校長室
選択の絆 第一回
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荒野がフェスティバル シャンバラ大荒野。 アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)は、束になった線香に火を点けた。 炙った線香の先がじわじわと赤みを帯びて、やがて燃える。 その火が全ての先を灯すのを待ってから、振って、消す。 線香の束から立つ、褪せた煙の匂いが昇るのを追うようにアルクラントは顔を上げた。 赤茶けた大地の広がる荒野に視界を遮るものは少なく、晴れ渡る青空が地平の先まで半球をさらしていた。 そのだだっ広い風景に、 ひしゃげた鉄筋を剥き出しにしたパラ実の校舎跡が影を伸ばしている。 そこにパラ実校長、石原肥満の墓は無い。 盛大な祭りが終わってからということなのか、あるいは、『無い』ことが当然なのか。 肥満という男がどんな者だったのかを考えれば、そのどちらもが有り得そうな話だった。 1946年、終戦間も無い頃の日本で、アルクラントの曽祖父は肥満と共に過ごしたことがあるという。 100を越えた曽祖父に代わり、アルクラントはこの荒野へ線香を上げに来た。 だから、彼自身は石原肥満について、概ね、政界財界パラミタ界に甚大な影響力を持っていた人物、という週刊誌が書き連ねる程度の事しか知らない。 しかし――。 「まあ……2009年にパラミタと地球とを繋いだ張本人だというしね」 「私とアル君、それに、他の人達と出会うことに大いに貢献してくれた人ってことね」 同行していたシルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)が荒野渡る風に髪を抑えながら言う。 アルクラントは荒野に線香の束を刺し、手を合わせ、数秒ほど深く黙祷を捧げてから、改めてパラ実校舎跡の方を見やった。 「裏の世界に絶大な影響力を持っていた石原肥満。 ……そんな彼の代わりが務まる者は、存在するのだろうか?」 シャンバラ大荒野は揺れていた。 激しく地鳴りと唸りを上げ、この巨大な“祭り”に騒いでいた。 荒野に住む、ありとあらゆる者がなんか盛り上がって、 武器を持ち、牙を剥き、恐竜を駆り、干し首を振り上げ、ぶつかり合っていた。 肥満亡き後、“舐めたヤツがパラ実校長となって荒野でデカい顔をするのは許せねぇ”と一触即発の雰囲気が漂っていた。 「おいおい……こいつは、マジで戦争でも起きそうな状況じゃねぇか」 宙波 蕪之進(ちゅぱ・かぶらのしん)は、戦々恐々としながら、騒がしい状況の端っこで蛮族たちが無意味に雄叫びをあげては武器を振り回して駆けまわる様子を眺めていた。 「どうすんですかい、お嬢。本当に戦争でも起きちまったら」 「まぁそれはそれでー」 この状況を作り出したのは藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)だった。 いや、元から荒野にその気配はあったのだが、それを煽って興奮状態へと導いたのは優梨子だった。 自身の「ドージェを手負いにした」という名声と、かつて古代シボラで『カツアゲ』を生み出し、元祖四天王として現代に名の残る蕪之進の名声とを利用し、「気にいらねぇ事をかますヤツは叩き潰すのが荒野の流儀」を改めて広めたのだ。 優梨子の狙いは、荒野をいいように扱おうと考えるものに「ガチでヤバイ」と思わせることだったが、何だか、盛り上がり過ぎてしまった感はある。 「……しゅ、首謀者はお嬢の方なんだからなっ」 蕪之進は誰にともなく言い訳した。 ■ シャンバラ王宮―― 「ジークリンデをパラ実の校長候補に!?」 高根沢 理子(たかねざわ・りこ)は、ロイヤルガードラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)の言葉に目を瞬かせた。 「ああ、これほどうってつけの人物は居ないと思うんだ。 石原校長が死んだ今、俺の母校パラ実は校長を狙って覇権争いが必ず起きる。 パラ実がゴタゴタすんのはシャンバラにとっても不利益があるだろ? ジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)を校長か教頭に据える事が出来れば、シャンバラ政府としても監視の意味で安心だ」 「でも……ドージェ信仰が厚いパラ実でジークリンデって、大丈夫かしら……?」 「ヒャッハァー! おい、理子ォ、何をちいせぇこと言ってやがる!!」 南 鮪(みなみ・まぐろ)である。 なんか、さっきまで王宮に入れる入れないで入り口付近で揉めていた。 「ジークリンデが今、どんな状況か言ってみろォ!」 「え……なんか、セリヌンティウスさんのところで幼稚園の派遣バイトしながら、セルシウスさんのところで派遣の鳶職をやってるとか言ってたけど――」 「そうだぁ!! ジークリンデは“覇権倍徒”だ! これにビビらねぇパラ実生はいねぇ!」 「ううう、相変わらずパラ実わけわかんなぃ……」 「更に! ジークリンデは元女王だ! その権威とバイトで培った行動力はパラ実の非不良生の心を掴むだろう! 更に、シャンバラ国防の観点から――……」 「ちょ、もう、なんなの、この理論武装! 絶対バックに誰か居るでしょ!?」 織田 信長(おだ・のぶなが)の入れ知恵です。 「えーと……あ、でも結局ジークリンデはバイトで忙しいから無理よ!」 「ああ、そこは『パラ実校長職』をバイトとして派遣斡旋してやる方向で」 こうして、 ジークリンデはパラ実校長候補(派遣バイト)となることになったのだった。 