空京

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戦乱の絆 第2回

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戦乱の絆 第2回
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リアクション


ヴァイシャリーの館内部・戦闘2
 
 ヘクトルは「第七龍騎士団」の残った龍騎士達と仮団員達を集め、アイシャの部屋にほど近い踊り場の一角に布陣を敷いた。

「要塞到着までは時間がかかる。
 致し方あるまい、ここを決戦の場とするぞ!」
 
 ここで彼らを攻略せぬ限り、西軍がアイシャを救出することは永劫叶わない。
 
 ■
 
「ヘクトル団長おおおおおおおおおおおおおおおっ!」
 ブォンブォンと気用に前輪を上下させつつ、軍用バイクが大階段を上がってきた。
霧島 玖朔(きりしま・くざく)、『第七龍騎士団』への入団を願いたく、参上だぜ!」
「同じく、ハヅキ・イェルネフェルト(はづき・いぇるねふぇると)
 仮団員としての入団を希望致します!」
「ほお、オレの傘下に下りたいと言うのだな?」
「理由は?」
 と、鋭く。これはシャヒーナだ。
「『権力の頂点に立つ為に』。
 エリュシオンは強国だろ?」
「権力、か。
 おもしろい男だ」
 理由はともかく、戦闘のどさくさにまぎれての、しかもバイクで参上! という荒技に、ヘクトルは興味を持ったようだ。
 パートナー・ハヅキの抜け目なさも、彼等がタダモノではないことを物語っている。
「ふむ、こちらを警戒して契約者を守るか。
 契約するまでは気を抜かん、よい心がけだ」
 慎重さと大胆さに免じて、ヘクトルは(戦いの最中ではあったが)特別に入団を許可した。

 ヘクトルゥウウウウウウウウウウウウウウッ!
 
 地鳴りのような怒号が轟いたのは、直後のことだった。
 
 ■
 
「パラ実の吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)、参上!」
 竜司は上永吉 蓮子(かみながよし・れんこ)を下がらせると、刀を抜いた。
「俺は強ぇえ奴が好きだぁ!
 てめえは『七龍騎士』なんだってなぁ!
 だったら、俺とタイマン勝負しろ!」
 ペッと唾を吐く。
「いくぜ、ただの喧嘩さぁーっ!」
「腐れ地球人がっ!」
 ヘクトルは武器も構えず不敵に笑った。
「だが、根性は立派だ。
 ご婦人を下がらせての、1対1での勝負。
 その『騎士道精神』を称えて、お相手致そう」
「素手だと!? バカにしやがって!!」
 吠え面かくなよ!
 竜司は雄叫びを上げつつ、ヘクトルへと向かって行く。
 だが吠え面をかいたのは、竜司の方だった。
「『その身を蝕む妄執』! これで終わりだぜぇ!」
「ハッ! 甘いな」
 ヘクトルは攻撃を避ける。
「支援系スキル使わず、丸腰で対決するとでも思ったのか?」
 一瞬で間合いを詰めて、首筋に手刀を1つ。
 それだけだった。
 竜司の意識が遠のく。
「く……そ、格が違いすぎるぜ……」
 彼なりに研究して、ヘクトルに挑んだ。
 だがただ見ているだけでは、対策は練りきれなかったようだ。
 ヘクトルは彼の体を片手で支えると、蓮子に放り投げる。
「サービスだ。
 パラ実に飽きたら我が傘下に下るがいい、そう伝えろ」
 蓮子は竜司の巨体を引きずり、一目散に逃げてゆく。
 ヘクトルは目の前の西側勢を見据えて、冷ややかに笑った。
「さて、お次の相手は、どなたかな?」

「正攻法では、叶わない、か」
 当たり前だな、と【ヘクトルと相対】の匿名 某(とくな・なにがし)は遠目から率直な感想を述べた。
 結崎 綾耶(ゆうざき・あや)にギャザリングヘクスのスープを渡す。綾耶は不安そうに見上げている。
 彼は、大丈夫さ、と肩をすくめて。
「いくら強くても、それは人として『最強』ってなもんさ。
 奴は『神』じゃねえんだろ?」
「某の言う通りだ」
 追従したのは仲間の神崎 優(かんざき・ゆう)
 後方には水無月 零(みなずき・れい)が静かに佇んでいる。
「『七龍騎士』だが、『神』ではない。
 要するに、勝てはしなくとも足止めくらいは可能、っていうことさ」
 ヘクトル達の足止めをして、「アイシャ救出隊」の面々を最上階に行かせること。
 それが彼らの任務だった。
「だが、頭が必要だな」
 優はチッと舌打ちする。
「大丈夫だ。俺に任せろ! 優」
「某?」
 優の肩を叩いて、某が前に出る。
 
