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リアクション
■捜索、ふわふわ毛玉の生物
――ちょうどその頃。陸の孤島遺跡群の別区画では探検部を含んだ数組の契約者たち一行がふわふわ毛玉の生物を中心に調査・捜索が行われていた。
「ふわふわ毛玉さ〜ん、どこにいるの〜?」
「どこかな〜?」
木の洞や物陰といった暗い空洞を見て回る川村 詩亜(かわむら・しあ)と川村 玲亜(かわむら・れあ)の二人。すぐに迷子になってしまう玲亜の手を握り、詩亜が『捜索』を活かしてふわふわ毛玉生物を探しているものの、発見には至っていない。
もし会うことができればふわふわ毛玉をぜひとももふってみたい、と考えている詩亜。それは他の契約者も同じようで……?
「ぜひとももふもふしたいから、姿を見せてちょうだいね……んー、ここにもいないか」
《銃型HC》のマッピング機能を使いながら、遺跡内のあちらこちらの奥まった暗い部分を捜索しているのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)。すぐ近くには『ディメンションサイト』や《大帝の目》で周囲の状況を常に把握しているカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の姿も見受けられる。カルキノスのすぐ隣には様子を見に来ていたのだろう、ジョニスと奈留の二人もいた。
「あの、明かりは必要ないのー!?」
「大丈夫よー! 暗視できるし、『ホークアイ』もあるしねー!」
明かりも付けずに奥の暗がりを調べているルカルカを見てか、奈留は思わず声をかける。だがルカルカの言葉通り、ルカルカ自身は『ダークビジョン』と『ホークアイ』によって暗い部分でも注意深く確認することができていた。……『サイコメトリ』による情報獲得も含め、やることを終わらせたのか、ルカルカが奥から戻ってくる。その表情は収穫なし……といったところであった。
「こっちにもいなかったか。……さっきの大声で周りの殺気立った様子がさらに強まったみたいだぜ。それでも襲ってこないところを見ると、よほど慎重になってるか、もしくは別な理由といったところだろうよ」
周囲状況を把握していたカルキノスがそう報告していると、どうやら詩亜と玲亜の二人も戻ってきたようだ。やはりこちらも見つからなかったらしく、ちょっとしょんぼりしている。
「――《獣寄せの口笛》で呼び寄せてみる、というのはどうかしら?」
ルカルカからそのような提案が出されるが、ジョニスは首を横に振る。
「周りが殺気立ってる、ってカルキノスが言ってるからそれは危ないと思う。今はバラバラに動いてるから、襲われたらひとたまりも――」
ジョニスがそこまで言った時、カルキノスは高笑いを上げながらジョニスと奈留の髪をワシワシとかき乱す。
「うわ、うわわわわわわ!」
「なぁに、心配するな。そん時は俺たちが守ってやるよ。ちみっこいのや弱っちぃのは守りたくなるだろ? お前らもちみっこくて可愛いからな、しっかり守ってやるぜ」
その対象は詩亜と玲亜にも向けられているようで、任せておけとばかりにドンと胸を張っている。……奈留は髪をぐしゃぐしゃにされたのか、ジト目でカルキノスを見ていた。
「た、頼りにさせてもらうよ……それじゃ、僕たちは別のグループの様子を見てくるから」
そう言ってルカルカたちのグループと別れようとしたジョニスたちだったが、ルカルカがそれを止める。
「あ、ちょっと待って。二人はふわふわ毛玉を見つけたらどうしたいの?」
かけられたその質問に、少しだけ立ち止まって考えるジョニスと奈留。そして、出された答えは……。
「――僕は、遺跡の調査ができればそれでいいんだよね。だから、ふわふわ毛玉は副産物的に考えてるかな。一応、観察してスケッチくらいは取ると思うけど」
「私もジョニスと同じ。今回は店長さんからの依頼もあってここに来れたわけだし、探検部は探検部としてのやることを全うするつもりよ」
現在、契約者たちは4〜5人ほどのグループにそれぞれ分かれてふわふわ毛玉の捜索をおこなっていた。探検部の二人は陣頭指揮の立ち位置にいるためか、各グループの様子を見回りながら遺跡の調査を兼ねたふわふわ毛玉捜索に駆り出されている、といった感じである。
そんなわけで、ルカルカたちのグループと別れた探検部二人は次のグループの様子を見に来たのだが……。
