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合法カンニングバトル

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「次のテストでは、カンニングを全面的に認めるとしますぅ〜」
 イルミンスール校長エリザベートの思いつきは、ただちに実行に移されることになった。

「やれやれ……カンニングですか……」
 ため息混じりに廊下を歩くのはラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)
 テストに備えて朝一でミーティングをやるらしい。
「正直、今はそんな事に関わっている程暇ではないのですが……おや、エッツェルさん、ひょっとしてあなたも?」
 途中、見知った顔を見かけ声をかける……同学科研究員のエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)だ。
「はい、人手がいるということでしたので……他校からも人員を集めたらしいですよ」
「生徒のカンニングくらいで、いちいち仰々しい……」
 カンニングどころか、試験と無縁の学科担当であるラムズが駆り出されるくらいなのだ、無理もないのかもしれない。
「毎度のことながら、うちの校長は発想が……その、個性的というか……革新的ですね……」
 二人の他に誰もいない廊下でも言葉を選ぶエッツエル、既に色々と経験済みのようだ。
 校長エリザベートは時折、突拍子もない事をする……もっとも、それがプラスとなる時もあるから誰も否定できないのであるが。
「いっそ、うち預かりの禁書を提供すれば良いのでは? カンニングなんて概念そのものをなくせますよ」
「その代わり、生徒もなくなってしまいますが、ね」
「はは、たしかに……」
 恐ろしげなことをさらっと口にする二人……もうすぐ職員室だ。
 ミーティングは既に始まっているらしく、話し声が聞こえてくる。


「何を仰いますか!」
 山田の怒号が響き渡る。
 ミーティングはなかなか盛り上がっているようだ。
「あ、シュリュズベリィ先生、わざわざ忙しい時にすいません」
 遅れて来た二人の為に江利子が席を立つ。
 外部の人間を呼んだせいで職員室は少々手狭になっているのだ。
「いや、我々こそ遅れて申し訳ないです、どうぞお気遣いなく……」
 ラムズはともかく、エッツェルとしては江利子を立たせて自分が座るのは抵抗があった。
「大丈夫ですよ、ちょうど皆さんにお茶を淹れようと思っていた所ですから……座っててくださ……きゃっ」
 つまづいて転びそうになる江利子をとっさに支えるラムズ。
「二ノ宮先生、少々お疲れなのでは?」
 江利子の顔を心配そうに覗き込む。
「だ、大丈夫です! わ、私ったらいつもこんな感じで……迷惑かけてすいません」
 顔を真っ赤にして頭を下げる江利子の姿に、周囲から笑いが起きる。
「うぅ……そ、そんなに笑わないでください……」
 いたたまれなくなり、逃げるように職員室を出て行く。
「あ、待ってください、あたしも手伝います」
 筑摩 彩(ちくま・いろどり)がすかさず後に続く。
(この人……なんか放っておいちゃいけない気がするよ……)
 ……案の定、江利子は給湯室と違う方向に進んでいた。
「先生、そっちじゃないからっ!」
 慌てて連れ戻す彩だった。

 一方、山田は、そんな彼らを気にも留めず、持論を語り続けていた。
「あなた方にはわからないのですか? 甘やかせばつけ上がるのが生徒というものです! ならば教師に求められるのは秩序を守る力!
この機会に不良生徒を一斉にあぶり出し、罰することでその力を示せ! と、エリザベート校長はそうお考えなのです!」
 他校の人間を意識してか、山田の演説にも熱が入る。


「本当にそうだろうか……」
 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)には単純に力の問題には思えなかった。
 むしろ安易に力で解決を図らず、知恵を以って状況に対処すべきなのではないだろうか……
 少なくとも、一つのやり方に固執する必要はないはずだ。
 などと考えていると、隣のクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)と目が合った。
 どうやら彼も同じように思ったようだ、苦笑いを返す。
「はは……とんだ災難ですね」
「災難、か……」
「なんでも、成果のなかった教師はクビらしいじゃないですか、ひどい話です」
 確かに、こんな事で教師がクビになってはたまらない。
「だが、カンニングの阻止だけが成果というわけでもあるまい」
 そう言って席を立つアルツール。
「おや、どちらへ?」
「教師としての職務を全うするだけだ……山田先生、この回答を……よろしいか?」
 山田に近づき、なにやら耳打ちする。
「ふむ……そこまでする必要があるとは思えませんが……いいでしょう、お任せします」
 山田から手渡された回答の書かれた紙を手に席へ戻ったアルツール、なにやら書き始めた。
「何かお考えがあるようですね……ほほぅ、そういうことでしたか」
 アルツールの手元を覗き込むクロセル、その意図を察したようだ。
「奴らがカンニングしか出来ない馬鹿かどうか、見極める必要があるだろう?」
「確かに……そういうことなら得意分野です、手伝いましょう」


