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忘却の少女

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忘却の少女

リアクション

 
 
〜 二日目・午後2時 ツァンダ・学園周辺 〜
 
 
学園の購買区画や【パーツショップ】のあったショッピングエリア
 
何もかも初めてのヤクモにとって、それらは十分【世界】と形容していい程の広大さを持っていたのだが
学園を出た先に広がるツァンダの街並みは、その認識を遥かに凌駕する衝撃を与えたようで
ヤクモは、ただただ感嘆の声とともに眼を輝かせながら街の喧騒を眺めている
 
彼女の心情を考えると、しばらくそっとしてその感慨に浸らせてあげたいところではあるが
残念ながら時間は詰まりっぱなしの、限られまくりでもあるし、彼女がそのまま固まってそうなので
傍らにいた佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)が申し訳なさそうにヤクモに呼びかける事にする
 
 「あの〜ヤクモさん……きっと足をあの中に運んでも楽しいと思いますですよぉ?」
 「はっ!?す、すみません!なんか人も建物も凄くって……全然学園と違うんですね……」
 「何もかも初めてだとそうなりますよね……私にも覚えがありますから
  とにかくこういう事は足を進めてみるのが一番ですよ
  もうすぐ助っ人さんも来ますから、合流したら案内してあげますね」
  
少し前の挨拶から、変わらずの笑顔でヤクモの傍らに居続けるアイビスの言葉にヤクモの顔が赤くなる
最初その自分と同じ髪と瞳の色に驚いたものの
気を落ち着けてよく見れば他の部分はそうでもなく、食事の摂取など大きな特徴の差はあったのだが
やはりどこか容姿的特徴が共通するというのは、心に安心感が生まれるのか、何となくお互い寄り添ってしまう様だ
 
何となく、そんな自分の無意識の行為に毛恥ずかしさを覚え、このような赤面をたびたび繰り返しているのだが
彼女の仕草や眼差し、佇まいも親近感の理由の一つのような気がしている
 
何故かはわからないが、彼女と自分は何か本質が近いのかもしれない……拙い知識でぼんやり考えるヤクモである
……だがそんな思考も、後ろの校門から聞こえた元気な声に中断される事になる
 
 「おまたせ〜!ゴメンすっかり遅くなっちゃった!待った?」
 「いえいえ〜急だったから仕方ないですよぉ〜予定は大丈夫だったんですか?鳳明さん?」
 「うん、突然の変更に驚いたけど大丈夫だよ、まかせて!」
 
ルーシェリアの言葉に元気なVサインで返答する琳 鳳明(りん・ほうめい)
 
現状の説明をすると、時間はかれこれ30分前の出来事になる
 
校外散策ももともと同伴する筈だった雅羅の携帯端末に連絡が入り
急遽美羽達とともに校舎に戻らないといけなくなり、代理を明日同伴予定だった鳳明に頼み
快く藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)とともに駆けつけてくれたのだった
 
 「初めましてヤクモさん!私は琳 鳳明。こっちは天樹ちゃん
  これも何かの縁だし、ヤクモさんとお友達になりたいんだ。
  あ、でも会ったばっかりでお友達って言っても困っちゃうかな…えっと、じゃあお試し期間?」
 「困ったりしません、どうぞよろしくお願いします」
 
そういって言葉を交わして手を握り合う鳳明とヤクモ、続けて紹介とともに傍らの天樹とも握手を交わす
その光景を見て、ずっと一連を見守っていた榊 朝斗(さかき・あさと)がアイビスに声をかけた
 
 「とりあえず、大丈夫そうだね。それじゃぁ後は任せていいかい?アイビス」
 「はい……でもいいんですか?朝斗は一緒じゃなくて」
 「うん、雅羅達の事も気になるし、今回は僕はバックアップに回ることにするよ」
 
返事とともに、先ほどやれやれと引き返していった雅羅達の事を朝斗は思い出す
連絡のあった相手の名前を具体的には言わなかったものの
端末越しでも遠巻きにも聞えるほどの連絡主の声の大きさ
そして『あちきも〜』とか『人生楽しまなきゃ!!』等という言葉から、何となく察しがつくというものだ
推測が間違っていないなら、また【彼女】が【どデカい花火】を企んでいるに違いない
 
 「とりあえず、今回の話を聞いてからずっと仲良くなりたいって思ってたんだろ?
  僕のことはいいから、思いっきり楽しんできなよ」
 「はい、それじゃ……いってきますっ!」
 
