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リアクション
8.迷いの森・救助隊B
蝋人形化した生徒達を捜すグループ【救助隊B】の面々は、森の前を捜索していた。
その中には、もちろんレンから頼まれた町民達も参加している。
が、スカサハとアンドラスの使い魔を警戒して森の近くには近づけない。
彼らは「森に近づく者達」には無差別に攻撃してくるからだ。
「朔のパートナーも面倒なことをしてくれたものだな」
橘恭司と椿薫は眉をひそめる。
だが事はすぐに解決を見る。
【救助隊A】の「竪琴」で味方となったトレント達の活躍より、使い魔達はことごとく蝋人形化してしまったからだ。
手並みの鮮やかさに、薫は感嘆して。
「味方になれば、心強い『守護神』でござるかな?」
「だが、彼らが活動できるのは『迷いの森』の魔力が及ぶ範囲だ」
恭司は踵を返し、歩を進める。
「まして『竪琴』を持たない俺達は、彼らを扱えない。車か……地道に探すしかない、か」
まずは蒼空学園のアリアかな? 恭司は呟いて森を睨む。
■
恭司達が捜す乙女――アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)はいまだ森の中にいた。
彼女と同じ場所で蝋人形化されたレアル・アランダスターの姿はない。
あの野獣のような性欲の男の姿が無いことはホッとすべきことであるが、今彼女が置かれた立場はやはり地獄だった。
(えーん、こんな格好で、やっぱり助けられたくなんかないよおー!)
蝋人形でなければ、泣き叫びたいほどの有様で、アリアはじっとこらえていた。
トレント達はペルソナの命に従い、自分を弄ぶだけ弄んでどこぞへ消えてしまった。
そんなこんなでアリアの格好は現在、ほぼ裸体に近い恰好で放置されている。
おまけに「地球人」の彼女は、ペルソナにとっては「生贄にする価値もない」。
このまま放っておかれる確率が高く、絶望的な状況の中で、アリアはただ仲間の救助を待つしかなかった。
(蝋人形ってことは、餓死はないかもしれないけれど。永久に晒し者の屈辱を味わったままってことよね?)
屈辱に追い打ちをかけるように、ペルソナの声が呼び起こされる。
「その手の業者に売っちゃうんだからねえ〜」
彼は無邪気にキャハハハッと笑った。
「僕は知らないんだけどさあ〜。女の人の穴と凹凸部分が使いものになるらしいからさあー。あー、何だか大変みたいだけど、せいぜい頑張ってよねえ〜」
(穴……って、アレよね? 絶対……)
休む暇なくて、気持ちよくなるのだとも言っていた……。
(いやーん、最低っ! そんなこと出来る訳ないじゃない!)
赤面して身をよじった……つもりだったが、蝋人形化した体は動かない。
で、はたと思い至った。
(「業者に売り飛ばす」ってことは、放置されることもないのかな?)
一旦森の外に出される確率の方が高いということだ。
(その時に、仲間が気づいてくれたらいいのだけど……)
けれどペルソナは気まぐれなのか、忘れてしまったのか。
待てど暮らせど外へ出る動きはない。
時折、動物達が興味深げにアリアをおもちゃにして遊ぶ。
転がされて苔塗れになり。
動物達に舐めまわされ。
シャーッと尿までかけられて……。
(キャアッ! 乙女になんてことするのよ!)
そうしてアリアは実に「色々な意味で」穢れて行くのだった。
アリアが森の屈辱から解放されたのは、長い時間経過してのことだった。
動物達の足によって、森の外に蹴り出されたのだった。
「あれ? 積荷がまだあったのかい?」
森の前でトラックを止めていたペルソナの手下――黒服2名は、アリアをそのまま荷台へ放り込む。
「きったねえ女! ま、いいか。どーせ、アレまみれになるんだからさあ!」
卑猥な笑いを浮かべて、黒服達は立ち去る。
そうしてアリアは、何と! レアルの上に覆いかぶさるようにして固定されてしまった。
(勘弁してよー! この格好で!)
ルミーナのためとはいえ、どうして森へ足を踏み入れてしまったのだろう?