「ホントにそうなのかな……」
(あんなお子様に、そこまでの深慮があるようには見えないんだけど……)
 問題を見ながら霧雨 透乃(きりさめ・とうの)は首をかしげる。
 ……資料として教員側の人間には事前に問題の写しが配られているのだ。
 だが、その問題の内容からして、もうふざけているとしか……
「ここの先生達は大変だね〜」
「まったくだ、ただの横暴じゃないか……こんなことでクビとか、ありえないだろ」
 霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)が憤慨する。
 カンニングをしないと満点にならない生徒へも同情せざるを得ないが、教師への処遇も納得いかなかった。
「しょうがないよ、こういうのも承知の上で、あの校長の下で働いてるわけだし」
「でも……」
 不満げな泰宏の頭を透乃がポンと叩く。
「だから私達が助けるんでしょ? がんばろうね」
「透乃ちゃん……そうだよな、よし」
 誰もクビになんてさせない、気合を入れる泰宏だった。


「本当にそれで良いんですか?」
 不安げな顔をしながら、彩が問いかける。
 給湯室に着いた江利子、普段からお茶汲みをしているらしく、慣れた手つきでお茶を用意していく……
 しかし、彩は気付いてしまった。
 ……江利子が手に取った缶に『海苔』と書かれていることに。
 しかし江利子は動じることなく笑顔で応える。
「ああ、大丈夫ですよ、たまたま空き缶を使っているだけで、中身はちゃんとお茶ですから」
「なんだ空き缶かぁ……」
 そういうことか、と安心したのもつかの間……
「あれ……そういえば今新しく開封してたような……先生、ちょっとま……」
 遅かったようだ。
 お湯が注がれ、たちまち食欲をそそる磯のかほりが給湯室に漂う……急須の中身はどう見ても葉っぱじゃない、海苔だ。
「先生……」
「だ、大丈夫ですよ、こういうお茶ってことで……ホラ、お茶漬けと同じ匂いですし……」
「先生、それはちょっと苦しすぎ……」
 ……彩がじと目で見つめてくる。
 江利子の苦し紛れの言い訳は通じなかった。
「うぅぅ……なんで海苔がこんな所に……」
 茶漉しを洗う江利子……くっついた海苔がなかなか落ちない。
「もぅ、あたしがやりますからっ!」
 見かねて彩が茶漉しをひったくる。
「こういうのを洗う時は、流すんじゃなく……」
 そう言って彩は、ボウルにお湯を注ぐと、茶漉しを沈めた……
 お湯の中で茶漉しを揺すると、たちまち海苔が剥離し浮いてくる……
「ね? 綺麗になったでしょ?」
「……すごい」
「発想力の勝利、ですっ、その場にあるものをうまく使えば、色々なことが出来るんですよ……あ、そうだ」
 テスト問題を取り出す彩……何か閃いたらしい。
「江利子先生、ごめんなさい、ちょっと着替えてきますっ!」
 そう言って勢いよく駆け出す彩。
 残された江利子はしばらく呆気に取られていたが……
「あ、お茶淹れ直さなきゃ……」
 目的を思い出しお茶の用意をする、今度は海苔を入れないように気をつけなければ……
 と、そこへ……
「二ノ宮先生」
「はい?」
 お湯を注ぐ江利子に声をかけてきたのは風森 望(かぜもり・のぞみ)だった。
「あぁ、ちょうど良かった、これを……」
 そう言って菓子折りを取り出す……有名店のロゴが入っている。
「差し入れです、どうぞ先生方で召し上がってください」
「え?いいの?」
「はい、先生方には日頃お世話になってますから……」
 にっこり笑顔で差し出す望……このタイミングはあからさまに怪しいのだが……
「ありがとう、先生方はきっと喜んでくれるわ」
 まったく疑わずに受け取る江利子。
 中身はわからないが、甘いものならお茶請けにちょうどいい。
「生菓子なので早めに召し上がってくださいね」
 そう言ってその場を去る望、計画通りだ。
(……うまくいったわ)
 ほくそ笑む望、もちろんその差し入れには一服盛ってある。
 これで教師達が体調を崩してくれれば、カンニングもしやすくなるというもの……
 カンニングを巡る闘いは、既に始まっていた。


