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闇に潜む影

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闇に潜む影

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   三

 切子のコップに入れられた冷やし飴が置かれた。井戸水で冷やしているらしいが、なかなか美味い。ただ少々、生姜の味が利きすぎているかもしれない。
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、丹羽 匡壱(にわ・きょういち)に頼んで町中の茶屋にベルナデットを呼び出した。
「……でね、ただ見回るのは効率が悪いから、屈強な侍に囮をやってもらうのがいいと思うの」
「同感です」
「でも、ルカやベルは女だから……」
 ルカルカは自分たちに背を向け、興味深そうに冷やし飴を味わっているダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に目をやった。
「俺、か?」
「頑張って侍の格好して、中に帷子入れたりで屈強に見せてほしいの。お願い♪」
「つまり俺は、屈強そうに見えないということか?」
「そういう意味じゃなくて……それにその髪が何よりの餌になると思うしさ」
 ダリルの髪は長く、後ろで束ねている。仕方ないな、とダリルは嘆息した。
「条件がある。これが終わったら、君の体を診せてもらいたい」
「私……ですか?」
「そうだ。調整をさせてもらいたい」
「申し訳ありませんが、私のメンテナンスは、へーたに任せてあります」
「しかし」
 ダリルは、ベルナデットの表情が乏しいのが気になっていた。
「私はへーたに発見され、へーたと基樹(もとき)によって目覚めました。私の調整が出来るのは、へーたと基樹だけです。もちろん、緊急時は別です。その時にはお願いします」
 そこまで言われては、ダリルも無理強いできない。また、メンテナンスを断られたからといって、囮まで断るのは大人気ない。渋々とだが、ダリルはルカルカの案を飲むことにした。
「既に囮になるという申し出が何件かあります。その方たちと連携を取って下さると助かります」
「分かった。ベルはどうするの? 一人で動くの?」
「私は――」
 わんっ、と足元で犬が吠えた。見れば可愛らしい豆柴がちょこんとお座りをしている。可愛い、とルカルカは笑みを浮かべた。
「おまえ、どこから来たの?」
「気安く触るな、人間」
「{bpld}え゛」
 伸ばしかけた手がぴたりと止まる。
「ポチの助さんですね?」
 忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)は、ベルナデットを見上げた。
「そうだ。ご主人様を待たせるとは、不届きだぞ機晶姫」
 ベルナデットは軽く首を傾げた。
「待ち合わせの時間は、ちょうど今だと思いますが」
「ご主人様より前に他の人間に会っていること自体が不届きなんだ」
「何だこの犬?」
 ダリルが指の関節をボキボキと鳴らした。「躾が足りんようだな」
 ポチの助は、可愛らしい容姿に似合わぬ目つきでダリルを睨み、フンと鼻を鳴らした。
「本当に躾けてやろうかこの駄犬!」
「まあまあ、ダリル、落ち着いて」
 ルカルカがダリルを抑え込んでいると、息せき切ってフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)がやってきた。
「お待たせしてすみません!」
「あ、ご主人様!」
 ポチの助の尻尾がブンブンと音がするほど、勢いよく振られている。
「……全然、態度が違うぞ、貴様」
「何のこと?」
 くぅん、とポチの助は甘えた声を出した。
「――私は、お二人と聞き込みをすることになっています」
 そこでようやく、今後の予定をベルナデットは話した。
「この優秀な忍犬の僕に任せて下さい! 優れた嗅覚と聴覚、犬の頭脳で犯人を見つけ出して見せますよ! どうせこんなことする犯人なんて、髪があるものが羨ましい下等なハゲに違いありません!」
「……やっぱり犬だな」
 フッ、とダリルは嗤ったが、既にポチの助の目と耳は、フレンディスのみに向けられており、反応はない。なぜだかちょっと、悔しかった。
「頼りにしてますよ、ポチの助」
「はい!!」
 フレンディスを見上げるポチの助の顔は、喜びに満ちている。ご主人様が大好きでたまらない犬とその飼い主という、傍から見れば微笑ましい光景なのだが、既にその正体を知っているだけに、
「何と言うかこう……モヤモヤする」
 去っていく二人と一匹を見送りながら、ダリルは冷やし飴のおかわりを頼んだ。