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リアクション
1.森の主
空京大学のセミナーハウスがある一帯には、比較的開けた道が多く存在していた。
そのうちの一本を白馬に乗って駆けていく黒崎天音(くろさき・あまね)。
高台へ上がるなり、彼は馬の歩みを止めさせた。眼下に広がるは遺跡群だ。
後方を走っていたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)もまた、天音の横へ馬を止めて彼方を見つめる。
「ここからだと、大廃都がよく見えるね……いずれ、あそこにも行ってみたいな」
と、好奇心を露わにする彼に、ブルーズはやや眉間に皺を寄せた。
「……おおいに興味があるところだが、お前の無茶が目に浮かぶようで素直に賛同しづらいぞ」
天音は楽しそうに笑うと、パートナーの言葉を聞き入れない様子で再び馬を駆った。その背中に呆れながらも、ブルーズは後を追って走り出す。
朝の陽光を水面が反射して眩しい。
武神牙竜(たけがみ・がりゅう)は小川で涼む女の子たちを見て、少々戸惑っていた。
「あれ……ティセラさん、十二星華の修行は?」
タオルや水着の入ったビニールバッグを片手に、ティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)は答えを返す。
「時間はたっぷりありますわ」
彼女の味方と思しきセイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)や宇都宮祥子(うつのみや・さちこ)もまた、水遊びに浮き足立っている様子だ。
「そういうわけだから、こっち来るんじゃないわよ?」
と、セイニィ。
追われるように牙竜がその場から離れていくと、ティセラたちは近くの茂みで着替えを始めた。
――赤いビキニを身に着けた祥子は、パレオ付きの白ビキニ姿のティセラへ、ぱしゃっと水をかけた。
「きゃっ」
日差しと裏腹に心地良い温度のそれに少し身体を震わせるティセラだが、すぐに自分も川の中へ手を入れてやり返す。
「これでおあいこですわっ」
楽しそうに水をかけあいっこする祥子とティセラ。やがて川の中へ身体を入れた祥子が少し上流へと泳いでいき、ティセラを手招いた。
そんな彼女たちを眺めていたセイニィに、牙竜がおもむろに声をかけてくる。
「楽しそうだな」
「そうね……この後はバーベキューでお昼の予定だし、魚釣りだってやりたいし、夜には星も――」
わくわくと今日のことを考えるセイニィ。この様子では、本来の目的が果たせるかどうか怪しいところだ。
しかし、牙竜はこんな時だからこそ、彼女へ誘いをかけた。
「セイニィ、夜に小川でデートしないか?」
「え?」
「この時期なら、もしかしたらいいものが見せられるかもしれない」
と、小川を見つめる。
それから彼は、にっこり笑った。
「時間がたっぷりある今日だからこそ、昼間はセイニィに相応しい男になれるよう、修行をしてくるぜ」
一緒に遊んだって構わないのに……と、セイニィは思ったが、それを口に出す間もなく牙竜は去っていってしまう。
「夜になったら、またここで会おう!」
と、言い残して。
ひとしきり泳ぎ終えると、祥子は手頃な岩に腰かけながら呟いた。
「平和になって、本当に良かったわね」
「ええ、そうですわね」
と、ティセラも息をつきながら隣へ腰を下ろす。
「改めて言うことじゃないかもしれないけど……こうやってティセラと過ごせること以上に、戦乱が終わって平和になったことが嬉しかったりするのよね」
祥子の思いはティセラにもよく分かる気がした。今日のように一日中、好きなことをして遊べるのも平和のおかげなのだ。
「だって、それってつまり……ティセラが戦争の道具として扱われることはもう無い、ってことでもあるでしょ?」
「……ええ」
思わず目を丸くしたティセラだが、祥子の本当に伝えたかったことを理解して、頷く。そんな風に考えてくれる人など、そう多くはないものだ。
嬉しくなってくすっと笑うティセラに、祥子もまた微笑んだ。
「さぁて、昨日のうちに仕掛けた罠でも見に行きましょうか」
「ええ。お魚、たくさんかかっていると良いですわね」
