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尋問はディナーのあとで。

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尋問はディナーのあとで。

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第一章 狂気と抜け道

 時間軸は不明――そこは外界とは一切繋がりのなくなったように思える色を失った空間だった。この生命の感じられない冷たい石畳の室内で、時折、肉を打ち付ける炸裂音が響き渡る。
「この屋敷から脱獄しようなんて、随分と甘く見られたものね? しかも、この私に抱きつこうとするなんて不埒な茶坊主だわ。」
「茶坊主言うなッ! うぐあぁぁぁッ!!」
 鞭と同時響き渡る声の中、サンドバッグの様に天井から鎖で吊るされた南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は作戦ミスを嘆いていた。それはパートナーのオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)、そして、意外な男の行動にである。


 ☆     ☆     ☆


「逃げる! 脱獄王に俺様はなるっ!」
 中央に薔薇の彫刻が彫られた緑の扉の部屋。グリーンローズの牢獄に閉じ込められた光一郎らは、早速と言うか当然の如く脱獄を試みた。性格的にこの男が牢獄で大人しくしているとは思えない。勿論、同じ考えを持った者は他にもいる。
 【深紅の薔薇の騎士】の鬼院 尋人(きいん・ひろと)は早くからスキル【超感覚】を利用し、部屋に『サディスティック・リナ』が入ってくるのを待ち構えていた。
(絶対にここから逃げ出してやる。……というかなんでこんなとこにいるんだろう?)
 尋人のように、特にリナに興味があるわけではなく、まるで誘われたように荒野にやってきて、気がつくとこの場に囚われているケースもあった。だが、かなりの経験を持った冒険者にとって、このような状況は初めてではない。尋人は入り口の影から、同じく光一郎も扉の影から同時に飛び掛る算段だ。

 牢屋の中は明かりのほとんどない暗がりで、薬でも嗅がされているのか数人の冒険者は起きそうにない。どこかを破壊するにしても、石壁や緑色の扉はとても分厚いし、武器一つない彼らでは無理であろう。……となれば、敵からやって来てくれるのを待つしかない。確かリナの趣味は拷問。必ずこちらに姿を現すであろう。なんと言っても、今の光一郎らは獲物なのだから。

 尋人が息を潜めてどれくらい経ったであろうか? 廊下に同じ速度で歩くハイヒールと革靴の足音が聞こえてきた。
(来たか。)
 尋人は左手で、小さく十字を切り祈る。常に冷静沈着な彼もまだ子供。何かにすがりたい気持ちがあるのだろう。
 あと、十、九、八……。意識を耳に集中させ、歩幅で距離を正確に測り、敵の動きを確認した。いくつかのスキルを同時に発動させる事も考えたが、余計な事をすれば敵に感づかれてしまうかもしれない。だから、横目のアイコンタクトで光一郎に敵の到来を告げると、自らも拳を握る。
 カチャ、カチャカチャ。鍵を開ける音が聞こえた。もうすぐだ。全てはこの瞬間に行うしかない。沸きあがる声と意識を抑えつつも、尋人は飛び出そうとした。――だが、その瞬間だった。フワフワと宙を舞う赤色の何かが、目線に入ってきたではないか。


 ☆     ☆     ☆


「……な、ななな?」
 無口な尋人もバランスを崩し、倒れてしまい、それに気がついたように鍵を開ける音も消えてしまう。
 それは【あくなき美の探究者】の変熊 仮面(へんくま・かめん)の姿だった。
「あ、あんた! 何をやってるんだ!?」
「ムッ……貴様、私を見ているなっ! ならばじっくりと見てもらおうか! ホレ、ホレ、ホレ!」
「待て、やめろ! 状況を考えろ!!」
 意識を敵に集中していた尋人からすれば、常識外の変熊の行動は奇襲に等しい。無論、リナと執事も中の状況を察し、衛兵に声をかける。作戦は最悪の状態で失敗に終わった。

 勿論、変熊も悪気があったわけではないだろう。彼は彼なりに作戦を考え、みんなを逃がそうとしていた。
 光一郎らが作戦を練る間、床に偶然にも落ちていたロープをゲットしウキウキ気分。スキル【ふわふわ気分】で首吊りの真似。首吊りを見たリナ達が慌てて鍵を開けた所を脱出。昔観た映画では作戦は成功し、最後にはハッピーエンドを迎えていた。だが、変熊のもたらすカオスさは、渦巻きのように流れを変化させブレイクさせた。まさにプリズン・ブ●イクである。

