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それぞれの里帰り

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第1章  「里帰るは、1日目」

『そうだっ!! 京都行こうぜぇっっ!!』

「……………………」
 駅の壁に貼られたポスターを見上げながら上杉 菊(うえすぎ・きく)は、もう一度だけ文面を読みなおした。
 ポスターは京都駅の、改札の外の、すぐの柱に貼られていた。
「京都駅に貼るなんて… 斬新ですね」
「ねぇ、菊」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は浴衣の裾を摘みながら、辺りをキョロキョロと見回した。
「この服、目立ってないかしら」
 観光客という分類ならば、ファッション誌の幾つかを広げて見れば、外れは少ないだろう。しかし、旅の醍醐味は、その土地に馴染む事にある、その土地の空気と一体になるにはまず、服装が馴染む事が必要なのだと彼女は考えた。そうして調べあげ、検討した結果が『浴衣』であったのだが。
「私たちしか、着てませんね」
「そうですねぇ。でも、とっても似合ってますわ。ねぇ、瀬蓮さん」
「うんっ。すっごく似合ってる。ホントだよっ」
 白い生地に花柄が浮いている。『膝丈すぐ下の浴衣』を着た2人を交互に見つめながら、高原 瀬蓮(たかはら・せれん)は笑顔を見せた。
「ここはまだ都会的な雰囲気があるからだけど、風情ある町並みにはバッチリ合うから安心して」
「… そう、なんだ」
 かつては若者の間で 『ミニ丈の浴衣』 が流行ったが、今は、浴衣の持つ清涼で清楚なイメージとカジュアルさを兼ねた 『膝丈すぐ下の浴衣』 が若者の浴衣としては主流になっていた。ミニ丈に比べ、年輩の方の理解を得やすいというのも要因の一つだという。
「じゃあ、私たちは行くわね」
「うんっ、明後日には合流してね、帰りの切符も買ってあるから」
「わかったわ」
「よぉぉし! それじゃあ、俺たちも行くかっ! まずは、いきなりサプライズでキンピカな寺にでも行くか?」
 キョロキョロキョロキョロキョロキョロと勝手に行こうとする月谷 要(つきたに・かなめ)を、パートナー達が引き戻し来た。
 今回は夏の帰省だけにあらず。同行した面々と京の街を巡り、案内するという目的もある。
 瀬蓮は小さな手を「ウンっ!」と握りしめた。
 金閣寺は明日、始めに目指すは、舞台が映える 『清水寺』 なのだっ!!



「わぁーい、京都だー」
「氷雨さん、走ると危険ですよ」
 鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)が、両手をあげてパタパタと走り出した。パートナーである霜月 帝人(しもつき・みかど)はすかさずそれを追ったが、氷雨よりも身長がずっと高い帝人にとっては、容易に追いついての進言だった。
「他の方の迷惑になりますし、それに…… リースさんがついて来れていません」
「えっ!」
「ちょっ、氷雨ちゃんっ、待ってよ〜」
 少しの後方から、リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)が息も切れ切れに追ってきていたのだが−−−
「ふぁっ!」
「リースちゃんっ!!」
 転ぶ!! もつれてヨロけたリースの体は、倒れきる前に支えられた。
「あの、大丈夫−−−!!!」
「あっ、はぃ、ありがとうございま−−−!!!」
 倒れ、支えた。そんな2人の顔は今、非常に近かった。近いが故に焦点が合うのにも、判断するのにも時間はかかったが、その分 『見間違える』 はずは無かった。
「楓!!!」
 リースのパートナーで、パラミタの温泉巡りの旅に出ていた霜月 楓(しもつき・かえで)、その人だった。 
「楓、どうしてここに」
「私は京都のお寺を見て回ろうと………… って! お兄ちゃん?! お兄ちゃ〜ん!!!」
 兄と慕う帝人の姿を見つけて、帝人に飛びついた。って、パートナーとの会話、そっちのけ?
「楓。京都に来ていたのですか」
「うんっ! わーい、お兄ちゃんだ〜 嬉しいな〜 会えるなんて思ってなかったよ」
 ベタベタと。引っ付いているを横目にリースが寂しそうな瞳をしていたから。氷雨リースの腕に抱きついた。
「えへへー、ボクたちも仲良しさん♪」
「氷雨ちゃん」
 別れの街は、再会の誓いをたてる街でもある。予期せぬ再会を果たした一行は、幸せ色と膨らむ好奇心を胸に、京の街へと繰り出したのだった。



 人の流れに沿いまして、商店に挟まれた石畳の坂を登れば、そこには、かの有名な清水寺が見えてくる。
 迷っているなら煮えきらないのなら、自分に自信が持てないのなら、一度はおいでよ清水の舞台。
 思い切って飛び降りる事に比べたら、大抵のことは、やってのけられそうな、そんな気持ちになるのです。とは言うのですが、ね。
「う〜ん…」
 舞台から界下を見下ろして、秋月 葵(あきづき・あおい)は腕組みをした。唸り声まで上げるが何を考えているのか、何となく分かったが、エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)は静かに彼女の隣についた。
「何を唸っているのです?」
「あ、いや〜。清水の舞台から飛び降りるとか言うけど… 実際に飛び降りても平気そうだよね〜、なんて♪」
 ………… やはり、そう来ましたか。
 まぁ確かに、高層ビルマンションが身近にあったり、小型飛空艇や空飛ぶ箒に慣れている私たちにすれば、珍しい高さでは無いですけど……。
「旅先で怪我をする事ほど、寂しいものはありませんよ」
「わ、分かってるよ〜、しないしない…… って……」
 振り向いたは何かに気付いたのか、舞台を見つめたままに手摺りに腰掛けた。
 そのままのまま、空の彼方から背中を引かれているように上体を反らし続けたので…… ついには−−−
「うわっ!」
「危ないっ!!」
 本当に落下しそうになっていた。寸での所でエレンディラ瀬蓮が飛びついたおかげで免れた。
「葵ちゃん!!」
「危ないよっ!! 何してるのっ!!」
「あっぶなかった〜。ありがとう、2人ともっ、助かったよ」
 苦笑いを浮かべたに、2人はもう一度ずつ説教を入れた。 『何に見とれていたの?』 との問いが来て、ようやく答える事を許された。
「はい…… 舞台が広く見えるなぁ、と思いまして……」
「え?」
「舞台が?」
 は2人を隅まで引いて、3人で同じように舞台を見渡した。
「そう言われると…… そう見えますね」
「でしょでしょ? 瀬蓮ちゃんは、どう?」
「うん…… 見える。何度も来てるのに、気付かなかった……」
「釘を使ってないのに、これだけの物を作ったり。昔の人って、凄いよねっ」
 エレンディラ瀬蓮も、何も応えなかった。何も応えず、ただ舞台を見つめていた。
 不思議な魅力を持つ舞台、そうして惹き込まれてみると、舞台の奥から静かで優しげな風が吹いているように思えた。
 舞台の手摺りに背をつけたまま、3人は、しばらくに涼なる風に身を任せていた。