薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

グリフォンパピーを救え!

リアクション公開中!

グリフォンパピーを救え!

リアクション

 与圧が急速に低下し、機体は高度を維持できなくなる。地上では、墜落してくる二枚の翼を、
「あらよっと」
と、ホーリーロープで鮮やかに確保するカッティがいる。
 かろやかに空転しながら、着地すると、イレブンは、ロブの持つカップに満たされていた紅茶が一滴もこぼれていないことに驚くしかない。
「世界に冠たる大英帝国にゆるぎなしってわけよ」
などと、ロブは胸を張る。胴体だけになった飛行艇が、不良品のおもちゃのようにひしゃげながら、沼地にめり込んだのは、その直後のことである。
 執事であるミヒャエルは、いかなるときもその謹厳さをうしなわない。敵機からの攻撃を回避している最中も、姿勢にはいささかの乱れもない。
 小型飛行艇の後部座席に座しているミヒャエルをちら、と見た緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は、さっきから気まずい雰囲気になやまされている。
 ミヒャエルは、駐屯地に戻ったアマーリエから送られてくる画像を幾度も見直した後、かすかな吐息をもらした。
「見ますか」
 操縦席のスイッチを入れると、小型パネルに、今までミヒャエルが見ていた画像が映る。
「要点を言え。遙遠は、めんどうなのが嫌いでな」
 遙遠は、本音で言った。
「今の画像に出てきた敵飛行艇、これらを系時的にブリップ(輝点)に変換すると、こうなります」
 それを見た遙遠は、はっとなった。緑色のブリップは、無秩序に見えて、常に一点を目指して進んでいることがはっきりとわかったのだ。思わず、遙遠は、眼を剥いた。
「ま、まさか、この場所は…」
「そう、グリフォンパピーのいる場所です」
 驚く遙遠に、ミヒャエルは、静かに言った。
「我々は、完全に敵に踊らされていたのです。アナクロな飛行艇による奇襲、規則性のない攻撃。楽に撃退できる弱敵とあなどっていた。しかし、彼らの真の目的は、奇襲でも攻撃でもなかった」
「パピーに機体ごと突っ込んで殺す。つまり」
特攻です
 ミヒャエルの言葉に、操縦桿にそえられた遙遠の握力が増す。
「遙遠は、子供の頃から戦場で育ってな。5歳の時には、もうダガーナイフを扱っていた。遙遠にナイフでの殺人方法を教えた教師は、その後、こう言ったよ。お前はおれが教えたことしかやってはいけない。だから、お前にテロと特攻だけは教えないとな」
 ミヒャエルが後ろでかすかに頷いたように、遙遠には感じられた。操縦をまかす。そう言って、遙遠は立ち上がった。
「遙遠は、敵機上で戦っているパートナー、紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)を援護する。あなたは、今のことを地上のみんなに伝えてくれ。そして、言ってほしい。グリフォンが怖くても嫌いでもいい。ただ、今だけは、パピーを守って欲しい、と。それとも…やはりパピーを守るのは、あなたの本意ではないか」
 ミヒャエルは、意外なほどやさしく微笑みながらかぶりを振り、かしこまりました、と言った。
「私は、職業柄、知識、行動、論理性、そのすべての正確さに厳格であれ、という想いにとらわれすぎてしまうときがあるのです。それを、今、君に正された気がしました。たしかに、この状況下でパピーを守るのは論理的には誤りでしょう。しかし、私は、忘れていました。人は」
 守りたい、という強い感情があるからこそ、常識を超え、不可能を可能にできるのです。
 遙遠は、そう言うミヒャエルにさびしげに一礼すると、あん馬の要領で機体先端に飛び移った。
 無辺の蒼穹の彼方からはなたれる機銃弾が虚空に点線を描く。小型飛行艇は、それを軽妙な機動でかいくぐりつつ、一機の敵飛行艇に接近し、遙遠は大きくジャンプして、その胴体に飛び乗る。
 そこで彼の指示を待っていた紫桜 遥遠。彼女を見ながら、ふたりの遙遠は、生き写しのようなお互いを見つめ、いつものように微笑んだ。
「似ているな、お互い」
「どうしたの、今さら」
 いや、なんでもない。そう応えた緋桜 遙遠の掲げた右手に巨大な炎が湧き起こる。
「無性に戦いたいときがあるのさ、なにかを、誰かを守りたいと思うときは、とくにな!」
 遙遠のはなつ火術が尾翼を直撃し、飛行艇はバランスをくずして高度を落としていく。
 応戦中の生徒諸君に告げる。敵の狙いは、我々学生ではない。グリフォンパピーを葬り去るための、これは大規模な特攻作戦である。
 スピーカーを通じて、ミヒャエルからもたらされたその報告を、生徒たちは、まだ信じることができずにいる。
 レオンハルトが率いる、通称「獅子小隊」は、士官候補生や他校の生徒の寄せ集めとは思えない、有機的な連携と効果的な攻撃で敵機の突撃を防ぎつづけている。
「ムダじゃ!」
 炎が爆発し、爆風による上昇気流で敵機がおおきく傾き、そこを狙撃され、大地を滑るように不時着させられる。
 獅子小隊の一員であるセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)は、心酔するレオンハルトのために火術を駆使して防衛線を張っているが、じつは、後方にいるパピーが気がかりでしようがない。彼女はじつは、大の動物好きなのだ。
(あんなにやせ細るまでミルクも飲まず、ここまで飛んできたのか…。私など、一回、ケーキを食べそこねただけで死にたくなるのにのお)
 セシリアは気付いていない。不時着させたはずの機体からパイロットが飛び降り、なにかわめき散らしながら、彼女に向かってくるのを。
 男のパイロットがふりかざした短剣。が、その切っ先は、コンバットアーマーにはじかれ、肉体に届かない。
「残念だったな。ついでに言っておくが、女の子へのはじめてのプレゼントなら短剣よりネックレスがいいぜ、オレの経験ではな!」
 同じ小隊のルースが男をカービン銃の銃把で殴り飛ばし、気絶させる。
「ルース…」
「おっと、惚れたね、このオレに。ならば、お嬢さん、このあとデート行きませんか」
 戦士としてあるまじき行動をとったセシリアを、命がけで守りながら、ルース・メルヴィンは、いつもと変わるところがない。それが、セシリアには、嬉しかった。
「そうじゃの、おぬしがタバコを止めたら考えてもいいぞ」
「あらら、こりゃ、初デートまでに100年はかかりそうだぜ」
 肩をすくめるルースの背後から爆裂した機体の破片が無数に襲い掛かる。