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リアクション
僕は蒼空学園に所属するコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)、元々はセスタイン出身だったのだけど、
訳あって地上に避難してきたんだ。まあ、あの頃は本当に色々あって、今でもたまに思い出すと辛い記憶もある。
だけど、今は元気一杯なパートナーと契約をして、毎日を楽しく過ごしている。
でも、パートナーは本当に元気過ぎるくらい元気なので、たまに僕は休憩がてら、空京市内にあるミス・スウェンソンのドーナツ屋、通称ミスドで一日をのんびり過ごすのも好きなんだ。
「ふああ〜 ちょっとのんびりし過ぎちゃったかな?」
僕はこの日もミスドに来ていて、自分のお気に入りの作家が今週発売した新刊の本を、コーヒーを片手にじっくりと読んでいたんだ。
本当だったらもっと料理を注文した方がいいのだけど、おかわり無料のコーヒーで粘っている。そのせいか、このお店の美人オーナーであるスウェンソンさんの僕を見る表情がちょっと険しい気がしてきた……
「ち、ちょうどお昼だし、ドーナツでも注文しようかな」
僕はメニュー表を慌てて眺め始めた。
「うーん、今の手持ちのお金だと……」
僕は財布とメニューに視線を行き来させていた。そんな、どこにでもある日常の風景――
それが突如として崩壊したのは、ミスドにあの人が入ってきた時だった。
「すまない……水を一杯くれないか……」
ゆったりとしたBGMが流れるミス・スウェンソンのドーナツ屋に、鮮やかな銀髪を持つ細面の男が、
その整った顔を歪ませながら倒れこむようにして入店してきた。
「いっらっしゃいませ……って、あなた大丈夫なの?!」
この店のオーナーであるヨハンナ・スウェンソンが、心配そうに銀髪の男――フェンリル・ランドールに声をかけた。
ミス・スウェンソンのドーナツ屋、通称ミスドは冒険好きの学生たちが集まる店として知られており、
そのオーナーであるヨハンナもたくさんの冒険者たちを眺めてきた。
その彼女の目から見ても、フェンリルは優秀な冒険者である事がすぐに分かった。
問題なのは、そんな優秀な冒険者である彼が、恐ろしく追いつめられている様子だった事だ。
すぐさまヨハンナはフェンリルの脈拍と体温をチェックする。
「……体自体は、多少疲労はあるけど異常って程ではない、か。ってことは、あなた、精神的に追いつめられているのね?」
フェンリルに水を差しだしながら、ヨハンナは彼の状態を冷静に観察する。
「あ、あのう……その人大丈夫なんですか?」
店内にいたコハク・ソーロッドが心配そうにフェンリルの顔を覗き込む。
「ええ、彼の体自体は緊急を要する必要はないと思うけど……もしかしたら、彼の存在が何かを呼んでくるかもしれないわね……」
この時、ヨハンナにとって幸いだったのは、フェンリルの処置に精神を集中する事で、彼の持っている魔剣の方に意識がいかなかった事だった。しかし、そんな幸運もすぐに吹き飛んでしまう――
「ランディ!! どこに行っちゃったのよ」
「フェンリル様〜」
「ちょっと! フェンリルは私のものなんだから、邪魔しないでよ」
ミスドの外が急に騒がしくなる。
「……ッ、もう追ってきたのか。マズイ、ここで争いが始まってしまうと……! オーナー、一刻を争う事態なのだ。すまない、訳は聞かずに裏手から出してくれないか」
「ううむ……協力したいのは山々なんだけど、こちらも店をやっているからには信用が第一だからね。すまないけど事情を話してもらわないと……」
ヨハンナが申し訳なさそうにそう言うと、いつもは大人しいコハクが珍しく口を挟んできた。
「ヨ、ヨハンナさん! この人、嘘はついてないと思うんです。だ、だから裏手から……」
「コハクがそんなに肩を持つなら、信用してあげたいのだけどさ……」
悩みこむヨハンナ。それを見たコハクは追撃とばかりにまた口を開く。
「あーええと、上手く説明出来るかどうか分からないんですけど……僕も今のこの男の人みたいに切羽詰った状態に追いつめられていた事があって、そんな時に手を差し伸べてくれた人がいて、それが凄くありがたかったんです。
だから、僕も手助けをしてあげたいなって思って……」
コハクの思いが通じたのか、ヨハンナは「常連客にそこまで言われたら、仕方ないわね……」と言って、フェンリルを裏手へと連れ出した。
その直後、ミスドのドアが勢い良く開かれた。
「フェンたむはどこ?!」
「え、美羽じゃないか、どうしたの?」
コハクのパートナーである小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、ミスドへと足を踏み入れていた。
「あ、コハクじゃないの……そうだ! ここにフェンたむが来なかった?
