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狼の試練

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第3章 試練の戦士たち 3

「俺の名はグラパゴス! よくぞこれまでの試練を突破してきた! しかし、これまでの連中はまだ序の口。これから第二、第三の――」
「はいはい、分かったから。さっさと始めてよ」
 リーズ一行は武器を構えながら、名乗り口上を遮った。
「えええぇー……台無しだー……」
 グラパゴスと名乗った盗賊風の獣人は、がっくりと肩を落とした。
 だが、そこは長年『狼の試練』を担当してきた男。立ち直りも早かった。
「俺は群の戦士だっ! すなわち、『グラパゴス一味』とでも名乗っておこうか」
「一味?」
「そうっ! この連中にもお前たちは勝てるかなっ!?」
 そう言って、グラパゴスは指笛を鳴らした。
 すると、まるで忍者が主人の呼び声に従って現れるかのごとく、グラパゴスとリーズ一行の前に数名の影が現れた。
 それは――
「あ、あんたたち……」
「やっほー、久しぶりー」
 これまでリーズとも何度か冒険をともにした、契約者たちの姿だった。
 にこにこと笑顔を浮かべて、ひらひらと手を振っているのは、緋柱 透乃(ひばしら・とうの)。ポニーテールにした燃えるような赤髪と、馬鹿でかい胸の二つの膨らみの主張が激しい娘だ。
 その横では、彼女のパートナーであり、これまた抜群のプロポーションをした緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)がいた。こちらは穏やかな笑みを浮かべている。
 さらに彼女たちに並んでリーズを出迎えたのは、左腕をなくしている青年だった。
 元指名手配犯という、異例の経歴を持つ契約者の日比谷 皐月(ひびや・さつき)だ。ショートの黒髪に、黒い瞳。典型的な日本人の顔立ちで、一見するとさほど脅威があるようには思えない。現在も、やる気がなさそうにあくびを噛み締めている最中だった。
 そして、彼の横には見知らぬ二人の姿が。
「だ、だれ、あんたたち?」
 リーズがつぶやくと、よくぞ聞いてくれたとばかりに二人は一歩踏み出した。
「誰だお前と問われるならば」
 黒髪を後ろで束ねた、目つきの悪い青年が言う。髪の間からピョンと突き出た、先の尖った耳が特徴的だった。
 続けて、
「答えてやるのが世の情け!」
 ボブカットの赤髪の上にゴーグルを着けている少女が言う。
 不機嫌そうに吊り上がった目。立ち振る舞いもがさつさが目立つ。そんな少女だった。
「僕の名前は五十嵐 睦月(いがらし・むつき)」「あたしの名前は如月 夜空(きさらぎ・よぞら)
 二人の名乗り口上は同時だった。
「純真無垢な――――天使だぜ?」「真面目が取り柄の――――遊び人だッ!!」
「…………」
 それを言われてどないせーっちゅーのかはわからない。
 ただ、言った本人たちはとても満足している様子だった。
 皐月の面倒くさそうな目が彼らの背中に注がれる。なんでも、『リーズのおっぱいを拝んだり揉んだりする』ためにここまで来たらしい。どーでもいいが、活力を無駄に消費してないか、と皐月は思うのだった。
 ともかく、本来なら彼らのリーダーであるはずのグラパゴスをさしおいて、夜空が言った。
「よくぞ来た、試練を受けしものよ!」
「戦士として認められたければ、僕達を超えて行くんだ」
 睦月もそれに続く。
 皐月はやっぱりどうでもよさそうに彼女たちを眺めていた。
「さあ、その胸に秘めたものを見せてくれ」「さぁ、あんたの全てを見せてみなッ!」
 再度、二人同時の締めの言葉。
 のそっと、リーズは言った。
「どうでもいいけど、もう始めていいの?」


 行動はふざけてはいたが、その実力は本物だった。
 リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)も本気にならざるを得ない。リーズを守るために、彼女は敵とリーズとの対角線上に身を投じた。
 ドラゴンアーツ、超感覚、鬼神力。彼女は使える限りの身体強化を図る。大きな耳と尻尾が生え、額に短刀にも似た角が突き出る。ドラゴンアーツによって右目を龍のごとき深淵の瞳に変え、彼女は投擲された短刀やフルムーンシールドを弾き返した。
 睦月がちっと舌打ちを鳴らす。
 すかさずリアトリスはリーズに告げた。
「リーズ、ここは僕に任せて。早く!」
「わ、わかった……っ」
 グラパゴスを倒す必要はあるが、契約者と無理に戦闘する必要はあるまい。
 リーズはリアトリスに礼を言って、戦闘領域を脱する。
 同時に、リアトリスのもとに後退した狼が戻ってきた。
「連中、なかなか手強いな」
 どうやら夜空と戦闘を繰り広げていたらしい。どちらとも拮抗していたようで、狼――スプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「うん。でも……こっちだって負けてられないからね」
「ああ、当然だ。だが、数が少ないのは痛い」
 ヨシュアは剣呑な目を他の契約者に向けた。
 透乃の炎の拳を主体とした攻撃は、仲間たちにとっては脅威だった。特に彼女は、リーズには興味を抱いていない敵だ。同じ契約者との戦いを喜びとし、求めているようで、真っ向からこちらに対立してくる。
 陽子の操るフールパペットによって精神にダメージを負うのも、こうした大勢の戦闘では厄介な手だった。
 ヨシュアは困ったようにつぶやく。
「せめてもう一組ぐらいは契約者がいたら――」
 まるでその言葉を待っていたように、
「おまっとさんでございました――――っ!!」
 入り口からバイクに乗った何者かが飛び込んできた。
 真紅に燃える長髪。和風に改造された蒼ミンスールの制服。
「ブレイズアップ! メタモルフォーゼ!」
 かけ声とともに、バイクと少女の周りに炎が舞う。
 ずばあんっと大地に降りたって、彼女は名乗りをあげた。
「紅の魔法少女参上!!」
「…………」
 当然、全員の視線は何を言ってるんだ、と怪訝な目になる。
 しかしそれすらも自分への賞賛と賛美の視線だと、彼女は――永倉 八重(ながくら・やえ)は受け止めていた。
 彼女は呆然とするリーズに、
「あなたがリーズ? 私は魔法少女、永倉八重。強敵を求めてここに来たけど……どうややらピンチみたいね」
 リーズは戸惑いながらも、うなずいた。
「ピンチのところに魔法少女あり。これは恐らく神の定めた運命……そうよね、クロ」
 八重は乗ってきたバイク――ブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)に同意を求める。だがクロは冷静に、
「いや、それは違う。そもそも『狼の試練』があると知りながら私たちはここに来たのだ。それを運命と呼ぶには、あまりにも出来すぎ――」
「そうよね、クロ」
「……う、運命というのはつまるところ偶然の産物であって」
「そうよね、クロ」
「……。そ、そうだな」
 クロがようやく折れて、八重は満足したようにリーズと並んだ。
「とにかく、魔法少女が来たからにはもう安心よ。大船に乗ったつもりでいなさい」
「あ、ああ……心強い。頼んだぞ」
 悪い人ではなさそうだ、とリーズは判断して、その助力に甘えることにした。
 八重の大太刀が風を斬る。
「さあ、かかってきなさい!」
 魔法少女が突撃した。


