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尋問はディナーのあとで。

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尋問はディナーのあとで。

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序 章 紅き狼と白き子羊

 ある噂があった。
 ――荒野の中の存在する高い山の頂上には『いばら(荊)の館』と言う屋敷が建っており、その中にはとても美しく、とても恐ろしいお嬢様が存在すると。お嬢様の名前は『リナ・ヘイワーズ』。そのドSな性格から『サディスティック・リナ』と呼ばれ、遊び相手を探していると。
『……お嬢…………様、大……ですかっ……!』
 闇の中で、まず男の声が聞こえた。その後で、何かが動く音と金属系の音が響き渡る。噂に惹かれて、荒野に遊びに来たのは失敗だったかもしれない。少し前まで荒野にいたはずだが、深い霧が出たと思った後に意識を失ったのだから。


 ☆     ☆     ☆


「ここハ、どこデスカ……?」
 キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)が目を覚ますと、そこは小さな小部屋の中だった。高造りの天井、外界を閉ざす小さな鉄格子の向こうは鉄板で塞がれ、視界は蝋燭の炎のみ。すえた匂いのする排水溝に、囚人のものと思われる鮮血の後、鎖や荒縄がエロティックな表情を見せている。
「何が起こっているんでショー?」
 あたりを見渡すと幾つかの異常な点に気がついた。まずはキャンディスの装備が奪われている事と身体を拘束する荒縄に気がついた。縄はわずかに濡れており、もがけばもがくほど肉体に食い込む、マニアックな仕様になっていた。

「ン〜、捕まってしまったヨーデスネ。」
 さすがはマスコットキャラとして、日本の自治体で働いていただけあって、鋭い状況判断力である。
「デモ、ミーはVIPだから、救出作戦は準備されてて当然ネ。」
 しかも、キャンディスは超がつくほど楽観的だった。百合園の敷地から出れない為に、荒野にこなかった茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)もそう思っているに違いない。しかし、そんなゆる族のキャンディスでも、彼女の姿を見た瞬間に顔が強張った(ように見えた)。

「あら、起きたのね。じゃあ、遊びましょうか。あなたの大好きな遊び方でね。」
 もちろん、彼女とは『サディスティック・リナ』。手には先端恐怖症のキャンディスが最も恐れる、先の鋭い注射を持ちながらだ。
「ヒエェエ〜!? ミーの弱点をナンデッ! ナンデッ、知ってるノデスカ〜ッ!!?」
「ウフフ、内緒よ。私は相手の嫌がる方法だけはよ〜く知ってるの。それ以外はわからないけど。」
 噂では四千八百手の拷問を操るとは聞いていた。でも、どうしてキャンディスの苦手な物がわかるのかは不明だし、しかも目を逆三角に光らせたリナはとても嬉しそうで、さらに危険そのものに見えた。

「マ、待つのデスッ!? ミーに手を出すと……ろ、ろくりんピックの会場から締めだされマス! そ、それが駄目ナラ、冬季ろくりんピックチケットをあげマスからッ!!」
 キャンデスは、一部でプレミア確定の冬季ろくりんピックのチケットで買収をしようとした。だが、リナはまったく興味を示さない。
「クスッ、そんなものい・ら・な・い。私が欲しいのは【秘密】なの。教えてくれる、あなたのヒ・ミ・ツ。」
「ギャアアアアアアァァァーーースッ!」
 キャンデスの悲鳴が天井を突き破り、雲をつきぬけ太陽を破壊した――かのように思えるのほどの声が波のように周囲に響き渡り、その声が他の者たちを順番に目覚めさせていく。


