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忘却の少女

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忘却の少女

リアクション

 
〜 一日目・午後3時 学園内ショッピングエリア入口 〜
 
 
 「こんにちは、皆川章一です。よろしく、ヤクモちゃん」
 「パートナーのエリィです
  明日の午前中まで、御一緒できるからそれまでよろしくお願いしますね」
 
新たな案内役の二人……皆川 章一(みながわ・しょういち)エリィ・ターナー(えりぃ・たーなー)がヤクモに自己紹介するのを確認し
雅羅はエヴァルト詩亜に声をかけた
 
 「じゃあ、私達は一度離れるわね、居住スペースの準備をしないといけないし、私も泊まりの用意をしないといけないから」
 「え〜!そうなの!?雅羅が泊まるなんて知らなかった!ずるい〜」
 「ずるくないわよ、私は彼女の全面的ケアを任されてるんだから当然なの!ちゃんとその事も考えて学園側には申請済み」
 「じゃあ美羽たちも一緒に泊まる〜お泊りする〜!」
 
ぶーぶーと抗議する美羽に、見かねた加夜がまぁまぁと彼女をなだめる
 
 「駄目ですよ、アクションに無い事でわがままを言っちゃ、もし泊まりたかったら今後お願いしてみて下さい、ね」
 「むぅ……わかった」
 
何か色々コードギリギリっぽい彼女の説得にしぶしぶ納得した美羽の姿に全員が苦笑した後、時計を見て雅羅が話を元に戻す
 
 「備品はアルセーネが手配してるはずだから、後は部屋を整えないと
  それを手伝うって事で今回は勘弁して頂戴。ここまでで買った物を運んどいたほうがいいだろうし……リネンも手伝ってくれる?」
 「はいはい、了解」
 「あのっ、リネンさん……この服は……」
 
雅羅に促され、共に移動しようとしたリネンをヤクモが呼びとめた
午前中にひと騒動ありながら、ずっと着ているリネンの服を気にしているのに気が付き、苦笑してリネンはヤクモの頭を撫でる
 
 「よかったらそのまま使って。女の子が着のみ着や制服一枚っていうのも大変でしょ?」
 「でも……」
 「私も昔は同じような感じだったから……何かあったら、いつでも呼んで頂戴。じゃ、また明日」
 「明日は美羽の方の服着てもらうからねー!!」
 
今日の敗退が悔しかったのか、明日のコーディネイト宣言をする美羽を引きずり
そのまま雅羅やコハク、加夜と共に、リネンは来た道を引き返す
今のヤクモとのやり取りを見ていた雅羅が、からかうように彼女に声をかけた
 
 「いつになく今回は親身じゃない?憧れの君もいいけど、年下もね……って感じ?」
 「ちょ、違うわよっ!」
 
思わず噛みついた後、やや遠くを……自分の遠い過去を思い出す目をしながら、リネンは言葉をつづける
 
 「何だか他人事とは思えないのよね……私は記憶はある分、だいぶマシだったけど
  みんなが私にしてくれたこと、思い出して…少しでも力になってあげたい……それだけよ」 
 「……そっか」
 
雅羅もそれ以上からかうこともせず、静かに足を進めるのだった 
  
  
  
 「じゃぁ、後はみんなに任せて、あたしもダリル達の様子見てこよっかな」
  
立ち去る雅羅達の後姿を見送った後、伸びをしながらルカルカも別行動を考えたようだ
共にいた章一が、再び案内を再開してるエリィロートラウトを見ながら同意する
 
 「後は俺達で大丈夫だ。エリィ達も同族同士で親交を深めたいらしいから、仲良くさせてあげたいしな」
 「りょーかい!じゃぁエヴァルト、引き続き観察の方よろしく……あんまり振り回されないでね?」
 「誰がだ、振り回されるつもりはねぇよ」
 
憮然とルカルカの言葉に抗議するエヴァルト
すでに両手にはヤクモのだけでなくロートラウトの買った物をかかえ、すっかり【荷物持ち】と化しているのだが
ルカルカもあえて追及はやめることにしたらしい……いずれ本人が自覚するのも時間の問題と判断したとも言うが
 
