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リアクション
第一章 弔問者
「こっち……だと思いますわ」
迷うことのない足取り。見慣れた街の風景。
けれど、だからこそよく理解できずにソニア・クローチェ(そにあ・くろーちぇ)は首をかしげた。
「何でわかるんだ?」
「それは…………。わたくしにも、わからないのですけれど」
ローザ・ビアンカ(ろーざ・びあんか)は困ったように微笑んだ。
今日は、彼女の用事で空京に来ていた。けれど、困ったことに行先はわからないのだと言う。
「だって葬儀屋さんの場所が書かれていなかったのですもの」
とは彼女の言だが。
発端は掲示板に貼り出されていた一枚のチラシ。急に足を止めたローザを不審に思って尋ねると、彼女はソニアには見えない何かを指差して顔をのぞきこんできた。
「ここに行ってみたいのですけれど、構わないでしょうか?」
と。パチパチと目をしばたかせ、ソニアは返事に窮して苦笑したのだった。
少し前を歩くローザの後ろ髪を眺めながら、ソニアは少し迷ってからなるべく何気ない風で尋ねてみた。
「何か送りたいもんでもあるのか?」
ローザは少しだけその優しげな顔をしかめた。
「……またその話ですの?わたくしはただ、儀式を進めるお手伝いできたらと思ったのですわ」
「でも、大切なものをなくした人にしか見えないんだろ?あのチラシ」
道も同様で、必要とする人にはわかるようにできているらしかった。何度も来ている場所だし、葬儀屋なんてあれば記憶に残っていると思うんだけどな……。心の中でうそぶきながら、ソニアにはそれ以上に気になっていることがあった。その内容というのも
「チラシが見えたってことは、おまえもさ……と思ったんだが」
もう何度目かになるやりとりだった。
ローザは呆れたように腰に手をやると、軽くソニアを睨みつけた。
「お気になさらず。わたくしはお・手・伝・い、に行くのですわ」
「……」
話してくれたっていいのに。パートナーを気にしない契約者なんているのだろうか。
頑なな様子に肩をすくめると、ソニアはいったん口をつぐむことにした。これ以上聞いたら喧嘩に発展しそうだ。
話を変えるように、ローザが声をあげた。
「あ、ホラ!あの方も葬儀屋さんに向かわれるのではないですか?」
ちょうど同じ時間帯になったのだろう。
フェンリル・アビスレイン(ふぇんりる・あびすれいん)と美鷺 潮(みさぎ・うしお)が一定の距離を保って、気づいているのかいないのか互いに興味がないのか黙々と。二人と少し離れて、偶然一緒になった様子の冴弥 永夜(さえわたり・とおや)と棗 絃弥(なつめ・げんや)が気まぐれに話しながら、一般の人にまぎれながらも何かに導かれるように同じ方向を目指していた。
「ほんじゃ、冴やんも呼ばれて来たのか」
絃弥に勝手にあだ名で呼ばれつつ、さして気にした様子もなく永夜はうなずいた。
「まぁな。しかし、こうして見ると結構いるもんだな」
普段なら気づかないだろう雑踏の中で、何か探して歩く人々。
どうやら同じ目的で集まってきているらしいことは薄々感づいていた。
「……痛。」
突然立ち止まったフェンリルの腰のあたりに鼻の頭をぶつけてしまい、潮は小さくつぶやいた。もともと表情の多くない顔をしかめると、潮は日傘を少しだけずらして対象を見上げる。彼女が小柄なこともあるが、長身のフェンリルを伺うためには首が痛くなるくらい上を向かなければならなかった。
「……何?」
「これは失礼いたしました」
無愛想に尋ねた相手は軽く頭をさげると、同様に無表情な視線を返して正面を指差して見せた。つられて向けた目を少しだけ見開くと、潮は息をついた。
「……ああ」
納得する瞬間、ボワッと空気圧のようなものに体がぶつかるのを感じて目を閉じる。掲示板を見たときにも感じた隔離感。確かに彼らはちゃんとたどり着けたらしかった。
再び目を開くと、そこには小ぢんまりとした黒くて古い洋館が佇んでいた。すぐ近くの喧騒は、ずいぶんと遠いところにいってしまったようだ。
錆びた小さな看板には、くすんだ文字でこう書かれていた。
『チェシャネコの葬儀屋』
絃弥が触れると、ギィィと音をたてて両開きの扉はゆっくりと開いていった。
そこには黒いフードをかぶった子供が二人。まるで鏡像のように同じ姿かたちでそこに立っていた。フェンリルがひとりごちる。
「双子……?」
だらりと長い黒のローブ。少年なのか少女なのか、どちらともとれる風貌。かろうじて口が見える程度の、ボサボサの長い白髪に隠れて表情は読めない。聞き覚えのある幼いテノールで、彼らはおそらく笑ったらしい。
「いらっしゃい。きっと来ると思っていたよ」
「ここに来るのは必要な人だけ」
「求めなければ決してたどり着かない」
「私たちは歓迎する。ようこそ、ようこそ。何かをなくしたひとたち」
どこか歌うように、双子の兄妹はこう名乗った。
「僕はチェシャネ」
「私はコ」
「「ようこそ、チェシャネコの葬儀屋へ」」
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