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一会→十会 —失われた荒野の都—

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一会→十会 —失われた荒野の都—

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【目覚め】

 薄く瞼が開いていくと青い瞳に自分の姿が映るのに、アレクの緊張していた面持ちが笑顔に変わる。
「Hi」
「……おにいちゃん、おかえりなさい。みんなは?」
「戻ってきたよ、皆元気だ」
 その(ハデスの件はすっかり省いた)言葉にふわりと微笑んだジゼルの未だ夢見心地な身体をゆっくり抱き起こしてやると、様子を遠巻きにしながら見ているフレンディスを手招きする。遺跡の中で吐露していた通りフレンディスは心の底からジゼルを心配していたらしい、アレクの合図に慌てて駆け寄ってきた。
「ジゼルさん! お身体はもう大丈夫なのですか? 苦しい所はございませんか?」
「大丈夫よフレイ、ありがとう。少し気分が悪かっただけだから。
 眠っていたお陰かしら、今はとってもスッキリしてるの」
「……良かったぁ」
 頭の上の耳がふにゃっと垂れるのを横目に見て、アレクは真へ向き直る。
「真、有り難う」
「え、別に俺は何も――」
 日本人らしく反射的に謙遜しようとした真だったが、相手の見た事も無いくらい柔らかい表情に気付いて微笑んで返した。自分では何でも無い事をしたつもりだったが、アレクにとってはそのくらい大事な事だったのだと分かったのだ。
「それでアレクさん、ジゼルさんが倒れた後の事なんだけど――」



「悪かったな。待たせて」
 戻ってきたクローディスの第一声に、ツライッツは首を振って否定し、向こうでリカインとやり取りしている馬宿を示す。
「詳細についてはこちらで調べましたが、状況を判断してくれたのは彼です。
 プラヴダの人達も元々の指示通りとかで避難誘導をしてくれたので……、今はこの周辺一帯に、一般人は居ません。それとこれはあの、ちょっと信じられないんですが……」
「なんだ?」
 ツライッツの歯切れの悪い言葉にクローディスが首を傾げていると、金髪の青年が二人を目指して歩いてくる。クローディスがそれに目を向けるとツライッツが「プラヴダの人ですよ」と、小声で説明してくれた。
「初めましてクローディスさん、プラヴダ中尉ハインリヒ・シュヴァルツェンベルクです」
「あ、ああ。宜しく」
 先に差し出された手をとって握手すると、表情こそ柔らかいが、手に有無を言わせないような力強さがあってクローディスの目に警戒の色が混じった。
「我々の行動が遅く、ご迷惑をお掛けしました。まさか観光地になるだなんて、考えが少し甘かった。もう正直面倒臭くなってきてこの遺跡ごと買い取っちゃいましたよ、ハハハ」
「買い取った? そんな……」
 幾ら掛かると思ってるんだと、青年の冗談を苦笑で飛ばそうとしたクローディスだったが、ハインリヒの方は冗談を言っていない顔だ。
「この辺りって軍の管轄もそうですけど、その他も曖昧なんですね。
 土地の所有者は個人では無いので、然るべきところに学術的価値を説けば電話一本で済んだんですが、露天商や勝手に入場料とってたのはそうはいかなかった。まあ今日此処に居た連中とはもう『話を付けた』んで問題有りません。
 それとツライッツさんに窺った件――盗掘にあったものは、『明日には戻って』きます、もう大丈夫ですよ」
 その言葉に、感謝すべきだ、とは判っていたが、なんとも言えない感覚に曖昧に笑っていると、そんな様子を察して馬宿が小声でクローディスへと耳打ちした。
彼の声には、嘘や偽りといったものは感じられん。彼の言うことは本当であると信じていいだろう
 それが余計にクローディスの表情を微妙にさせたが、それも一瞬のことで、クローディスはにこりと笑みを取り戻す。
「手間をかけてすまない。ありがとう」
 頭を下げたクローディスに、ハインリヒは人好きのする笑顔で答える。
「こちらとしては、これに懲りないでまた任務をお手伝い頂けると幸いです。
 ――さて、と。他に問題はありますか?」
「障害さえなければ、大して時間はかからないと思う」
 私達の腕の見せ所だな、とツライッツ達調査団の面々をクローディスが振り返るのに「それにしても」とハインリヒは口を開いた。
「露天商を見ているに、こういう遺跡関係って結構儲かるんですねぇ……。ルーブルで似たようなもの観た時も、僕はでけぇなとしか思わなかったんだけど」
「そうだな……こういうのは、どうしても心をかき立てられるからだろう」
 ロマンだし、とクローディスは小さく呟いてから続ける。
「日本などでは一年に一回は、特別展示が行われたりするぐらいには、人気だしな」
「調査が終わったら展覧会でもやるといいかもしれないな、『黄金遺跡に封印された少年神官と美しき愛人』とかサブタイトル付けたら儲かりそうだ」
 馬宿の言葉に、三人は吹き出して、遺跡を改めて見上げるのだった。