「あ……」
奈留は次に様子を見るグループの中にエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の姿を見受けると、なぜかそそくさとジョニスの後ろに隠れてしまった。ジョニスは思わず首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや、あの人ってここに入る前に花束渡してくれた人なんだけど……どうにも私、そういうのが苦手で」
そういえばそんなこともあったっけか、と苦笑いを浮かべるジョニス。とはいえ、スルーするわけにもいかないので奈留を後ろに隠れさせたままエースたちのグループに合流する。
「やぁ、ジョニス君、それに奈留さんも。そっちの調子はどうだい?」
「遺跡調査はばっちりだけど、毛玉は難航してる感じかな……エースのほうは?」
「ダメだね……遺跡の軒下とか、朽ちた家具っぽい物の隙間とかを探してはいるけど、痕跡がまったくなくて。『サイコメトリ』もいい情報は見つからなかったし、周りに樹とかあればよかったんだけどね」
……確かに、周囲を見渡しても樹と呼べるものはなさそうだった。よほどこの遺跡群は整備された土地かもしれない、とジョニスは思わずメモを取ってしまう。
と、そこへ別の場所を捜索していたらしいリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)、そしてレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)とチムチム・リー(ちむちむ・りー)の四名が戻ってきたようだ。
「うぅ……だめ、『殺気看破』とかで毛玉ちゃんを探そうとしてみたけど周りが殺気だらけで、毛玉ちゃんの気配を探りきれなかったわ」
「慎重になって行動したほうが良さそうね。……それに、これだけ緊迫してたほうが見つけた時の嬉しさもひとしおでしょうし」
リリアは『殺気看破』でふわふわ毛玉の痕跡を探そうとしていたようだったが、周囲の殺気はいまだに消えていないらしくいい効果は得られなかったようである。もし戦闘になったらどうしよう……と、ジョニスが困り顔を浮かべていく。
リリアに随伴していたゆかりもふわふわ毛玉を見つけられずに悔しそうな雰囲気を見せている。ふわふわ毛玉の生物は可愛いモノ、と勝手に認定しているためか是が非でも見つけたい思いのようだ。……もっとも、ふわふわ毛玉は可愛いモノという認識は契約者たちの間ではほぼ合致しているのだが。
「暗がりのところを明るく照らしたり、『ホークアイ』で注意深く見たけど何もなかったよ。……暗い場所で毛玉、ってまるで大昔のアニメ映画にあったまっk――」
「それ以上はいけないアル。さすがにまずいアルよ」
間一髪、レキの危ない発言をチムチムが制した。ともあれ、レキとチムチム側にも成果はみられなかったようだ。
「……ところでエース、なんで猫じゃらし持ってるの?」
奈留がジョニスの後ろから顔を出しながらエースに質問する。現在、エースはなぜか手に猫じゃらしを持っていた。リリアに至ってはその手に猫のおもちゃ(棒の先にひもが付いており、そのひもにはネズミのぬいぐるみが釣り下がっている)を持参してきている。
「――おそらく、ふわふわ毛玉の生物は猫と同じくらい心を揺さぶる生物。子猫に迫る可愛らしさを持つ生物に違いないんだ。それに店長からもらった情報から推測するに子猫確定でいいんじゃないかな、って思うんだよね。いいや、もう子猫確定! だからこれで捕まえてみようと思ってね」
「は、はぁ……」
実はふわふわ毛玉の生物は子猫だった! ……なんて事実だったらどうしよう、と一瞬奈留は考える。そして、そのエースの考えはゆかりの同調を呼び込むのには他愛もない物だったようだ。必死に同調している辺り、似たようなことで嫌な目にあったのではないか? と奈留がつい邪推してしまうほどである。
「子猫かどうかはわからないけど、絶対可愛いモノよね! もし子猫だったら本当に可愛いというか!」
「まふまふもふもふしたいわね」
「うんうん、わかる! 私も一匹飼いたいくらい!」
……レキも同調した。やはり、捜索している契約者たちの間では可愛いモノという認識が高いようである。
「猫ならここにもいるアルよ?」
「……ゆる族のはこれはこれで」
エースの猫好きっぷりはかなりのものらしく、他のメンバーとの子猫談議に花を咲かせながら捜索を再開してしまったようだ。
