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忘却の少女

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忘却の少女

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〜 一日目・午前10時半 学園内更衣室 〜
  
  
 「……で、なんか来るなり、もう戦いは終わっている御様子なんだけど」
  
用途に反して広く作られた部屋の中で、雅羅が呆れ顔とともに呟く
 
場所が場所ゆえに、案内してくれたコハクが部屋の外で不安げに待つ中
アルセーネの案内で彼女と加夜が女子更衣室に入ると
そこには激戦の後を匂わせる【勝者】と【敗者】の姿があった
  
 「ミニスカ……絶対ミニスカの方が可愛くて夏向きなのにぃ……」
  
そう呟きながら地面に膝をついている【敗者】こと小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の目の前には
彼女が着用しているのと同じ【超ミニスカ蒼空学園新制服】が綺麗に折りたたまれて置いてある
……ちなみにこれ、特注品らしい

それに相対するように【勝者】ことリネン・エルフト(りねん・えるふと)は、さも当然だといった様子で彼女を見下ろし
勝ち誇った顔とともに、エッヘンと胸を張ってウィナーズコメントを述べていた
  
 「そんなあなたの【絶対目立ってやる】って意思を具現化した服、彼女に着させてどうするのよ?
  この時代の生活に慣れるには、まずは普段着が一番でしょう、普段着てるような服が! わかる?」
 「……リネンの普段着だって水着みたいなもんじゃん……水着に黒ジャケット」
 「し、失礼ね!戦いに適した活動しやすい恰好って言いなさいよ!それじゃ変態みたいじゃない!」
 「……リネン、まさかあなた……自分の服貸したの?」
  
彼女の【目指せ!憧れの空賊サマ☆】という意志に彩られた【彼女の普段着】を見ながらおそるおそる雅羅が聞く
質問の意図を察したリネンが真っ赤になって抗議しはじめた
 
 「わ、私だってTPOはわきまえるわよ!ちゃんとしたカジュアルな普段着、雑誌に載ってるような奴!」
 
それはそれで想像がつかないなぁ……などと頭で考えつつも口には出さない雅羅
ヤクモが着替えているであろう大型ロッカーの向こうを、一緒に来た加夜とともに案じていたら
アルセーネに経過を話していた川村 詩亜(かわむら・しあ)が察したようで、苦笑しながら話しかけてきた
 
 「大丈夫ですよ、私と玲亜も選ぶの手伝いましたし……本当に普通ですから、学園の生徒さんと変わらない筈です」
 「ま、あなたがそう言うなら大丈夫かしらね、詩亜」
 「………なんか納得がいかないんですけど」
 
納得した雅羅に、逆に納得がいかない顔でじっとりと睨みつづけるリネン・エルフト16歳(女性)
 
先程の校長室ではないが、周りの反応があまりに濃すぎて
ややもすると主賓の存在が薄くなっている事に、何となく加夜と共に案じていると
ようやく着替えを手伝っていた川村 玲亜(かわむら・れあ)に手を引かれ
装いも新たに、当のヤクモがロッカーの影から姿を表した
データーに首っ引きだったあまり、すっかり元の姿が焼きついていた面々が、その姿を見てほぉ〜と感嘆の声を上げる
 
肩や袖のラインは、普段のリネンの服と似ているものの
胸元がビスチェ風にアレンジされ、少し民族風の縁の刺繍がかわいさを醸し出しているワンピースである
足元も、粗めのストレッチデニム地のスキニーレギンスであり、所々に羽の刺繍がされている
元々緑系の服が多いリネンなのだが、それがヤクモの翠髪翠眼に合って、自然に彼女の可憐な容姿を引き立てている
 
 「驚いたぁ〜……リネン、あなたもちゃんとしたの持ってるじゃない」
 「……だから私だって、お洒落ぐらい気を使うわよ」
 
雅羅のコメントに、引き続き憮然と答えるリネン・エルフト
何を勘ぐろうが彼女だって花も恥らうれっきとした乙女、言葉通りにそれなりの服は持っている
ただ肝心の某空賊の想い人が、そこらへん無頓着な挙句……最近また変な射手座のごてごてした物を纏って動き回るので
傍に寄り添いたい者としては【花より剣】を選ぶしかない、わりと真剣な悩みどころなのである
 
一方、纏っていたアンダースーツも脱ぎ、リネン自慢の一張羅に袖を通したヤクモはというと
所在無さげに鏡に映った自分の姿を、くるくる回りながら眺めているようだ
その初々しい姿に息をつきながら、詩亜が彼女に声をかけた
 
 「よかった、サイズは問題無いみたい……でも、何か気になるみたいだけど、変なとこある?ヤクモさん」
 「いえ、大丈夫です……本当にぴったりで着心地がいいんですけど……その………」
 