「ロケット、パアアアアア――ンチッ!」
 
 某はヘクトルにロケットパンチを浴びせると、そのまま煙幕ファンデーションを顔面めがけて投げつけた。
 突然の事に、ヘクトルはもがいている。
 煙は彼にまとわりついて離れない。
 チョットした目眩ましだ。
「ヘクトル! こんの!」
 シャヒーナが駆け寄ろうとするのを、ケイが止めた。
「何をするの? ケイ」
「俺は、あんたを守ると約束した。
 それに……まあ、見ていろ!」
 ケイは冷ややかに某達の暴挙を眺める。
 
「龍騎士の皆さん、先に言っておきます……ごめんなさい!」
 綾耶はアシッドミストを展開する。
 煙幕ファンデーションは解けていない。
 ヘクトル達の周囲は煙と酸の濃霧に包まれる。
「だがこれじゃ、標的の場所もわかりゃしねえ」
「大丈夫ですよ、優。
 いま、ディテクトエビルで位置を補足します」
 右に10人、左に5人……と、綾耶が位置を的確に割り出す。
「中央に1人。これは、強いわ……」
「ヘクトルかな?」
 優は鎌をかける。
「お前は地球に、地球人に絶望しているはずだ。
 なのに、その地球人に先手を取られて身動き出来んとは! 悔しかろう」
 ディテクトエビルがひときわ強く反応する。
 そこだな!
 優は迷わず、轟雷閃をはなつ。雷光が、濃霧の中にヘクトルの影を浮かび上がらせる。
「ヘクトル、覚悟!」
 優は雅刀を掲げ、ヘクトルに向かって行く。
 零はパワーブレスをかけつつ、注意を促す。
「優、深追いは禁物よ!!」
「大丈夫だ! この濃霧なら!
 某、行くぜ! 綾耶、援護を頼む!」
 某と優は武器を掲げて、ヘクトルの足を狙う。
 綾耶はサンダーブラストで、周囲の龍騎士達を警戒する。
 
 だが――。

「何だとっ!?」
 某と優は足下を見据えて、我が目を疑った。
 霧が晴れてゆく――。
 片足を突き、コピスを盾代わりに両名の刃を止めるヘクトルの姿があった。
「ほう、おまえら。
 オレに得物を抜かせるとは、な」
 ヘクトルはふんっと優達の武器をはじき返すと、立ち上がり様コピスを構えた。
「どれ、次は本気にさせてみるか?」
「く……っ!」
 某の足が鈍る。
 ヘクトルは余裕だ。部下達を偵察に回して1人で事に当たる。
 対する某は、優や綾耶と3人がかりだった。
 契約者としてのレベルも、自分達はそう低いとはいえないはずだが……。

 本気を出さなければ、負ける!
 
 彼は「神」ではない。されど人が到達できる最高の強さはある。つまりはそういうことなのだ。
 3人では、死ぬ気でかからなければ、ヘクトルの足止めすらかなわない。
 そう、この3人では……だが。
 
「ハツネのお人形……誰が壊していいって……言ったの?」
 声は宙から流れた。
 次の瞬間、ぐっというくぐもった声が、ヘクトルの口からこぼれた。
「闇討ち!?」
「一体、誰が?」
 だが、この隙を逃しはならない。
 某達は武器を収めて、追撃不可能な位置まで一旦距離を置く。
 
 光学迷彩の効果が解ける。襲撃者の正体が露わになる。
 ブラックコートに身を包んだ斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)が、リターニングダガーを手に眠そうな顔で笑っていた。白狐の耳としっぽがあるが、間違いなくあのハツネだ。
「くっ、また、おまえかっ!」
 ヘクトルは脇腹を押さえて立ち上がる。
 だが、弾かれたように横跳びに飛ぶ。
「ちっ、やり損ねたぜぇ、ハツネ! わりい」
 ブラックコートを脱ぎ去りつつ、大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)は乾坤一擲の剣をふるった。
 片手にベルフラマント。
 マントを突き抜けて、リターニングダガーがヘクトルを襲う。
 だが、これは諸葛 霊琳(つーげ・れいりん)が放った火術の風圧によって防がれた。
「諸葛 霊琳。エリュシオンに属するのか……?」
「某、優……」
 霊琳はヘクトルの前に立ち、某、優を見据えた。
 同じ国の学生だった者同士――だがいまは苦渋に満ちた様子で宣告する。
「地球のやり方で何とかなると思っていたから今のような自体になった。
 たった半年でその事を忘れたのか?
 今だって東が西を攻める大義名分をわざわざ自分から作りに来ているじゃないか」
「霊琳違うぞ! それは……」
「いいえ、違いませんよ、御両名」
 アラン・エッジワース(あらん・えっじわーす)はアムリアナ様、と瞑目しつつ。
「君たちに協力したせいで強いシャンバラを蘇らせる望みは絶たれのでございます。
 同じ過ちは犯したくないから、アイシャ様は渡せません」
「ましてやこんな卑怯者達には、ね」
 霊琳は意地悪く優達を見やる。
 彼の傍らには、ハツネ達の姿がある。
 確かに、臨時の逃げ場はここしかないのだが……。
 
「なるほど、おまえらはグルだった、ということか」
 霊琳達の言を受けてヘクトルは不快をあらわにした。
「地球人どもはウジ虫以下の下衆ども、と。
 シャヒーナを焼き殺さんとした、蛮族。
 今も昔も、やはり変わりはしなかったか……」
「シャヒーナ?」
 その時、隙をついて放ったハツネのリターニングダガーが、シャヒーナの顔をかすめた。
 切れてはらはらと床に落ちて行く二カーブ。
 
 い、いやあああああああああああっ!
 
