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リアクション
全員の視線が上空の優菜に釘付けになっている。無防備になったパピーの頭上に、ランスをふりかざしたものがいたのだ。
レヴィアーグ エルアシス(れびぃあーぐ・えるあしす)である。
「敵の目標は、結局、このパピーでしょう? なら、簡単ですわ。パピーを殺しちゃえば、こんなバカバカしい戦い終りじゃなくて?」
丁寧なのは口調だけである。その猫族のような両眼には、殺意しかない。そして、その口調さえ変化した。
コワレタモノヲコウゲキスル。ソシテノロイヲキザモウ。
「危ない!」
カナンが金切り声を上げ、生徒たちが異変に気付く。だが、もう間に合わない。レヴィアーグは、パピー運搬隊にまぎれ、用心深くこの一瞬の間隙を待っていたのだ。
容赦のないランスの一撃が倒れたパピーの頭上に迫る。だが、
「…!」
パピーの雷撃とは異なる閃光がほとばしり、レヴィアーグは、跳ね飛ばされ、たくみに着地する。
「へえ、この期に及んで動物愛護団体にご入会かい」
レオンハルト・ルーヴェンドルフ!
憎悪にぬりたくられた声がパピーの前に立つ長身の青年に叩きつけられる。
「そもそも、先にこいつをや(殺)ろうとしたのはレオンハルト、あんたじゃなかったかね。そのあんたがなぜ、あたいを止めるのさ。この化け物はね、いつまでもパピーってわけじゃない。成獣になれば、あんたら教導団の強敵になるかもしれないんだ。だから、あんた、さっき、こいつを殺そうとしたんじゃなかったのかい」
だが、レオンハルトには、レヴィアーグの声は届いていない。その精悍な顔を汗が伝う。そこに最強の皮肉屋、教導団きっての問題児の姿はない。彼は混乱し、そのなかで、ただ自分を見上げるパピーの姿を見つめていた。
「シャンバラ教導団とは…いったい、なんだ?」
根源的な問いが呟きとなって自分自身を刺す。
なぜ殺す。グリフォンだから、モンスターだから殺していいのか。では、殺してよいものといけないものの境界線は、どこにある?
自分を見上げる澄み切ったパピーの目。疑うことそのものを知らないのではないかと思えるほどにきれいな瞳。
(このパピーとは、パラミタ大陸そのものじゃないのか。大陸に息吹くあらゆるいのちの象徴じゃないのか。もし、それを討ったら、おれは、これから先、守るはずだったものを、自分のこの手で汚すことになるんじゃないのか)
レオンハルトは、顔を上げる。大陸に行くことを決めたとき、父親からおくられた餞の声が心の底からよみがえる。
「忘れるな、レオン。信無くば立たず、だ。その言葉を杖にできるなら、お前は、どこまででも進めるはずだ」
無差別に発射される機銃弾がパピーや生徒たちを襲う。猛烈な弾雨。それを、思わず自ら楯となるようにして防ぐレオンハルト。
が、1発の銃弾がパピーの翼をつらぬく。グリフォンパピーの絶叫に、レオンハルトは驚愕した。
「か、勘違いするんじゃねえ。グリフォンの子供を守ったんじゃない。今は、いっきにやつらをやっつけたほうがいい、と思っただけだ」
自分の心を隠すように言い放ち、ふたたび戦場にもどろうとするその背中に、ちいさな鳴き声が聞こえる。振り返ると、パピーが自分を見て、弱々しく笑っているのだ。
(信無くば…立たず!)
自分が撃たれたにもかかわらず、まるで礼を言うようなその姿に、一度、レオンハルトの足が止まる。だが、彼はもうそれ以上躊躇することはない。また激戦の只中へと駆け出す。
「お人よしに宗旨替え? まあいいですわ。ただ、あんた、いつかこの子か、その身内に殺されるかもしれないわね」
低い呪いのようなレヴィアーグの声が戦場の轟音にかき消されていく。そのレヴィアーグは、いきなり頬を殴られ、その場に倒された。
「イルミンスールは魔女を育成しても悪魔を育てたことはない」
レヴィアーグは、その重厚な響きを反抗的な顔で見上げる。彼女のパートナー、アルバディグ・レノエリア(あるばでぃぐ・れのえりあ)が彼女を殴った自分の手を見つめながら、そこに立っている。
「おぬしは、我輩の友だと信じている。だからおぬしに願いがある。これは、ドラゴニュートとしての願いだ」
あのパピーがいずれ成獣のグリフォンになるように、我輩もまたやがて成獣になる。ドラゴンになる。成獣になれば、本能に目覚め、野性に還り、おぬしのことさえ忘れてしまうかもしれぬ。
「我輩がなにもかも忘れ、大陸を荒らすモンスターと化したら、その時はレヴィアーグ」
おぬしの手で我輩を殺して欲しいのだ。
レヴィアーグの目から大粒の涙があふれ、頬を伝い、流れ落ちていく。
「今しかできぬ約束だから言っている。我輩は、おぬしになら殺されてもよいと思っている」
レヴィアーグはよろよろと立ち上がる。そして、大きなアルバディグの胸に支えられるようにからだを押し付ける。
子供のようにイヤイヤをしながら、なにかを叫んでいる。が、その声は言葉にならない。あふれでる想いが言葉を押し流していく。
「友よ」
アルバディグはそっと胸の中の友人を抱きしめた。
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