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リアクション
5.学生掲示板前
空大の学生掲示板は、いくつかあるのだが、最大のものは御神楽講堂近くにあるものだろう。
掲示板には、さすが空大らしく講義の予定がずらりと……な訳はない。
大抵は「遊び」関係の貼り紙。
その大半は「アルバイト」関係の告知である。
■
……そうした次第で、見学会の混雑の中。
曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)とマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)は、学生掲示板の前で膨大な量の「アルバイト」情報にただただ圧倒されていた。
「さすがは『アルバイト』の殿堂――空大、といったところだねぇ〜」
貼る場所がないため、広告の上に広告が貼られている。
ぺりっとはがすと、昨日の日付の情報が出てきた。
毎日違うものが貼られているらしい。
「この不況の世の中、空大生は羨ましいですね? りゅーき」
セッセとメモを取るのは、マティエ。
ああ、こんなHなバイトはいけないですよー――怪しげな広告ははがすついでに捨てている。
「大丈夫だよ。それに、俺が働くのはもっと先のことだから」
「へ?」
「うん、パラミタにどんなバイトがあるのか、て思ってさ。先に知っとくのも悪くはないだろう?」
「りゅーき……」
無茶で、気まぐれで、おまけに年中眠たそうな顔で。
先のことなんか何も考えてない人かと思ってたけど……。
(やっぱり、将来のこと、ちゃんと考えていたんですね!)
じーん。
マティエはメモをとる手を休めて尊敬の目を向けていると。
「マティエ……」
瑠樹は目を輝かせて、広告の端をつまんだ。
「これこれ! こーいうのどう? 何だか面白そうだよなー!」
マティエがコケたのは言うまでもない……。
■
同じ頃―。
茅薙 絢乃(かやなぎ・あやの)は掲示板前の混雑で人酔いしかけていた。
あまりの混雑に、人にぶつかって眼鏡がはじけ飛ぶ。
「め〜、めがねめがね……」
やっとのこと、ド近眼対策の眼鏡を探しあてた彼女は、眼鏡をかけつつ嘆息をつく。
(こ、コレを上手に1人で切り抜けられないと、バイトって参加できないんだ……大学生ってキビシー)
実は「混雑」だけではなく。
空大でのバイト探しの難しさは「中身の当たり外れを見極めることが至難の業(というのは、量が多過ぎるため)」ということもあるのだが。
(ど、どうしよう……こんなにズタボロになっちゃうなんて! 1人じゃこの人ごみすら抜けられないかも……)
大学生になったら自分のお小遣いくらいは自分で稼がなくっちゃ! と思い込んでいる絢乃は、プチパニックに陥る。
(で、でもだからって保護者付きでバイトなんて出来ないしぃ〜……恥ずかしいしぃ〜……)
う〜ん、と目を回しかけたところで、パートナーのケヴィン・シンドラー(けびん・しんどらー)に保護されるのだった。
■
絢乃達からやや離れた位置の掲示板の前で。
日吉 のどか(ひよし・のどか)は、パートナーから取り残されて途方に暮れていた。
「でも生活費稼ぎのためには、ビラ配り頑張らなければ!」
という訳で、「アルバイト募集」のビラ配りバイトは継続させる。
「あ、バイト……お探し、ですか?」
にこお〜。
怪しい笑み。
「い、いえ、結構です!」
タアーッとお客は立ち去った。
慣れない営業用スマイルと、温和な性格が災いしたようだ。
「そうですな! まさにこの性格の所為で! ビラ、全く減りません。ああ……」
ひょっとして、空大生をターゲットにしているから、全く減らないのでは?
悪魔の声が彼の脳裏をかすめる。
「それは……一体どういうことです?」
声に耳を傾けてみる。
えーと、例えばですね……バイト広告に見慣れた空大生ではなく、いっそのこと見学会に来た他校生をターゲットにしてみては、と。
「なるほど! 物珍しさから、ビラ配りが進むかもしれない! ということですな!」
……ターゲット変更。
のどかは他校生にビラをアピールすることに決めた。
(なんにせよ、この暑さの中です! はやく配り終わって、お金稼いで、冷たいものでも飲みたいですな!)
最初に通りかかったのは瑠樹、マティエ。いかにも「教導団」的な歩き方なので、ビラを差し出してみた。
……完全無視である。
強引なことは「大学に訴えられて」しまうので、のどかは差し控える。
(う〜ん、野郎とゆる族では難しいですかね? じゃ、お嬢様なら、どうです?)
と、ぼんやり策を練っていたところ、何と! 絵にかいたようなお嬢様が、タタッとこちら目掛けて駆け寄ってくるではないか!
(よし、いまです!)
1、2の3!
「あの、バイト……」
言いかけた所で、そのお嬢様――絢乃はビラを勧めるより早く、のどかの胸倉つかんで。
「あ、あのっ! 保護者つきでも出来るバイトってありますか?」
「へ? 保護者?」
「じゃなくて! トロくてもあんまり他人に迷惑にならなくて。で、でも! お知り合いがたくさん出来るバイトって、ありますか?」
シェイカーの如く、力の限り上半身を揺さぶり続ける。
「わあ――っ! ちょ、ちょっと、お客さん! 落ち着いて! 落ち着いて!」
……そうして、彼女のパートナーが止めるまでのどかの試練は続いたのだった。
ビラは手元に山のように残っている。
歩合制のバイトだ、本日は到底稼げそうにない。
ビラ配りって、人生だなあ――のどかは嘆息と共に、パラミタでのキビシー現実を思い知るのだった。
■
掲示板の外に出た絢乃は、木陰でようやくパニックから復調した。
「絢乃はさ、もう少し高校で人馴れしてからこういうの勉強した方がいいと思うぞ?」
ポンポンと頭を軽く叩いて、ケヴィンが慰めにかかる。
「大丈夫、ここに入学できる頃にはお前も1人でバイトぐらい出来るようになってるって」
「あの人みたいに?」
親切に自分の相手をしてくれたビラ配りの学生の姿を思い出す。
(今度お詫びに、ビラ配りのお手伝いでもしなくっちゃ! だよね?)
絢乃は人のよさげなのどかの困り顔を思い浮かべる。
空大にはあんなに親切な人もいるんだね、と。
彼女達の脇を、あー面白かった、と伸びをしつつ、瑠樹とマティエが通り過ぎて行くのであった。
■
学生アルバイトの広告で、一期一会の機会を得たようですね。
この出会いを大切になさってくださいませ。
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