 「寮の準備ができたら雅羅から連絡が行くはずだから、それまでヨロシクね!じゃ!」
 
立ち去るルカルカを見送りながら、男二人も急いて先に進んでいる女性陣の後を追いかける事にする
目指すは【機晶姫】達にとって無くてはならない常連の場所……【パーツショップエリア】である
 
 
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 「こんにちは店長!この前見つけたパーツってまだ揃ってるー!?」
 
ショップの一角に入るや否や、元気よく店主に挨拶をするロートラウトの傍ら
ヤクモは棚に並ぶ、圧倒的な量のパーツの現物やリスト写真を圧倒されながら茫然と眺めている
あまり場所を把握していない様子に、傍らのエリィが声をかけた
 
 「ここはパーツショップ……【機晶姫】の簡易メンテナンスやパーツ交換、あと部品増設などを請け負う場所
  私達にとって、無くてはならない場所なんですよ」
 「……じゃあ、私も、あれをつけるんですか?」
 
ひどく戸惑った様子のヤクモの返答に、彼女の視線の先を見れば
そこには、ガッチャンガッチャンとアタッチメント型の【機晶姫用レールキャノン】を試用装着して動き回ってるロートラウトの姿があった
そんなヤクモの驚いた顔にエヴァルトが苦笑しながらフォローを入れる
 
 「あれはアイツの仕様だ、何もみんながみんな同じものをつけなきゃいけないわけじゃない」
 「ボクは、なんせ戦闘タイプだからねー。合体とか出来る……はずなんだけど、なんだかんだでやってないなー」
 
試着が終わり、ゴトリと身の丈ほどのパーツを外しながらロートラウトも話に続く
それでも【機晶姫用レールキャノン】を戸惑いながら凝視するヤクモに、カタログのパーツリストをスクロールしながら、エリィが話しかけた
 
 「ロートラウトさんは【大剣士(フェイタルリーパー)】なんですよ
  私もレベルはまだ未熟ですけど【剣士(セイバー)】なので、マスターを守る為に戦闘用の装備は必須なんです
  でも、それぞれ体のシステムが違いますからね、用途は同じでも、みんなが同じ物を装備できるわけじゃありません
  私もこのセンサーユニット以外は、あまり外見的にはヒトと変わりませんしね」
 
そう言って、特徴的な容姿を持つ耳当てに触れる
同じような物はヤクモにもあるのだが、基本装飾具と変わらず昨日も判明してないので必ずしも同一とは言えない
同族と称されながら、それぞれの違いを自覚せずにはいられないなか
棚の一角からパーツを取りだしたエヴァルトがヤクモの傍に戻ってきた
 
 「一応、おまえの特徴は聞いてきたんだが、融合率が俺に近いからアタッチメント型よりは、装備型なんだろうな」
 「え、あなたも【機晶姫】なんですか?」
 「いや人間だよ。ただ故あってこの生身の体には、機械と機晶石が融合してる
  一応【超進化人類】なんて大げさな名前が付いてるけどな
  なんならこれを試してみたらどうだ?アームタイプだが手袋をはめるのと感覚的には変わらないはずだ」
 
そう言ってエヴァルトから渡されたのは、右手装着用のマニピュレーターだった
装着口が手袋のように差し込む形になっており、先端には長いアームが折りたたまれ、先に三本指のマニピュレーターがついている
戸惑ったようにそれを眺めた後、エヴァルトの方を見つめ……意を決してそれを手にはめてみた
 
 「………あ」
 
刹那、手の感覚が広がったような気がして……ヤクモは指を動かそうと試みる
すると、自分の体のような滑らかさで、マニピュレーターが静かに動き出し、見ていた者がおお…と感嘆の声を上げた
同種として存在を明確に表す出来事に、ロートラウトもエリィも笑顔でヤクモに抱きつく
 
