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リアクション
【最奥を目指して・1】
「やはり追いかけて来ないか――」
クローディスが呟くのに後ろを振り返って、アレクは口を開く。
「狙いはこっちじゃなくてもう二つの方なんだろうな。どうせ辿り着けないと思って放置されてる訳か。
Don’t shit with My SFC.(*俺の部下をバカにしてんじゃねぇぞ)」
あの時、クローディスの咄嗟の判断で分かれた契約者達は、遺跡の封印を解除する為にそれぞれ三つの部屋へ向かった。
一つは右の部屋、一つは左の部屋。そして今クローディスが向かっているのは一番奥にある部屋だ。始めに調査していた時は、今目指している部屋――アッシュホテップの棺があった部屋の更に奥――のみが封印されいたようなのだが、アッシュホテップの復活と石盤を持ち出した事で三段階の封印になってしまったらしい。
「元々はあの部屋だけに封印が施されていたみたいなんだが……、
ツライッツの話を聞く限り、今は遺跡の全てが復活したアッシュホテップの支配下にあるんだろう。
右の部屋の石盤と左の部屋の石盤を、ディミトリアスに解読してもらう為に持ち出したのは大失敗だった」
後頭部を掻いているクローディスに、「クローディスさんは悪く有りませんよー」と豊美ちゃんが声をかける。
「封印が解かれてしまったのは仕方ありません。私たちで再び封印を施しましょう。
キアラさんも魔穂香さんもきっと、力を尽くしてくれます」
言って、豊美ちゃんは自身の杖『日本治之矛』を掲げる。すると、これから仲間たちが進むべき道が仄かに照らされていった。
「クローディスさん。この神殿の魔法は元々一人の神官が作ったものではないですか?」
「ああ、アッシュホテップ本人だろう」
『多分』や『恐らく』といった曖昧な言葉を前に置かなかったのは、調査中にクローディスが組み立てていた推論が、皮肉にもアッシュホテップの操るモンスターに追いかけられる事で確信に繋がったからだ。
クローディスの答えに、豊美ちゃんより先にアレクの方が眉を上げて反応する。
「つまりアッシュホテップは自分で作った神殿に閉じ込められてたのか。バッカじゃねえの」
「誘ったのがディミクスナムーンからなのか、アッシュホテップからかは分からないが……」
クローディスから見れば弟と言っても差し支えの無い若者のストレートな物言いに苦笑いをしていると、アレクは吐き捨てついでにこう付け足した。
「前者ならいよいよ悲惨な奴だな。
何時の世も男は女には勝てないという教訓か――」
アレクの方にそのつもりは無いのだろう。だがクローディスがその言葉を聞いていると、どうしても今はディミクスナムーンにその体を奪われた彼と、その恋人のことを思い出してしまう。
物腰はおっとりと、髪から目まで薄灰色をした彼の恋人は、一見して儚げとも思える姿に反して意外に芯は強く、ディミトリアスはいつも頭が上がらないでいた。
「……勝てないのがまた、幸せそうなのがなぁ……」
ディミトリアスの様子を思い出してのセリフだったのだが、余り人のことを言えない気のする何人かが、その言葉に我が身を振り返ったりしたのだった。
そんな折である。
一行の殿からダダダダッと音を立てて近付いてきた気配が、背中の後ろにきて急に止まるのに、アレクはゆっくり振り向いた。
「――カガチ」
「状況からして首獲ってる場合じゃないね?」
「そうだな、残念だ」
モンスターから逃げ切った後に寛げていた軍服の詰まった襟のホックを止め直したアレクに、カガチは改めて状況を問う。アレクを追いかけて遺跡の中に入って、追いついたと思ったら突然「逃げろ」と言われ、訳も分からないまま一緒に走ってきたのだ。冷静になると今自分達が何をしているのかいまいち分かっていなかった。
「でなんかどっかでみたっぽい赤目のは放っておいて、あのディミなんとかさんをなんとかするんだね?」
「その『なんとかする』について詳しく聞きたいな。俺風に言うとなんとかするは――」
アレクは徐に自分の頸動脈の横に指を揃えて並べると、スッと斜めに下ろした。
「――って意味なんだが」
カガチの『なんとかする』がそこまで殺伐とした意味なのか問いながら、アレクは続ける。
「実際に戦う所を見た訳でもないからこれは俺の推測に過ぎないが、ディオン先生は相当に高い魔力を持っている。手を抜いて戦うというのは難しいだろう」
「でも殺したく無いんだね」
カガチが繋いでくれた言葉に、アレクは素直に頷いた。
「ディオン先生は、俺のイルミンスールの恩師だ」
「へー、そうなんだ」
聞き覚えの有る声にそちらを向いて、それが自分が置いてきた友人の一人だと分かってもカガチはケロりとした顔だ。
「あ、瀬島いたの?」
「居たよ! けっこー探したんだからな!」
語気に含めた怒りは、カガチの横に視線がスライドして、首を傾げている無表情の男を捉えた途端諦めに変わった。
(……こいつおにーちゃん(の首)大好きだもんな……)
仕方ないと納得して壮太は、話の輪に入っていった。
「今度は遺跡の調査? 軍人って色々大変なんだな……」
同情めいた声に、アレクは首を横に振る。
