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魔の山へ飛べ

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魔の山へ飛べ

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   四

「美しい花たちよ、妖怪たちが暴れた理由に心当たりはないかな?」
 優しげな声音で、エース・ラグランツは足元の花に尋ねた。風が吹き、さわさわと花が揺れる。
 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)にも真田 佐保にも植物の言葉は分からないが、エースの表情が険しくなったことから、話し合いがスムーズに進んでいないことは明らかだった。
「そう、怒らないで。俺は君たちの敵ではないよ。……そう、笑った方がいい。その方が美しい」
 エースの案内で佐保たちがやってきたのは、山の中の開けた場所だった。小さな可愛い花たちが、春の訪れと共に色とりどりに着飾っている。人の手も入らず、妖怪たちも憩いの場所と考えているのか、荒らされた様子はない。
「妖怪たちのテリトリーでここ一年ぐらいに何か変化はなかったかい?――ない? 神さまについては? そうか――え?」
 エースは花の言葉にふむふむと頷いていたが、やがて破顔し、膝を崩すとべったりと座り込んだ。
「エース!」
 エオリアがエースの肩を軽く叩く。「今はすることがあるでしょう」
「ああ、そうか。――残念だけど、仕事があるんだ。またすぐ会いに来るよ。本当だ」
 エースは花の茎をそっと撫で立ち上がると、佐保の元に戻った。
「何か分かったでござるか?」
「とてもいい子だったよ。ちょっと気が立っているみたいだったけど」
「気が立つ? またどうしてです?」
 エオリアの問いに、エースはかぶりを振る。
「本人もよく分からないと言っていた。まあ、人間でも機嫌の悪いときはあるものだろう?」
「植物にもそういうことがあるでござるか」
「そりゃあ、あるとも。花も生きているんだ。感情もある。天気がよければ機嫌がいいし、じめじめすれば機嫌も悪い。もっとも彼女たちには雨も必要だけど、それも長く続けば――」
「エース」
「――ああ、そうだった。分かったことは二つ」
 エースは指を一本立てた。
「一つ。『神さま』は一年前じゃない、ずっと大昔からいたこと」
「昔から? いつ?」
「さあ。かなり昔のようだね。少なくとも、花や木の寿命より遥かに長く。たまたま一年ぐらい前に話題になっただけで、元々その手の話はあったらしい」
「ひょっとして、麓の村で訊けば分かったんじゃないですか?」
「そうだね」
 佐保はしまった、という顔をした。村で聞き込みをすることを考えてもみなかった。
「二つ目は、二〜三ヶ月前――そう、妖怪たちが反乱を起こす少し前に、何者かが何かを持ち込んだと」
「それは誰が何を持ち込んだでござるか?」
 佐保の問いに、エースはさあとかぶりを振った。
「残念ながら、それは分からないんだ。ただ、それを機に妖怪たちの間に殺伐とした空気が漂い始めたらしい」
「ちょっと待ってください。それじゃあ、妖怪たちが反乱を起こしたのは、人間への不満が原因じゃないんですか?」
「どうだろう。だがここ最近、動物たちもやけに気が立っているというし……おや、不思議だね、あの子も同じことを言っていたが」
「その――『何者かが持ち込んだ何か』が原因で妖怪たちが反乱を起こしたとすれば、その『何か』が動物や植物にまで影響を与えるとすれば――」
 ごくり、と佐保の喉が鳴った。
「大変でござる! この山には何も知らない人たちが大勢いるでござるよ!!」


 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)リーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)紫月 睡蓮(しづき・すいれん)の四人は、先日の戦いで顔見知りになった妖狐に話を聞こうと考えた。
「確かこっちだったよな」
 記憶を頼りに、唯斗たちは奥へ奥へと進んでいく。闘気や拳気、殺気の類は極力抑えているが、護衛役のエクスとリーズからはひしひしと「やる気」が伝わってきて、
「……なあ、お前らもう少し大人しくできねぇ?」
「仕方あるまい。警戒しているのだ、これぐらいは我慢しろ」
と、エクスは鉄扇を振り回した。
「ぼーっとしたまま護衛って難しいわね」
 リーズは長剣を見つめ、考え込んだ。唯斗の要望に応えようとはしているらしい。
 その刹那、リーズの表情が一変した。彼女の反応を見て、エクスと睡蓮もそれぞれ武器を構える。
「おいおい……こっちは戦う気は全くないんだぜ? ほら、武器も持ってないだろ?」
 唯斗は両手を高く上げて見せた。その実、「不可視の封斬糸」が指の間を通っている。
 木々の間からのしのしと現れたのは、九本の尾を持つ巨大な狐だった。
「俺たちのこと、忘れたわけじゃないだろ?」
 ぎろり、と九尾は唯斗を睨みつけた。ヤバイ――これは殺気だ。「逃げろ!」
 唯斗の忠告と同時に、彼らを妖狐たちが襲う。敵ではない――そのはずだ――と分かっているだけに、倒すわけにはいかない。エクスは【歴戦の立ち回り】で避けながら鉄扇を叩きつけ、リーズは剣をしまうと、鞘ごと振り回して妖狐たちを倒していった。
「傷つけるなよ!」
「そんなこと言われても!」
 地面に落ちた妖狐は、気絶しているのかぴくりとも動かない。このままでは犠牲が増えるばかりだ。といって、これ以上手を抜けば、自分たちがやられかねない。
「皆さん、伏せてください!!」
 睡蓮の声に、三人は咄嗟に身を屈めた。「祈りの弓」から放たれた矢が、過たず、九尾の額に突き刺さる。
「キャイーン!!」
 犬や狼にも似た叫び声を上げ、九尾がどうと音を立てて倒れた。他の妖狐たちが主人の周りに集い、守るように睡蓮を威嚇した。
「よ……せ」
 九尾は半身を起こしかけたが、力が入らぬのか、すぐに伏せた。
「……うぬらか」
「思い出してくれてホッとした。何で俺たちを襲ってきたんだ?」
 警戒は解かず、手の中で「不可視の封斬糸」を弄りながら唯斗は尋ねた。
「もしかして、背後に別の誰かがいるのか? もしそうなら、俺たちをそいつのところへ案内してくれないか?」
「いいや……」
 九尾は顔を歪ませ、大きな牙を見せた。笑ったのかもしれない。
「今なら、鴉天狗や大鬼たちの気持ちも分かる……我らはうぬら人間が憎い。八つ裂きにしたいほどに」
「そんな……どうして!?」
 九尾はちらりと睡蓮へ視線を向けた。
「理由はない。ただ憎いのだ。だが……うぬらに敵意がないのは承知している。分かってはいても、どうしようもない。ここは人がいるべき場所ではない。去れ――殺されぬ内にな」
 九尾はそう言い捨てると、巨体を起こした。そして唯斗たちに背を向けると、現れたときと同じような足取りで、山奥へと消えて行ったのだった。