リアクション
さて、清々しく眠りに就こうと伸びをするヴラドの肩を叩く者があった。
「……それで、後片付けはどうなさるおつもりですか?」
振り向いたヴラドの目には、にっこりと笑みを浮かべたエメの姿が映る。
「え」
「……おいヴラド。また手伝ってやるから、さっさとコレ片付けるぞ」
全く考えていなかったらしい、ぽかんと口を開いたままに固まるヴラドへ壮太は素早く歩み寄り、既に用意していた箒をヴラドへ握らせた。「そこの白い奴が激怒する前にだ」と指差すまでもなく対象の判る壮太の言葉が聞こえているのかいないのか、エメはにこにこと穏やかな笑みを浮かべたままだ。
「ヴラド」
シェディが呆れたように促す言葉を掛けると、ヴラドはがくりと大袈裟なまでに肩を落とした。か細い声で「はい」と了承を告げ、未だ余り慣れない箒を握り込む。
手早く分担して、一同は眠い目を擦りながら屋敷の掃除を始めた。テーブルに山と積まれていたお菓子はすっかり影も形も残されていなかったが、細かな破片やクッキーマンの残骸があちらこちらに零れている。
壁のお菓子を剥ぎ取った壮太は、数枚ずつそれを抱えて外へ向かった。シェディも彼と共に壁を覆っていたお菓子を抱え、屋敷の外の森へと向かう。
「これは食べられるものなんだから、捨てちまうのは勿体ねぇよな」
壮太の言葉にシェディが頷き、二人は壁であったお菓子を細かに砕き始める。森の動物や鳥達が食べやすいであろうサイズにまで砕いて分けると、森の一角へと二人はそれをばら撒いた。
「これでよし、と。……おまえも苦労してるみたいだな」
どこか親近感を帯びた眼差しを向ける壮太に、シェディは深々と首肯を返した。
「貴方がたにも執事がいれば……ああ、蒼は駄目ですよ。私の大切な執事ですから」
広間の破片を掃きながら、エメは覚束ない手つきで掃き掃除に励むヴラドへと語り掛けた。添えられた言葉に反応したのは、テーブルを一つ一つ丁寧に拭いていた蒼だ。気恥ずかしげにテーブルの同じ部分を何度も繰り返し磨く蒼を見遣ったヴラドは、「シェディ以外の人と暮らしたいとは思いませんねぇ」と困ったように返す。
その言葉に反応したたまが、ぎゃう、と不満げな鳴き声を上げる。長い尻尾に巻き付けた布で床を拭くたまの口には、一匹の鯛が咥えられていた。蒼に貰ったそれを咀嚼していた満足げな姿から一転して不機嫌に上げられた鳴き声に、ヴラドは苦笑を滲ませる。
「あなたは勿論別ですよ。大切な私の家族です。……ああ、でしたら」
そこでヴラドは、ずいとエメへ顔を寄せた。以前の惚れ薬の余韻か照れたようにほんの僅か視線を逸らすエメの様子にも構わず、ヴラドはさも名案とばかりに言葉を続ける。
「あなたがたが、週に一回ほど清掃に来て下さるというのは」
「何を馬鹿なことを言っている、ヴラド」
そこへ、丁度庭から戻ったシェディが割り込んだ。呆れを露にした、何度聞いたかもわからないその声音に、ヴラドがしゅんと肩を落とす。
廊下では、ファルとユニコルノが共同で清掃を行っていた。
「変熊様は柔らかいのですね……」
不意に呟かれた言葉に、ファルはきょとんと丸い瞳を瞬かせる。変熊と天音のやり取りをこっそり窺っていたユニコルノは、不思議と記憶に残った部分を復唱していた。ファルの視線に気付くと、何事もなかったかのように掃き掃除を続ける。
「ボクも、タマちゃんみたいにおっきくなるのかなぁ」
不意に呟かれたファルの声に、今度はユニコルノが疑問を示した。「お母さんのことはよく覚えてないんだけど、すごくおっきかった気がするし」と添えられた言葉に、どこか微笑ましげに目元を緩める。
「きっと大きくなりますよ。ファルも、コユキも」
その言葉に無邪気に喜びを示すファルの尻尾を眺めながら、ユニコルノは何処か遠くを見るように目を細め、再び意識を清掃へと戻す。
ユニコルノの掃いた部分を駆け抜けるようにファルが拭き、廊下の清掃は手際よく進められていった。
