リアクション
一三
「で、その後の体調はどうなんだ?」
「すこぶる絶不調です」
首、肩、腕、腿、ふくらはぎ、浴衣から出ている部位だけでなく、腹や背にも湿布を貼って、全身からつんとした臭いを漂わせた平太は、丹羽 匡壱の問いに仏頂面で答えた。
「あれから半月だぞ?」
「だから僕は、運動が苦手なんですってば」
平太に憑りついた何者かは、あの晩、思う存分暴れたことで満足したらしく、ふっつり姿を見せなくなった。だが、「思う存分」というのが曲者で、普段使わない筋肉を酷使した結果、平太は半月以上も筋肉痛に悩まされることとなった。
「運動不足なんだよ、おまえは。これを機会に、もっと鍛えるんだな」
ぽん、と匡壱が肩を叩いた瞬間、平太は顔を歪ませた。これはもう筋肉痛というより、疲労骨折じゃないかと彼は思っていた。
「しかし、おまえも間抜けだよな。契約してたことに気付かなかったなんて」
「夢だと思ってたんですよっ」
地球にいる頃、平太はどこの学校を選ぼうかと迷っていた。その前に契約をしなければパラミタに入ることすら出来ないのだが、
「そもそも、契約が出来るとは思ってもいなかったんです」
そんなある晩、夢を見た。侍のようだった。強くなりたいか、と問う。夢だと思ったので、適当に「はい」と答えた。
その翌日、ベルナデットを見つけ、契約を結んだ。
だがまさか、あの出来事が夢ではなく、その相手が奈落人だとは思いもよらなかった。
つまり平太は、ベルナデットより前に奈落人と契約しており、夜毎、その何者かが憑依した状態で腕試しをしていたのが「髪斬り」の真相だったわけである。
一体どうして奈落人と契約できたのか、その辺はさっぱり記憶にない。
問題は、この顛末をどうするかということだった。既に「髪斬り」は町中の噂になっていた。特に伊佐治が大騒ぎしたので、内々に片づけることが難しかったのである。
それでどうしたかと言えば。
「刈谷様は感謝されていましたよ」
とは、一雫 悲哀。
腹を切るつもりだった刈谷 典膳と、弟子から見限られた轟 平八郎は、その三日後、曇りの晩に「髪斬り」退治に出かけた。扮したのは和泉 暮流だ。【鬼神力】で体を大きくし、顔にもメイクをした。
とんだ茶番だと笑ったが、悲哀のその申し出を典膳は断らなかった。伊佐治に目撃させ、あっという間に事件解決の報は町を駆け巡った。かわら版屋は、「侍二人の鬼退治」と面白おかしく書いたものだ。
今では、平八郎の道場には弟子入り志願者が押しかけているという。
典膳は、しばらく頭に傷を負ったために髪を剃った、ということにしたらしい。
「ま、せっかく丸く収めたんだ。しばらくは大人しくしておけよ」
匡壱は笑いながら、見回りの続きに戻った。
それが出来るなら、と平太は嘆息する。奈落人の行動は全て、平太が寝ている間のことだ。自分でどうこう出来るものではなかった。
と、ベルナデットがじっと平太を見つめている。
「どうかした?」
「提案があります、へーた」
「何?」
「今夜から一緒に寝ましょう」
「へ!?」
「そうすれば、へーたが憑りつかれても、私が何とか阻止できます。――へーた?」
平太は目を白黒させている。ベルナデットからの思いがけない提案に、思春期の少年らしくあれやこれや考えてしまったらしい。
「へーた?」
「……あまり子供をからかうものではないな、娘」
ベルナデットははっと口を噤んだ。平太の声ではない。
「誰?」
「名乗るほどの者ではない。案ずるな、俺とてこの小僧の身は大事だ。大切に扱うさ。だが、たまにはこうして出てくるのは構わんだろう?」
「構います。へーたを返してください」
「なに、ほんの少しの間さ。それに小僧は今、気を失っている。お前のせいでな」
目を細め、奈落人はニヤリと笑った。
「さて、ではちと、遊んでくるか」
「へーた!!」
ベルナデットが止める間もなく、平太はまるで重力を感じさせない動きで櫓に駆け登ると、
「俺にもやらせろ、小僧」
と伊佐治からバチを奪い取った。伊佐治は聞き覚えのある声に目を丸くしている。
「そおれっ!!」
平太は両手に握ったバチを、まるで己の手足の如く、自在に操る。
ドンドコドンドコドンドコドンドコ……!
「へーたさん、素敵ですわ!!」
「おうさ!」
笹柄の浴衣生地で忍び装束を手作りした退紅 海松が、歓声を上げた。丈は短く、下にはレギンスを穿き、平太が作った手裏剣とクナイを手にしている。
手作りの忍び装束というちょっと珍しい姿だったので、踊りながら人々が海松に注目した。これ幸いとばかりに、海松は余分に作っておいた装束を周囲に配った。
「皆でレッツ、忍者マスターですわ♪」
普段の平太なら、海松の絶対領域を見たとたん、確実に目を回しているはずだ。やはり今の彼は、平太ではないのだろう。
これから、平太と、もう一人のパートナーと、うまくやっていけるのか。いや、むしろ奈落人の魔の手から、平太を守らねばならないと固く決意するベルナデットだった。
この度はご参加ありがとうございました。「闇に潜む影」リアクションをお届けします。泉です。
今回は耀助たちに続き、NPCの紹介シナリオとなります。オチを予想されていた方は何名かいらっしゃると思いますが、こういうことになりました。
後ろ向きで巻き込まれ型の平太とそのパートナーたちは、この後、いくつかのシナリオに登場する予定です。その際にはよろしくお願いします。
暑い日が続きます。熱中症などに気を付けて、皆さまお過ごしください(自分の部屋にクーラーが欲しいけど頑張る!)。