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五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

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五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

リアクション


第一章


・PASD、潜入


「先客がいるようですね」
 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)がパラミタ内海にある施設の入口付近を注視する。
 何者かが通った形跡、しかもそれほど古くはない。
「やっぱりリヴァルトはここに来たのかねぇ?」
 曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)がその形跡を確かめる。
「可能性は高いですね。しかし、彼だけとは限りません。エミカ殿によれば、先行している者達もいるようですから。それに――」
 小次郎が続ける。
「先日も別の勢力とみられる者が確認されています。その可能性もありますね」
 傀儡師や伊東 甲子太郎の事は報告で聞いている。もしかしたら、既に待ち構えているのかもしれないのだ。
「もっと厄介なのがいるかもしれないわ。合成魔獣、アスピドケロンよ」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が警戒するのは、合成魔獣最後の一体だ。データベースによれば、パラミタ内海の関連施設に封印されているとの事である。
「今回も一筋縄じゃいかないわね」
 過去の報告から、合成魔獣の強さは認識している。それぞれ特化した能力があるようだが、そればかりは実際に目の当たりにするまで分からない。これまでに発見された資料には書かれていなかったのである。
「様子見に行った方が良さそうだねぇ。こっちには通信手段もあるし」
 中の状況はまだ分からない。ならば本隊に先んじて様子を確認しておく事も必要だろう。
 通信機を受け取ると、瑠樹、マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)の二人が光学迷彩を使い、中に足を踏み入れる。
「わらわ達も行くとしようか」
 続いて、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)上杉 菊(うえすぎ・きく)、ローザマリアという順で施設内へと進んでいった。

 二組が中へ入ってすぐ、PASD本隊が到着した。
「先に数名中へ送りました」
 小次郎が知らせる。
「何らかの報告が来るでしょうが、先日のヒラニプラ同様に連携出来るようにしておきましょう」
 彼が無線を取り出そうとしたところ、、
「通信機なら、こっちにあるよ。今回はいろいろ用意したんだから」
 とエミカがにゃん丸に指示し、司城特製の各種機器を外に出す。
「ではそちらを使いましょう」
 先に行った人とも連絡が取れるように調整をし、各自に配布する。
「これで中に入るわけですが、まだ内部構造が分かりません。先方からの連絡は入るでしょうが、慎重に行きましょう」
 前回は斥候要員がいたおかげで、地下一階から機甲化兵との戦闘に備える事が出来たのである。今回も連絡を受けながら進む方が無難であった。
 そこへ、内部からの連絡が入る。声の主は瑠樹だ。

            * * *

 狭く、無機質な金属で彩られた通路は昔のボーディングブリッジを思わせる。そこを抜けると、個室のようなスペースに躍り出た。
「なんだろう、ここは?」
 瑠樹が部屋を見渡す。古代のものとは思えない、機械的であり近未来的な雰囲気はヒラニプラの遺跡に似ていた。
「道が分かれてますね」
 マティエが口を開く。自分達が歩いてきた通路を除けば、進路は三つだ。そのうち一つは、地下への階段である事が分かる。
 もっとも、今いる場所が地下何階なのかまでは把握出来ていないのだが。
 瑠樹達は正面へと進んでいった。対し、ローザマリアは階段を下っていく。それぞれの行く先に何が待ち構えているか、それはまだ分からない。
『今、分岐点に差し掛かった。一つは降り階段で、あとの二つはただの通路だ』
 無線を使って報告する。もちろん、どこに進路を取ったのかも含めて。
「行こう、マティエ」
 瑠樹とマティエがその中へ踏み込む。そこは廊下のような場所だった。差し当たりさっきいた場所は玄関のようなものだろうか。
「りゅーき、見てください!」
 パートナーの声に応じ、視線を移す。そこにあったのは、既に破壊された機甲化兵の姿だった。
 すぐに様子を確認するため、接近する。
「中の人工機晶石、壊されてるねぇ」
「誰かがいるのは間違いないようです」
 その数は二体。いずれも、関節部が焦がされており、正攻法で戦ったと見受けられる。雷電属性で叩き伏せたのは間違いない。
 さらに、周囲をよく確認する。壁には地図のようなものがあり、それがこの施設を表しているようだった。
「古代シャンバラ語か。このくらいなら何とか……」
 瑠樹が考古学の知識と、銃型HCのデータを基に解析する。
「第三ブロック。ってことは第一、第二は間違いなくあるわけだねぇ」
 この施設は複数のブロックに分かれているらしい。階段の下側についてはまだ連絡はないが、おそらく異なる数字のはずだ。
 HCを操作し、データを入力しておく。オートマッピング機能と合わせる事で、位置情報をより正確に出来るからだ。
 二人はさらに進み、今度は上階への階段を発見した。第三ブロックが二層構造なのか、それとも上は別ブロックになっているのか。

