リアクション
―探偵サイド― 百日紅探偵事務所には、2人の客が来ていた。 特に依頼があるわけではなく、百日紅 火焔(さるすべり・かえん)と陽炎 橙歌(かげろう・とうか)に興味を持ち、会話をしに来ただけという珍客だ。 向かい合わせにソファに座っている。 「怪盗との戦いをネットで拝見したけれど、頭脳戦に向いていないような気がしたわ」 「うぐっ……」 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の言葉に火焔は心臓を射抜かれたかのような衝撃を覚えた。 会話後、ノックが聞こえ、扉が開いた。 「もっと言って凹ませてやって欲しい……ですの」 橙歌が珈琲を持って入ってきたのだ。 ローザマリアとエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)の前に置いてから、火焔の前にカップを置き、最後は自分が火焔の横に座って、カップを前に置くと、お盆を脇に下ろした。 お客様2人のカップはレースの模様の入った可愛らしいカップを、火焔のはペンギンさん、橙歌のはひよこさんだ。 「ありがとう」 「はわ……ありがとう!」 ちょっとぼんやりしていた為、エリシュカはローザマリアのあとに慌ててお礼を言う。 「いえ……ですの。そういえば、こんな手紙が入っていやがった……ですの」 橙歌はさっき取ってきたばかりの手紙を火焔へと渡す。 「ああ、ありがとうございます……何々……」 手紙を受け取るとすぐに開く。 中からは、うっすらと蝶が印刷されたパーティーの招待状が出てきた。 「この香りは……!」 (あの蝶は……!) 匂いで火焔が気づいたように、ローザマリアは、その紙に蝶が印刷されているのを見て、得心が行ったようだ。 火焔はたちまちニヤケ顔になる。 「気持ち悪いので、そのにやけ顔やめやがれ……ですの」 「にやけ顔って……別にオレはそんな……」 「どうせ、怪盗パープルバタフライとかいう奴らにライバルだと認められたみたいで嬉しくてそんな顔になってるんでしょうけど……気持ち悪いことこの上ない……ですの」 「うっ……オレは怪盗からターゲットにされた人を守りたいだけです!」 「はいはい……ですの」 嬉しくてしょうがないのが顔全体から出ていて、今にもスキップしだしそうなほどだ。 「はわわ……それで、そのパーティーには行くの?」 エリシュカが聞くと、橙歌は火焔の顔を見る。 その視線を受けて、火焔は少し黙った。 「海……ですからね。橙歌くんはお留守番でも――」 「何言ってやがる……ですの」 「しかし……」 「橙歌が行かなかったら、誰が火焔様のツッコミが出来ると思っていやがる……ですの」 橙歌は火焔の心配をよそに、行く覚悟を決めているようだ。 「……何か海に嫌な思い出でも?」 「……」 気になったローザマリアが質問をすると、橙歌は黙ってしっかと目を見てくる。 「ごめんなさい、簡単に聞ける事ではないのね」 「いえ……ただ……ちょっと苦手なだけ……ですの」 目をそらさずに橙歌は答えた。 「そっか……じゃ、私達はもう行くわね」 「お邪魔しました!」 「どうぞ、またいつでもいらして下さいね」 ローザマリアとエリシュカは挨拶をすると事務所を出て、エレベーターに乗る。 「はわ……良かったの? これだけで」 「ええ、今回はどうなるか見させてもらおうと思って。きっとまたネットに映像を流してくれる人がいるだろうし」 「そっかぁ……映像が楽しみだね!」 「そうね」 2人は自分の家へと戻って行ったのだった。 ーーーーーーーーーーーー ―怪盗サイド― 怪盗パープルバタフライのアジトは相変わらず空京にあった。 「うふふふ……今度こそ盗みを成功させるわよ! その為にお金も時間も掛けたんだから! 今回のターゲットは泉美緒のペンダント!」 紫水 蝶子(しすい・ちょうこ)はグッと拳を握った。 「正月早々なんでこんな事に貴重なお金を……はぁ……」 紫水 青太(しすい・せいた)は姉の様子を見て、溜息を吐く。 「うだうだ言ってないで今夜が勝負なんだからっ! 気合い入れて行くわよ!」 「……蝶子お姉ちゃん1人にはさせられないよね、僕が頑張らなきゃっ!」 「何、ぶつぶつ言ってるのよ! 置いてくわよ!」 「待ってよー!」 部屋を出ようとする蝶子の後ろを青太が追いかける。 その時、蝶子の胸の谷間からズキューンという発砲する音が響き、その後誰でも知ってそうな怪盗を連想させる音楽が流れた。 「あら、こんな時に電話?」 足を止め、紫色の携帯電話を取りだすと、すぐに電話に出た。 「は〜い……あら、見てくれたのね。うふふ……そうなの……あら、そう……ならアジトで待ってるわ」 楽しそうに電話を切ると、青太の方へと向き直った。 「待機よっ!」 「ええっ!?」 いきなりの手のひら返しに、慣れているはずでも、驚きを隠せない。 「な、なんで突然? 誰からの電話だったの?」 「ああ……うふふ。到着してからの……お・た・の・し・み・♪ あら、また電話だわ」 携帯の画面を見ると、名前が表示されていた。 その電話も楽しそうにとる。 「……なんとなく予想はついたかも……あ、お客さんが来るならお茶の準備しなくちゃだよねっ!」 その後も2件ほど電話があり、全員がアジトに到着したのは、おやつの時間、少し前だった。 「前回の敗因は良い子達です!」 「まあ、ちゃんと考えてくれるなんて嬉しいわ」 ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)の言葉に、蝶子が頷いた。 「なので、その牽制役として私とウィッカーの2人で警備として入らせて頂きます。 