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【カナン再生記】黒と白の心(第1回/全3回)

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【カナン再生記】黒と白の心(第1回/全3回)

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第5章 奪還への道標 3

 砦内部の動きを見極めることは、収集した情報と門番兵から聞き出したものとで十分に可能な話であった。
 しかし、何かと不都合もある。とかく侵入ともなれば、見つかってしまえばすぐに終わりだ。それを防ぐために――ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)はまず単独で砦内に飛び込むことを提案した。
 無論――それを素直に受け取ることのできないシャムスであったが、ケーニッヒは引き下がろうとはしない。
「我らに任せてくれないか?」
「……勝算は?」
「ある」
 それ以上は何も言うまい。
 ケーニッヒは、パートナーの天津 麻衣(あまつ・まい)神矢 美悠(かみや・みゆう)を引き連れて、砦の城壁に近づいた。
 軽身功による身体の内部からの瞬間的な力が彼を身軽にさせる。
「今よ」
「…………」
 タイミングを見計らった美悠の声を合図に、ケーニッヒは見張りの数が手薄になっている区画へと城壁を飛び越えて侵入した。
「ん……ぐぁっ!」
 着地の音に振り返った見張りは、すぐに彼の手刀によって気絶させられる。残りの兵は一人だ。ケーニッヒの手が見張りを背後から絞めあげた。
「ぐ……な、何者……」
「おとなしくしろ。兵士の洗濯物はどこにある?」
「せ、洗濯物……?」
「いいから早く……!」
「がぁ……こ、ここから先にいった庭先で、干している。も、もう乾いてる頃だとは思うが……」
 なぜそんなことを聞くのか。兵士の疑問は明かされるまま、ケーニッヒは容赦なく情報を聞き出した兵を気絶させた。
 そして――兵士の服を剥ぎとり、自らの服と交換する。その後、門まで戻ったケーニッヒは、悠々として見張りの兵のように門を開いた。
「やるじゃん、ファウスト」
 美悠の突き出した拳に、ケーニッヒは軽く拳を合わせる。
「兵士の服の場所は分かった。向こう側だ」
「むこう側ね……分かったわ」
 ケーニッヒの言葉に、麻衣がすかさず動いた。無論――ケーニッヒたちもそれに続く。
 兵士の服を着込んだケーニッヒの存在は有益だった。見張りの兵士がいれば、彼が近づいてそれを無力化する。そうしてやがてたどり着いたのは、兵士の休憩室の近くだ。
 バッサバッサとはためく洗濯物は若干汗臭そうに見えて、麻衣の顔がしかめられたのも無理はなかった。
「ねえ、本当にやるの?」
「あったりまえじゃん。ほらほら、早く取り込んで」
 美悠に促されて、麻衣は洗濯物を取りこみ始めた。これが素晴らしくイケメンな彼氏のものであれば……どんなに良かったことか。そんな無茶な想像をしながら、彼女の手は夜気で冷たくなった洗濯物を掴んでいくのだった。