「まあ、安心しろ」 がっくりと落ちた理子の肩にラルクの手が置かれる。 その後ろでガイ・アントゥルース(がい・あんとぅるーす)が笑み。 「ジークリンデさんならなら大丈夫でさぁ」 「何かあったら俺が命をかけて守るからよ。 お前の大事なパートナーだ。 それに……あいつの大事な人でもあるしな」 その声は、とても優しいものだった。 ■ ナラカ帰りのイベント専用飛空艇にて。 「頼む!!!!」 国頭 武尊(くにがみ・たける)は完璧な土下座を披露していた。 特注波羅蜜多長ラン、学帽、白手袋、ローファー、サングラスで武装を固めた完璧な儀礼スタイルだ。 更に友情のフラワシが隣で同じように土下座を決めている。 「校長不在が続くのはマジでヤバイ! それに今、荒野やパラ実の不良達を纏め上げられるのは、アンタしかいねぇんだ! 管理人さん、いや、マレーナ!!」 「あらあらあら、どうしましょう?」 マレーナ・サエフ(まれーな・さえふ)、参戦決定。 ■ 一方、 弁天屋 菊(べんてんや・きく)は ガガ・ギギ(がが・ぎぎ)と共に空大を訪れていた。 「アクリト教授は不在か」 『最近はもっぱらニルヴァーナでフィールドワークを行なっている』 目当てはアクリト・シーカー(あくりと・しーかー)だったが、彼がニルヴァーナで不在なため、 菊が通されたのは、嵐を起こすもの ティフォン(あらしをおこすもの・てぃふぉん)の居る超巨大な学長室だった。 「まあ、仕方無いか。 実は、アクリト教授にパラ実の教頭になって欲しいと考えてるんだが」 本人に会えれば、礼を尽くし義を通し頼むところだったが、 結局、ティフォンへの相談のようになった。 『さて、シャンバラ大荒野には彼の興味を引くものも多くあろうが、 今の彼はニルヴァーナでの研究を急いでいるようでもある。 とはいえ、彼自身は古代シボラ、古代パラ実への興味から大荒野で調べたいこともあるかもしれん』 「足を運ぶことはあっても、教頭を頼むのは難しいってところか」 その頃、 如月 和馬(きさらぎ・かずま)と アーシラト・シュメール(あーしらと・しゅめーる)はアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)の元を訪れていた。 「最近は、百合園で肩身が狭くなってきているのではないかと思いまして」 アーシラトは優美な所作で、口元を扇子の内に隠しながら言った。 それを受けて、アイリスが面白がるように小首をかしげる。 「それは、どういう意味かな? 僕がインテグラル化を逃れた後、かつてほどの力を失ったから、ということかい?」 「いえ、聞くところによれば、最近はプリンセスカルテットなる者たちが台頭してきていると」 「可愛い後輩たちさ」 「勿体無いですわ。今の貴女は、まるで隠居した老人のよう」 「皆があらゆる危機に立ち向かっている時に、こうして、のんびりと過ごさせてもらっている事には些か罪悪感を感じている」 「それは良かったですわ」 アーシラトは扇子を閉じ、微笑んだ口元を覗かせた。 「わたくし、貴女がパラ実に要職でいらっしゃるのも面白いと考えておりますの」 ■ シャンバラ大荒野はパラ実校舎跡を中心にお祭り騒ぎだった。 猫井 又吉(ねこい・またきち)は舎弟を使い、武尊らがマレーナ・サエフに校長就任を要請した事を広めていた。 装輸装甲通信車で各地を移動しながら、マレーナに頼み込んでいる様子の写真や動画を宣伝広告の技術を駆使しながらバンバン広めた。 ドージェ信仰の根強い大荒野では、これを受け入れ、マレーナ支持が深まりつつあった。 また、パラ実の長は一人としないことを推す織田 信長(おだ・のぶなが)は、マレーナに並び立つ者として鮪とラルクらを介し、ジークリンデのパラ実派遣に成功。 ジークリンデの元女王という肩書きは非不良生徒らに安寧を与え、また、『覇権倍徒』という言霊の強さに惹かれた者たちはジークリンデを支持した。 更に、アイリスがパラ実入りを確実としている。 役者は揃い、パラ実校長の座をかけた超真剣な決議が行なわれようとしていた……。 「ヒャッハァ! 新しい大荒野時代の幕開けだぁ〜〜〜〜〜〜!!」 パラ実の校舎跡。 誰かがそんな雄叫びを上げたその時だった。 「――――ちょっと待ったぁ!!――――」 声は思いのほか響き渡り、最高に興奮していた多くの者が、校舎跡の鉄筋のてっぺんを見上げた。 ピーカン照りの青空を背に、立っていた人影。 それが自信満々やる気たんまりに宣言した。 「次なるパラ実の校長、それに相応しいのは、このサクラコ・カーディです!」 イルミンスール出身、空京大学所属のサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)の宣言が響き渡っていく。 目論見通り目立てたからか嬉しそうだ。 サクラコのちょっと調子に乗って興奮気味の声が続く。 「現世の英雄を目指す私! 古代シボラにSUMOUを伝承し、メンチとブチかましを歴史に編んだ私! そして、自称獣人の統率者たる私! そんな私こそが、真のパラ実新校長に相応しいのですよ! この私についていきたいと思うものよ、来たれ! ……ってね」 「ああ、うん。その『ってね』は遅すぎたように思う」 鉄筋の足元に居た白砂 司(しらすな・つかさ)の呟きは、熱狂と怒号と罵倒に埋もれた。 “あれ”が校長候補やれんなら、誰でもいけんじゃねぇかと。 そうして―――― パラミタに居る誰もがパラ実校長を目指し争う、乱世が到来したのだった。 でも多分バスケか何かで決まると思います。