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第三章 追試
 
  ――蒼空学園、校長室。
 「おはよう」
「おはようございます」
 山葉 涼司(やまは・りょうじ)山葉 加夜(やまは・かや)が校長室へ到着すると、既に鍵が開いておりアッシュ、モナの2人が騒々しく騒いでいた。
「何をしているんだ?」
「今日の本番に備えて作戦会議をしてまーす」
 モナが此方に手を挙げて答えた。
「……海は?」
「どうかしましたか?」
 加夜達の後ろから海が校長室へと入ってきた。
「大丈夫なのか?」
「ああ……あれは――」
 海はアッシュ達を見るが、特に気にした様子でも無かった。
「モナちゃん達、今日の勉強スケジュール作ってるの?」
 加夜が机を覗くと教科書に付箋が貼り付けられており、休み時間等に読むタイミングを考えている様だった。
「――と言う訳です」
「……なるほど」

 「2人とも真面目に試験を受けてくれると私は信じてますよ」
 加夜は屈託のない笑顔で微笑む。
「ズルはしないって約束出来るものね?」
「「ぉー……」」
 急にマナとアッシュの返事が小さくなった。視線も何処か泳いでいる。
「おい……」
 先程の信頼は何処へやら、海は疑う様にモナ達を見た。
「出・来・るものねー?」
「ぉー」
 マナとアッシュの肩に置かれた加夜の手が硬くなり、2人を逃さない。
「出・来・る・よ・ね?」
 ギリギリと万力の様に2人の肩を締め付ける。
「「……はい」」
 諦めた様にモナ達は返事をし、うな垂れた。
「……はあ」
「さて、2人が約束してくれた事だし、あとはエリザベート校長を迎えるだけね」

 コンコンとドアがノックされた。
 「ドアを開けなさぃ」
 ドアの向こう側からエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の声が聞こえた。
「マズイ!早く隠れろ!」
「何で?」 
「朝からイルミンスール魔法学校の一般生徒が校長室に居るなんておかしいだろ!」
「確かに……」

 「来てやりましたわぁ」
 追試が始まる1時間ほど前、エリザベートは校長室へとやって来た。
「早かったな」
「お早うございます、エリザベート校長」
 涼司と加夜は揃ってエリザベートを迎えた。
「私を出迎えるとは殊勝な心掛けですぅ」

「おやぁ?」
 エリザベートが不思議そうに涼司と加夜の後ろを見ようと首を右に傾けるが、それに合わせて加夜達が動く。
「……」
 今度は左へ傾けるが、加夜達も其方に動いた。
「……どうしました?」
「別にどうもしませんわぁ……」
 そう言いつつ、再び首を右に傾ける。
「退いてくれませんかぁ、後ろが見えないですぅ」
「……後ろに何かあります?」
 エリザベートの視界を塞ぎながら、加夜は尋ねた。
「馬鹿の背中が見えるですぅ」
 空中に伸ばした人差し指でエリザベートは何かを弾いた。
「痛い!」
 机からモナが転がり出てきた。
「もう1人ですぅ」
「イテェ!」
 壁の端に隠れていたアッシュが蹲った。おでこを涙目になりながら、擦っている。
「全くぅ、何をしているのですかぁ?」
「悔いが残らない様に全力で遊んでました!」
「……」
 エリザベートは無言で空に再びでこピンを放った。
「いたぃ……」
 モナは蹲り、おでこを擦った。
「はあ……」

 「おはようさん」
 空気を入れ替える様に匿名 某(とくな・なにがし)が今度は校長室にやってきた。
 何やら気まずい雰囲気になっている空気に某も気付いた。
「どうした?」
 先程の出来事を知らない某は、入り口の傍に立つエリザベートへ尋ねた。
「馬鹿にお仕置きをしただけですぅ」
「?、まあ良いや。それより――」
 海へ向き直ると、
「お前、追試になったんだって?」
 気になっていた疑問を口にした。
「オレが……?」
 海は今までの図書室に通っていた経緯を某に説明した。
「海が追試なんておかしいと思ったんだよ。お前なんだかんだ言って真面目だし」
「何か引っかかる言い方だが……」
「まあマジだったら、からかい倒してやろうなんてそんな下種な考えはしてないからな……ホントだぞ?」
「……」
 海は半眼で某を見返していた。
「冗談はさておき、海と山葉校長に提案があるんだが?」
「何だ?」
「まずは海。俺と一緒に試験官や・ら・な・い・か?」
「試験官?」
「お前、山葉校長から色々頼まれてるんだろ?」
「ああ……」
「つまり責任がある。お前はそれを最後まで果たさなきゃならない」
「まあ、そうだな」
「試験官って立場は結構最適だと思わないか?」
「言っていることは分かるが……」
 ちらりと涼司に海は視線を送る。
「うん、良いな!それ」
「待て!」
 直ぐに涼司から許可が出た。
「高円寺 海と匿名 某を臨時試験官に任命する。良いよな?」
「私もそれで構わないですぅ。馬鹿達の面倒を見るのは多い方が良いですよぉ」
「……分かりました」
 諦めた様に海は頷いた。
「で、だ!山葉校長、ちょっと良いですか?」
 部屋の隅へ移動すると、涼司を呼んでこそこそと話を始めた。
「(頼みたい事は、依頼をきっちりこなしたら海に報酬を与えて欲しいんですが)」
「(報酬か?)」
「(元々は校長が無理に頼んだ事が発端なんですから、反論は許しませんよ?)
 (報酬といっても学食とかでいいんです。とにかく海にタダ働きさせるのはダメですよ?)」
 涼司は今日ある追試科目を思い出すように思順した。
「(……調理実習の試験官はどうだ?)」
「(調理実習?)」
「(今日の昼前からある。時間は追って伝えるが、どうだ?学食よりも旨い物が食べられると思うんだが)」
 学食と調理実習、どちらが良いか某は思考を巡らせる。
「(……良いでしょう。調理実習の試験官、やらせてもらいます)」

「用件は終わりましたかぁ?」
「ああ、時間を取らせたな」
 満足した様に某は笑った。
 「さあ、久しぶりに校舎を案内するですぅ」
「ああ、行くぞ。加夜」
「そうね、それじゃ2人を宜しく御願いしますね」
 エリザベートを連れ、涼司と加夜は校舎へと出て行った。
「ええ、また追って連絡します」