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・空京駅1


 終電後の駅前広場はひっそりとしていた。そこにいるのはわずか三つの影。
「準備OKよ」
 葛葉 明(くずのは・めい)は、缶の周囲のトラップの準備を終えた。
「こちらも大丈夫です。あとは、明かりを消しましょう」
 赤羽 美央(あかばね・みお)もまた、仕掛けが完了したようだ。駅一帯は夜でも明かりが灯っているため、それらを消していく。街灯は黒布で覆い、駅に至っては電源を落としてもらっている。
「見事に真っ暗ですね。あ、光の扱いには気をつけて下さい。自滅しては元も子もありませんからね」
「わかったよ。でも、またえぐい事考えたよね」
 美央の用意したトラップは、それが苦手な人には精神、肉体ともに大ダメージを与える。
「こちらの準備も整った事デスシ、いよいよゲームスタートデスネ」
 美央のパートナー、ジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)は黒い笑みを浮かべている。
「さて、攻撃側をあぶり出すとしまショウ。行ケ、ゴースト三兄弟!」
 ジョセフは駅周辺にアンデット・ゴーストを放った。
(うう、お化け怖い……)
 心霊現象が苦手な美央は、パートナーのゴーストにさえも抵抗があるようだ。

 彼女にとって幸運だったのは、あくまでもゴーストが味方側にいた事である。もし、攻めてくる人間がネクロマンサーだらけだったら、間違いなく卒倒していただろう。
 かくして空京駅でのゲームもスタートした。

            * * *

(静かだな……)
 段ボールを被り、駅構内を這いながら移動する葉月 ショウ(はづき・しょう)はそう感じていた。
 地上、特に日本では終電後にホームレスがたむろっていたりしたものだが、さすがに空京ではそのような事はないらしい。
 とはいえ、朝の始発を構内で待っている人くらいはいるようだ。その多くはヒラニプラ鉄道の改札付近に溜まっている。
(お兄ちゃん、そのまま進むとすぐに広場に出ちゃうから、ちょっとだけ遠回りでね)
 ショウの後ろからルート指示をするのは、パートナーのガッシュ・エルフィード(がっしゅ・えるふぃーど)だ。HCのマッピングデータを参照しながら進んでいく。
 改札内にこそ入れないものの、駅自体は広大だ。パラミタの者でも、構内図がなければ迷ってしまうほどに。
(おっと、オッサンからか)
 空京駅付近の上空にいるらしい、ラグナ・ウインドリィ(らぐな・ういんどりぃ)から連絡が入る。
(缶周辺には誰かがいる気配はない。じゃあ、探しに出てるってことか)
 段ボールの覗き穴から外を見る。が、さすがに広範囲は見渡せない。
(外の遊歩道あたりまでいければ……でも、もたもたしてると負けちまうからな)
 彼は如月 玲奈(きさらぎ・れいな)と、どっちが先に缶を蹴れるかという勝負もしていた。そのため、のんびりもしていられないのが実情だ。
 そんな時、その近くをゴーストが通る。
(……気付くなよ)
 とはいえ、相手は何やらぶつぶつ呟きながら徘徊しているゴーストだ。時間帯を考えればかなりホラーである。それはショウの被る段ボールの脇を素通りしていってくれた。
 そのゴーストが一直線に向かう先には、別の人影があった。
 呪術師の仮面を被り、頭は魔女の帽子、左手にティーカップパンダを持ち、右手で杖をシャンシャン鳴らしながら歩いているその姿はどう見ても怪しい。胡散臭い占い師、という感じだろうか。
 ゴーストがその人物にぴたりと背後からくっついていく。傍から見れば、胡散臭いその人物がネクロマンサーのようだ。
 なお、この人物の正体は五月葉 終夏(さつきば・おりが)である。そのまま堂々と通路を歩き、広場へ躍り出ようとしていた。
 参加者全員の顔が割れている以上、変装というのは常套手段である。
 特にこの空京駅は五つのエリアで最も狭く、缶の100メートル圏内に限定すれば障害物もほとんどない。だからこそ、たとえ見つかったにしても「時間稼ぎ」が重要となる。(そろそろ頃合いデスネ)
 駅構内の出口付近、ジョセフはそこで構内から出てくる者達を待ち構えている。
 三体のゴーストは別々の人間の近くを漂っている。
 一人は、終夏。
 では、あと二人は?

            * * *

『いやぁ、今日は君によいつぶれちゃったよぉ』
 駅構内、下ろされたシャッターが立ち並ぶ連絡通路にて。
 2000年代の日本、渋谷にいそうなちゃらちゃらした格好の若者が電話をしていた。『あはは、それかわいいねぇ。じゃあ、今度はもっとはりきっちゃおうかな〜』
 相手は女性のようである。顔を赤く染めているところを見ると、酔った勢いで女の子を口説いているように捉えられなくもない。
 おぼつかない足取りで、ふらふらと広場へ向かっている。
 途中、待合用のベンチの辺りで始発待ちの人がいたので声をかけた。
「せっかくだから、外の風に当たりながら一杯どう?」
 さすが酔っ払いというべきか、その場のノリで杯を交わして雑談しながら歩き続ける。 そんな様子を、ジョセフのゴーストの一体が眺めていた。捕捉完了である。
 かの人物は、参加者の一人佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)だ。この時点で正体がばれているかは分からない、しかし確実にマークされていた。