「転移事件についてはエリザベート校長に、豊浦宮と一緒に『解決して欲しいですねぇ』って言われてるけどな。これがプラヴダの仕事かと言うと微妙なところだ。
確かに今迄の転移事件は、巫山戯た外見に反して中身はシャレにならないものが多かった。あれから人を守る為だと思えば、俺は幾らでも動くし、隊も動かす。
豊美ちゃんはアッシュの為にも、事件を解決してあげたいと言っている。
まぁ、俺個人としては…………どうだろう、豊美ちゃんと事件に巻き込まれるのもそう悪く無いんだ」
ふっと見せた笑顔を直ぐに消して、アレクは「ただ」と続けた。
「ディオン先生が巻き込まれた事は、良く無い」と、アレクが眉を顰めるのに、壮太は義兄の気持ちに合点がいくのだ。
(おにーちゃん、その先生に世話になったんだな)
だから今の状況が気に食わないのだろうと分かると、壮太は思った。奥に進めば戦闘になるのは確実だろうが、アレクの望むように出来うる限りでディミトリアスを傷つけないようにしたい。
「なんの講義やってる先生なの?」
ふいに何でも無い話を振られて、アレクの固い表情が少し和らいだ。
「簡単に言うと古代魔法と、その歴史だよ。
生徒数が極端に少ない講義だから、多分余り有名な教師では無いな。
始めから少なかったが、ディオン先生は前期分たっぷり使って古代『語』を叩き込んでくる。俺はどちらかというとそれが目当てだったが――」
「古代魔法だけ勉強したい連中はついてけなくなるんだ」
「うん。気付けばどんどん生徒数が減っていって……、そのうち教室に決まって居るのは俺と、もう一人、妹系の小さくて可愛い女の子だけになってたな」
「でも今はわたくしも、ディミトリアス先生の講義を受けている一人よ」
声を上げたのはジェニファ・モルガン(じぇにふぁ・もるがん)だった。彼女はディミトリアスの数少ない生徒の一人として、これが講義の一環だろうかとついてきたのだ。望んでいた講義に何時入るのだろうか、という不満はあるものの、授業そのものの興味が薄れたわけではないし、自分の受けている講義の担当を弁護したい、という思いが口を開かせた、のだが。
「言葉を返すようだけど、閑古鳥講義の教師だって、有名なんだから」
その単語が非常に不名誉なことに、当人は気付いていないのだろう。「姉さん、それはあんまりだ」とマーク・モルガン(まーく・もるがん)の顔に書いてあるし、他の面々も何とも言えない顔をしているがクローディスは吹き出すのを堪えた微妙な顔で「そうか」と口を開いた。
「なんとか、やっていけているようで、何よりだ」
復活を遂げた後、教師になったことは知っているが、余り詳しいことは話そうとしないディミトリアスの現状に、そんな場合ではないが表情を緩ませたクローディスだったが、対して、憤慨に肩を怒らせているのは遠野 歌菜(とおの・かな)だ。
「ディミトリアスさんには、アニューリスさんがいるのに……!」
アニューリスとはディミトリアスの恋人で、彼等兄弟と同じ様に最近まで封じられていた一万年前の巫女である。
あの二人は、長い時を経て漸く再び結ばれることが叶ったばかりなのだ。よりによってそんな彼に憑依して、その口で違う誰かへの愛情を語らせるのは酷すぎるではないか。そんな歌菜の怒りに、月崎 羽純(つきざき・はすみ)も頷いて同意を示した。口には出さないが、その身を襲った災難に、同情を禁じえないでいるようである。
「何とか、助けてやりたい所だな……」
勿論、そう思っているのは彼女達だけではない。
「うーん、繋がらないのだよ」
その内の一人でもあるはずのリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が眉を寄せるのに、ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)はユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)と顔を見合わせた。
「こんな時に、一体誰にかけているんだ、君は?」
ララが問うのに「ディミトリアスを正気に戻すなら、適任者がいるのだよ」と、リリは携帯の画面をずいっと向けた。
「彼の最も恐れるものを突きつけてやれば良いのだよ」
その連絡先に表示された名前に「ああ……」と納得したようにララは頷いた。アニューリスだ。確かにこれ以上の適任者はいないだろうが、ユリはむう、と軽く眉を寄せた。
「2人とも酷いのです。仲の良い恋人同士なのに」
「恋人としても上司としても完全に尻に敷かれてるよ、あれは」
ララの言葉は容赦が無いが、否定する言葉も見つからなかったようでユリは沈黙した。その間も、リリはなんとか携帯が繋がらないか試してはいるのだが、電波が遠いというより封印の影響だろう、なかなか繋がる気配が無い。
「ダメなのですか?」
ユリが言うのに、リリは「いや」と首を振った。
「繋がりにくい原因は他にあるかもしれないのだ……それさえ判れば」
ぶつぶつと言いながら諦めずチャレンジを繰り返すリリを最後尾に、一行は奥を目指すのだった。
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