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リアクション
序章 ナイトパーティ開催!
夜は静けさを灯していた。
ツァンダ東を広域に跨る森では、闇の帳の下りた夜は透き通る水のように幻想的なものだった。ともすれば、それは他者の侵入を拒む聖域とさえ成り立つのかもしれない。
だが、同時に……俗世から浮き立つ固有の空間は、人々に安息とひと時の余興をもたらすのに相応しく、一部の集落においては「お、それ楽しそうじゃん」といったなんとも楽観的かつ直感的な判断で大騒ぎを繰り広げることも少なくない。
よって――
「レディースアーンドジェントルメーン! 全国の愛に生きる皆様、お待たせいたしました!」
「今宵、クオルヴェルの集落にて、何かが起こる! 集落長の独断と偏見でついに始まりましたナイトパーティ!」
「皆様の愛で、この会場の気温をガンガン高めてくださいまし!」
マイク片手に会場に集まった大勢の参加者を前にして熱く司会進行する二人がいたとしても、きっとおかしくはないはずだ。
手馴れた様子で特設ステージの上に立つのは、鮮やかな桃色の髪をポニーテールに纏めた愛に生きる少女。そして面白ければいいをモットーに生きる女性フリーライターだった。
「モニカちゃああぁぁん!」
「うおおおぉまゆりさあああぁん!」
いつの間にかアイドル風の盛り上がりになっているのはさておき。
会場の盛り上がりを眺めながら、水上 光(みなかみ・ひかる)はステージ上の桃色髪の少女を呆れたような顔で見つめていた。無邪気な笑顔を見せるモニカ・レントン(もにか・れんとん)と悪戯げな羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)には、いつの間にかファンもついているようだ。愛や恋愛に燃える少女に感化されているのか、会場のカップルも恥ずかしげに熱を帯びている。
「おーい、こっちにもグラスお願い」
「あ、はい。ただいまー」
カップルに呼ばれて赴き、光は盆に載せていたグラスをテーブルにセットした。
燕尾服を着衣した彼の仕事は見た目からも分かるように、今回のナイトパーティのメインである立食会のスタッフである。主な仕事は厨房の料理や飲み物を運ぶことだ。その姿はいかにもどこぞのレストランのウェイターといったところだが、そもそも童顔で実年齢よりも三、四才は若く見える上に初めての燕尾服である。生憎とウブさとぎこちなさのほうが優って、レストランはレストランでも、地方の辺鄙なレストラン、といったところだった。
とは言え、それが参加者にはウケているのか、想像よりも忙しい働きようだ。
(それにしても……)
周りには、ほとんどカップルしかいない。立食会の二人席テーブルを囲むのは、やはり恋人同士が定番だ。大型のテーブルもあるにはあるが、やはりそちらは一人身、あるいは友人同士の参加がほとんどだろう。
(あっちもいちゃいちゃこっちもいちゃいちゃ……確かにこれだと熱気にあてられそうだなあ)
光は名前しか知らぬ若長の娘のことを思い返していた。
名前はリーズ・クオルヴェル。長の話によると、気の強い娘で、集落の戦士としても活躍しているそうだ。ただ、問題というべきか、長にとって厄介なことが一つあり、それは彼女が今まで恋愛をしたことがないであろうということだった。人間よりも子孫繁栄を強く願う傾向の強いクオルヴェルの集落としては、ある意味で由々しき事態とも言えるのだ。そのため、こういったナイトパーティなるイベントが開催された次第である。
無論――その真意を知っている人は光を含めて一部しかいないと聞いていた。
「正直、恋愛とか言われてもなぁ……」
本人には申し訳ないと思いつつ、光は声を漏らした。
モニカに引っ張られるままに来たものの、正直言ってあまりさしたる興味があるわけではなく、今はとりあえず燕尾服を着られるのが満足だった。
第一、恋愛について語られるのはモニカで日々十分足りている。むしろ、余り過ぎて困るほどに。
途中で、光はステージの盛り上がりが若干静けさを持ち始めていることに気づいた。
「――ということで、我々の集落は今まで閉鎖的な社会を形成してきたと言わざる得ないところがあった。地球との交流が高まった現在、そのような内部的活動に固執していてはならないということは皆も知っての通りであり――」
どうやら若長によるパーティ開催の挨拶のようだが……言ってはなんだが、かなり盛り下がっていた。なぜなら、学校集会の校長の挨拶のように、無駄に固い話をずらずらと並べ立てているからである。
後ろで控えているモニカもまゆりも、微妙な空気にはとうに気づいていた。とは言え、長ということもあるため強制的になにか出来るわけでもなく仕方なく時間が過ぎるのを待っていたが、救いの手はそっと差しのべられた。
「あなた……」
小声で囁かれた妻の声に気づき、アールド・クオルヴェルはちらりと横に視線をやる。彼女は、ちょいちょいと会場を指差すと、そのまま指先で下降線を描いた。そして、少しだけ黒い影を持ってにこっと笑みを浮かべる。
「う……む……。あー、と、いう、ことで……まあ、羽目を外しすぎない程度に楽しむように」
突然の話の終わりに一瞬ポカンとするも、まゆりはそそくさとマイクを手にアールドの横に歩み出た。
「以上、集落長のありがたーいお話でしたー!」
途中で感謝を込めてアールドの妻、リベル・クオルヴェルに振り返り笑って見せると、リベルも同じようにくすっと笑みを返した。集落の長とは言っても、やはり奥さんには敵わないようである。
これからは自分のターンだと言わんばかりに、まゆりとモニカは早々にステージの空気を変えてみせる。
まずは今日のイベント紹介。そしてスケジュールと立食会のメインを紹介していく。
「イベントはカップル参加でも、一人身参加でも全然OK! でも一人身で参加する人はよっぽどさみしいやつって思われるかもしれないけど!」
「あら、でもでも、もしかしたらこのパーティで愛を見つけられるかもしれませんわ!」
「そうなったらめでたいってもんじゃないねっ!」
二人の掛け合いも上々に、オープニングセレモニーは終わりを迎えようとしていた。
「では、最後にはクオルヴェル集落長夫妻による、真のオープニングコールを!」
「なっ、アレを本当にやるのかっ!?」
まゆりの言葉に心当たりでもあるのか、アールドは驚愕の声をあげた。そんな彼の両肩を掴んで、リベルが背後から前に押し出す。
「さぁさ、行きましょう」
「あ、おい、おまえ、止めろ!」
出来ればご遠慮願いたいアールドだったが、会場の視線が刺さり、まゆりとモニカに急かされ、挙句に妻に押し込まれれば、もはややらざるを得なかった。
「「イエス、クオルヴェルラブ!」」
どこかで聞いたようなフレーズをもじった夫妻のネタを合図に、ナイトパーティは幕を切った。恥ずかしく顔を真っ赤に染めるアールドにとって、これは今年一番の恥辱だったという。
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