 シャヒーナは、慌てて、両手で顔を覆った。
 火にあぶられ、醜くただれた女の肌。
「見ないでぇっ!」
「シャヒーナ!」
 ケイが背にかばう。羞恥に震えるシャヒーナの細い肩。
 ヘクトルは燃える目で某達を睨みつけた。
「おまえらっ! ワザと!!」
「ち、違う! あいつらは……」
 周囲を見る。ハツネ達の姿はない。
「誤解だ! お、俺達は……っ!!」
 某は慌てて両手を振った。
 この男には卑怯な奴に思われたくはない!
 とても矛盾していることなのだが。
 なぜかそう強く思ってしまったので。
 だがヘクトルは誤解したまま、下腹を押さえてシャヒーナを下がらせる。
 ケイに預けて、切っ先を2人に向けた。
「おまえらの性根は分かった。
 次に会った時は、命はないものと思え」
「ヘクトル……」
 
 どうっという、慌ただしい轟音が近づいてくる。
「某、優、よくやった!」
 階下から歓声が上がった。
「館は、我が西側軍によってほぼ制圧された。
『救出隊』の面々によって、アイシャが確保されるのも時間の問題だろう。
 足止め役、御苦労だった!!」
 大階段を駆け上がり、西側勢の本隊がヘクトル達に迫りくる。
「私達の役目は終わったわ……」
 綾耶が某と優の肩をポンッとたたく。
 彼等は唇を噛んで退散するしかなかった。
 
 ■
 
 ヘクトル達「第七龍騎士団」と、その仮団員達は確かに善戦した。
 契約者達の集団とはいえ、そこはエリュシオンが誇る「龍騎士団」なのだ。
 だが、西側の戦闘参加者は東側勢の、数にして三倍以上――。
 館外攻略組の多くが時を置かずして駆けつけたこともあり、流石の彼等も防戦に転じるよりほかはなかった。

「ヘクトル団長! そろそろ潮時です!」
 仮団員の朔が口惜しそうに助言する。
「ヘクトル、団員達の多くが傷ついている。あなたも――。
 体勢の立て直しが必要だわ!」
「まて、その前に!
 アイリス様と瀬蓮様は!」
 シャヒーナは窓の外を示した。目を細める。
 眼下の塀――その向こうに、少女2人の姿が確認できる。
「御無事であられたか! よかった」
「団長! 脱出を!」
 なぶらが進言する。
「分かった、だが、脱出の優先順位は女子供、新人を優先しろ!」
「んな悠長なこと、言ってらんないぜ!
 団長さんよお!」
 玖朔は、えいや! とファイヤーストームを放った。
 ヘクトルが止める間もない。
 間髪入れずに、スカサハがメモリープロジェクターで西側勢を攪乱する。
 
 バリンッ!
 
 踊り場の大きな窓が破壊される。
 霧の如く、ガラスの破片が舞い降りる。
 その中を「第七龍騎士団」の面々はくぐりぬけ、次々と外へと敗走して行く。
 1人遅れて、しんがりをつとめるヘクトルの姿。
「ヘクトル! 来い!」
 シャヒーナを団員の一人に預けて、ケイは片手を伸ばす。
「ふん、借りが出来たな」
 ヘクトルはケイの手をしっかと握る。
 そのまま、館から脱出する――。
 
 ■
 
 館の失火は、幸いその場にいた西側勢によって消し止められた。
 人数が多いということは、不意の対応もきくというものだ。
 
「トドメをさせなかったぜ……」
 悔しがる玖朔に、ヘクトルはそれでよかったのだ、と言った。
「あのまま火の手が館を覆ってしまったら!
 最上階でアイシャの警護に当たっていた仮団員どもにも被害が及んだのだ」
「あ、そ……それは……」
「我等はエリュシオンの騎士。
 地球人の契約者同士の戦いは、確かに『汚い』。
 だが団員となりたくば、『誇り』を忘れてはならん」
「ヘクトル団長……」
 玖朔は唇を噛んで俯く。
 だが、とヘクトルは玖朔の肩をたたいた。
「よくやった。おまえのお陰で助かったのだ!
 最上階へ行く西側勢の数も減った。
 護衛の者どもも、最悪の事態には至らずに済む。
 礼を言うぞ」
 
 玖朔が顔を上げた時、ヘクトルはアイリスの下へ駆け寄っていた。
「マ・メール・ロア セット」という単語が飛び交う。
 ハッとして、玖朔は港の方角に目を向ける。
 彼方に、かの浮遊要塞はぼんやりとその姿を見せ始めていた――。