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夏の追試を迎えて

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夏の追試を迎えて

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 朝、杜守 柚(ともり・ゆず)の携帯がコールした。
「ふぁい?」
 眠気眼で携帯を探し、耳に取り敢えず押し当てた。
「柚、悪いな。少し良いか?」
 コール先は高円寺 海(こうえんじ・かい)からだった。
「あ……お、おはよう!」
 突然の電話に柚は食い入る様に携帯を握り締めた。漂っていた眠気も瞬く間に消し飛んでいた。
「ど、どうしたの?」
「相談があるんだが、9時頃に蒼空学園に来れるか?」
 柚は壁に掛かっている時計に目をやった。今の時刻は午前7時30分。じっくり仕度をしても十分に間に合う時間だった。
「うん、大丈夫だよ」
「そうか。蒼空学園で待ってる」
「うん」

 「おはよう、柚」
 リビングを掃除していた杜守 三月(ともり・みつき)が階段をパタパタと下りる足音で振り返った。
「おはよう、三月ちゃん!」
 心なしか柚の声が弾んでいる。
「どうしたの?」
 柚は少し慌しく階段の往復を繰り返していた。
「ちょっと蒼空学園に行ってくるね!」
「朝ご飯どうする?」
「ブランチにするから必要ないよ」
「わかった。何か作っておくよ」
「ありがとう」
 
 「いってきまーす」
 パタンと玄関が閉じる音が聞こえた。
「海……からかな」
 柚が走って行った方角を三月は微笑んで見送った。

 学園の校門の所に海は立っていた。
「お待たせ、海君」
「いや、オレも今来たところだ」
「それで話っていうのは?」
「ああ、図書室で説明する。付いてきてくれ」

 「あ、そうだ」
 柚は先行して歩く海を追い抜き、くるりと振り返った。
 「おはよう」
「……おはよう」
 海が少しはにかんだ様に柚からは見えていた。

 「ふぁ、やっぱり図書館は涼しいね」
 図書館は冷房が効いており、夏休みであったがちらほらと学生の姿が見られた。
「それで相談したい事っていうのは――」
「涼司さんからモナとアッシュの監視を頼まれてるんだが、当日の監視だけだとあの2人の事だ。何かやらかしそうな気がする。
 柚、実力でテストに受かるようにアッシュ達に勉強を教えて貰えないか?」
「うーん、教えるのは良いんだけど。あの2人、勉強するかな……」
「そこはオレに任せてくれるか?」
「う、うん」
「明日から早速頼みたい。同じ時間に図書館に来てくれ、必ずアッシュ達を連れてくる」

 翌朝、相変わらず暑い炎天下の下。柚と三月が校門へ到着するとアッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)とモナ・エストランが校門の前で2人を待っていた。
「お、やっと来たな」
「2人ともおはよ〜」
「お、おはよう」
 本当にアッシュ達が着ていたので、柚は内心驚いていた。
「海から話は聞いてるぜ、遺跡調査の為にパラミタの歴史を此処で調べるんだろ!」
「……う、うん。そうなんだ」
 歯切れの悪い返事で柚は肯定した。
 海は歴史から教えることに決めたらしい。
 
 冷房の効いた図書室にアッシュ達を案内すると、
「アッシュとモナはこっちを調べて欲しいんだ」
 三月が手際良く試験範囲の本を幾つか見繕ってきた。
「任せときな」
「おっけー。アッシュ、向こうで調べるわよ」
 アッシュ達は黙々と資料の調査を始めていた。

 「三月ちゃん、私達も……手伝ってあげようか」
「そうだね、珍しく真面目に頑張ってるからね」
 三月はアッシュを、柚はマナの対面に座ってフォローを始めた。
「う、むー……?」
 本を見ながら、マナが唸る。良く分からないと言った顔だ。
「ん、どこ?」
 席を立つと柚が教科書を覗き込む。
「これ、此処なんだけど?」
「合戦の?」
「うん」
「ここは――」
 ノートに年代別に並び替えて、柚は書き込んでいく。
「ちょうど此処と前の時代の間になるんだ」
「あ!」
 納得した顔でマナは自分のノートに同じ物を書き込んでいく。
「ありがとう、柚ちん」
「うん、また聞いてね」

 「……?」
 アッシュ達が調査という名の試験勉強を始めてから昼まで1時間とした頃、
図書室の入り口で海が此方に小さく手招きしている事に柚が気付いた。
「(三月ちゃん)」
「(……?)」
 2人の邪魔にならない様に三月に小声で話しかける。
 三月が柚の視線を追うと、海が居る事に気付いた。
「(分かった。こっちは任せて)」
「(ごめんね)」
 2人のサポートを三月に任せ、柚は席を立った。

 「どうだ、2人の様子は?」
「うん、頑張ってくれてるよ」
「そうか……」
 安堵した顔をすると、紙袋からジュースを柚へと放った。
「あ、ありがとう」
「……気にするな。三月達の分も用意してある。昼になったら、渡してくれるか?」
「海君は?」
「オレはアッシュ達の明日の先生と話をつけてくる」
「明日も?」
「ああ、まだ追試科目が残ってる」

 「わ、私は明日も大丈夫だよ……」
 少し恥ずかしそうに柚は言った。
「ふっ……、なら明日も少し手伝ってくれるか?」
 優しく海は笑う。
「う、うん。任せて」
「明日はオレも朝からフォローに回る」


