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狼の試練

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狼の試練

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第1章 力の戦士 2

 リカインの咆吼の強力なパワーもあって、スケルトンナイトたちを討ち倒したのは間もなくのことだった。
 一行は武器を収め、改めて周囲を見回す。
 そこは――まさしくダンジョンと呼ぶにふさわしい場所だった。
 広さはほどほど。基本は石造りの様子。壁にはなにやら古い紋様のようなものが刻まれていて、その意味は分からないが、少なくとも厳かで古めかしい雰囲気はしっかりと演出されている。
 自分たちの周りを囲んでいるのが白骨騎士の亡骸なのが少し不気味だが、ダンジョンの中は明るく、それほど恐怖という恐怖は感じなかった。むしろ、契約者や戦士たちにとっては、期待感さえ持たせる構造だ。ワクワクしてくる。
 どうやらこのダンジョンには、大規模な魔法的仕掛が至るところに仕組まれているらしい。常に内部が明るいのも、魔力が与える光の魔法の力だと思われた。
 それだけでも凄いことだが、さらに驚きなのは、その魔力が何百年にもわたって持続し続けているということだった。
 クオルヴェルの集落の戦士たちは、一人前の戦士だと認められるために、必ずこの試練のダンジョンを攻略するのだという。
 研究者の立場に立つ契約者からすると、探求心と知識欲をうずかせるに十分だが――それはまあ、またの機会にしよう。
 いまは、とにかくリーズのために『狼の試練』を突破することが先決だった。
「それにしても、いきなりスケルトンナイトの集団なんて、手厚い歓迎よね」
 リリアが呆れるように言う。
「そうだね。……この下に見える“奈落の底”も、その歓迎の一つってことかな」
「な、奈落……っ!?」
 エースが言うと、仲間たちが驚いて自分たちが立つ地面の隅っこに駆け寄る。
 するとその下には、文字通り暗闇だけが支配する奈落の底があった。
「要するに僕たちがいまいるのは、コマの上みたいなものだよね。真ん中の支柱が折れると、そのままみんな真っ逆さまってことだ」
「なによぉ、それぇ〜……」
 リリアとリーズが、同時に不満を漏らす。
 すると、
「がははははははははははっ! その通りだ!」
 横から聞こえてきたのは、豪快な男の声だった。
 振り返ると、そこにいたのは見知らぬ獣人の男だった。いや、男というよりは巨漢といったほうがふさわしいか。
 常人の二倍ほどはありそうな体躯の男が、戦斧を振りかざしながら、のし、のし、と歩いてくる。
「あ、あんた……誰よっ……!」
 リーズが代表して聞くと、
「ふふふ、よくぞここまで来た……」
 男は待ってましたというような身振りで答えた。
「俺の名はドルパン! クオルヴェルの集落で英雄と謳われた力の戦士、ドルパンだ!」
 男は右手に持った戦斧を振り上げて、肩にずしっと抱える。
 吼えるようなその名乗りに、リーズだけが驚いていた。
「ド、ドルパンっ!?」
「知ってるの? リーズ」
「し、知ってるもなにも……ドルパンといえば、その力比べでは集落で生涯負け知らずだったと言われている、正真正銘の英雄よっ」
「な、なんだってーっ!?」
 契約者たちは、実感はなかったがとりあえず驚いていた。
 ノリの良い連中である。
「そ、それで、その英雄がなんでこんなところにいるのよっ!」
「よくぞ聞いた」
 ドルパンはにやりと笑った。
「この『狼の試練』こそは、我らがクオルヴェルの英雄たちの魂が集う場。そして試練とは――我ら英雄を討ち倒していくことなのだ!」
 再び、一同に驚愕が走る。
「死した英雄たちと戦っていけということなのですね」
 ヴィゼントがくいっとサングラスを持ち上げて、冷静に言った。
 しかし、その動作の中に静かな闘志があることをリカインは知っていた。
 こんな成りをしているが、ヴィゼントは野牛の獣人なのだ。同じ獣人の血が騒ぐのか、珍しく浮き足立っているようだ。それを隠そうとしているため、余計に冷静沈着を装っているのだろう。
 まあ、とはいえ彼も、試練の本質は分かっているようだ。試練に立ち向かうはリーズの役目。自分たちはその露払いでもやるのが妥当なところ。
 リカインは金色のセミロングヘアーを軽く払って、そう判断した。
 そんな彼女の横に、ふわりと浮かびあがる、一匹の白い玉のようなものがあった。
 一見、タンポポの綿毛か、兎の尻尾のようにも見える。三〇センチほどの綿毛の塊は、ふわふわと浮きながらなにやら不思議な言葉を囁いていた。
「先人の重ねし魂の層、時に英知の名で尊ばれ、時に懐古の名で蔑まれる」
 それは、リカインのパートナーであるケセラン・パサラン(けせらん・ぱさらん)だ。
 未来人であるということ以外は、リカイン自身もその正体がよく分からない生物だった。
「掘り起こし、邂逅を望み、何を得る? 悠久の時を刻むのは、輪廻の輪か? それとも――」
「はいはい、いいからちょっと黙ってて。話がややこしくなるから」
 リカインはぐいっとケセランを端にのかした。
「それじゃあ、続きをどうぞ」
「う、うむ……」
 勢いを削がれて、ドルパンはしばしびっくりとしている。
 しかし、改めて彼は鋭い目つきで戦斧を構えた。
「とにかくっ! ここから先は俺を倒さねば進めん! いくぞ、集落の戦士よ!」
「ちょっ、ちょっと待って、心の準備がっ」
「問答無用!」
 ドルパンは地を蹴り、一気に距離を詰めてきた。
 とっさに避ける一行。それまで彼らがいた場所に、ドルパンの戦斧が振り降ろされる。爆発のような音とともに、地面が割れ、土砂が天高く弾け飛んだ。
「ちょっと……あんなの喰らったら一撃で終わりじゃない!」
 思わず抗議でもするように叫ぶリーズ。
 しかし、ヴィゼントとリカインはそれに動揺することなく、むしろ、何かに気付いたようにドルパンのいる地面を見つめていた。
「ど、どうしたのよ、二人とも」
「まさかとは思うけど……」
「試してみる価値はありそうですね、お嬢」
 囁くように会話する二人。
「なにをごちゃごちゃと言っている! いくぞおおぉっ!」
 ドルパンは容赦なく飛びかかってきた。
 今度はさらに戦斧に重さとスピードを乗せた動き。リーズではないが、確かにこれは避けるのに失敗したら一巻の終わりだった。しかし、同時にリカインとヴィゼントはある可能性に気付いていた。
 それは――
「今よっ!」
 十分にドルパンの狙いを引き付けてから、リカインとヴィゼントはその場を跳ぶ。
 再び地面をたたき割るドルパンの戦斧。だが、今度はその地面の割れ方が違っていた。
「え゛」
 爆発音が止むと、びしびしッ――と、地面の割れ目がどんどん長くなっていく。
 それは一撃目の割れ目と繋がって、支柱にだけ支えられていた大地の一部を分割した。
 リーズたちはすでに反対側にいる。
 割れ目が最後の抵抗を見せるも、それは虚しかった。
 ぴしっ。
「うそだあああああぁぁぁぁぁっ!」
 ドルパンの無情の叫びは奈落の底へと沈んでいった。