敵に襲われる危険もあるが、あの人たちなら大丈夫だろうと判断し、ジョニスと奈留は別のグループの様子を見にいくのであった。
次のグループの様子を見にいくと、なにやらンガイ・ウッド(んがい・うっど)が五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)たちに要求を立てているところであった。
「――奴との勝負の前に、如何に我がもふもふであるか探検部やウォドー……そして他のもふもふしたい奴に思い知らせてやるのである! さぁさぁ我がエージェント、そしてご主人様にネガティブ侍よ! 我をしっかりとブラッシングするのである!」
……なんか立ち会っちゃいけないような場面に遭遇したかもしれない。ジョニスと奈留はそう思いながら、遠巻きにンガイの要求の行方を見守ることにした。
「はいはい、わかったから迷惑かけないようにね」
と、物凄く雑に扱うのはご主人様ことリキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)。リキュカリアはランドサーペントの襲撃に備え、見張りに立っているようだ。
「騒がしいぞ、物の怪」
ネガティブ侍こと上杉 三郎景虎(うえすぎ・さぶろうかげとら)はンガイの要求を一蹴。ンガイの扱いの全てをリキュカリアに任せるつもりらしい。
「そうかそうかシロ、最高のもふり具合で勝負したいわけだね。うんうん、シロとケサランパサランが並んだらきっとどっちも可愛いんだろうなぁ。ああでも、毛玉違いには気を付けないとね」
二人が要求を蹴る中、東雲だけは要求に応じ、ンガイのブラッシングを始める。どうやら東雲はかなりのもふリストっぽく、もふもふしている(らしい)ンガイをブラッシングしている表情は実に楽しげだ。すぐ近くには遺跡突入前に奈留から借りたファンデーションが置かれている。
「……何とか丸く収まったみたい。――あ、翠たち無事だったんだ……よかった」
要求の結末を見届けたジョニスと奈留が東雲たちの元へ行こうとしたその時、別方向の区画から及川 翠(おいかわ・みどり)、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)、徳永 瑠璃(とくなが・るり)、ティナ・ファインタック(てぃな・ふぁいんたっく)の四人が先行捜索を終わらせてこちらへと戻ってきたところだった。翠たちは陣頭指揮を執っているミリアの要望で、《聖邪龍ケイオスブレードドラゴン》に乗って一足先にこの遺跡へと向かっていたので、奈留はその安否を心配していたのだ。
「奈留さん、私たちは大丈夫なの。でも、ちょっと捜索に手間取りそうだったからみんなを待っていたの」
「手間取りそう……? それ、どういうことかな」
捜索に手間取る、と聞いてジョニスは問いを投げかける。確かに、ふわふわ毛玉生物の姿や痕跡がまったく見受けられないこと、ランドサーペントの幼体がちょくちょく襲いかかってくること以外には捜索に手間取りそうな要素はないように思える。
「ついさっきいる場所が判明したのでHCで連絡しようとしたんですが、探検部のみなさんの姿を見かけましたので先に報告しようと思いまして」
瑠璃がそう説明するのを皮切りに、四人は先行捜索の結果を報告することにする。どうやら、遠目で見かけて急いで駆け寄ったからか、わずかに息を切らしている。
――報告によれば、翠と瑠璃が『超感覚』で周囲を警戒しながら《アル君人形ストラップ》と中心とした道具も駆使して毛玉の捜索に当たっていたらしい。その中で一番気合を入れていたのはミリアとティナの二人。特にミリアはもふもふしたものを捜索するのに特化した『もふもふ察知』なるものを習得しており、それを使ってふわふわ毛玉生物を探していたという。
しかし、捜索当初は他の人と同じで察知することはままならなかったらしい。とはいえ、少なくともかなりの広さはあるであろう陸の孤島遺跡群での捜索を続けるうちに、とある所からもふもふ反応を得ることができた、とのこと。
「ということは……ふわふわ毛玉の生物は実在する!」
誰も実物を見たことはないが、噂が噂を呼び存在のみが囁かれていたふわふわ毛玉生物。だが、実在するというのがわかった以上さっそく捕獲せねばなるまい。
ジョニスもこの事実には興奮を覚えざるをえない。目を輝かせながら、話の続きを聞こうとしたその時――!
