薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

狼の試練

リアクション公開中!

狼の試練

リアクション


第3章試練の戦士たち 4

 グラパゴスをボコスカにしたあと、リーズ一行はさらに先へ進んだ。
 敵の契約者たちの相手は、静麻やリアトリスたちに任せてある。いまはとにかく、さっさとこの試練を終わらせよう、とリーズは思っていた。なにせ、くだらない連中が多すぎる。
 知恵の戦士に、群の戦士? ただの卑怯者の集まりじゃないか。
 試練の偉大さとかをそれなりに期待してだけに、リーズは拍子抜けした気分だった。
 そのまま次の開けた場所へとたどり着く。その中央に立っていたのは、やはりこれまでと同じ試練の住人たる獣人だった。
 だが、そこでリーズは認識を改めた。
「ようやく来たか」
 男は静かに言う。
(なんなの、こいつは……)
 これまでの獣人とは、オーラが違いすぎた。
 まるで触れるものをすべて斬り裂くかのような、刃物の気配。
 白い獣の耳と白い毛並み。白い服に白い仮面を身につけたその男は、そんな鋭利な雰囲気をかもし出していた。
「俺の名はファラン。瞬の戦士」
「瞬の戦士……?」
「速さこそが、俺の力。そして俺を倒すことこそが、この試練を突破したこととなる。覚悟は、いいか?」
「…………」
 リーズは返事の代わりに剣を構えた。
 それが合図となる。次の瞬間には、疾風が走ったと見紛う速さでファランが迫っていた。
「っ……!」
 ファランの武器は刀だ。鋭い刃がリーズの剣とかち合い、彼女をふきとばした。
 それを、仲間の十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が受け止めた。
「大丈夫か、リーズ」
「あ、ありがとう、宵一」
 ショートの黒髪に黒い瞳。普段はものぐさな雰囲気を見せている宵一だが、いざ戦闘となるとその気配はなりを潜め、険しい顔付きで敵を見据えていた。
「無茶するな。ここはみんなで戦うんだ」
「でも……」
 リーズは気が進まなそうに口をつぐむ。
 すると、ファランは、
「その青年の言う通りだ」
 と、宵一の言葉を肯定した。
「人は一人では生きられないものだ。家族、友、仲間。誰もが、支え合い、協力して生きている。戦いも同じだ。特別な場合を除いては、俺は一人で戦うことを良しとはしない」
「…………」
「この『狼の試練』が仲間を連れていくことを許可しているのは、単なる気まぐれでもなければ、伊達や酔狂でもないぞ。そうしなければ、突破できないものもあるのだ。狼が群れを作り、生きるようにな」
 ファランは言うべきことは言ったのか、再び刀の切っ先をリーズたちに向けた。
「みんな、お願いしても……いい?」
 リーズが背後にいた仲間たちに問いかける。
 答えなどとうに決まっている。
「ああ」
 彼らは一斉にうなずいた。


 元々は、こうして戦いに身を投じるつもりではなかった。
 仕事の依頼を受け、リーズのもとへと「抱き枕」を運んだら、それが勘違いだったと知ったから、いまこうして彼女と行動を共にしているのだった。
 言わば、なりゆき。引き返すのももったいなくて、本来の依頼を再受諾したということ。
 まあ、いつもの貧乏くじだ。ただそれでも、これまでのリーズを見ていると、手伝うのは悪くない。むしろ、彼女のために何かしたいという気分になっていた。
 バウンティハンターとして培ってきた力。それを活かせるなら、本望だ。
 ファランは跳弾のように弾き跳び、迫り、刀を振るう。宵一は、その刃を受け止めた。
 魔剣ディルヴィングが、うなりをあげる。
「やるな、青年」
「あんたこそ、なっ!」
 ファランの攻撃を弾き返す。
 距離をとって、宵一は体勢を立て直した。
「宵一、あなたこそ無茶はしないことですわ」
 ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)が、宵一を心配して声をかける。セミロングの赤い髪に、銀の瞳。いつも優しげでほんわかしている彼女が、不安げに彼を見ていた。
「分かってるって。二人とも、リーズを頼むぞ」
「任せるでふっ」
 二人――というのは、ヨルディアともう一人のパートナー、リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)だった。
 当初、宵一にリーズへ届ける「抱き枕」にされていた花妖精である。頭にムラサキツメクサを生やした珍獣のような生物で、もふもふな毛並みは抱き枕に最高だという定評があった。
 そんな二人に守られるリーズが、反発する。
「ちょっと宵一っ! わたしも前線で……」
「これは君の試練だろ! だったら、少しは命を守るやり方ぐらい覚えろ!」
 彼女にそう叱責して、宵一は再びファランの相手へと戻った。
 すると、リーズの横から声がする。
「ふむ。彼は忙しいひとじゃの」
 そう言って宵一の背中を見ていたのは、ルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)だった。
 彼の服は和服で、青色の髪をポニーテールにしている。一見女性のようにも見える中性的な美形。しゃべり方は老獪していて、どこかのほほんとした印象があった。
「ルファンっ! あんたもちょっとは手伝いなさいよ! せめて宵一のバックアップぐらい!」
「そう怒るでない、娘よ。焦っていては見えるものも見えんものじゃ」
 ルファンは軽く微笑した。
「のう、ウォーレンー」
 ルファンは、宵一らとともにファランと攻防を繰り広げていた男に声をかけた。
 すると、男はそれに気付いて、後退。ルファンのもとに戻ってくる。
 金の髪を無造作に束ね、民族的な衣装に身を包んだ男だった。気まぐれそうな顔に、ペイントで模様が描かれている。
 ルファンのパートナーのウォーレン・シュトロン(うぉーれん・しゅとろん)だ。彼もまた獣人であり、自分の故郷で似たような試練を受けたことがあるらしかった。
「呼んだか?」
「いやなに。ちょっと聞きたいことがあっての。そなたの集落での試練もこのようなものじゃったのか?」
「ん? いや、同じ獣人つっても、俺の方は蝙蝠だしな。集落も全然違うし。こういう通過儀礼はあったが、構造もやり方もまるで別物だよ」
 そう言って、ウォーレンは笑う。
 だがその瞳が、静かに思慮深げな色を浮かべた。
「まあだけど……試練っていうぐらいだからな。突破口は決まってるだろうな」
「……どーゆーことよ?」
「『狼』の試練だろ? 自分が何なのかぐらい、考えてみろよ」
 ウォーレンの言葉に、リーズは怪訝そうに眉をひそめる。
 だが、やがてその言葉の意味に思い当たったのか。彼女はハッとなると、弾けるように駆け出した。
「リ、リーズ様……っ」
 ヨルディアが彼女を心配して呼びかける。
「大丈夫よ、ヨルディアっ! 心配しないで!」
 リーズはしかしそう言うと、ファランへと一直線に向かっていった。
「だ、大丈夫かしら?」
「きっと大丈夫でふよ。リーズさんを信じるでふ」
「…………」
 それは同じ珍獣としてわかる、という意味なのか。
 ヨルディアは考えたが、口に出すことはしなかった。


