薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

パニック! 雪人形祭り

リアクション公開中!

パニック! 雪人形祭り

リアクション

 細い鉄造りの門には白い冷気がこびりつき、その横の樫の木は凍えて立っているように見えた。
「何でしょう……この異様な寒さは……」
 錆びついた門の前で、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は眉をひそめ、尋常でない冷気の巣になっている古い家を見つめていた。
 その家が、呪術師グローシオの家だと、街の人間に聞いたからである。三年前に雪崩で死んだ子供・ナーリルの父親だ。この怪現象の元にあると言われている、親子のことを調べるべく、ザカコはこの家を訪れたのだった。
 だが、家の雰囲気は異様だった。人の気配はなく、巨大な氷の塊が家の中に詰まっているのではないかというくらい、非常な冷気が庭や門を越えて、外の道まで届いてくる。
「あんまり近付かない方がいいと思うぜ」
 不意に声が飛んできた。ザカコが見ると、高柳 陣(たかやなぎ・じん)が何やら渋面を作って、視線は同じように冷気の家に当てたままで声をかけてきたのだった。
「陣さんも、噂を調べてここに?」
 ザカコの言葉に、陣は首を横に振る。
「噂のことはよくは知らねえ。雪人形たちを追っかけてたら、この家に辿り着いたんだ」
「雪人形を、追って?」
「あぁ。何だか知らんが、あっちこっちから雪人形が集まってきて、この家ん中に入っていく。俺が見た限りじゃ、軽く三十体は中にいるな。この家、例の噂と何か関係あるのか?」
「えぇ。死んだ子供の親が住んでいると……」
「は? ここ、空き家だぜ?」
「えっ!?」
「ここの隣の家の人に聞いたんだが……おいっ! ティエンっ!」
 いきなり大声を上げる陣。視線を冷気の家に戻すと、家の周りを大型騎狼に乗って飛び回りながら、雪玉を家に向かってぶばばばと投げつけるティエン・シア(てぃえん・しあ)の姿があった。家のあちこちの窓が少しずつ開いていて、そこから顔を出した雪人形が、彼女に応戦している。数で圧倒的に彼らに分があるため、投げた以上の雪玉を食らっているティエンだったが、楽しそうに笑っている。
「見て見てお兄ちゃーん、雪合戦だよー、僕めちゃくちゃ負けてるー♪ 楽しー♪」
「何やってんだよ、雪浴びすぎだ!! 義仲も見てないで止めろよ!」
「しかし、本人は楽しんでおるようじゃが」
 呼ばれて、離れた庭の木立の上に立って見ていた木曽 義仲(きそ・よしなか)は、振り返ってしれっと言う。
「俺はやはり、ちいこい雪人形より雪像を相手にしてみたいもんじゃのう」
「雪人形さーん、僕もおうちに入れてー♪」
「待て迂闊に入るな!! 瞬間凍結するぞ!!」
 陣が何やらパートナーたちとわちゃわちゃの騒ぎになってしまったので、彼にそれ以上訊くのも負担になるかと思い、ザカコは自分で隣家を訪ねて情報を求めた。
「ナーリルちゃんが死んだ後、あの方は街を出たんですよ」
 おかみさんはザカコに話した。
山の中にある、古い番小屋に引っ越したらしいんですよ。山ほどの書物だけ持って。家は売りに出していきました。まだ買い手はついていないんですけど。グローシオさんは元々人付き合いがない人でしたから、あまりそのことも知られていなかったんでしょう」
「あの、展示場になっている雪野原の向こうの山ですか?」
「えぇ」
「一人で、ですか? あの、奥さんは……?」
「ずいぶん前に亡くなりました。体の弱い人でして。ナーリルちゃんは、ご夫婦が高齢になってからやっと授かった子で、それだけに本当に可愛がってらしたんですが……」
 おかみさんは声を落とし、しんみりと黙り込んだ。

 聞き込みを終えて、ザカコが雪人形のたむろする家の前に戻ると、そこにはセレンフィリティとセレアナも辿り着いていた。ティエンは、家に入るのを「大丈夫かどうか見極めてから」という陣の説得を受け入れて諦めた後、ならば雪人形を外に誘い出そう! と現在、義仲を付き合わせて家の中を外から探っている。
「うわあ、今度は山? また遠いわねえ」
 呪術師の居場所を聞いて、思わずセレンフィリティは声を上げた。
「行くんですか?」
 ザカコに訊かれて、二人はえぇ、とはっきり頷いた。
「自分は仲間に知らせてきます。公民館にいると思うので」
 二人が立ち去った後、ザカコは陣に言った。
「山には行かないのか?」
「えぇ。……やっぱり気になるんです、この家」
 死んだ子供のいた家は、今は空き家。だが、その家に雪人形が大集合しているのは何故か。単なる偶然か。そうとはっきり断言はできないと、彼は考えていた。
 陣は、誰にともなく呟いた。
「雪人形の中に死んだ子供がいる、と言った子がいる。もしかしたらこの家の中に、ナーリルって子がいるかもしれねえ」
 街の人々は恐れ慄いているが、実際には雪人形の行動は、まるで遊びたい盛りの子供のそれのようにばかり、陣の目には映っていた。