「いやはや、まったくその通り」
 と、山田の演説を聞いて立ち上がった者がいた。
「最近の学生はなってませんからな、だらしない、なさけない、ふがいないっ!」
「おお!わかってくれま……!!」
 賛同者が現れたことに素直に喜ぶ山田だったが……相手を見て硬直した。
「もちろんですともっ! 特に風紀の乱れようといったら……おや、いかがなされた?」
「いや、君、その……」
「? ああ、この格好ですか? 薔薇学の性装、もとい正装ですが何か?」
 しれっと答えたのは変熊 仮面(へんくま・かめん)、もちろんいつも通りほぼ全裸だった。
「そ、そうでしたか……まぁ、その、が、がんばってください……」
「はっはっは、この私が手伝うからには大船に乗ったつもりでいてくれ給え」
 高笑いを響かせる変熊とは対照的に、山田の気勢は削がれるのだった。
「やれやれ、やっとおとなしくなったか……」
 その様子を見ていたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)がため息をつく。
 他校から助っ人に来た彼だったが、もし自分がイルミン生だったならと考えると……
「間違いなく俺もゴミクズ扱い、だっただろうな……」
 ああいう手合いには慣れてはいるものの、あまり気分の良いものではなかった。
「エヴァルト、気が進まない?」
 あまり浮かない表情のエヴァルトに気付いたロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)が声をかける。
「まぁ、な……だが今回は恩人の手助けでもあるから……」
「志方ないですよね」
 出番を感じ取ったのか、すかさず志方 綾乃(しかた・あやの)が口を挟む。
「イルミンの生徒には友達もいますし、気持ち的には味方してあげたい所ですけど……私達にはバイト代だけではなく単位も掛かってますから、これは志方ない」
「ああ、仕方ないな……」
「はい、志方ないのです」
 神妙な顔で頷きあう二人……
「? しかたない? あれ……」
 変換された文字に混乱するロートラウト……言語系が壊れてしまったのだろうかとチェックするが、故障はしていないようだ。
「うーん……おかしいな……今のはなんだったんだろう……」
 と、そこへお茶が運ばれて来た、江利子達だ。
「はい、どうぞ」
「ああ、すまないな……それは?」
 江利子が持ってきた菓子折りに気付くエヴァルト。
「あ、お茶請けです、今開けますね……これは……!!」
 包みを開いた江利子の目が見開かれる。
 中から出てきたのは栗きんとん、有名店のものだけあって、花をあしらった美しい一品だ。
「栗きんとんか……では、ひとついただこう」
 と、手を伸ばしたエヴァルトの隣からジュルリ、という音が聞こえた……ような気がした。
「く、栗きんとん……栗の上品な甘さを余すことなく味わうことが出来る極上の和菓子……」
 見ると、うっとりした顔で江利子がなにか呟いている……栗きんとんの素晴らしさを褒め称えているようだ。
「……好きなのか? ……栗きんとん……」
 手に取った栗きんとんと、江利子と、交互に見ながらエヴァルトが問いかけると
「はい、大好物です! その黄金色の味わいは……むぐむぐ」
 エヴァルトは熱く語ろうとした江利子の口に栗きんとんを押し込んだ、たちまち至福の表情を浮かべる江利子。
「はぅぅ、幸せ……って、これは皆さんへの……」
 ハッと我に返る江利子。
「俺の分は気にするな、甘いものは苦手なんだ」
 などと言っているエヴァルト……がさっきまで食べる気でいたのを知っていたロートラウトがくすりと笑う。
 そして……
「ボクの分もどうぞ、ボク機晶姫だし……」
 そう言って栗きんとんを江利子に差し出した。
「え、ホントに良いんですか?」
 と言いつつ栗きんとんをがっちり確保する江利子、すごく嬉しそうだ。
 すると……
「あ、よかったら俺の分もどうぞ」
 エッツェルが受け取りを拒否し、江利子が食べるように勧める。
 他の者達もそれに続いていった。
「まぁ、あそこまで幸せそうな顔を見せられたらな」
「……志方ないです」
「うむ、あの顔には逆らえないものがある」
「ま、まぁ、これを最後の思い出にすると良いでしょう……」
 あの山田でさえも皮肉を言いながら栗きんとんを差し出した。