そうして段々と屋敷が元の姿を取り戻していく中、テーブルを全て吹き終えた蒼は次の役割をエメに問いに行く途中、洗濯機の調子を確かめるミミの姿を見付けた。ミミもまた蒼に気付くと、笑顔で手を振る。
「いつもは食費が浮くぜ―とか言うくせに、壮太、甘いものには興味ないみたいでさ。だからスペシャルお菓子は探しに行けなかったんだ」
一休み、と銘打って近くの椅子へ並んで腰を下ろし、二人は取り留めもない会話を交わした。残念そうに紡がれるミミの言葉に、蒼は悩む間を置いた後、おもむろに可愛らしいハート形の入れ物を取り出す。
そのまま差し出された容器と蒼を、ミミはきょとんと見比べた。中の見えるそのケースには、見事に形の整った手作りトリュフが数個収められている。
「どうぞ。ホワイトデーのプレゼントです」
微笑む蒼の言葉に、一拍置いてミミは嬉しそうに破顔した。両手でそれを受け取ると、上機嫌な様子で口を開く。
「これも、スペシャルお菓子だね」
気持ちの込められた手作りのそれを手に、ミミは弾む声音で冗談めかした。
「どうぞ、体が温まりますよ」
お盆に乗せたホットチョコレートのカップを差し出し、ユニコルノは促す言葉を添えた。両手で受け取ったヴラドは、物珍しげに眺めた後に口を付ける。すぐに驚いたように深紅の双眸が丸められ、次いで満足げに緩められるのを見守ってから、ユニコルノは次のメンバーへとホットチョコレートを配り始めた。
寒い廊下を拭き続けていたファルがぴこぴこと尻尾を揺らしながら両手でカップを掲げ、嬉しげに飲み干す。一時休憩となった一同は広間に集まり、和やかに会話を交わしていた。
「で、勉強の方ははかどってんのか?」
壮太の問い掛けに、ヴラドは自慢げに胸を張って「シェディは完璧ですよ」と頷く。
「おまえだよ、おまえ」
「私……は、その、一夜漬けで」
言葉に詰まったヴラドが逃げるように呟くと、壮太とシェディは同時に肩を竦めた。「もう一杯ー」とファルの声が上がり、ユニコルノによって暖かく甘い飲料が注ぎ込まれる。椅子に反対向きに腰を下ろして足を揺らしているミミは、「おいしいね」と嬉しそうに蒼へ笑みを向けた。
やがて全員がホットチョコレートを呑み終えると、再び一同は最後の仕上げに向かい動き始める。
ふと、壮太がヴラドの肩を掴んだ。怪訝と丸められるヴラドの瞳に、思い出したように壮太は告げる。
「そう言えばお前、どうせ菓子作った時に着てた服も洗ってねぇだろ。ついでだからミミに洗ってもらえ。今着てる服もだ。脱げ、ここで」
有無を言わさず、口を挟む暇すらも与えられず紡がれた指示に、ヴラドはぎょっと目を見開いた。
「こ、ここで……ですか?」
「ああ。呼雪が風呂の準備してるみたいだから、ついでに先に入っちまえよ」
ヴラドの躊躇の理由には気付かず、壮太は平然と頷いた。続けられた言葉の内容に、ヴラドは驚愕を露にする。
「呼雪さん……というのは確か、その……あの……」
うっすらと頬を染めるヴラドに、壮太は訝しげに眉を寄せた。以前も呼雪と浴室を共にした覚えのあるヴラドが照れたようにもじもじと言葉に詰まると、壮太は苛立たしげに彼の服へ手を掛けた。
「良いからさっさと脱げ! ほらミミ、任せたぜ」
ぎゃあぎゃあともがくヴラドの上着を脱がせ、「せめて自分で」と懇願するヴラドから手を離した壮太は、剥ぎ取った衣服をミミへ投げ渡した。ランドリーのスキルを用いてミミが洗濯を始め、壮太から逃げるように、ヴラドは浴室へと駆け出した。
「待っていた」
辿り着いた脱衣場の中、タオル一枚のみを身に付けたシェディの傍らでそう声を掛ける呼雪に、ヴラドは言葉もなく動きを止めた。「あ、あ、あ」と声を漏らすヴラドを、呼雪は怪訝と眺める。
「あなたまさか、シェディに手を出しぶっ」