今はおのれの無鉄砲さを呪うアリアであった。
■
その頃、野原キャンパスでは少々事件が起きていた。
「うーん、何だあ! ここだよなあ!」
言って、ふらつく足取りで大きな三毛猫……もとい、ゆる族の猫井 又吉(ねこい・またきち)が校舎に転がり込んできたのだ。
「おーい、誰かいねえのか? 薬を分けてもらいたいんだが……」
そして話を聞いたところ、どうやら蝋人形化したと思われるパラ実の国頭 武尊(くにがみ・たける)のパートナーだということが判明したのだった。
「そうか。じゃあこの『幻』は夢じゃくて、武尊の『蝋人形化』の所為だと言うんだな?」
保健室のベッドを確保した又吉は、養護教諭と学校に残っていた綺人、クリス、ユーリから事情を聞いていた。
「そうだね」と綺人は考え込んで。
「だから、ひょっとしたら。あなたの契約者は、猫井さんにどうしても伝えたいことがあるのかもしれませんよ?」
「そうですよ、きっと!」
クリスが続ける。
「パートナーですもの! 頼りにするのは当然です! お尋ねしてみてはいかがですか?」
「そ、そうかな?」
又吉は頭をかきつつ、クリスの勧めに従う。
「じゃ、じゃ。仕方ねえから、武尊の奴に聞いてみるかな?」
又吉は武尊に問い掛けた。
「武尊、武尊、何か俺に言いたいことでもあるのか?」
又吉は言葉の代わりに、イメージを受け取る。
暗い森。
変な人形。
髭のおっさんの姿……。
「後は荷台だなあ……白いトラック……『いいこと商会』のロゴがついたトラックだ」
武尊の思念が流れてくる。
(あー 動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け。
動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け。
動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け。
動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動けえーっ!)
(チクショウ、動けるようになったら唯じゃ済まさねぇからな。覚悟しとけよ!)
又吉はフッと笑った。
「へっ、武尊の奴は元気みてえだな!」
武尊の不屈の思念はとめどもなく流れてくる。
(そうだ、携帯。携帯で又吉呼び出して助けに来させよう)
「もう来てるってばよ!」
(おう、何だ? 又吉の幻聴が聞こえるぜ……死期が近いのか?)
「違うぜ、ちゃんと話してんだってば。気づけ、そのくれえ!」
(ん? 又吉……なのか?)
「そうだ、俺だ」
又吉は安堵の息を吐いた。
「という訳で武尊、待ってろよ。すぐに助けてやるからな!」
ともかく、又吉の情報から蝋人形化した生徒達は「白い、『いいこと商会』のロゴがついたトラック」に閉じ込められていることが判明した。
綺人が言った。
「【救助隊B】へは僕から連絡しますよ。猫井さんはその間に体を休めて、体調の回復に努めてくださいね」
■
「はあ、白いトラック……ロゴでござるか!」
綺人から連絡を受けた薫は、恭司と手分けしてトラックを捜すこととなった。
「ダークヴァルキリーに『捧げる』というワード。トラックと止められる程度の領域」
恭司は指を折る。
「広く誰にも邪魔されない場所を、捜すのがいいだろう」
薫に指示して行動に移す。
有志の町民達とも連絡を取り、はたして問題のトラックは森の前で見つかった。
すぐに見つかったのは、シャンバラでは車の存在自体が珍しいものであったこと。
それに恭司の指摘が正しかったこと。
以上の条件がそろったから。
「『いいこと商会』のロゴ、これだな」
恭司の言葉に、薫は頷く。
トラックの裏手に回る。
薫が合図を送ったとたん、恭司は物騒にもブライトグラディウスを取り出し、運転席に近づいた。
バンッ、とドアを閉めたまま、開きっ放しのサイドガラスから、ブライトグラディウスの切っ先を鼻先につきつける。
「死にたくなかったら、蝋人形の居場所を白状するんだな」
「え、へへ……だ、旦那! 蝋人形なんて! 私達はただの運送業者で……」
「ほう、そうでござるのか?」
声はトラックの後方から流れてきた。
特技「捜索」を使った薫が、荷台からアリア、レアル、武尊の蝋人形を捜しあてた所だった。
「では、あれは何だ?」
ドアを乱暴に開けた恭司は、2人の腕を掴んで引きづり出す。
町民の1人が声を上げた!
「や、おまえ達! 宿屋のボディーガードじゃねえかっ!」
「何だと?」
恭司は軽く蹴り上げて、2人の顔を上方に向ける。
見覚えのある顔だった。
「ああ、そうだよ! 俺はあの魔術師の仲間で、友達なんだよ!」
開き直った彼らは、ベラベラとよくしゃべる。
いかに町の人間が、優しかったペルソナに惨い仕打ちを下したかを。
「そんな酷い奴らの味方を、おまえらはするのかい?」
恭司は真偽を確かめるため、町人達の顔色を窺う。
だが隙をついて、運転手達はトラックに逃げ込む。
そのままアクセルを全開にして、走り去ってしまった。
追い掛けようとする恭司を、薫が止めた。
「我々の仕事は仲間の救出でござるよ。小物達の処断ではないでござる」
足下の蝋人形達を指さす。
「そうだな。見ればこのまま連れ帰っては、哀れな者もいるようだ」
そして恭司はアリアの汚れをきれいにふき取った後、ブラックコートを優しくかぶせる。
かくして3体の蝋人形は、町民達の手も借りて丁重にキャンパスへと運ばれた。
(男の人か。男の人でも、こういう人もいるんだな……)
恭司に抱えられたアリアは、恭司の逞しい腕を感じながら胸をときめかせるのだった。
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