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夏の追試を迎えて

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夏の追試を迎えて

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 ――試験開始のベルが鳴った。
(……ふふ。セレアナとのデートの為、全力でいくわ!)
 猛チャージでシャーレットはペンを走らせる。
(死ぬ気でやった勉強の成果ってやつね、何となくだけど回答が浮かんでくるわ)

 ――歴史の追試試験会場。
「はい、歴史の試験官を担当する匿名 某です。分かってると思うけど、不正はしない様に!はい、テストを配ります。直ぐに名前を書いて下さい」

 「(どうだ?)」
 試験が始まって、20分ほど。教壇から某はハンドサインを海に送った。
「(……異常無し)」
 返って来た反応は予想通りのものだった。教室を巡回しながら、敢えて隙を作るが、アッシュとマナが仕掛けてくる気配は無かった。
「……ふむ」
 実際の解答具合を確認する為に、それぞれのテスト用紙を覗き込んだ。
「へぇ……」
 以外にも半分以上の問題が既に埋まっていた。実際に文献を調べた様な記述もある。
(これは不正する必要が無いな……)
「(歴史の試験の監視は必要なし)」
「(了解)」
 後ろから全体を眺めている海にサインを送ると、某は席へ着いた。

 「やっほー、エリー!」
 加夜達が校舎を案内していると、ルーとダリルが此方に向かって歩いてきた。
「……何をやっているのですぅ?」
「何って試験官だよ。ね、ダリル」
「教導団からも試験官の依頼があってな」

「ねぇ、涼司。代わりにエリーの案内してあげよっか?」
「それなら――」
 控えめに呼び出しの放送が鳴った。
「シャンバラ教導団のルー試験官、ダリル試験官。鍋から現れた巨神兵の討伐依頼が来ております。至急、校舎付近の河川敷へ向かって下さい」
「繰り返します――」

 「……昨日のあれかな?」
 考える様に天井をルーは見上げた。
「どうやらその様だ。全て鍋から出て来てしまったらしい」
「ルカさん。涼司くんと案内を続けますので、先に其方の討伐依頼を御願いします」
 遠慮気味に加夜が申し出た。
「そうだよね。残念だけど、エリーの事は諦めるか……」
「では、行くぞ。早く片付けるとしよう」
「了解。じゃ、また後でね」
 窓を開け、外に飛び出るとルー達は河川敷へと走っていった。

 「サッカー談義を明から聞いたのは良いが、テストに出るのか?」
 サッカー以外は手を付けなかった不安を残したまま、ライナーは体育の学科試験に臨んだ。

 「歴史の追試は何も無くて良かったな」
「まあ、加夜さんに朝も釘を刺されたばかりですからね」
「良し、次は調理実習の試験に行くぞ!」
「調理実習?涼司さんからは何も聞いてませんが――」
「報酬だよ、報酬!」
 楽しそうに某は海に肩を組む。
「報酬?」
「毎回、仕事を請けてる海を労ってって事だ」
「はあ……」
「そういう訳だ。美味しい物を食べさせて貰おうぜ」

 「調理実習……やるんだよね……でもやるからには、やりきってみせる!!」
 郁乃は調理実習室で一人気合を入れる。
 周りには2名ほど追試を受けに来た生徒が居たが、誰もが実習は得意そうな顔をしていた。
 部活や任務でテストを受けられなかった生徒達だ。郁乃の様に参加したけど、落ちたという訳ではない。

 「こんにちは、調理実習の担当をやる匿名 某です。実習とは言いますが、上手い下手は関係ありません。普通に食べられれば、合格になります。怪我だけはしないように注意して下さい。食材はある程度揃えていますので、自由に使ってくれて構いません。それでは始め!」
 開始の合図を出すと某は楽しそうに調理実習を眺めた。某の経験からして、余程の事が無い限り危険物になる事は無いと踏んでのことだ。
「やっぱり、ここはダリル先生直伝のカルボナーラで頑張るしか……」
 今回は某の経験から外れたジョーカーが潜んでいたが。

