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リアクション
第一章 まずはお説教と後片付けから
「うちの学校の生徒がとんだ失敗をしてしまいました。ごめんなさいです〜。今度は間違いなく依頼の品ですよぉ」
神代 明日香(かみしろ・あすか)はすっかり力を無くして花畑の中に座り込んでいるガヤックに丁寧に謝罪をした。
「……あぁ、ありがとう」
礼を言う声は元気が無く、青さを通り過ぎて真っ白な顔色のガヤック。何人かの協力者から宣伝用の花や成功した種を求められた時も同じ顔色だった。
「……はぁ、何とかしないと」
顔色そのままに成功した種を改めて受け取り、エプロンのポケットに片付けてから大切な花を守るために立ち上がろうと腰を浮かした時、周りの花畑から飛び出した蔦がガヤックの右腕にがっしりと絡みついてきた。
「今、助けますよ〜」
明日香は動じることなく『ファイアストーム』で焼き払い、ガヤックの腕を救ったも束の間、周辺からいくつもの蔦が現れる。迷惑植物の対処が終わるまでどこか安全な場所で待っておく方が良いと考えた明日香は『アシッドミスト』で蔦や店外の花畑をあっという間に溶かして安全地帯を確保した。
「……ガヤックさん、ここでみんなが戻って来るのを待つですよ〜。後片付けは後にするですぅ」
目前に広がる荒れ果てた様子は放ってはおけないが、ガヤックが騒ぎに巻き込まれないように彼を押しとどめるのが明日香にとって一番の仕事だ。
「……ありがとう」
元気の無い声で礼を言い、ぼんやりと立ち上がった。相変わらず、店の奥からは金切り声が聞こえる。
その声は、店の外を飛び出し、たまたま通りを歩いていた御神楽 陽太(みかぐら・ようた)の子孫の御神楽 舞花(みかぐら・まいか)の耳に入ってきた。
「大丈夫ですか。通りすがりですが……とても窮地に見えます。部外者の身ではありますが、手をお貸しします。詳しい事情をお願いします」
奥から聞こえる金切り声、荒れ果てた店に茫然自失の店長、大変な騒ぎが起きていることは明白である。放ってはおけない。
「実はですねぇ、ガヤックさんは大切なお店と花のために三種類の魔法の花を頼んだんですぅ。でも失敗した種を間違えって届けてしまって大騒ぎになってるですよ〜。その花は不満を口にする花と踊りながら散歩する花と増殖する花です〜」
茫然自失のガヤックに代わって明日香が詳しい事情を舞花に説明した。
「……不満を口にする花、踊りながら散歩する花、増殖する花ですか」
事情を聞いた後、舞花は何をしようかと少し考え込んだ後、
「では、私は不満を口にする花を大人しくさせるのを手伝いましょう」
真っ先に耳に入ってきた金切り声を解決するのに尽力することにした。
「気を付けるですよ〜。不満を解決したら少しだけ大人しくなるですぅ」
大ボリュームの高音声の緩和のためヘッドホンを装着して花畑な店内に侵入する舞花を見送りながら明日香はガヤックの側に立っていた。
「……ガヤックさん、話したいことがあります」
店内見回りを終えたリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)はガヤックを呼びつけた。
リュースは店に到着して事情を聞くなり弟のリクト・ティアーレ(りくと・てぃあーれ)と共に真っ先に店内の花々を見て回っていたのだ。
「……何か」
ガヤックはとぼとぼとリュースの所にやって来た。
「オレ達も花屋を空京で経営してますが、花屋というものは人に笑顔になって貰う為にあります。その為には自分が心から笑わないでどうしますか。花を愛しているんでしょう。そんなしけた顔して育てられた花の輝きはどうなると思ってるんですか。花はあなたの呟きを皆聞いてるんですよ!!」
どことなく輝きを失っているように見える切り花をガヤックに突きつけた。少しでも彼らの声がガヤックに届くように。
「……大体ですね、話しかけられたら応じる魔法の花で商売なんてオレからしたら、邪道です!! 花屋なら自分で育てた花で勝負するべきです!! こんなに素敵な花があるんですから」
切り花をバケツに戻してから厳しい言葉と視線を投げかけた。『華道』を持つリュースにはガヤックがどれだけ丹精込めて花を育てたのか一目瞭然なのでなおさら安易な方法を取ったガヤックを一喝せずにはいられなかった。
「俺も兄貴と同じでやっぱり魔法の花は邪道だと思うぞ。それはあんたが今まで育てた花たちを全部否定することになるんだぞ? 俺が花だったら悲しいし、それにあんたはちょっと見失ってるように見えるぞー」
リクトは踊り狂う花によって倒された鉢植えを手に持ちながら現れ二人の会話に入った。ちなみに鉢植えの花はすっかりリクトに助けられていた。
「……見失ってるって売り上げ不振で売れないし、閉店になるかもしれない。このままだと花達だって」
力無く、リクトの手にある花を見つめるも口にするのは売り上げ不振、閉店の二つばかりでリクトの言う通り大事なことを見失ってしまっている。
「売れない? あんた、売れることってそんなに大事? 好きな奴に買われないんだったら、俺は売れない方がいい。うちがある程度余裕ある店だから言うかも知んないけどさ、笑顔忘れるなよー?」
そう言って鉢植えをガヤックに差し出した。もう一度、花に笑いかけて欲しいと思いながら。
「……笑顔」
恐る恐る鉢植えを受け取り、じっと咲き誇る花を見つめる。どことなくいつも目にしているよりも色褪せているように見えた。そして、ぐちゃぐちゃに歪んでいた。
「そうだぞ。こいつだってあんたを心配している。花は喋らないかもしれないけど、ちゃんと聞いてるし、俺達の言葉にも応えてくれる。本当にあんたは花達を大切にしてるんだな。花を見れば分かる」
涙を流して花を見つめるガヤックの肩をぽんと叩いて笑顔で慰めた。店内の花を見て分かったのは心配のためどの花も色褪せていたことだった。『華道』を持つリクトはすぐにその変化を発見することが出来た。
そして、心配が無ければきっと色鮮やかで元気に咲いていただろうと。だからガヤックにもう一度、花を愛することを見つめ直して欲しかった。
「……本当に手遅れになる前に花達と花を愛する自分のために動くべきです」
リュースは最後に大事なことを言ってから店の奥、不満声で満ちあふれている部屋へ向かった。
その後ろをリクトがついて行った。
「……手遅れになる前に」
リュースの最後の一言を繰り返した後、顔を上げた。ほんの少しやる気が戻って来た表情だった。自分にとって大事なのは花なのだ。
ガヤックは、箒やちりとりを持ち出して後片付けを始めた。
「私も手伝うです〜」
ずっと様子を窺っていた明日香も一緒に後片付けを手伝い始めた。
後片付けといってもやることは地面や床の掃き掃除ぐらいだった。散らかった花々や割れた鉢植えなどは、花を愛するリュースとリクトが見回りついでにすっかり片付けてくれていたのだ。しかも店内の増殖する花はいつの間にかすっかり片付いていた。
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