 ☆     ☆     ☆


 ――悪趣味な薔薇の彫刻をされた、ピンク色の扉が印象的な石造りの牢獄。そこにミリー・朱沈(みりー・ちゅーしぇん)らはいた。
「うふふ……噂を聞いてついに来ちゃった。いばら(荊)の館ぁ。なんかすんごい気になってたんだよね。」
 後ろ手に縛られたミリーは、興味深そうに四方を見渡した。とりあえず、目に付くのは角に置かれた小さな小部屋と、目の前に立つ漆黒のスーツの男である。背筋を真っ直ぐに伸ばした、背の高く眼鏡をかけた無表情の男は、ミリーらを静かに見つめていた。
「も〜しかして、オジサンが執事のシャドウさん? 面白そうだからさ、迎え撃ちに来たんだよね。噂のあんたらにさぁ!」
 ミリーは縛られたまま、武器一つ持たずに黒服の男に突っ込んでいく。パートナーであるフラット・クライベル(ふらっと・くらいべる)の「あ、武器いらないのぉ〜?」と言う声も聞かずに、そのバネのような足で高くジャンプすると、素早い蹴りを繰り出した。

 ガシイイィッ!
 大きな炸裂音の後、ミリーは宙を一回転して元の方角にはじき返された。シャドウは最初と同じように直立不動を貫いていたが、その瞳は先ほどよりもキツくなったように見える。
「うふふ、ミリーは本当に遊びが好きですわねぇ……。このような軟弱なロープはブチ切ればいいでしょう。」
 同じくミリーのパートナーであるアシェルタ・ビアジーニ(あしぇるた・びあじーに)は、両手を封じていたロープを引きちぎると、音もなくエレガントに敵に近づいた。気がつくとミリーの手首のロープも解けていた。どうやら、先ほど激突の瞬間にミリーは、シャドウの攻撃を利用して、手首のロープを切ったらしい。

「あ〜ん。あいはそんなこと出来ないよぉ。ごしゅじんさま〜ほどいてぇ〜。」
「……情けないですわねぇ……」
 アイ・ビルジアロッテ(あい・びるじあろって)だけは、主人であるアシェルタに縛られた腕を差し出し、解いてもらっていた。
「さっ、執事さんに案内してもらおうかしら。サディスティック・リナ……嫌いじゃありませんわね。その魂に大いに興味がある所ですわ。」
 並の腕の者なら怯んでしまうであろうアシェルタの冷酷な脅し。その白く艶かしい肌に金色の瞳は、何やら禍々しささえ感じさせられる。

 だが、そんな手練たちに囲まれても、シャドウは動揺一つ見せる様子はない。先ほどと同じ様に、部屋の片隅にある小部屋の前に直立不動で立っており、それは逆に主の場所を示しているようにも見えた。それを察したフラットは体内より出した【光条兵器】を斜めに振るう。
「ふふっ……ワクワクするよぉ。……この四人を相手に一人で勝てると思うのぉ……?」
「さーて、じゃあ覚悟してね。ちょっとオジサンにも興味があるけどぉ……それ以上に本当はその後ろにいるおねーさんに興味あるんだよね〜。」

 ミリーも完全に戦闘態勢をとった。だが、気が昂ると手の付けられない性格のミリーが、一番最初に動き出す。その性格を良く知っているフラット達(アイは別)は、まるで打ち合わせした様に左右に広がり敵を挟み込んだ。
「うふふ……ひとぉりめー……!」
 身動き一つしないシャドウを上空から打ち下ろそうとするミリー。だが次の瞬間、小部屋が開き、横から飛び出してきた何かに突き飛ばされてしまう。勢いがついていたミリーは、左を走っていたアシェルタにヒラリとかわされ、派手に転がりながら壁に激突した。

「痛ぅっ……!!?」
 ミリーが攻撃してきた方向を見ると、そこにはミリーを見下ろすように立つ、六人の影がいたのだ。薄れゆく意識の中なので、シャドウと中央に立つリナ以外の姿は良く見えない。
「てめぇじゃ俺には勝てねぇよ。」
 敵はそう言うと、フラットらに飛び掛っていく。奇襲じゃなければ――。その事を悔いながら、ミリーは気を失った。