「――と、纏めると大体こんな感じかなぁ。断片的な言葉ばかりで繋がって無いからかなり曖昧なんだけど」
「だがその言葉だけでジゼルに憑いていた人物は特定出来る」
「うん、その辺は俺も思ってたんだ」
「……という事は、だ。あとは奴に確認をとるだけなんだが――」
 真の話を熱心に聞き入っていたアレクは、傍にきた気配に構わないという風に手を差し出した。
 その手を受け取ってジゼルと、豊美ちゃんらが二人の間に入ってくる。
「あのねお兄ちゃん、私さっき倒れた時に夢をみていたの」
「夢?」
「うん、その事を話したら豊美ちゃんがアレクにも言った方がいいって言うから――」
 豊美ちゃんを見れば、「聞いてあげて下さい」と頷いてみせるので、アレクはジゼルに話すように促した。
「私ね。意識が遠くなって、気付いたら、私じゃない誰かになって大きなお屋敷の中に居たの。
 宙を滑りながらお屋敷の中を行ったりきたりしていて、そしたらその内、『呼んでる』って思って、だから壁を抜けて、あるお部屋に入ったの。それは多分男の子の部屋で、なんだかとても懐かしくて優しい気持ちで、胸の奥がきゅんてしたわ」
「屋敷の中に際立ったものは有ったか? 個人を特定出来るようなものだ。
 紋章か、……写真でもあればベストなんだが」
「…………見たわ。写真があったのよ。うん、思い出した! 銀色の長い髪の女の人で、同じ髪の色の男の子と一緒に並んでいて――。待って、あの男の子って多分……」
「アッシュさんですね」
 豊美ちゃんが問いかけると、ジゼルがその言葉のお陰で確信を持ったように頷く。それは先程の推測の通りだったから、真はもう一度アレクに言った。
「じゃあさっきジゼルさんに憑いていたのは、やっぱりそうなのかな」
「今の所可能性が高いという程度に留めておこう。
 ただ、俺達はバカげた失敗をしていたみたいだな。オーストリア人が関わっている事件をパラミタで調査して解決しようだなんて、随分間抜けな話だったよ」
 舌打ち混じりに言いながら皮肉めいた笑顔を浮かべて、アレクはくるりと豊美ちゃんの方を向くと、ちょっとその辺に誘うような気軽さで、こう吐いてみせた。
「ウィーン行こうぜ」 

担当マスターより

▼担当マスター

菊池五郎

▼マスターコメント

 本シナリオに参加頂いた皆様、読んで下さった皆様、どうも有り難う御座いました。

【逆凪 まこと】
はじめましての方ははじめまして。
そうでない方はまたお会いできまして光栄です。
こういう形で合同させていただくのは初体験なので、ド緊張にあばばばとなりつつ、お二方の背中にのっけてもらってわーわーしつつ、楽しませていただきました。

【東 安曇】
逆凪マスターを背中に乗せて全力疾走しようとしたら早々に転けて、横を猫宮マスターが通り過ぎていきました、東です。
バトルは楽しいですね! 楽しいですね!

と言う訳で次々回、一月発表予定のシナリオはオーストリアはウィーン篇でございます。
パスポートを持った事の無い東の手腕に、どうぞ御期待下さい!

【猫宮 烈】
いやまあ、色々と都合がありまして急ぐ必要があったものですから。
……何が何だかさっぱりだと思いますが、まあだいたいこんな感じです猫宮です(どんな感じだ

東マスターが告知した通り、この次(実際は『聖夜の贈り物』の後)のシナリオは地球、オーストリアを舞台とする予定です。
一つ一つがバラバラになっていたように見える要素が今、絡み合おうとしている……!

……と、壮大な前フリをすると本番で滑ること間違いなしなので、あくまでゆるく行きたいと思います。
では、これにて。次の『一会→十会』でまたお会い出来れば幸いです。