「ええ、宜しくね」 蝶子はガートルードと、そのの隣で笑顔を作っているシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)に笑いかけた。 「今回はどういう形で盗むんだ?」 黙って聞いていた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が口を開いた。 お茶に口をつけていた蝶子、ちょっと待ってと手で示してから、紅茶を飲み干し、カップを置くと、全員に聞こえるように今回の作戦を告げたのだった。 「ふむ……なるほど……」 「文句の付けようがない、素晴らしい作戦でしょ?」 正悟が顎に手を当て、何か考える仕草をしているので、蝶子はテーブルの上に置いてある、青太お手製のオレンジマフィンに手を伸ばした。 それを見て、ガートルードとシルヴェスターもオレンジマフィンに手を伸ばす。 「はぁ……やっぱり、手作りだと味が違いますね」 「そうなのよ。特に青太のは大好きよ」 ガートルードが褒め、それに嬉しそうに答えた蝶子を見て、青太は照れて顔を赤くした。 「かわええのぉ」 シルヴェスターが青太に向けて言うと、更に顔を赤くした。 「提案なんだが、こういう作戦でいったらどうだ?」 ずっと、考えていた正悟が口を開き、作戦の変更案を蝶子達に伝える。 「なんで、あたしが……」 「でも、ド派手に出来ると思うが?」 「良いわ。その案を飲んで上げる」 蝶子は正悟の案に渋々ながらも承諾した。 「蝶子お姉ちゃん……大丈夫かな……」 ぽそりと青太が呟いたのを隣にいた影野 陽太(かげの・ようた)がたまたま聞いていたいた。 「君も大変そうですね……」 「うん……」 青太は頷くが、蝶子を見ているその目は優しい。 (きっとお姉さんの事が大好きなんでしょうね。そうじゃなかったらここまで付き合いませんし……大好きな人に振り回されるのって凄く幸せな気持ちになるものです、うん。何やら青太君には親近感を覚えますね) 「よし! 俺は青太君のお手伝いをしますよ」 「え!?」 突然の申し出に困惑の色を隠せない。 「頑張りましょうね」 「うん……ありがとう、陽太さん」 何やらM気質の絆が出来たかもしれない。 「ふふふ……俺様の色気でお正月煽情パーティーにしてやろう」 さっきから無言で突っ立っていた変熊 仮面(へんくま・かめん)があらぬ妄想をして、顔を赤らめている。 実に楽しそうだ。 女の子が仮面を見て、キャーキャー本気に嫌がる姿を妄想しているようだ。 「あら、色気なら負けないわよ?」 「ふむ……貴様もなかなか良い色気を持っているからな! だから、今日は共同戦線を張る為にきた!」 「まあ、素敵」 仮面の言葉に蝶子がうっとりと返す。 「それでは、準備があるので、俺様はここで! 会場で会おう!」 言うだけ言うと、仮面はアジトを後にしたのだった。 「それじゃあ、あたし達も行きましょうか。楽しいパーティーになると思うわ……うふふ」 蝶子達は簡単な会議を終えると、アジトを後にしたのだった。 ーーーーーーーーーーーー 空京のとある事務所に来ている者がいた。 「今回の船上パーティーを運営されているのがこちらと聞いて、伺いました」 真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)の前に座っているのは商人のタノベさんだ。 「確かにこちらで請け負っています。どういったご用件でしょうか? 提案があると秘書から伺っているのですが?」 「はい、今回のパーティーの値引きを交渉させていただきたいのです」 「ほう……値引きですか」 タノベさんの目の色が変わった。 「タダで値引きとは考えていません。交渉条件として、1『今回の料理の大部分は、佐々木と真名美で担当』、2『このパーティの後、佐々木をしばらく客船に貸し出すます』、3『このパーティの後、他の経理業務を10%引きで引き受ける』でいかがでしょうか? 佐々木は腕の立つ料理人です。それと私が経営しております【ウェストガーデン会計事務所】でこちらの経理を10%引きで引き受けたいと考えています。いかがでしょうか?」 真名美の案を聞き、しばらく考えてからタノベさんは結論を述べた。 「良いでしょう。今回の船上パーティーの値引きを考えましょう。ただし……」 「ただし?」 「経理は20%引きでお願いしたい。うちとしてはそんなに経理に困っていないのですよ」 今度、考える番は真名美だ。 色々と計算をするが、20%はやはり痛い。 「13%でどうでしょう?」 「18%」 「うーん……わかりました、15%! これ以上は厳しいです」 「わかりました。良いでしょう。では、宜しくお願いします」 交渉は成立。 互いに立ちあがり、握手を交わすと、契約書のサインへと移った。 全ての契約が終了すると、真名美は事務所から出て、すぐに携帯電話を取り出した。 「あ、無事に交渉成立したよ。そっちはそっちでメニューは決まった? もう船に乗って、下ごしらえ始めないと間に合わないけど」 『大丈夫。もう材料を市場で仕入れて、乗船してる。材料も安く仕入れられたし、高級食材はほとんど使わない』 携帯から佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)の声が聞こえてくる。 今回の値引きを依頼したのは弥十郎だったのだ。 前回の怪盗と探偵の対決では両方に悪い事をしたから、せめてもの罪滅ぼしらしい。 「了解、私もそっちに向かうから」 携帯の会話が終了すると、胸のポケットに携帯をしまい、溜息を1つ。 「プラス5%もとは……ちょっと予想外。ま、なんとかなるかな」 呟き終ると、弥十郎の待つ船へと急いだ。 |
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