 さらにもう一人。

 駅構内、ぺデストリアンデッキの手前。
(街灯の明かりもない……妙です)
 いたのはヒーローだった。
 仮面ツァンダーソークー1である。ただし、本物ではない。やたらと背が高いツァンダーである。
 ここを半分まで渡れば、100メートル圏内だ。だが、
(柵に隠れるのは難しいですね)
 駅構内に比べ、遮蔽物がほとんどないことに気付く。ただし、徹底して明かりが落とされているのは彼にとって一つの救いであった。
 ブラックコートで周囲に気配を馴染ませながら、超感覚、殺気看破、禁猟区、ディクトエビルを展開し、一歩一歩距離を縮めていく。
 まだ守備側のいる気配はしない。
(……っ!)
 だが、冷たいものを彼の肌は感じた。駅構内、自分がさっきまでいた場所からゴーストがじっと見ているのである。
 おそらく錯覚であろう。ゴースト自体には他者の気配を読むスキルはない。とはいえ、そこにいる、という事は一つの事実を表す。
(近くに術者がいる、というわけですか)
 暗がりでは捉える事が出来ない。だが、使役する以上、それほど離れた場所にはいないはずである。
 そこで、彼はある行動に出た。
 取り出したのは携帯電話。それを操作して、情報撹乱を行う。守備側の連携を阻害しようという試みだ。
 あとは、明かりがほとんど灯っていない事を利用して100メートル圏内に足を踏み入れるだけだ。
 ……だけだった。
(!?)
 違和感に気付く。ただの闇ではなかった。闇術による闇黒、である。
 それ自体には悪意も邪念も殺気ない。ただの暗黒、だからこそ夜の闇に同化しやすい、とも言えるだろう。
 そして彼――ツァンダーに扮したリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は、何者かの気配を感じ取った。
(まずは一人!)
 彼の背後から、守備側の一人であるジョセフが迫っていた。

            * * *

 空京駅の外。
(問題はこっからやな)
 桜井 雪華(さくらい・せつか)が駅前広場を見据えている。
 いくら暗いとはいえ、目は慣れてくる。
(同じように、外側から攻める人がおるか確かめてみるか)
 携帯電話で、同エリアの攻撃陣の位置把握を試みる。
 外側で他にいるのは、
 高里 翼(たかさと・つばさ)
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)
 そして上空のラグナ・ウインドリィ(らぐな・ういんどりぃ)である。
 ここまでは判明した。
『一見無防備そうですが、だからこそ迂闊に飛び込むには危険です』
 翼がそのような文面を攻撃側に送る。
『ここは守備側をあぶり出す必要があります』
 そのための作戦がどうやらあるらしい。
 雪華の位置から缶までは障害物がほとんど存在しない。駅舎の壁沿いに辛うじて段ボールが見えるくらいである。
 その時である。
 キ―ンと。
 コインがコンクリートに当たる音が響いていきた。翼の陽導が始まったのである。手始めに彼女は復興記念コインと古銭を投擲して、あえて物音を立てた。
 なお、その場所は全て100メートル圏内である。理由は、ルール14だ。圏内なら、タッチルールは適用されない。見つかっても、振り切れれば缶を蹴るチャンスはあるのだ。
(動きませんね。ならば、缶に直接の危険が迫ったらどうでしょう?)
 静寂の中に、再び音が鳴る。
 今度は、一瞬の音ではない。疾走する足音、それに何かを引きずるような、そんなものだった。
 ――馬である。
 誰も騎乗していない馬が鎖の巻かれた棺を引きずって、そのまま一直線に缶へ特攻しているのである。いろいろと無茶苦茶な光景だ。
 誰も載っていないのだから、あくまでもペットとかと同じ扱いである。ダメなら上空のどこかから監視している主審から反則のコールがかかっているはずだ。
 しかし、缶に行き当たる事はない。明が仕掛けたロープであえなく転倒してしまう。
 それでも十分に時間は稼げた。
(罠を解除したら、缶は頼みますよ)
 缶めがけて、今度は翼本人が躍り出る。手に持っているのは薙刀だ。それで缶の周囲のロープを斬っていく。
 そのタイミングで、駅のぺデストリアンデッキから広場に飛び込んでくる姿があった。
 パラミタオオカミに似たその姿は、ジャック・フォース(じゃっく・ふぉーす)である。缶までの距離はおよそ120メートルというところか。
「まずは一人!」
 空中、黒檀の砂時計と軽身功によって勢いをつけた美央がジャックに追い付いた。駅の壁を勢いよく蹴り、そのまま手が背中に触れる。飛行能力を有しないジャックに、空中で避ける術はなかった。
「ジャック・フォース!」
 叫んだのは105メートル地点。ギリギリであった。
 しかし、
「これで守備側一人、押さえたぜ」
 不敵な笑みを浮かべるジャック。下を見れば、その理由が分かった。
(なるほど、囮ですか)
 地上、広場の缶めがけて走っていく如月 玲奈(きさらぎ・れいな)の姿がそこにある。
 ちょうど翼がロープを解除し始めるのと同じタイミング。
 しかも、別方向からも飛び出してくる影がある。缶まで50メートルを切った。
(ですが、そう簡単に缶には触れませんよ!)