引き攣ったヴラドの声は、シェディに投げ付けられたタオルが顔面を捉えたことでくぐもった呻き声へと変わった。いそいそとタオルを巻き付けるヴラドを不思議そうに眺める呼雪は、シェディへと問い掛ける。
「俺が……何かしただろうか」
「……気にしないでくれ」
しかし、ヴラドの視線は未だに呼雪から離れない。
「あ、あなた今度はシェディにまで手を出し」
「ヴラド、うるさい。……何かあった、のか?」
落ち着きのないヴラドの様子を訝しんだシェディは、今度は呼雪へと問い掛けた。いや、と呼雪は首を左右に振り。
「一緒に風呂に入ったくらいだ」
そう答えた言葉に、今度はシェディが固まる番だった。ファルもそこにいた、という最も重要な事項の抜けたその言葉は、シェディにあらぬ誤解を抱かせる。どこか鋭さを増したシェディの視線を受けて、呼雪は困ったように言葉を重ねた。
「爪を切っていたら」
「その場にはボクもいたから大丈夫! はいはい、早くお風呂入ってね〜」
不穏な気配を察して駆け付けたファルが呼雪の言葉を遮り、いまだ納得していない様子のシェディの背を押した。渋々浴室へ向かう二人を見送り、ファルはぴんと尾を立て爪を一本立てる。
「コユキはちゃんと全部言わなきゃダメ!」
吼えるようにファルの行った言葉に、呼雪は未だに疑問気ながらも一応首肯を返した。
「……ずっと、思っていたんだが」
共に湯に浸かりながら、おもむろにシェディの切り出した言葉に、ヴラドは彼の胸元へ寄りかかりながら目を向ける。
「おまえは、俺には何かくれないのか?」
「……それ、逆ですよ、たぶん」
男性同士ということでいまいち定まらないイベントに苦笑しつつも、ヴラドは言葉を返した。地球人であるシェディよりもヴラドの方がイベントに詳しいというのもおかしな話ではあったが、シェディは困ったように眉を顰める。
「そう、か」
「……別に今更、物は要りません。私を薔薇の学舎へ入れて下さるのでしょう? それが何よりの贈り物ですよ」
嘯くヴラドに、シェディは片手で額を押さえて苦笑した。呼雪や壮太により用意された二人きりの空間で、静かに二人は言葉を交わす。
「私からは何を差し上げればよろしいでしょうね」
「おまえがほしい」
茶化すように喉を鳴らしながら紡がれたヴラドの問い掛けに、シェディは迷いなく言葉を返す。温かな温度に包まれた空間で身を寄せ合い、二人はどちらともなく唇を重ねた。
ヴラドとシェディが湯から上がると、元通りの姿を取り戻した屋敷の客室からは、七人分の寝息が響いていた。
「……ありがとうございました、皆さん」
薄く扉を開けたヴラドは、二度に渡って屋敷の清掃に手を貸してくれた一同の姿を嬉しそうに眺めると、静かにその扉を閉めた。
窓の外から差し込む光は、いつしか鮮やかな赤へと色を変えていた。
お久し振りです、シナリオを担当させて頂きましたハルトです。まずは、ここまでお読み下さいましてありがとうございました。
そして、度重なるリアクションの公開遅延を申し訳御座いませんでした。私のスケジュール管理不足とアクション処理能力、体調管理の全てがあいまった結果、このように多大な遅れを出してしまうこととなりました。執筆期間中はつい睡眠時間が不足してしまうため、恥ずかしくも体調を崩してしまいます。毎度の遅れ、大変申し訳御座いません。以後重々気を付けていきたいと思います。
また、せめて遅れてしまった分もリアクションをお楽しみいただけますと幸いに思います。何度かご参加頂いている方、今回初めてご参加頂いた方、皆様の様々なアクションや感想を拝見出来るのがマスターとしてリアクションを執筆させて頂く中で何より嬉しいことといつも感じています。皆様のご期待にお応えできるよう、少しでも楽しいリアクションが書けるように努力していきたいと思います。
では、この度はシナリオへご参加頂きましてまことにありがとうございました。次にお会い出来る機会を楽しみにしております。皆さまも、寒さと夜更かしには気を付けてお過ごし下さい。