机と椅子を部屋の隅に寄せ、パーティションで仕切られた小部屋が二つ、部屋の前方には即席で作られた美容室と撮影所があった。
準備が整ったばかりの部屋に訪れたのは、一人の女性だった。
「こら、そこのショートカット中毒女!」
と、憤慨した様子で松田ヤチェル(まつだ・やちぇる)を指さすセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)。つかつかとヤチェルへ歩み寄る彼女だが、ヤチェルには何も思い当たるところがない。
「人の恋人を誘惑するなんて――」
「あら、何の話?」
と、首を傾げるヤチェル。すると、セレンフィリティを追ってきたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がパートナーを止めに入った。
「違うの。落ち着いて、セレン!」
「セレアナは黙ってて! これはあたしとこいつの問題なの!」
と、騒ぎ立てるセレンフィリティ。
セレアナの手に握られていた「ショートカット同好会の合宿のお知らせ」に気づき、ヤチェルは勘づいた。
「何か誤解させちゃったみたいね? 今回は翔ちゃんしかショートカットの子がいないから、セレアナちゃんを誘っただけだったんだけど……」
ふりふりのメイド服を着た本郷翔(ほんごう・かける)が彼女たちを見ていた。イメージチェンジということで、翔はいつもの執事服をやめ、今日だけメイドになっていた。ショートカットを目立たせるため、メイドキャップは大人しめだ。
セレンフィリティはまだ疑わしそうにヤチェルに視線を向けて問いかける。
「そんなこと言って、実はセレアナに手を出そうなんてこと……ないわよね?」
「ないわよ。二人が恋人同士だってことは知ってるもの」
すると、セレンフィリティの身体から力が抜けていった。恋人を略奪されるものと思い込んでいたため、ひどい安堵に息をつかずにはいられなかったのだ。
その様子にセレアナもほっとする。しかし、ヤチェルはセレンフィリティの揺れるツインテールを見つめて言った。
「ところで、イメージチェンジしてみない? セレンちゃんもショートにしたら似合うと思うわ」
「え?」
戸惑う彼女の手を引き、無理矢理椅子へと座らせる。そして傍らに置いた机からカット用のはさみを取り、にっこり笑うヤチェル。
「セレアナちゃんとおそろにしましょ」
セレアナは不安そうに自分の恋人を見つめた。
少し離れたところから由良叶月(ゆら・かなづき)もまた、ヤチェルを心配そうに見つめていた。生き生きしているのは良いことだが、後で文句でもされては大変だ。
だが、実際の問題としてショートカットのモデルが不足しているのは確かでもあった。
叶月はふと近くにいたエルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)へ目をやる。
「なぁ、エル。何で今日はあいつ、いねぇんだよ?」
彼へ顔を向けたエルザルドは、どこか寂しげに笑ってみせた。
「まぁ、ちょっと事情があってね」
残念ながら同好会の合宿に参加出来なかった土御門雲雀(つちみかど・ひばり)を想う――。
焦げ茶色の髪がばっさり切り落とされ、ヤチェルの手により変わっていくセレンフィリティ。ヘアカットの腕前は素人にしては上手いため、それほど違和感もなかった。
「さあ、こんな感じでどう?」
と、セレンフィリティへ手鏡を渡すヤチェル。
耳より少し下の長さへ切り揃えられ、全体的に軽くなった気がした。セレアナとは対照的に、ふわりとまとめられている。
「……誰、これ?」
姿見の前へ誘導されたセレンフィリティは、すっかり変わった自分を見て戸惑い、その後はしゃぎだしたくなった。
「あたしってショートヘアでも似合うじゃない!」
自分で髪を触ってみたり、少し後ろを向いて振り返ってみたりと、ご満悦の様子だ。セレアナは始めて見る彼女の姿にどぎまぎしつつ、そんな彼女も素敵だと思う。
セレンフィリティとセレアナの目が合うと、二人は同時ににこっと微笑んだ。
「着替えるならこちらでどうぞ」
と、ヤチェルは二人を更衣室へ招いていく。
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