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リアクション
一一
柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は、パンドラソードを肩に担ぎ、大通りから水路沿いに歩いて行った。
恭也は、「髪斬り」に殺意はないと踏んでいた。おそらく、首の代わりに髪を持ち帰っているのだろう。
材木置き場は先の「ミシャグジ事件」の後、一時期空になっていた。今は少しずつ戻ってはいるが、それでもあちこちに隙間が見える。
その隙間に、ゆらりと灯が見えた。
「一つ物を尋ねる……」
ハッと、恭也は足を止めた。
「腕に覚えはあるか……?」
「――ある」
「ならば、一手所望いたす」
提灯が落ち、燃え上がる。その何者かが地面を蹴った。
恭也は「複合銃ヨネット】」を抜き、引き金を引いた。つい今まで、その人物がいた場所の土が弾け飛んだ。
「飛び道具か……」
「卑怯とか言ってくれるなよ!」
「言わんよ」
男の動きは素早く、恭也はなかなか狙いをつけられない。――と、男の顔が恭也の眼下にあった。恭也は愕然とした。
「おまえは――!!」
「ハイ、そこまでだ」
ふわりと舞い降りたのは、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。彼は二人の間に入り、男の得物を【握砕術『白虎』】で握り締めた。
男が使っていたのは、木材だったらしく、いとも容易く砕け散った。
「……ほう」
男が感心したように呟いた。その顔を見た唯斗もまた、驚きの余り、凍りついた。
「打つな!」
紫月 睡蓮(しづき・すいれん)は【荒ぶる力】でアルテミスボウを引き絞っていたが、ぴたりとその手を止めた。
「兄さん、どうしたんですか!?」
男はすかさず、恭也と唯斗から距離を取った。燃え上がる提灯の火に照らし出されたのは、紛れもなく、北門 平太の顔だった。
「どういうことだ……?」
平太は、しかし、まるで彼らしくない表情をしていた。子供じみた丸い目は鋭く、口元に浮かんだ笑みは、嘲笑っているかのようでもある。それを精悍と呼ぶか、残酷と取るかは見る者次第だろう。
「平太?」
唯斗は名を呼んだ。が、返事はない。
連絡を受けたプラチナム・アイゼンシルトと丹羽 匡壱が駆けつけたのはその時だ。
「北門……? どういうことだ……?」
平太は二人にちらりと目をやり、「ふぅむ」と唸ると、砕け散った木材の代わりを二本拾い、両の手に握った。それを軽く振っただけで、ヒュッ、と空気を切る音が鋭く鳴る。
剣を嗜む者でなければ、出せない音だ。平太が実力を隠していたか、そうでなければ――。
「北門――じゃないのか」
「操られている、ってことか?」
唯斗の脳裏をよぎったのは、「ミシャグジ事件」の敵、漁火だ。だが、あの時、平太はまだ入学していなかった。
「別の何かか……」
「兄さん、どうしますか?」
睡蓮はまだ、平太を狙ったままだ。平太はそちらにもちらりと目を配り、すうっと木材を彼女へ突きつけた。来るなら来い、と言いたげだ。
「――手を出すな」
命じたのは匡壱だ。「戦わせてやろう」
ほう、と平太は感心したように笑った。
「別に、一対一でなくとも構わんぞ?」
「一対多数では、北門を傷つける可能性が大きい。といって手を抜けば、こちらがやられるかもしれない」
「小僧が大事か?」
「大事さ。大事な後輩だ」
「よかろう」
平太は左手の木材を捨て、恭也に向き直った。「お許しが出たぞ。続きをやろうか」
困ったのは恭也だ。匡壱が言ったことは、そのまま彼にも当てはまる。
「やるしかない、か」
恭也は威力を抑えた、【乱撃ソニックブレード】を放った。平太が攻撃を避けると、彼の周囲の木材や、唯斗たちにも流れ弾が飛んでいく。
「周りを見ろ!」
唯斗が怒鳴ったが、恭也はそれどころではない。攻撃を避けた平太に、今度は「複合銃【バヨネット】」で狙いをつける。しかし、頭を狙うわけにはいかない。どこを――と迷ったのはほんの僅か、一瞬のことだった。
目の前に平太がいた。
「いい攻撃だった。が、迷うのはいかんな」
木材が、恭也の側頭部を強かに打つ。恭也は吹っ飛ばされ、木材は手元の部分を残して粉々に砕け散った。
「……石頭よな」
――と、同時に、匡壱、唯斗、プラチナムがそれぞれ剣の切っ先を突きつける。
「逃げられないぞ」
と、唯斗。
平太はにやりとした。
「……やるのう」
勝負がついた瞬間を見計らい、三人同時に囲む。仮にうまく脱出したとしても、睡蓮が【神威の矢】で狙っている。
「先の言葉も、このためか」
「おかげで、少しは油断したろう?」
と匡壱。
無論、平太を傷つけることは本意ではない。だが、「髪斬り」を逃がすつもりも毛頭ない。
「いい覚悟だ」
平太は、木材の残りを放り投げ、
「久々にいい汗をかいた。小僧はお前たちに返してやろう」
と言うと、そのまま崩れ落ちたのだった。
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