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リアクション
一二
空き地に建てられた櫓で、老人が太鼓を調子よく敲いていた。合いの手を入れるように、ぴーひゃらぴーひゃら、軽やかな笛が鳴り響く。人々はそれに合わせて、思い思いに手足を動かしていた。
「おやあんたたち、いいのが出来たね」
大工の女房セツは、レキ・フォートアウフとカムイ・マギを見かけて手招きした。
レキは白地に蒼と赤の風鈴柄、カムイは藍色の生地に、赤と黒の金魚模様の浴衣を着ている。
「おかみさんが紹介してくれた人が、すっごく上手に作ってくれたんだよ!」
レキはくるりと一回転してみせた。桃色の帯が、より子供っぽさを強調している。今日のレキは、年相応に可愛らしく見えた。
「踊っておいでな。後で、西瓜を切っとくからね」
「ありがとう、おセツさん!」
レキはカムイを連れて、屋台巡りをすることにした。まず向かったのは、綿飴だ。といっても、元々葦原島に綿菓子機はなく、持ち込んだのは契約者だ。動かすために太陽電池を使っているが、近年、機晶石を利用できないか考えている者もいるらしい。
上記の理由から、綿飴の屋台は一つしか出ていなかった。子供たちに大人気で、回転釜にザラメが一気に落ち、ふわふわした白い綿飴が割りばしに膨らんでいくのを、目を輝かせながら見ている。
ふと横を見ると、カムイも子供たちと同じような目をしていて、レキはクスリと笑った。
一本だけ綿飴の次は、りんご飴だ。こちらは少々大きくて、食べづらい。カムイがそう言うと、「待ってて」とレキはすぐあんず飴の屋台へ向かった。
「一つちょうだい!」
チョコバナナを片手に持った、ルカルカ・ルーがいた。自分ではなく、ダリル・ガイザックのために注文していたのだが、ふと店員を見た彼女の顔が柔らかく笑んだ。
相手もルカルカに気づいたらしい。「あ」という顔をした後、すぐに俯き、「ん」と黙って一本差し出した。
「何だその態度は!」
と店長らしき男性に叱られたので、ルカルカは慌てていいから、と取り成した。
それは、あの時襲ってきたチンピラの一人だった。
「何かあったのか?」
ルカルカがニコニコしているので、ダリルが不審がって尋ねた。
「ん? イイコト」
「?」
ルカルカはふふふ、と笑い、あんず飴をダリルに渡した。信じてよかった、と彼女は思った。
レキはあんず飴ではなく、みかんを買ってきた。冷えて固まった水あめが美味しい。
「甘いものばかりですね」
「お祭りだからね。特別特別」
買ったものを分け合いながら――三分の二はレキが食べたが――、二人はそれ以外の屋台も覗き込んだ。
「やったー!」
射的でガッツポーズを作っているのは東雲 秋日子だ。
「お客さん、ズルしてないだろうね?」
じろり、と店主が睨む。
「してないよ!」
「少しは外さないと、疑われますよ」
要・ハーヴェンスが苦笑して、後ろから囁く。
「だって、ズルしてないのに!」
秋日子はぷんすか怒りながら、それでもうっかり【シャープシューター】を使わないように気を付けて、狙いを定めた。ぽこん、と音を立ててハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)を模った人形にコルク弾が当たったが、少し揺れただけで落ちなかった。
それが最後の弾だったので、店主は見るからにホッとした。秋日子は「当たったのに」と逆に不満そうだ。
「もう一回!」
と、力いっぱい金を置き、「まだやるんですか!?」と要に呆れられている。
その横では千本引きをやっていた。箱の中に様々な商品がぶら下がっており、反対側の紐を引っ張って当てるというものだが、
「もうっ、またこれ! いらないわよ!」
セレンフィリティ・シャーレットは、独楽を渡されて目を吊り上げた。
「いい加減にしなさいよ」
セレアナ・ミアキスが忠告する。
「絶対にこれ当てる!」
目を大きく見開き、腕まくりをして狙うは「風靡」――の摸造刀。しかし、当たりに紐が繋がっていないのは夜店では常識の話で、二つの独楽と三つの凧を抱えながら、それを今ここで告げるべきか、セレアナは迷っていた。
皆が楽しんでいる中、げんなりした顔をしているのは紫月 唯斗だった。
「どうしたの?」
とレキは尋ねた。
「見回りだよ、見回り。いくら町民主催といっても、契約者が暴れたら、取り押さえられないし……」
匡壱もその辺にいるはずだと付け加え、一人、人込みの中へ消えていく。――ちなみにパートナーたちは、各々楽しんでいるらしかった。
最後に櫓に辿り着いた。今は、老人の代わりに伊佐治がバチを握っており、横笛の奏者から「音を聴けこの馬鹿!」と殴られていた。
その周囲では相変わらず人々が思い思いに踊っているが、中にミツを見つけ、レキの顔がぱっと明るくなった。ミツは二人の浴衣を縫ってくれた女性だ。
声を掛けようとしてカムイに止められた。彼女の傍らに、同じ年頃の男性がいたからだ。一周したミツが、レキたちに気付いて寄ってきた。
「着てくれたのね」
「うん、みんなから可愛いって褒められたんだよ、ありがとう!」
「よかった」
半月前に会ったときには暗い顔をしていたミツだったが、今はどこか晴れ晴れとしている。恋をしているのかな、とカムイは思った。
「おセツさんが西瓜切ってくれるって。一緒に行こうよ!」
ええ、とミツは頷いてレキに続いた。おや、とカムイは軽く首を傾げた。あの男性を置いていくのだろうか?
男性はこちらを見送っていた。寂しげに、優しげに微笑みながら。そして、すうっとその姿を消した。
「!?」
男性のことを尋ねようか、それとも亡くなったご主人のことを訊こうか。
だが、どちらもやめた。今見たものは、自分の胸だけにしまっておくべきだと、ミツの後ろ姿を見ながらカムイは思った。
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