「あら、脱獄を考えるなんて、哀れな子羊ですこと。」
 そして、リナと執事のシャドウ、数人の傭兵も現れた。奇襲をかけるつもりが逆に奇襲をかけられてしまい、手も足も出ないとはこの事だ。
「こうなったら、強行突破しかないじゃん!!」
 光一郎はすばやくパートナーのオットーに指示を出そうとした。だが……。
「リナだかリサだか知らぬが、それがしが来たからには悪行もこれまで、おとなしく縛につき……ぅおう!?」
 オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)はすでに捕まり、仲間をほおっておく事のできない鬼院 尋人(きいん・ひろと)、ロープで遊んでいた変熊 仮面(へんくま・かめん)南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は再度捕らえられてしまう。

「クスッ、残念ね。逃げようなんて考えたあなた達は厳罰よ。シャドウ、小部屋に連れて行きなさい!」
「畏まりました。お嬢様。」
 古王国シャンバラの名残を残す、胸の部分を大きく開いた民族衣装を気取った赤いドレスをまとったリナは、漆黒のスーツに包まれた執事のシャドウに命令する。彼はキチっと固められた七三の髪型を崩すことなく、銀縁の眼鏡を上下に僅かに動かした後で、無表情に主人の命令に従っていく。その動きは機械のように正確で、かなりの腕前の従者であろうと見受けられた。

 それなりの広さを持つ各牢獄の隅には、頑丈な鍵のかけられた扉のついた拷問の為の部屋が存在していた。扉には小窓がついており、そこから声が漏れる事で、周りにも中で何が行われているかがわかる仕組みとなっている。
「何ですか。貴女は?」
 途中、シャドウはその足を止めた。抵抗する狼、じっと潜む羊の群れの中に、どちらともとれない秋葉 つかさ(あきば・つかさ)がいた。彼女はピンク色のツインテールの髪を、折り目のピシッと整ったシャドウのズボンに身体を摺り寄せこんな事を言ってくる。
「皆に手を出すくらいなら……私を責めなさい。」
「ほぅ、自ら進んで危険な道に進もうなんて、相当のマゾだわね。でもそれがとっても浅はかな考えだって事を、たっぷりとその身体に教えてあげるわ。スペシャルなコースでね。」
「そ、そんな……スペシャルなコースでなんて……。」
 つかさはリナの加虐心を煽るように、怯えすがり付くが、他の者と同じ様に小部屋に引きずられていく。そして、身を翻すように後ろを向いたリナは他の者に言った。
「小部屋も一杯になったようだし、貴方たちは後でね。ちゃんといい子にしてるのよ。」
 牢獄の入り口に二人の傭兵を立たせたリナは、シャドウ達と小部屋に入っていった。


 ☆     ☆     ☆


 グリーンローズの牢獄には、瀬島 壮太(せじま・そうた)高峰 雫澄(たかみね・なすみ)エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)ドルチェ・ドローレ(どるちぇ・どろーれ)の四人が残された。他の連中が捕まる頃、四人もようやく目を覚まし、現状を理解したらしい。
「ふぅ〜ん、あの小娘が、噂のサディスティック・リナ? どちらかと言うと私がいじめる側じゃない。……ただ、あの執事はやっかいそうだけどね。」
 ドルチェは人差し指で、退屈そうに三つ編みを弄びながら呟く。
「……なんでこんな事をしているのか知るためにも、話す機会をつくれるといいんだけどね。」
 どちらかと言うと好戦的なドルチェに対して、雫澄は平和的な解決を望んでいた。でも、その温和そうな態度が、ドルチェの癇に障ったらしい。
「好きなんじゃないの拷問が。シャンバラの血筋かしら? 中で聞いてきたら? 人を痛めつけるのはそんなに快感ですかって?」
「そんな酷い言い方できませんよ。」
「酷い言い方? じゃあ、どんな聞き方があるのよ? 言ってごらんよ!」
「争いは争いを生むだけだよ。何か説得できる方法があると思うんだ。」
 リナにも負けないようなサドっぷりのドルチェに圧されつつも、雫澄は反論する。熱気の篭る牢獄内がいけないのか――それとも古の住人達の恨みがそうさせるのか、奇妙な緊張感に包まれた室内だった。