そんな様子を見ながら、自分の予想が当たっていた事に安堵し、エヴァルトは再び口を開いた
 
 「構成素体がナノマシンって話だったからな、時代が違っても適合性は高いと思ったんだ」
 「そっか……あたし、本当に【機晶姫】だったんですね」
 
感慨深げに、右手に装着された義手を眺めるヤクモ
その切ないような、それでいて自分の存在を確認できて安堵したような顔に
見ていた章一やエヴァルトだけでなく、機晶姫二人や詩亜玲亜も胸の痛みを感じてしまう
 
記憶喪失というのにも、実際色々な振り幅がある
【自分の事を忘れている】と言っても、言語や生活的常識や知識は忘れずに覚えているように
【エピソード記憶】という、誰もが最低限の本能的なものは通常忘れずにいるものだ
 
記憶を失っても【人間】という概念を覚えているように
パラミタで記憶を失ったものは多くても、ほとんどが【自分の種族】や【世界的知識】は覚えている
それゆえに混乱もなく、新たな旅立ちの一歩を踏み出せるものも多いのだ
 
……だが、ヤクモには食事や会話という【生存的知識】は存在していても、その【種族的概念】は欠落していた
突然何もかも無の状態で目覚め、周りの者と外見は変わらないのに【あなたと私は違う】と言われたらどうなるだろう?
誰も自分自身を明確に説明してくれる者もなく、調べれば調べるほど【謎】の部分だけが明確になっていく
 
通常ならば、もっと混乱してもおかしくない状況の中で、彼女がそうはならなかったのは
彼女の生真面目さに隠された、時折垣間見える芯の強さと、皆が協力してこうやって一緒にいる事なのだろうが
それでも、不安定さを感じずにはいられなかったに違いない
 
そんな中、ようやく自分と誰かを結び付ける【何か】を手に入れたのだ
たとえそれが【ヒトではない】という事実であったとしても
 
自分の意思と手触りで動く義手を見続ける、そんなヤクモの肩に手を置き、章一はやさしく声をかけた
 
 「よかったな。今後、君の事で色々わかって、何か力が必要になった時……君に力を与えてくれるものが、ここにはある
  エリィ達のように、君と同じ存在も沢山いて、何かあったら協力してくれるはずだ」
 「加工・取りつけ・元のパーツの修理・その他もろもろ、ボクのパートナーに頼んじゃってもいいからねー」
 
いつの間にか、大量に購入したパーツをエヴァルトに押しつけながら、ロートラウトも彼の言葉に同意する
 
 「勝手に話を決めるな!パーツ取りつけはなるべく勘弁してもらうぞ
  腕ならまだいいが、脚とか胴体とか、年頃の女子にとっては触れられたくはないだろう」
 「え〜、いつもボクのしてくれてんだからいいじゃん」
 「身内と一緒にするな!たとえイイと言っても俺が気にする!というかそういう失礼な事は出来ん、ただ……」
 
自分の抗議にぶーぶーと口を尖らせるパートナーを押しやり、ややエヴァルトが照れくさそうに言葉をつづけた
 
 「……まぁ、今日から共に学ぶ学友だから、俺も色々と相談には乗ってやるよ、ロハ(タダ)でな」
 「みなさん……ありがとうございます!」
  
嬉しいという信号を体からキャッチしたのか、ブンブンと勢いよく動き回る義手をそのままにヤクモが礼を言う
そこには今日初めての、一番の笑顔が浮かんでいた
  
 
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 「すいません、ここまで送って頂いて……お二人とも忙しかったんじゃありませんか?」
 
【パーツショップ】を出てから、娯楽施設等もあるエントランスなどを歩いていたヤクモ達に雅羅から連絡が入り
詩亜玲亜と共に居住区である【学生寮】に戻ってきた時には、日も暮れてすっかり夜になっていた
エヴァルト章一達とは先ほど別れたので、今ヤクモと共に居るのは詩亜達二人である
 