「あまり進んで着たいもんじゃないよな」
「……わがままも言ってられませんよ」
 ケーニッヒたちの持ってきた洗濯物を掴んで、ラルクと加夜はそんなことを口にした。まあ、誰しも他人の洗濯物を着たいとは思わぬであろう。しかし、これも潜入という任務のもとでは有効な手段であることには間違いない。
 幸い、夜ということもあって視界が暗いせいか、女性陣は軽く離れた場所で砂丘に隠れて着替えてくる。男性陣は門の前で素っ裸だ。
「あれ? シャムスは? どこ行った?」
「オレはここだ」
「早っ!? 着替えるの早!?」
 すでに兵士の格好に着替えていたシャムスは、少しだけムスっとしたように壁にもたれかかっていた。どうやら、あまり黒騎士の鎧を脱ぎたくなかったらしい。トレードマークのようなものだから……か? それにしては結構しぶっていたような気もするが。
 さて、とはいえ女性陣も揃って準備は万全だ。
「あ、皆さん、これも持っていってください」
「無線機?」
 砦に侵入する前に、その場に残るリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)は仲間たちへと小型の無線機を手渡した。砂漠では電波が悪くて使えなかったが、砦内であれば、それで連絡を取ることもできるだろう。電波が上手く繋がれば、外にいるリーンと連絡を取ることも。
「もしものときの備え。じゃ、頑張ってね」
 無線機をそれぞれが懐に入れて、リーンと別れて砦へと入り込むシャムスたち。
 手引きはケーニッヒだ。彼を先頭にして、城内へとようやく侵入した。それまでの夜気の雰囲気は一変し、石造りの壁の無機質な空気が漂う。
 すると、そこで別れることを提案したのは
緋山 政敏(ひやま・まさとし)だった。
「最悪、こっちが内部で暴れれば陽動にもなるだろ?」
 それに――大人数で動くよりは少数で動いたほうが何かとやりやすいということもあった。それは理解できるが、シャムスとしては仲間と別れるのはなにかと後ろ髪引かれる思いもある。
「本当に大丈夫か?」
「安心しろって。大丈夫だよ。俺だけじゃない。カチェアも一緒だ」
「しかし……」
 兵士の兜の奥で、シャムスの戸惑いの声が漏れる。
「んじゃ、約束だ。無事に帰ってきたら、顔ぐらい見せろよな」
 政敏は冗談めいた声でそう言った。シャムスはそれを聞いて、ほほ笑んでみせる。それ以上、彼を引きとめることはしなかった。
「この仮面を取る時は、オレが死んだときだ」
 その声にわずかに哀しみの色があったことを、政敏は自然と感じ取っていた。



「まったく……じっと監視してるだけなんて、地味なお仕事です」
「まあまあ、そんなこと言わないでください。これも立派なお仕事ですよ」
 砦の外――岩陰に隠れて双眼鏡を覗きこむソフィア・クロケット(そふぃあ・くろけっと)の愚痴を、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は実に丁寧な物腰でそれをなだめた。
 彼女たちの仕事は、砦に潜入した仲間たちのために連絡係となって待機すること。もちろん、砦で何か異常事態が起こったときも考えて監視は怠らない。
 地元の民が着込むような砂漠のローブを纏っているため、そうそう怪しまれることはあるまい。ただ――双眼鏡を覗きこんでいるところはあまり見られたくないところだが。
「はぁ……ところでカルキノスさんはどこに行ったんです? まさか一人だけ潜入班に混ざったなんて……!?」
「まさか。ほら、あそこですよ」
 エオリアはジーっとビデオカメラの撮影機能を回しながらソフィアに方角を示した。彼の指をたどった先は砦の城壁。カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は何やら槍を片手に城壁にガスガスと刃先をぶつけているようだ。
「あれは……何をやってるんですか?」
「なんでも、窪みを作って火薬を詰めているそうですよ。おや……光学モザイクでしょうか。見張りの兵士が補充されたようですね」
 ビデオカメラの画面に映ったのは、城壁の外を見回る警備兵がカルキノスに近づいてくる様子だった。即座にその場を離れたカルキノスは、光学モザイクによって周りの景色に同化する。敵兵は、お手本のようにそれをスルーして通り過ぎていった。
「見事なものですね」
「敵兵さんも気が緩んでるんじゃないですか? ほら、またあくびをしてますし」
「時間も時間ですしね。こちらが敵兵に見つかったときはどうしましょうか?」
「女の武器でしだれかかれば、男なんか一発です」
「…………」
 エオリアの顔がいかにも微妙そうに歪んだ。実に機晶姫らしからぬ古典的手法である。
「そこ、胸がないとか言わないでください!」
 別に誰も言っていないのだが……まあ、それほど気にしているということか。
「あれ? 私どんどん悪女になってないですか? ……私の清純なイメージが〜!!」
 とりあえず勝手に一人で悶えるソフィアは放っておいて、エオリアはビデオカメラを回し続けた。砦だけでなく、その周辺まで怠らず資料とするところは、さすがに彼らしいと言える。
 そこに、カルキノスから連絡が入った。ある程度距離が近く、夜であることが電波を上手く受信してくれたようだ。
『おう、エオリア。これからそっちに戻るぜ』
「分かりました。気をつけてくださいね」
 ブツっと無線機の音が消えたのを確認して、エオリアはふと呟いた。
「何事もなければいいのですが……」
 カメラの奥の砦は不気味なほどに静かで、それが逆に不安を誘うようだった。
「私のイメ〜ジ〜〜〜」
「…………」