 「出来ました!」
 最後に調理を終えた生徒の合図を待って、調理実習は終了した。
「お疲れ様でした!片づけをして、退出の準備に入って下さい」
 「……やった」
 郁乃は満足気に自身のカルボナーラを見下ろした。カルボナーラの頂上には卵が乗り、上手くクリームと麺が混ざり合っている。
「美味しそうだな……」
ダリル達の手解きにより、料理のみてくれは最高に美しくなっていた。名残惜しく自身の料理を見送り、郁乃は実習室を後にした。

 「よし、採点するぞ!」
 待ちわびたという感じで某はフォークを手に取った。勿論、採点用のバインダーを脇に挟んで。
「海も――」
 某とは別に海は弁当を広げようとしていた。
「何だ、弁当あるのか?」
「ええ。今朝方、柚に貰いまして」
「そうか、残念だな。じゃあ、俺が全部貰うぞ」
「ええ、御願いします」
「カルボナーラから頂きます!」
 フォークでパスタを丸めて、口に運ぶ。
「お、かなり美味しいぞ!何々、芦原 郁乃と。これは合格だな」
 郁乃の欄に各項目の得点を入れていき、次の料理を口にしていった。
 
 ――その頃、郁乃宅。
「……ぅう、身体が動かないですぅ」
「……い、郁乃さん」
 灌と揺花は苦しそうにベッドで呻いた。
「まさか、たまたま上手くいったお姉ちゃんの料理が時限爆弾になっていたなんて」
「本人は平気な顔をしていましたね……」
「今日の試験官の人が心配です」

 「最後にモナとアッシュの追試の様子を見たいですぅ」
 一通りの案内を終えた頃、エリザベートが追試の話を出してきた。
「そ、そうですよね……」
 加夜の予想通り、アッシュ達の様子を見たいときた。アッシュ達の居る教室は通らない様に、ルートを変更して回っていた。
「ごめんなさい、ちょっと外しますね」
 少し離れた位置で携帯を取り出して、海へと連絡する。
「はい、海ですが。どうかしましたか?」
「エリザベート校長がモナちゃん達の様子を見たいそうなんですけど、大丈夫?」
「ええ、調査と称して試験範囲を勉強させましたので今の所は問題ありません。ただ――」
「ただ?」
「先程、某さんが急に体調を崩しまして、保健室へ運ばれてしまいました。現在は、オレ一人しか居ませんので早めに御願いします」
「分かりました。じゃあ、直ぐに案内する様にしますね」

 携帯を切ると、今から見学したはどうかとエリザベートに加夜は提案した。
「試験の終わりだと寝ているかもしれませんしねぇ、今から行きましょうですぅ」
「それでは此方ですので、着いて来て下さいね」

 エリザベートが試験が行われている教室を覗くと、モナとアッシュはエリザベートの予想と違い真面目に試験に臨んでいる。
「どうですか?2人とも真面目にやってくれてますけど」
 現状、出来うるフォローを加夜は行う。

 「面白くないですねぇ……」
 エリザベートは空に手を翳すとでこピンを放った。
「ッ!」
 アッシュがペンを取り落すと、そのまま頭を押さえた。
「え?」
 唖然とその様子を加夜は見送った。教室を覗くと、案の定アッシュが額を擦っている。
「ちょ、ちょっと……」
 止めようとしたが、既に遅く何度かでこピンを繰り返した後だった。
「さあ、帰りましょうですぅ」
 満足したのか、飽きたのかくるりと教室に背を向けた。
 心配げにアッシュを見ると、額を机に押し当てたまま動く様子がなかった。

 (何だ、あれ?)
 明のひとつ前の席のアッシュが突然、額を抑えて蹲った。
 何をしているのかは明には分からなかったが、イルミンスールの校長が人差し指を何度も空に払っているのが見えた。
(向こうは何をしているんだ?)