 大太刀と長剣。獲物は違うが、八重とリーズの動きは同じく刃を扱う者のそれであり、実に息の合ったコンビネーションを見せつけていた。
 透乃たちも負けてはいない。
「陽子ちゃんっ、いまよっ!」
「はい、透乃ちゃん!」
 刃手の鎖と凶刃の鎖という二刀流を放つ陽子と、荒々しい拳の応酬を続ける透乃。二人の動きもまた、互いを理解し尽くした、無駄のない動きだった。
 そのコンビネーションには向こうのほうが上だ。それは長い期間を一緒に過ごしてきたからこそのもの。八重とリーズも即席にしてはなかなかだが、それだけでどうにかなる問題ではなかった。
 ただ、彼女たちにはそのほかにも仲間がいる。
 透乃と陽子が通ったその場所に走っていた赤外線が反応し、
「なっ……」
 地面が爆発した。
 巻き上がる土煙と爆炎。なんとかそれをギリギリで避けた透乃と陽子は、その場は距離を取るしかなかった。
 いつの間にトラップを仕掛けてあったのか。
 いぶかしんだその視線が捉えたのは、後方で敵に見つからぬように隠密行動をとっていた閃崎 静麻(せんざき・しずま)だった。
「ん。バレたか」
 黒い長髪を後ろで束ね、気まぐれな表情を見せる青年。残念なのかそうでないのか、よく分からない老獪した雰囲気。静麻という人間は、おおよそそんな印象を受ける人間だった。
「これでもう、不意打ちは効きませんね」
 静麻の近くで、彼の護衛をしていたレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)が言う。
 彼女の言う通り、不意打ちはもう効きそうになかった。
「ま、しょうがない。そういう時もあるさ」
「いつもそういう時ばっかりじゃないですか」
「そうだっけ?」
 静麻はきょとんとする。
 レイナはいつも通りの彼の対応に、これまで何度もついてきたため息をついた。
「いいです。とにかく、これから私は足止めに回りますんで。やられないようにしてくださいね」
「ああ、もちろん」
 静麻は笑うが、それもその場しのぎのものしか見えず、レイナは不安が隠せなかった。
 とはいえ、なんのかんのと静麻はやるときはやる。そうした部分では、レイナは彼を信頼しているのだ。
 彼女は静麻を置いて、ゴッドスピードとライド・オブ・ヴァルキリーの加速力を乗せて戦場に躍り出た。一本三つ編みに纏められた金髪が、風に乗って揺れた。


 透乃と陽子の相手は、戦闘に加わったレイナが引き受けてくれた。
 八重とリーズの二人はその隙に乗じて試練の親玉――グラパゴスのもとに向かう。
 偉そうなことを言いつつも、グラパゴスは実は彼自身には大した力はないのだった。『一味』と名乗るだけあって、協力者や部下を用いて戦うことを得意としているらしい。
 まあ、それもこうして二対一に落とし込んだら、意味はないのだが。
「さーて、どう料理しようか」
「ふふふ……」
 パキポキと指の関節を鳴らすリーズと、不気味な笑みを浮かべる八重がグラパゴスを追いつめる。
 その光景を見ながら、クロは、
(まるで八重が2人いるようだ……)
 と思ったが、あえて口には出さないようにした。出したところで、怒られるのは目に見えている。触らぬ神にたたりなし、だった。
「ひ、ひえええぇぇ……お助けを……お助けをぉ……」
 尻餅をついて後ずさりしながら、グラパゴスは助けを請う。
 当然、二人は、
「だーめ♪」
「ゆるさなーい」
 彼も気の毒なことだ。こうして彼らに勝負を挑まなければ、こんな目に遭うことはなかったのに。南無三、とクロは思う。
 そして、リーズと八重はニコッと笑って
「それじゃ、せーの――」
 拳を振り上げた。