 「や、やられた……」
 ライナー・パーソン(らいなー・ぱーそん)は体操服で立ち尽くしていた。
「じ、実技だけだと思ってたのに……」
 ライナーは机の上に広げられたテスト用紙に目を落とした。
「……球技ルール及び陣形考察について記入しなさい」
(ぜ、全然分からないぞ――こんなの授業でやったか?)
 ライナー・パーソン 体育・学科試験 追試行き決定。

 「意味が分からん……アルバイトで物理が役に立った事ねーし」
 物理のテスト用紙を記入していた平井 明(ひらい・あきら)が名前を書いただけでペンを止めた。
(冒険でこんなもの使わないよな……)
 強がってみるものの、以降明のペンは進まなかった。最後の選択問題のみ、辛うじて解答が出来た。
「……ダメだ」
 平井 明 物理学 追試の受講の事。

 「と言う訳で、教えてください」
 ライナーは明の家へと来ていた。
「教えてください……って言われても。本が無いしな、学校の図書室でも行くか?」
「教えてくれれば何でも良いけど」

 「体育って俺のジャンルじゃないよ」
 体育の教科書をペラペラと捲りながら、隣の明に愚痴を零す。
「クラブ活動以外で1度も役に立つことはないだろ」
「それが学業ってもんだろ」
 体育についてライナーが語るが、明は連れない。

 「まあサッカー程度の陣形なら教えてやれるけど、それで良いか?」
「うん、頼むよ」
「例えば、ゾーンディフェンスだな。基本は4バックか3バックのディフェンス陣形。3バックなら素人のサッカー程度なら、オフサイドを取り易いよ。ディフェンダー2人でそれぞれにある程度のオフサイドラインを作りつつ、最終3人目のディフェンダーが移動してオフサイドを取っていくんだ」
「中々……専門的だな」
「まあ、聞けって。4バックの場合なら3バックでオフサイドを狙っていくよりは固い守備だな。左右のディフェンダーにそれぞれ1人ずつカバーが入る。守備はし易いんだが、攻めるときにディフェンダーが最終ゾーンを上げてやらないと攻める人が少なくて苦労する。ディフェンダーが走る距離も増えるかな。それで――」
「オーケー。だいたい分かったから、そんなに詳しくは要らないよ」
 このまま延々と明が喋りそうだったので、ライナーが間を取った形だ。
「今度はこっちが説明しようか?」
「そうだな、こっちの面倒も見てくれるか?俺は物理が全く分からん」

 「物理か……。基本は公式の暗記からだよな」
「そうなのか……」
 少し意外な顔で明はライナーを見た。
「難しい問題って言っても公式の組み合わせだからな。どれぐらい公式は覚えてる?」
「……ぜんぜん。まったく」
「覚えてないと」
 ライナーは明の教科書をひったくると、公式の部分にマーキングを始めた。
「先ずは、書いて覚えるしかないな。漢字の書き取りと同じだって」
 公式のマーキングを済ませると、ノートを明に手渡した。
「頑張れ!」
「ああ……」
 少しうんざりした様にノートを明は受け取った。

 「飽きたな……」
 ぽつりとライナーは呟いた。
「知ってるか、魔力を高めれば頭の回転が上がる……かも知れない」
 明は何かを思いついた様に一人頷いた。
「……かも知れない?」
 「図書室だって、俺は冒険してみせる!」
 明はおもむろに眼帯を外し始めた。
「見てろ!『封印解凍』」
 普段は抑制している明の力が、解放された。
 ボキッとペンから鈍い音がした。
「……ボキ?」
「すごいな、明の魔力に耐え切れずにペンが折れたぞ」
 冷静に今の現象をライナーは分析する。
「あー!!」
 慌ててペンを放すが、既にペンは折れた後だった。
「もう1回試してみたらどうだ?」
「もうやらん!」
 嬉々として、再度のチャレンジをライナーは提案する。
「あーあー……俺のペンが……」
「諦めろって、元には戻らん」
「うぅ……冒険し過ぎた」 

 「やほー!今日はルカとダリルも来たよー」
「宜しく御願いします」
 教師はルカ+ダリル、柚+三月、海の5人編成だ。
「それで今日は暗号解読って聞いてるんだけど?」
 マナが興味深々でルカ達を見た。
「ダリル。あれ、出してあげて!」
「うむ」
 ダリルが出したのは方程式が大量に書き込まれた1枚の羊皮紙だった。
「これだ……」
 全員がその羊皮紙を覗き込む。
「これが……」
「確かに難しそうな暗号だな」
 マナとアッシュはこれが暗号だと信じている様だった。
「(……ルカさん。今日は物理ですか?)」
「(うん、この資料作りのお陰でねむねむだよ)」
 かくして、暗号解読と銘打った物理の勉強が始まった。

 「むぅ……」
 アッシュのペンが止まった。
「どうした?」
 アッシュのノートをダリルが覗く。
「……ふむ」
 ペンを取ると、隣に公式を追加していく。
「先程の式をここに入れるのだ、それで次に進める筈だ」
「おぉ……」

 「ルカさーん、ちょっと教えてください」
「はいはーい、どれどれ……」
 ルーがモナのノートを見た。
(公式が少し足りない――気がする?)
「うーん」
 ルーが瞑想する様に目を閉じること、数秒。入りそうな公式を思い浮かべる。
「ダリルー、ここ教えてー!」
 ルーはあっさりギブアップした。
「……少しは考えたのか?」
「うん、ダメだった」

 「つまり――」
 マナが結論を求めるようにルー達をみた。
「……俺が代わりに教えよう」
 ダリルはこの日、物理専門外のルーに代わり2人のフォローに1日を費やした。