朝斗に背中を押され、アイビスは鳳明に手を引かれて街に歩き出しているヤクモの元へ元気よく駆け出すのだった
 
 
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 「で、差し当たってヤクモさんは何がしたい?何でもお手伝いするよ〜!」
 「お手伝い……言うほどの事はないです、ただ初めてがいっぱい過ぎて……向き合うだけで十分で……」
 
端末に映し出される街のマップを共に眺めながら鳳明の言葉にヤクモは答える
 
実際、学園周辺のエリアだけの散策……と軽くウォーミングを決め込み、歩いただけでも彼女の驚きは大きかったらしい
街を駆け抜ける移動手段や、学園内の生徒の私服姿を凌駕する街中の様々なファッション
それらをPRするため、あらゆるところに表示された多くの情報
 
それに釣られて、思わず迷子になりかかる事も何度かあり
一度は自分を【帝王】と呼ぶ威厳に溢れた怖そうな人と、気さくな獣耳の青年という通りすがりの二人連れに
鳳明達の所まで案内して貰った事もあった
……彼らが一緒にいたルーシェリアと少し話していたあたり
もしかしたら、単なる通りすがりなどではなく、案外彼女達とも顔見知りなのかもしれないと、ヤクモは思ってる
 
 「皆さんはやりたい事ないんですか?
  あたし、それに付き合うのでもいいですよ、皆さんの事も知りたいですし」
 
逆に出たヤクモの言葉に、鳳明やルーシェリア、そしてアイビスが顔を見合わせる
 
 「私のしたい事は勿論、ヤクモさんと仲良くなる事だよ」
 「私もそうですよぉ、仲良くなれたらいいなって」
 「私もです」
 
三人一致の迷いのない言葉に、完全に質問が完結し、顔を赤くするヤクモ
折角の彼女からの言葉に、流石にあっさりの返答すぎると思ったのか、アイビスが彼女の顔を覗き込んで言葉を続けた
 
 「別に軽い気持ちではないんですよ?
  私と同じ様に翠髪翠眼をもった人を見るのは、実は私も初めてですし、なんだか他人とは思えなかったんですよ
  私も最初、ヤクモさんと同じ様に記憶はありませんでしたから」
 
アイビスの言葉を聞きながら、彼女と会う前に林田 樹(はやしだ・いつき)から聞いた彼女の話をヤクモは思い出す
 
 「自分の事を【情報】でわかっていても、実感がなければ【存在感がない】のと同じです
  そんな不安、私にもありました……多分【機晶姫】という存在はみんなそうなんだと思います
  それでも、皆さんと同じ【ココロ】を持つ以上、それと向き合う方法は、いろんな事を知るしかないんです
  自分の事、そしてこの世界の事……私は少しでも早く、ヤクモさんに【知って】ほしいんです」
 
同じ翠髪翠眼を持つ少女の言葉に、ヤクモは未だ曖昧な自分自身の手を見つめる
世界の色彩が明確になればなる程、自分自身が何者なのか……それを感じずにはいられない
だが、たとえそれが空虚だとしても、世界を知れば知る程……輪郭がはっきりしていく気がする
 
天樹が、そんなヤクモの姿を見て、そっとその手を握った
その手が、あの【遺跡】で自分が映し出したあの【空に伸ばす少女の手】の映像と重なっていく
 
 (やっぱり、あの……空へと伸ばされた手はヤクモの物なのかな…?
  もしそうなら……彼女自身からこの『手』の意味を……ヤクモの望みを知りたい
  その手の伸ばした先にあるはずのものを……)
 
 
 「…僕はヤクモの事が知りたい
  だからもう一度聞いてもいい?……教えて欲しい。 ヤクモはまず……何をしたい?」
 
   
 「!?……天樹ちゃん」

普段喋るのは疲れるらしく【精神感応】か【筆談】以外のコミュニケーションをしない
そんな天樹が、自らの声で問うた事……その事に鳳明が驚きの声をあげる

 「……知りたいというこの気持ちは自分の我侭だから、これだけは言葉で言いたかったんだ」
 「あたし……あたしのしたい事」
 「今はすぐ答えられなくてもいい……でも、それがわかったら教えて」
 「………はい」
 
いつか自分自身の前に姿を見せるであろう【望み】
それを繋がれた想いの先に見つめるように、ヤクモはかすかな返事と共に、ずっと握られた手を見続けるのだった