銀色の髪をしたすっごい綺麗な人なんだけどぉ……ああ、私の愛剣スレイブオブフォーチュンRとそっくりの剣を持っているなんて凄い偶然だよね……」
(……銀色の髪? もしかして、さっきの男の人の事を言っているのかな。でも、なんだか美羽の様子もなんだかおかしいぞ。ここは……)
「ええ、そ、そんな人いなかったよ? そういえば、どうして美羽はそのフェンたむって人を探してるの?」
「フェンたむがここに居たのね! どこっ? どこに行ったの?!」
コハクは美羽に胸を掴まれ、ぐらぐらと体を揺さぶられる。
「ちょ、ちょっと美羽、頭がグルグルしちゃうよ!」
コハクと美羽が押し問答を繰り広げていると、そこにまた新たな訪問客が続々と到着した。
「ボクのランディはどこ?!」
「ああ、愛しのフェンリル様……」
「フェンリルは私のものよ! 誰にも渡さないわ」
フェンリルのパートナーであるウェルチに、遺跡捜索で同行した美緒、さらに宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)の三人が店に雪崩れ込んでくる。
しかし、店の中にフェンリルの姿がない事を確認すると、すぐに場外乱闘を始めた。
「さっきからボクがランディを探す邪魔をしないでよ!」
「邪魔しているのはあなたの方でしょ? あ、私みたいな魅力的な女性に先を越されたら適わないから焦っているのね」
「ハァ? キミみたいな巨大女は、魔鎧の素材ぐらいにしか使い道ないね」
「魔鎧の素材? ふふ、やれるもんならやってみなさいよ!」
ウェルチと祥子がギリギリと睨み合う。
先に動いたのはウェルチの方であった。彼女の武器である拳銃を素早く引き抜こうした瞬間――その瞬間を狙い澄ましたかのように、ウェルチの無防備になった頭部を、祥子の世界を狙えるブーメランフックが直撃する。
「グハッア……!」
そのまま地面に倒れこみそうになるウェルチであったが、膝をつきながらも何とか体を支える。
「ふふ、私のブーメランフックをまともに食らって立っているとは大したものね。でも、もう一撃で終わりだわっ! 食らえええええええっ!!!」
が、しかし、祥子の二発目のブーメランフックが当たる前に、彼女の背後から美羽が剣術と脚技を組み合わせたテクニカルコンボを仕掛け、祥子のガラガラになったボディを狙い撃つ。
「ッ……、ちょこざいな!」
なんとか腕を引っ込めてボディをガードする祥子、しかし、攻撃の衝撃で体勢が大きく崩れてしまう。
「今だわっ!」
美羽は小さい体躯ながら、バネのある体を目一杯にねじり、渾身の回転蹴りを繰り出した。直撃を受けた祥子の体は、ズザアアアアアアッ!!! っと地面を大きく滑る。
「えへへ、やっぱり最後に勝つのは私だよね」
「……今のは効いたわよっ! 次に会った時は覚えておきなさい……」
そう言うと祥子は、アーマードユニコーンを呼び出して戦闘から離脱してしまう。
「あ……ずるーいっ!」
しかし、美羽が駆け寄ろうとした時には既に、祥子ははるか遠くへと消えていた。
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