            * * *

 一方、階段を下ったローザマリア達は、全く異質な空間に躍り出ていた。
 途中までは分岐のある部屋と変わらない内装であったが、次第に無機質さが増していった。近未来的なものが、ただのコンクリートの壁に変わる、例えるならば、そのような変化だ。
(近づいてくる者はいない、な)
 ライザが殺気看破で周囲の気配を察知する。ただ、ここには三人以外の気配はない。
(ですが、この先に何かがいるのは確かです)
 菊がディテクトエビルで先にいる存在を察知している。三人が階段を下りるきっかけがこれだ。
 合成魔獣かは分からないが、ディテクトエビルで察知出来る以上、生物であるのは確かである。PASDが調査をする上での安全確保のためにも、それが何者であるかをその目で確認せねばならない。
 階段を下り終える。
 その場をまず確認する。階段のすぐ側には地図のようなものと、『第五ブロック』という文字がある。もちろん、古代シャンバラ語であるが。
 聞こえてくるのは、水の音。
 どこからかパラミタ内海の水が流れ込んでいるのだろうか。
 天井を見上げる。暗がりで分かりにくいが、チューブ上のものは分岐点に至るまでの通路のようにも見える。
 だとすると、その先にあるのが『施設』の姿なのだが――
「後ろ!」
 ローザマリアが超感覚によって瞬時に反応する。
「御方様!」
 菊がサンダーブラストを放つ。その先には射撃型機甲化兵の姿があった。
 放たれる銃弾をローザマリアの雷術が撃ち落とす。さらにライザもまた、雷術で応戦する。
 幸運な事に、敵は一体のみだった。三人の雷電攻撃により、撃破される。
「他にはいないわね」
 機甲化兵の姿は他になく、空間の奥から水の音と共に感じられる「何か」を残すのみだった。
「問題は、この先であろうな」
 ライザが隠れ身を使いつつ、慎重に進んでいく。
 水の音に混じり、次第に巨大な生物が水の中を動く音が聞こえてくる。しかも機甲化兵との戦いがあったためか、こちらの存在に気付いているようであった。
 殺気看破が通用する、とはそういうことだ。
 足下を見る。時折、進路上から水が流れて来ている。しばらくすると引いていく様は、浜辺を想起させる――僅かに坂になっているようだ。
「あれが、アスピドケロンか」
 その先にあったのは、一言で現すならば「プール」である。ただし、それは人が泳ぐためのものでは決してない。
 そこに漂っているのは、巨大なクジラのようであった。しかし、その背には甲羅のようなものがある。
 海亀とクジラが混ざった異形、そう捉えるのが相応しいかもしれない。それが動くたびに、プールから溢れた水が第五ブロックの方へと流れているのである。
「まずは、これでどうだ?」
 ライザがさざれ石の短刀をアスピドケロンに向けて投擲する。全長十五メートルの巨獣の全身に効果を及ぼすのは難しいだろうが、部分的には石化させる事が出来るかもしれない。
 しかし、それ以前の問題が発覚した。
「く……刺さらぬか」
 頑丈な表皮に阻まれ、アスピドケロンに短刀が刺さらなかった。
「ォォォォォォオオオオオオオオオオ!!!」
 異様な唸り声が轟く。
 次の瞬間、アスピドケロンが大きく跳ねた。同時にプールの水が津波と化し、三人に襲い掛かる。
「まずい!」
 引きずりこまれたら勝ち目はない。水中は敵の領域なのだ。
「水ならば、これでどうです!?」
 菊が氷術を使い、凍らせようとする。だが、波の勢いは半端なものではない。

 アスピドケロンの生み出した津波に、三人は飲み込まれた。