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リアクション
一
コンコンコン!!
麻篭 由紀也(あさかご・ゆきや)は手首のスナップを利かせ、軽くドアを叩いた。
――と。隣のドアが開いて、うんざりした顔が覗く。
「あ、悪い悪い。もしかして、寝てたか?」
「……まあ」
「起こすつもりはなかったんだ。寝ててくれ」
隣の住人は嘆息して、顔を引っ込ませた。
由紀也が再び叩こうと手を引いたとき、目当てのドアは開いた。Tシャツにハーフパンツ姿の、やや小太りの少年が立っていた。
「へーた君?」
北門 平太(ほくもん・へいた)はこくりと頷いた。
「どちら様ですか?」
「オレは麻篭由紀也。一応、君の先輩。よろしく」
先輩と聞いて朝の訪問を思い出したのか、平太は僅かに身構える。
「そんな怖い顔しないで。中、入れてくれないか?」
先輩の頼みとあらば、断わるわけにもいかない。平太はドアを開け、体を引いた。
招き入れられた由紀也は、軽く感嘆の声を漏らした。工具やネジ、コード等が棚や壁にかけられ、設計図のようなものが畳の上に広がっている。
部屋は新入生入居の際に修理してあるはずだが、この調子では平太の引っ越し時には敷金が返ってくることはなさそうだと、凹んだ畳を見ながら由紀也は思った。
平太は設計図をくるくると巻きながら場所を作り、どうぞと勧めた。座布団のような便利な物はない――というより、バッテリーの敷物になっていた。何でバッテリーがあるんだと由紀也は首を傾げる。
パートナーであるベルナデット・オッドの姿は見えない。
「なんか呼び出されて出かけました」
おそらくそれも平太の代わりなのだろう。だが由紀也は、それには触れなかった。
「へーた君は、本当に物づくりが好きなんだな」
部屋を見回しながら、言う。平太は両目を瞬かせ、「え、ええ、まあ」と頷き、由紀也の前に正座した。お茶を出す、といった気の利いたことは思いつきもしないらしい。
「その、どうも僕はみんなとちょっとずれてるみたいで……うちで時代劇見てたら、忍者が色々道具を使うじゃないですか。そっちの方に目が行っちゃって」
「ずれてなんか、ないよ。ちょっと探せば、そういう奴ら、たくさんいるさ」
「そ、そうですか?」
平太はほっと嘆息し、それから両の眉を下げた。
「でも僕、本当に運動が苦手なんですよ。この学校、卒業できるか全然自信なくて……今日も筋肉痛ですし」
「自分のペースでやればいい。周りと比べる必要はない。オレは君の能力、低くないと思ってる」
「そうですか?」
ああ、と由紀也はまた部屋を見回した。「好きこそものの上手なれ。物づくりが好きなら、そっちを極めればいい。それも自分のペースで。どうだろう、その『好き』って気持ちを今回の事件で役立ててみないか?」
「どうやってです?」
「忍具は作れるんだろう?」
「ええ、まだ趣味の段階みたいなものですけど」
授業としては、まだ本格的な実習には入っていない。
「撒菱はどうだ、作れるか?」
「出来ますよ」
あっさりと平太は答え、ちょっと待っててくださいと言うと、由紀也に背を向け、押し入れを開けた。一分ほど何か漁っていた平太は、由紀也の前に小箱を置いた。
「ヒシの実を乾燥させたのと、竹を削ったやつです」
撒菱といえば鉄製を想像しがちだが、高価で持ち運びに不便なため、戦国時代の忍者はあまり持たなかった。
平太は竹筒にヒシの実を入れ、由紀也に渡した。
「どうぞ」
「……君やっぱり、向いてるよ」
あまりにすんなり出てきたことがおかしくて、由紀也は笑いながらそれを受け取った。むしろ、この学校以外のどこでやっていけると言うのだ?
「結果も報告するから、楽しみに待っててくれ」
平太のために、何とか「髪斬り」を捕まえたいと由紀也は心の底から願った。
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