「っ……!? ジョニス、何かしら今の高笑い」
遺跡群に響き渡る『フハハハ!』という高笑い。どうやら、何者かが拡声機を使って誰かに話しかけているようだ。周囲が殺気立っている状況ではあまりに愚策とも思える。
ジョニスたちは話を一時中断し、その高笑いの主の元へと急ぐ。そしてそこで待っていたのは……。
――時は少しだけ遡り、別のグループのお話。
きょろきょろと周囲を見渡しながら、ふわふわ毛玉生物を探しているフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)。その身体には『超感覚』によって生えている金狼(自称であり、本来は犬)の耳と尻尾があり、それらを一層全力で動かす勢いでパタパタさせながら、緊張感一切皆無の状態で捜索を続けている。
その後ろを心配そうに見ながら付いていっているのはフレンディスのマスターである吸血鬼、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)。惚れた弱み、とでもいうのだろうか。今回の依頼を聞いたフレンディスが押せ押せムードで依頼参加を迫ってくるものだから、たとえ面倒な場所でも断るわけにはいかず……今回の参加となった。まさに惚れた弱みである。
「おーい、あんま遠くに行くなよー?」
「わかってますー! マスターも早く早くー!」
好奇心旺盛でやや浮かれ足になっているフレンディスをベルクは『行動予測』で制御しながら、フレンディスの捜索に付き合うベルク。フレンディス本人も『超感覚』を始めとした様々な特技を駆使して捜索をおこなっているので、周囲の殺気立った雰囲気は知り得てはいるだろう。
……そんな仲睦まじい様子の二人から少し離れた後方には、ローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)とフルーネ・キャスト(ふるーね・きゃすと)の二人が慎重になりながら歩いていた。というのも……。
「――やれやれ、またあれを仕留めなきゃならないのか。あれ、色々と面倒なんだよなぁ」
ローグが思わずぼやくのも無理はない。ローグは以前、ランドサーペントと交戦したことがあり、その時に得た情報を契約者たちに伝えていた。しかし……。
「“蠱毒這蛇”の異名持ってるから、一匹いたら数十匹はいると思えってのが鉄則。成体はドラゴン並みにでかく、強酸の汗を出す――まではよかったけど、さすがに腕と翼があるだの口から強酸や吸血蛭吐いたりするだのは余計だったか」
実際、それを説明した時の契約者たちの反応はそれぞれであったが、大部分は嘘じゃないの? 的な冷ややかな目で見られていた。後半部分も事実といえば事実なのだが、おそらくローグが相手にしたのは環境の違いによって生まれた亜種だったのかもしれない。先ほどから襲ってくる幼体から想像するに、今回のランドサーペントはおそらくまともなものなのだろう。
「探検部の人たちもよく安請け合いしたよね。ランドサーペントを相手にしたら、服とか絶対溶かされそう」
「いやいや、あれは溶かすどころの騒ぎじゃない。あんなのに巻きつかれたら全身複雑骨折コースだぞ? それに服が溶かされるより早く、全身が酸で焼けただれるだろうが……」
戦った時のことを思い出したのか、思わずため息をついてしまうローグ。フルーネも探検部に対して相当呆れながら先を進んでいると……突如、太陽の光を遮られたかのように周辺が暗くなる。
「……おいおい、急に身体を上げてくるかこいつ。よくもまぁこんな巨体を気づかれずに隠せてたもんだ」
太陽の光を遮った張本人……それは、先ほどローグが説明したとおりドラゴン並みの体長を誇る大きな蛇。全身はじっとりと汗のようなテカりで覆われ、この遺跡群全てが自身の住処であると主張するかのように、その風格は王者たる威厳を保つ巨大な這蛇。その瞳はローグたちとは別のほうを向いているようだが、こちらから襲いかかろうものなら返り討ちに遭いそうな雰囲気ではある。
「とりあえず連絡を入れよう。俺とフルーネだけじゃ太刀打ちできないぞ、この大きさ……!」
ローグはフルーネに目配せをしながらすぐに他の契約者たちへ連絡を入れる。優先的に連絡を入れるのは、このランドサーペントを探しているであろう討伐グループのほうだ。
と、そこへフレンディスとベルクの二人もローグたちに合流した。さすがにすぐ近くでこんな巨体が出てきたのだから緊急事態ともいえよう。
「あ、あれがランドサーペント……! 思ってたよりかなり大きいみたいですけど」
「ああ、ありゃ間違いなく成体だ。幼体とは比べ物にならないぞ! あんなサイズのがまだ数匹いた場合を考えたほうが賢明かもしれないな」
降ってわいてきた緊急事態に、フレンディスも浮かれ気分ではなくなったようだ。慌てて戦闘準備を整えようと思ったその時……すぐ近くの高みから拡声機による大きな声が響き渡っていった――!