そう言って申し訳なさげに胸に手を当て……その場にいた全員が理由と事態をすぐに察する
手足とサイズには問題ない服だが、唯一胸元だけがたっぷりと余裕があったようだ
 
 「生まれ持った物だけはどうにもならないもんねぇ
  良かったわね美羽、そこだけあなたの服が合いそうだけど……どうする?」
 「……そんな所で勝利を掴み取りたくないですよ〜だ!」
  
遅れてやってきて様子を見ていたルカルカのコメントに、美羽の憤慨の言葉が部屋に響きわたった
  
  
……ちなみに以下の会話は、事情をコハクから聞いていたルカルカのやりとりとの事
 
 「で、結局のところ勝敗を何で決めたの?あの二人」
 「ヤクモさんの『平和なのが良い』って一言で【あっち向いてホイ】にしたんだって」
 「…………そりゃまた見るからに平和的な事で………」
 「いや、むしろ手練が真剣にやると……あれ程、鬼気迫った凄まじい物もないから、ホントに」
 
 
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〜 一日目・午前13時半 学園内カフェテリア 〜
  
  
コーディネイト合戦の後、午前中は基本的な一般棟の案内になった
 
加夜を先頭に、各教室や体育館、技能教科教室等を順に廻り
美羽リネンが交代で丁寧に場所の特色などを説明していく
二人とも【蒼空学園・生徒会副会長】【『シャーウッドの森』空賊団副長】というサブリーダー的肩書きをもつ身
世話の焼き加減は同じ位、それでいて説明の的確さも手馴れたものである
 
一方のヤクモの方は何となく【学校】という概念は理解したものの、基本的な知識は皆無らしく
様々な設備に興味を持ち、二人の説明を真剣に聞いていたようで
垣間見える【生真面目かつ好奇心旺盛】な性格に、両脇を挟んで共に話を聞いていた詩亜玲亜の二人が
思わず顔を見合わせて笑っている姿が印象的だった
 
実は、そんな詩亜の事あるごとに玲亜の手を引っ張って動き回る姿なども、ヤクモ的には好奇心の対象ではあったのだが
一回ほど、玲亜の単独行動について行ったら、見事に集団にはぐれて迷子になりかかったという出来事があった事もあり
【玲亜の極度の方向音痴】によるものだと理解した様だ
 
そんなこんなで校舎の一通りの案内の後、『ひとまず最低限の衣食住が先決』というリネンの意見に全員が一致し
購買エリアで学校生活に必要な買い物を済ませた後、カフェテリアでの昼食となり今に至る
 
それぞれ多方面で名を馳せる面々が連なり、話に花咲かせながらショッピングモールに近い購買エリアを歩く姿は
他の多くの生徒達の目を大層引くものではあったが
服装を変えていた事もあり、ヤクモ本人は然程注目の的にはならなかったので、安心して買い物を済ませることができ
テーブルにはそんな戦利品の幾つかが所狭しと広げられている
 
 「【蒼空学園新制服】と体操着と水着……教科書と文房具♪学園生活で必要なのはほぼ揃った感じだよね」
 「後は生活必需品か……とりあえず最低限の物を揃えて、必要なものは随時見つけてピックアップしていきましょ
  こればっかりは生活に慣れることと、私達もあなたを知らないと始まらない、食事の好みとかも含めてね
  ……で、どう?」
 
会話と共に美羽と雅羅に挟まれ、メニューを真剣に見つめて考えているヤクモである
 
人が生きていく上での社会的な事柄は、記憶が無くても案外大丈夫なものだが
……生活習慣ともなれば、これまた微妙に話は違ってくる
風土や文化圏でも大きく左右されるのに、生きていた時間軸が大きく違っていれば尚更だ
記憶があれば質問だけで容易に済むのだが、それが無い以上一つ一つ些細なことから検証しないといけないわけで
食事というのも、これがまた大きな比重を占める
 
例えば【機晶姫】という存在だけとっても、単純に【食事ができるかできないか】というのもあるわけで
【食事に行こう】という提案に、どう反応と返答をするかを観察しながら、それを見つけていく作業になる
彼女の場合は喜んでついて来たので【食事ができる】という事実の他に
【食べる事に関心がある】【食事が必要な機構を持つ】という特徴が挙げられる
 
そんな風に、ひとつひとつ自然に行う所作で彼女そのものを知っていく事が、雅羅の任された役割の一つなのである
ついでに言うと、真剣にう〜んと迷って選べないあたり
【生真面目でやや優柔不断】という性格的特徴が判明してるわけだが
機械的存在には至極不似合いな人間的思考に、益々彼女の存在理由の謎が深まるばかりである
 