 一方、壮太の方は逃げ道を調査していた。本当は親友であるエメをなだめたかったが、エメは超不機嫌で、超不愉快で、超白い人だったので声をかけるのを諦めた。しかしながら牢獄は頑丈で、腕利きの盗賊である壮太でも脱獄は難しい。
「こうなったら、発想を逆に考えるか。オレたちが牢獄に閉じ込められているのではなく、廊下が牢獄でオレたちが看守なのだ。……駄目だ、小難しい事は考えるだけ無駄だ。」
 【受験勉強、なにそれおいしいの?】が決め台詞の壮太らしい発想である。しかし、それでは話が進まないので、知恵をエメに求める事にした。
「エメ、どうすればいい?」
「ふぅ。」
 エメは一度深いため息をつく。ちょこんと体育座りで座り、両人差し指でこめかみを押さえる姿は何かの儀式にも見えるが……壮太は懲りずにもう一度声をかけた。すると、彼はようやく言葉を吐く。
「ふぅぅぅ、気に入りませんねぇ。このような扱い、状況、展開。全てが不愉快です。私も怒りで、赤い人になりそうです。」
(キ、キレてる。エメはキレてる。)
 口角を上に上げ、ギラリと目を光らせるエメに慄く壮太。ドルチェと雫澄の言い争い。結局わかった事と言えば、ここにいる四人には逃げる術が見当たらないと言う事だけだった。


 ☆     ☆     ☆


 ――そこから遡る事、一時間ほど前だろうか。レッドローズの牢獄での出来事。
「脱出なんて、無理無理。とりあえず、救出部隊が来るまで待ってようぜ。動くと腹減るしよぉ。」
 和服を着崩した久途 侘助(くず・わびすけ)は、床をササッと掃うと硬い石畳に寝転がった。【よからぬことを企む者】である彼も、現段階では体力・気力の消耗を抑えるのが肝要と心掛けているらしい。

 しかし、同室の猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)、パートナーの魔導書 『複韻魔書』(まどうしょ・ふくいんましょ)は諦めていなかった。
「【ドラゴンアーツ】!!」
 この部屋にいたのは六人。その人数の少なさからなのか、不思議と廊下に見張りはいないので、勇平は強行突破を目論んでいた。しばしば行き過ぎて大失敗してしまう彼のこと。見張りが百人いても同じことをした可能性はあるが、それは『〜たら、〜れば』の話である。彼は多少の音など気にせずに、ガンガンと扉を叩きまくる。
「勇平、そこ。そこ。そこ。」
「よっしゃあ、まかせろ!!」
 魔導書は小柄な身体を大きくコミカルに動かしながら、勇平に指示を出していた。しかし、頑丈な扉はビクともしない。

 一方、月詠 司(つくよみ・つかさ)のパートナー、シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)らは冷静だった。
「牢獄って言ったら、先輩達の残した抜け道が定番よね♪ さぁ、早く見つけなさい♪」
 シオンは司とイブ・アムネシア(いぶ・あむねしあ)に命令する。
「……了解です……。では私は高い所を重点的に探します……ハァ〜……。」
 漏れるため息は、この先の不幸を暗示するものか。反面、ポジティブなイブに引っ張られるように、司は抜け道を探す。それからどれくらい探索しただろうか、イブが歓喜の声を上げたのは。
「あっ、こんな所に抜け穴があるですぅ!」
 霊糸を編んだ長衣をまとったイブは、興奮を抑えきれないように皆を呼んだ。石畳を少し動かすとそこには確かに横穴が開いている。
「ちょっと見せてみな?」
 後ろで成り行きを見守っていた侘助は、スキル【光術】を使用して穴を覗き込んだ。中はジメジメと湿気を帯びた人が一人通れるくらい空間がある。奥の方まではよく見えないが、風が吹いており、先に何かが存在している事を示していた。
「やっぱり抜け道は定番よね♪(無駄骨に終わると思っていたのに……案外、セキュリティは脆いのね。)」

 シオンは考えるように顎に左手をかけて、頭を傾げる。しかし、考える間もなく、好奇心旺盛な勇平は颯爽と抜け穴に飛び込んでいく。
「よし、一番乗り! この先に武器があるはずだ!」
「勇平が行くなら、わらわも行かなければならないであろう。」
「待てよ。俺が行かないと何も見えないだろう?」
 その後にパートナーの魔導書と侘助、イブらが続き、シオンも仕方なく後に続く。
「ちょっと、主役を残して、先に行くんじゃないわよ♪」


 ☆     ☆     ☆


 結局、最後に残ったのは司だった。
「……置いてかれた。私……シオンくんよりは……主役……だと思うのですが……」
 周りは静まり返り、かなり不気味だった。でもそれ以上に司の心によぎったのは。
「……ちょっと出来すぎですねぇ。私なら……この先に罠が仕掛けておいて全て計画通り……って、しますけどね。けど、怖いから行きますか。」
 悪い予感を感じつつも、やや高い身長を屈めながら司は後を追う。ガランと開いた赤いバラの牢獄。

『待ち構えるのは希望――それとも破滅なのだろうか。』