが悪い。
(ありゃりゃ? これはきっと、絶対に何だか裏がありそうだね!)
その勘は見事に当たって。
「福祉学科の講義がある講義室」に通された美羽は、足を踏み入れた途端、非難の目を大鋸達に向けた。
「……て、誰もいないじゃないのっ!?」
講義室では、眠たそうな眼をした講師が1人でホワイトボードに文言を書き連ねている。
「ねー、どーいうこと!? これ!」
「よ、世の中、頭より実践が大事なんだぜぇ、美羽」
大鋸はばつ悪そうにモヒカンを利き手でかき回す。
美羽は3回目をパチクリさせた後で、大きく溜め息を吐くのだった。
(あーあ、これは孤児院の子供達のためにも『監視』が必要だね!)
■
虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)はコンパの「協力者」として参加しよう……と思ったのだが、コンパを企画する「主催者」はいない。
「コンパ……ねぇのかよ!」
とほほほ、と廊下で肩を落としていたところ、たまたま近くを通りかかったアクリト・シーカー(あくりと・しーかー)の目にとまった。
「君はなぜ落胆しているのだ?」
「コンパがねぇからだよ!」
「コンパ? コンパとは、それほど大学生活に必要なものなのか?」
「あたりまえだろ! コンパのない大学生活なんて、パートナー契約のない蒼フロみたいなもんだろう?」
「なるほど……それは確かに、味気ないことだな……」
という問答の後、アクリトによる大鋸プレゼンツのコンパが急きょ空き講義室で行われることになった。
「私の頭脳がはじき出した『完璧なるコンパ企画』はカンペキだ! さあ、大船に乗ったつもりで、コンパを楽しむがいい」
ふむふむと頷いて、アクリトは去って行く。
彼と入れ替わるようにして、アクリトに呼び出された3名――大鋸、シー、パルメーラが会場に駆け付ける。
机を並べ変えたり、飾り付けをしたり、とセッティングをしはじめた。
「でも、3名じゃ無理だよな……よーし、ここはひとつ、俺も手伝ってやるか!」
涼は腕まくりをする。
当初の予定通り、「裏方」として参戦することとなった。
「学食のケータリングサービスで、菓子とかジュースでも用意しといてやるか……真昼間から、酒ってのもあれだしな」
気のきく涼のお陰で、会場は短い間にサマになった。
「ありがとよ、涼! 俺達だけじゃ、食いもんにまで気が回らなかったぜぇ」
「そうだナ、ダージュ。やはり持つべき友ハ、『賢い空大生』に限るナ」
「じゃ、あとは参加者を募るだけだね?」
パルメーラが戸口に立とうとするのを止めて、涼が動く。
「それも俺がやるよ。その代わり……と言っちゃなんだけど。パルメーラとシーは、今度は『参加者』としてコンパを盛り上げてくれないか?」
涼の呼び込みのお陰で、4名の「参加者」達がコンパ会場に集まった。
相模 明来(さがみ・あきら)、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)、ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)の面々である。
これにシーとパルメーラの2名が加わり6名での開催となった。
男性3名、女性(?)3名と、男女比率に問題はなさそうだ。
向かい合って席についた後で、まずは自己紹介をということになった。
「えー、俺は相模明来だよ!」
……と、このような調子で、明来は軽い調子で次々と全員に話しかけて行く。
それで、緊張感のあった残りの5人の方がほぐれ、自己紹介はにこやかに流れて行くのだった。
「えーっと、ヴァーナー・ヴォネガットです。今日は、王おにいちゃ……じゃなくて、
王さんが頑張っているらしいって噂を聞いて、応援するために来ました」
「えらいねえ、ヴァーナーちゃん! じゃ、こっちのお兄さんは?」
「戦部小次郎です。今日は空大生の真面目な女性のハートを射止めに来ました」
「それじゃ、ねらいは唯1人だな。じゃ、最後にこっちのおにいさん……て、何してんの?」
分厚い日記帳に何やら書き込む青年に目をとめる。
「あー、えーっと……私、は……」
腕組みをして、天井を見上げる。
何事か考えるそぶり。
日記帳を見返して、ぽんっと手を打つ。
「そうでした、ラムズ・シュリュズベリィ――私の名です。このように忘れっぽい……ので、ちょくちょく覚書きをしなければならない身の上です」
ふっと、悲哀に満ちた視線を地に落とす。
「コンパに参加、と書いてありました。だから参加したのです、予定表に従って。
けれどなぜ、私はこのようなことを書いたのか?
今にして思えば、血迷っていたとしか考えられません……」
「いや、そんなに反省しなくてもだな……」
一同沈黙。なんと言葉を掛けて良いのやら、見当もつかない。
と、そこに少女が飛び込んできた。
「なに言ってんの! ラムズ! それは、ボクの予定表だってば!」
ぷんすか怒っているのは、ラヴィニア・ウェイトリー(らびにあ・うぇいとりー)。
涙目でラムズを見上げているではないか!
「こう書いておけば、ボクを起こしてくれるって思ってたのに」
「何で1人で行っちゃうんだよ!」
「お菓子食べ放題なのに、1人占めしようたって、そうはいかないんだからね!」
……どうやら、ラムズはパートナーの予定を自分の物と勘違いして参加したようだ。
「ま、いいんじゃない? 人数増える分には。それにお菓子食べたきゃ、いくらでもケータリング頼めばいいんだよな? ここって」
ああ、と涼が頷く。一件落着。
1人増えて、コンパは和やかムードの中ゆるゆると進行して行くのだった。
(これもみんな、王おにいちゃんの人徳のお陰ですね!)
全然違うような気もするのだが。
「王おにいちゃん命」なヴァーナーは楽しそうなラヴィニア達の様子を眺めて、素直に喜ぶのであった。
(孤児院に立ち寄ったら、皆にこの様子を伝えてあげましょう。
やっぱり、王おにいちゃんはどこに行っても、人様のために頑張っているんですよー、って)
一方で、小次郎は空大生としては唯一の紅一点――シー・イーに話しかけていた。
(種族こそドラゴニュートですが、真面目な方ですね! 彼女こそ、私の『ヴィーナス』に違いありません!)
ここは、落とすしかない!
(だが、問題は。真面目……というより、堅物な彼女とどうやってツーショットになるか? ですね)
小次郎はひとしきり考えた挙句。
「シー・イー殿 私と一緒に、まずは空大の校内見学から始めませんか?」
極めて真摯に申し出る。
シーは(小次郎から見て)至極知的に優美な眉を寄せ、これまた知的に申し出を断るのであった。
曰く――。
「ダージュの危なっかしい主催者ぶりからハ、目が離せないからナ」
(何とパートナー思いの、優しい女性なのでしょう! これはますます『運命の人』に違いありません!)
小次郎のハートは、ますますアツクなるのであった。
コンパは和やかムードのうちに終了した。
参加者達は互いのメルアドを交換し、親交を深めたようだ。
空大はコンパの聖地です。
皆様、また遊びにいらしてくださいね。
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