 結果……
「あぁ……幸せすぎます……」
 大量の栗きんとんを食べながら江利子が愉悦に浸っていた。
「もうこのままクビでも……うぐあ”!
「江利子先生!」
 急に顔色を変えた江利子、そのお腹からきゅるきゅると妙な音が聞こえてくる。
 慌てて江利子に駆け寄る天苗 結奈(あまなえ・ゆいな)
「ふん、だらしない……欲張って一度に食べるからです、これからテストがあるというのに……」
 呆れかえる山田、だが……
「!! この栗きんとん、中に何か入ってるぞ!!」
 江利子が落とした食べかけの栗きんとんの断面を見た泰宏が声を上げる。
 見ると断面から『何か』が覗いていた……
 望が仕込んだのであろう……謎の物体。
 そんな事実を知るまでもなく、これがテストを有利に進めようとする生徒側の犯行であることは明らかだった。
「くっ、やられました! まさか、奴らがこんな手を使ってくるなんて……」
 苦虫をかみ締めたような顔で山田が唸る。
 教師達に緊張が走った。
「ともかく、早く江利子先生を保健室に!」
 江利子を介抱しながら結奈が叫ぶ。
 だが結奈の口に江利子の手が掛かる。
「だ、大丈夫……ちょっと味にびっくりしただけだから……」
「え、江利子先生?」
 顔を青くしながら『大丈夫だから』と繰り返す江利子、とても無理があった。
「先生、休んでないとダメだよ」
「……だから、せ……達は……」
 
 ―――生徒達は、責めないで―――

「もう喋るな、今治療する」
 アルツールが治療の魔術を展開する。
 癒しの光に包まれ、江利子の顔色が良くなってくる。
「……ありがとうございます、これで本当に大丈夫……」
 まだ具合が悪いのか、フラフラと立ち上がる。
「まだ動いちゃダメだよ、先生!」
 江利子は心配する結奈に首を振ると、その耳元にささやく。
「……貴女こそ、こんな所にいてはダメですよ、天苗さん
「あ……」
 変装がバレてしまった。
 結奈は江利子の担当クラスの教え子だった。
 他校の生徒に紛れて影から江利子を助ける作戦だったのだが、気が動転して江利子に近づいてしまった。
 いくら変装していても、この距離で自分の生徒がわからない江利子ではない。
「ごめんなさい、先生……でも私……先生がクビになるかもって聞いて……」
 涙を浮かべる結奈の頭を撫でる江利子。
「ありがとう、でも先生ががんばらないといけないことだから……」
「先生ぇぇ……」
「やっぱり、少しだけ休みます、保健室までお願い」
 もちろんこのまま結奈を外に連れ出す口実だが、誰も止める者はいなかった。
 唯一止めそうな山田はというと……
「どうです山田先生! 回答の紙をここにですね……ホラ、ホラ!」
 回答を股間に貼り付け、妙な動きで山田の視線を遮る変熊仮面。
「ええい、うっとおしい、あちらで何が起きているのかわからないじゃないですか」
「あちらなどどうでもいいのです! もっとここを、見てくださいぃぃ!」
 変熊の体を張ったガードによって、結奈は事なきを得たのだった。
 江利子に連れられ職員室を出て行く結奈。
 その際、六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)と目が合った。
(後はお願い、かなめちゃん)
(ああ、任された)
 一瞬のアイコンタクト。
 鼎もまた変装して紛れ込んでいる生徒なのだ。
 ここで脱落した結奈の分も自分が江利子を守らないといけない。
「ですが……私までバレるような事態は避けないと、ですね」
 気を引き締める鼎だった。