率先した行動は取らないながらも、最初からずっと共についてくれた二人に
申し訳なさそうにヤクモが上の言葉を言ったのだが
対する二人はお互いの顔を見合わせると、笑顔と共にヤクモの手を握った
 
 「実はね……私も玲亜も、まだ学園の事詳しくはないんです
  本当は私達も色々と案内してあげるのが一番なんでしょうけど……この際だから、ヤクモさんに付いて行ったら
  私達も色々教えてもらえるかしらって話してて、お手伝いさせて下さいって校長にお願いしたんです
  だから、あなたと私達……似たようなものなんですよ」
 「私達も学園のいろんな所を知って、実は楽しかったんだ!一緒してくれてありがとね!」
 
理由を聞かされ、目を丸くして二人を見つめるヤクモ
ふと、玲亜の手に強い熱を感じた気がしたのだが、それを感じようと手を握りかえす間もなく、二人の手は離れた
 
 「本当は明日も御一緒したかったんですけど……明日は別の人が来るので、案内はお休みです
  でも、折を見て動けたらと思うので、その時は仲良して下さいね」
 「ううん、こちこそ楽しかったです!ありがとうございました」
 「バイバイ!ヤクモちゃん!」
 
くるくると今日の出来事の余韻を楽しむように、スカートをひらめかせながら廻った後、玲亜は可愛らしくお辞儀をする
その傍らに立ち、詩亜が手を引いて校舎に戻っていくのを見送った後、ヤクモは寮の中に姿を消した
 
 
 
 「……いいの玲亜?もうちょっと話をしても良かったんじゃ……」
 
来た道を引き返しながら、詩亜は玲亜に声をかけた
楽しそうに別れを告げてたのと打って変わり、手をひかれている玲亜の笑顔には微かな寂しさが浮かんでいる
それでも、大好きな姉の提案に首を振る玲亜の姿に、詩亜少し胸の痛みを感じてしまう
 
今回のヤクモの話を聞き、進んで学校案内の同伴を提案したのは……実は玲亜の方だった
 
 『ふぅん、機晶姫さんなんだぁ…どれどれ……えっ、記憶喪失なの!?』
 
学園ローカルネットの掲示板に雅羅の書き込みがされ、興味深げに覗き込んでいた玲亜の顔が変わった瞬間は今も覚えている
玲亜自身、自分と出会うまでの記憶が無い……だから他人事では居られなかったに違いない
だが今日一日、ヤクモと一緒にいながら一生懸命彼女に寄り添う妹の姿を見てはいたが
彼女自身のそんな境遇を匂わせないだけでなく、一言も彼女の境遇に触れなかった事が詩亜にとっては少々意外であった
 
そんな姉の様子に、その心中を察したのか……困ったように玲亜が微笑みながら口を開く
 
 「私にもわかるよ……自分が誰なのかわからない不安……今だって感じる事がある
  でも、私にはお姉ちゃんがいた、すぐにお姉ちゃんが大好きになって、こうやって一緒になってずっといる
  だから、私は【川村玲亜】でいいんだって思えるんだ。大好きな人がいるって事がきっと一番の支えなんだよ」
 
話しながら、空いた片方の手……ヤクモと握手を交わした手を見つめながら、玲亜の話は続く
 
 「大好きがあれば大丈夫……私はそれをヤクモちゃんに感じてもらいたい
  あの子にはお姉ちゃんみたいな人がいないでしょ?だから多くの【大好き】があれば元気になれると思うんだ
  私はそんな彼女の【大好き】の一つになってあげたい
  私のお姉ちゃんが大好きだっていうこの気持と同じものを、ヤクモちゃんも持つ事ができたら……嬉しいよね」
 
微かに震える妹の声を聞きながら、詩亜は握っている手にそっと優しく力を込める
 
 「そうね、私もそう思うわ
  だから一緒に祈りましょう……彼女に……ヤクモちゃんに多くの出会いがありますようにって……ね?」
 
暗くなり、街灯が灯る校舎までの帰り道
手をしっかりと繋いだ少女たちの影が、どこまでもどこまでも続いていた