リアクション
● 「やー、まいったまいった。迷ってしまったあげく、ここが何処だか分からない。ぷりーず、へるぷみー?」 言葉とは裏腹に、まったく困っていない様子で青年が言う。 なんとも胡散臭そうな青年だ。シャギーのかかった黒髪に、黒い瞳をした典型的な日本人。ぱっと見は気のよさそうな人にも見える。ただ、目つきが常に細めがちで、なんとなく詐欺師の雰囲気を思わせた。 「誰か助けてくれへんかなー」 彼――瀬山 裕輝(せやま・ひろき)はそんなことをつぶやく。 「ッ!? だったらっ! 自分の、助けを呼ぶ前に――俺たちを助けろよっ!」 横でボカスカと敵を戦っていた男が、ついに激怒した。 刈り込まれたショートの金髪に、広い肩幅。豪腕、豪傑。そう呼ぶにふさわしい、拳と蹴りで敵を蹴散らすパワーファイターだ。 それは、ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)という名の契約者だった。 「えー……? だって、ラルクさん、修業でこの場所まで来たんやろ? やったらオレが手伝うのは違うんちゃうかなーって」 「あのなぁ……」 ラルクは、わなわなと震えた。 「いくら修業でも、俺はお前のお守りまでするつもりはねーんだぞっ!」 「ま、まあまあ……ラルクさん」 横から、リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が彼を制止した。 金のロングウェーブがかかった長髪。柔和な顔立ちに、優しげな瞳。見る者を柔らかい雰囲気にさせる彼女が言うと、ラルクもそれ以上は口をつぐんだ。 「それよりもはやく出口を探さないと……」 「ああ。つってもなぁ――」 「ラルク隊長殿っ! 横道を見つけましたであります!」 ラルクの言葉を遮ったのは、ハキハキとした少女の声だった。 そちらに振り返ると、黒髪黒瞳の純日本人といった容姿の娘が、ビシッと敬礼をしている。黒髪はポニーテール。キリッと引き結んだ顔で、ラルクを見上げていた。 「いや、あのな、吹雪。俺は隊長じゃねえって何度も……」 「何をおっしゃいますか、隊長殿。古代の遺跡での練兵任務。これぞまさしく自己の鍛錬を怠らぬ隊長たる役目。自分は必ずや、この任務を全うしてみせます」 「…………」 これだ。 ダンジョンに潜ってからというものの、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)はこればかりである。 盲目的に、ラルクを任務だなんだの隊長だと信じ切り、付き従っている。ラルクにとっては迷惑極まりなかったが、そのキラキラしたまっすぐな瞳に、怒ることも出来ないでいた。 「吹雪、あんまり迷惑かけるものじゃないわよ」 吹雪の後ろから、ブロンド髪の娘がたしなめるように言う。 彼女のパートナー兼保護者である、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)だった。 「なにを言いますか、コルセア。自分は任務のために全力を尽くしているに過ぎません」 吹雪は憮然と言い返す。 「隊長殿も、自分の役目に満足しているでしょうっ」 「いや、だから……」 「で、ありますよね、隊長殿っ」 「…………ああ、そうだな」 結局は、ラルクが折れるしかなかった。 「あはは、ラルクさん、ご愁傷様です」 「勘弁してくれよ」 リースの優しい言葉かけに、ラルクは消沈したように答える。 しかしすぐに、彼らの表情ははっとなった。気配を感じたのだ。並々ならぬ気配。モンスターたちの気配だった。 「……ったく、しょうがねえな」 「ラルクさん、来ますっ」 彼らの前に、スケルトンナイトの集団が現れる。その頭上では、巨大な吸血コウモリも羽をばたつかせていた。 「へっ……上等。いくらでもかかってきやがれってんだ!」 ラルクの言葉に応えるように、敵集団はいっせいに飛びかかった。 「うおりゃああぁっ!」 雄叫びをあげて、ラルクの雷霆の拳が敵の一群を吹き飛ばす。電光のように素早い拳の連打が、次々とスケルトンナイトに叩き込まれていった。 次いで、蹴りを繰り出すラルク。脚部に装備してある滅殺脚が、ラルクの力を何倍にも引き出して、脅威のパワーで吸血コウモリをたたき落とした。 「わ、私も、負けませんっ!」 リースは超賢者の杖を構え、敵陣に魔法を放――とうとする。 しかしその前に、吸血コウモリたちが空中から襲いかかってきた。 「あっ、いや……きゃあああぁぁっ! やめてえぇっ」 泣きながら逃げつつ、彼女は『ウイッチクラフトの秘技書』で防御する。 すると、秘儀書の中から、はらりと何かが床に落ちた。 ドゴーンッ! 床に落ちた紙片が生んだ雷撃が、吸血コウモリたちを打ち払う。 「あら……?」 ぷすぷすと焼けこげたコウモリたちが、バタバタッと、床に落下した。 本人にも予想できなかったことだが、どうやら勝ったらしい。秘儀書に挟んでいた栞代わりの『稲妻の札』が落ちたおかげだと気づき、リースは我ながら運が良いと思った。 「なーなー、ラルクさん、リースさん……オレ、先に行ってるなー」 裕輝が事態の大変さをまるで意に介しない様子で、のんびりと言った。 「ああ、もうっ。勝手にしろ!」 ラルクは諦めたように、それをはねっかえす。 「いいの? 吹雪。置いてかれちゃうわよ?」 「自分の任務は、隊長殿の補佐であります」 「……はぁ」 集団の中で唯一といっていい常識人のコルセアだけが、蚊帳の外でため息をついていた。 ● |
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