「リーズ、どうして前にっ!」
「小言は後で! とにかく、今は前に行きたいの! ファランはっ!?」
「いまは刹那が相手を……」
「了解っ」
 宵一にそう言い残して、リーズはさらにファランの戦闘領域へと踏み込んだ。
 そこでは幼い少女がファランの相手をしている。
 黒髪を高く結い上げた、小柄な頭身。まだまだ丸っこい愛らしい顔立ちだが、どこか大人びた表情。
 途中でリーズらに合流して、彼女を手伝ってくれている辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)はそんな少女だった。
 なんでも本来は別の目的があるらしいが、それを詳しくは話してくれなかった。だが、別にそれは構わない。他人は誰しも一つや二つ、秘密を抱えているものだ。いまは自分の味方をしてくれている。それだけで、リーズは満足だった。
 刹那の後方では、彼女のバックアップに努めるアルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)がいた。
 刹那がやられるんじゃないかと、不安げに瞳を揺らしておどおどしている。それでも、パワーブレスを刹那にかけて彼女の力を増幅させ、バニッシュによる援護攻撃を続けている勇気は、感嘆に値した。
「アルミナちゃんっ」
「リ、リーズさんっ……せっちゃんが……」
「大丈夫。わたしに任せといて」
 そう、アルミナに優しく声をかけると、リーズは代わりに彼に言った。
「あなたの力を借りたいの。バニッシュで、敵の注意を引き付けることは出来る?」
「う、うん、多分」
 幸いにも、今のところファランの相手は刹那だけでも事足りている。バニッシュを別方向に叩き込むぐらいは、簡単にできそうだった。
「じゃあ、お願い。合図をしたら敵を引き付けて。……刹那ちゃんを、助けるためにも」
「うんっ」
 アルミナは力強くうなずいた。
 そして、一撃のバニッシュに力を込める。普通のバニッシュよりもさらに高い威力。それもそれが予想していない方向で起こったら、少しは気が逸れるはずだ。
 アルミナのバニッシュが、ファランの後ろに叩き込まれる。
 ゴッ――
「!?」
 その音に反応して、ファランの気が一瞬だけ逸れた。
 刹那は最後の投擲を終えると、その場から退却。いったん、身を引いた。しかし次のとき、ファランの目の前に小柄な影が迫った。
 それは――狼だった。
「リーズ……っ!?」
 リーズは狼の姿になって、ファランへと飛びかかっていったのだ。
 そしてその仮面を口でくわえて盗み取る。仮面を取られたファランは、手で自らの顔をおおって苦悶の声をあげた。
「くっ……」
「これは『狼の試練』だものね。人間のスピードでは難しくても、狼の速さなら。それも、あなたに打ち勝つという意味でなら、こうすることが一番の方法」
「…………」
「これでも、試練は突破したとは見なされない?」
 リーズは仮面をからんと床に落とした。
 しばらく、ファランは彼女を見つめる。顔を覆う手。その指の間から見える瞳は、思慮深げな色をたたえていた。
 そして、
「――いいだろう。合格だ」
 優しい声でそう告げる。
 喜びに顔をほころばせるリーズに、彼は静かな微笑を浮かべた。