まぁ、人間らしいのなら、それはそれで人間らしい対応に切り替えるだけの事だ
同伴者の注文をひと通り確認し終えたコハクが、そんなヤクモの様子を見て
微笑みながらメニューウィンドウを彼女の前にスライドさせる
 
 「とりあえず軽食にしようよ、それで後々お腹がすいたらどこかで休憩すればいいし
  ご飯ものとパンもの、あとパスタ……何か『これ食べてみたい』とか『馴染み深い』って思うものはある?」
 「すいません、すごく量が多くて……でもこれは興味あります」
 「【玄米おにぎりセット】か……了解
  他のモノもみんな頼んでるから、ちょっとずつ分けてもらって味見してみるといいよ
  じゃあ、注文の仕方を説明するね。メニューパネルのここを触ってみて」
 「はいっ」
 
丁寧に説明していくコハクの姿を、ほぅ〜と眺める女性陣。その視線が次に美羽に集まる
ヤクモの物以外にも、自分の買い物もちゃっかり済ませていたらしく
彼女の分に紛れていたそれを、ひと通り眺めていた様だったが、すぐに周囲の目線に気がついて抗議の声を漏らした
 
 「な、何? 別に自分の分も買い物したっていいじゃん! 文句ある?」
 「……何もあなたに文句あるわけじゃないわよ、世話焼きな彼氏がいてホントいいわよね、美羽」
 「それがコハクだもん。あ、ちょっと待って!」
 
しれっと言われてノロケにもならない美羽に雅羅が呆れる中
当の本人はコハクがメニューの支払いボタンをクリックするのに気が付き、あわてて彼を呼びとめた
キョトンとした彼に、美羽がそのまま猛然と抗議をはじめる
 
 「駄目だよ、自分でお金払おうとしちゃ!
  今回は涼司から頼まれている事なんだから、生徒会の経費にしておいて!あとでまとめて請求するから」
 「いや、いくらなんでもそれは……」
 「副会長命令!」
 「………ハイハイ」
  
きっぱりと宣言され、溜息とともに支払い名義を切り替え、電子領収書の発行の手続きを取るコハク
内心、その金額に自分と美羽の分も混ざっていた事が気になったので
後で内緒で、その余剰分をこっそり涼司に払っておこうと誓う生真面目さんなのだった
 
 
 
実際、ヤクモの食事に対する好奇心と旺盛さは普通の人を通り越して結構なものだった
決して『足りない』という主張はないのだが、普通に差し出されたものに目をキラキラさせて味見をし
一通り、みんなの分を受け入れてしまったあたり、外見的な年齢に相応する女子と食欲の程は然程変わらないようだ
 
食後のデザートを同様に楽しみ、コハクが進めた【アイスクリームのフルーツのせ】を妙味深く眺めながら彼女が食べていた所で
午後の案内役を担当する面々が、授業を終えてカフェテリアにやってきた
 
 「おおー、この子が噂の機晶姫ちゃんかー!こんにちは!」
 「??……あの」
 
嬉しげに覗き込む人物に、口に運びかかったアイスの乗ったスプーンを止め、硬直するヤクモ
そのアイスが落ちそうな様子を見て、咳ばらいをした傍らのパートナーの反応に気が付き、覗き込んでいた少女が再び話しかけた
 
 「あ、ごめんね食事中に!ボクはロウトラート!隣の怖そうなお兄ちゃんは僕の連れだよ
  午後の案内役をやるために来たんだ、よろしくねヤクモちゃん!」
 「そうでしたか、ありがとうございます!………えっと」
 
元気よく差し出されたロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)の手をながめつつ
ヤクモは傍らの連れと紹介された人物に目を向ける
『怖そうなお兄ちゃん』と紹介され、やや憮然としながら
彼……エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)も手を差し伸べた
 
 「悪かったな、どうせ俺は悪役顔だよ
  エヴァルトだ。こいつが君の案内をやりたいってきかなくてな、仲良くしてやってくれ」
 「はい!ヤクモです!あの……よろしくお願いしますっ!」
 
生真面目なあいさつと共に、両者の手を握るヤクモ
握られた手を見ながらロウトラートが、はにかんだ笑顔と共につぶやく
 
 「やっぱりと言うか何と言うか、人間に極めて近いタイプだねー、ちょこっと羨ましいかも」
 「……?」
 
彼女の笑顔に、僅かばかりの寂しさの空気のようなものを感たヤクモだが
その視線に気がついたのか、すぐにロウトラートは元気な笑顔で彼女の肩をバンバンと叩いた
 
 「さ、早くそれ食べちゃお!ボクの行きつけのパーツショップ、教えてあげるよ!」