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一会→十会 —失われた荒野の都—

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一会→十会 —失われた荒野の都—

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【亡者の部屋】


 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)の指先に生じた朱の魔力が、通路に据え付けられていた松明を朱く灯す。
「松明が使える状態で保存されていたのは幸運だった。備品を無断で借用したことについては、後で詫びを入れておかないとな」
 呟いて、もう片方の手に同様に魔力を滾らせ、投げるように振る。通路の両脇が煌々と照らされ、電気が点いていた時よりもより『遺跡』らしくなっていた。
「よし、これで視界は確保できた。次は状況の整理だな」
 グラキエスが口にすれば、端末に目を走らせていたウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)が進み出、判明した状況を説明し始める。
「この先と反対側の通路の先に、石盤を設置する部屋があるようだ。まず2つの部屋で石盤を設置し魔法を発動、しかる後に移籍中心部の部屋で同様に石盤を設置し魔力を注ぎ込むことで遺跡からは脱出できる。だが部屋に向かうにはマミーやスカラベといった敵が点在し、中心部にはディミクスナムーンとアッシュホテップが待ち構えているだろう」
「アッシュホテップ……またアッシュに似た誰かなのか。まだ『生きている』遺跡の探索ができると思って楽しみにしていたが、やはりこういうことになるのか。
 ディミクスナムーンは確か、ディミトリアスの身体に憑依しているのだったな?」
 グラキエスの問いに、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)がその通りでございます、と答える。グラキエスがふむ、と頷いて方針を示す前に、ウルディカが口を挟む。
「エンドロア、氏を追うのは止めろ。災難に遭っているからこそ顔見知りに関わりたくない時もある。
 遺跡の調査をしたいのだろう? 此方の方が消耗の程度は予測できる、ここにいろ」
 発言の意図は、ディミトリアスの心境を慮ったのと、ディミクスナムーンとアッシュホテップという不安定要素を相手にするよりはマミーという分かりやすい相手をした方が、グラキエスの状態を把握しやすいというものであった。
「……ふむ、そういうのもある、か。
 彼を追いかけている者は他にも居ると聞く。彼のことは彼らに任せ、俺達は此方を片付けよう」
「承知しました。グラキエス様は仕上げの時まで、お休みになっていてください。準備は私めが」
 グラキエスの方針をエルデネストが受け入れ、一行に先行してフラワシを呼び出すと、それらを偵察に用い敵の位置を予測する。ほどなく、通路の先に合わせて十数体ほどの、全身包帯姿で彷徨う人型の化物、マミーが見つかった。動きは鈍重そうに見え、いかにも燃えやすそうな姿をしている。
「そうですね、まとめて燃え尽きていただきましょうか。では、このように」
 頭の中で思い描いた光景を実現するべく、エルデネストは両手に魔力を生成すると、壁に沿わせるように放つ。放たれた魔力は壁の終わり際から次の壁までを氷の壁で埋めていき、結果としてマミー達を一本の通路に押し込める形になった。
 そこで敵の襲撃に気付いたマミーが一斉に、エルデネストを見る。包帯の奥から覗く瞳は、何の光も灯していない。
「ふふ、今更気づいた所で既に遅い。お前達は逃れられぬ死に囚われたのだ」
 あくまで優雅な笑みを返して、エルデネストは前方に強力な氷の壁を生成し、後退する。
「遊んでいるように見えるが、これが最も効率的か、ヴァッサゴー」
 向けられるマミーの攻撃を受け止める壁を強化しつつ、ウルディカが呟く。複数に点在しているマミーを一つ一つ相手した所で自分達が負けることはなさそうだが、戦闘時間が伸びればそれだけグラキエスに負担を強いる。一回の戦闘でマミーを全滅させられるならそれに越したことはなく、今エルデネストが取った方法はまさにそれを可能とした。
「エンドロア、行け。無駄は許さない、一発で仕留めろよ」
「ああ、心得ている」
 頃合いを見計らい、ウルディカが退く。氷の壁の向こう、マミー達を貫かんとグラキエスが銃を構え、高めた魔力を乗せて放つ。弾はまず氷の壁を砕き、そして通路に立つマミーを尽く貫いて、爆発に近い炎上を引き起こさせる。松明の炎よりも数倍朱々とした炎が吹き上がり、それでもマミー達はしばらく歩いていたがやがて力尽き、崩折れていった。


「……魔穂香、これは……やばいよね」
「ええ、とても厳しい状況ね。もしこのまま遺跡を出られなかったら……」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)馬口 魔穂香が深刻な表情を浮かべていた。喉を鳴らす音がやけに大きく響き、そして――。

「またボスを倒すために張り付かなきゃいけなくなるわ!
 なんなのよこのネトゲ! 3日引き篭もったって大丈夫な自信があった私の心を散々に打ち砕いてくれたわ!」

「新作のネトゲも100時間連続プレイして「もうやることが無くなったわ」って言ったあの魔穂香が「もうディスプレイの前に座りたくない」って言っちゃうんだよ!? よっぽどだよね!」

 猫に向かって土下座している少女が映っている端末をぶんぶんと振って、魔穂香が嘆きの声を挙げる。
「はぁ……なんだかシリアスモード入ったと思ったら、そんなことッスか」
「……六兵衛、魔穂香が今やってるネトゲって、そんなにハードなの?」
 苦笑するコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)に尋ねられ、肩の上に居た馬口 六兵衛が答える。
「魔穂香さんは「まあ、ネトゲに疲れた時の気休めよ」って言ってたッスけどね。最近のネトゲにありがちな廃課金仕様じゃない所がウケたらしくてやりこんでたッスけど、「レベル99の46サンチ砲×2、電探、三式弾装備の戦艦がフラ重にワンパン大破ってなんなのよー!!」って叫びがしょっちゅう聞こえてたッス。魔穂香さんがネトゲで苦しんでるのって見たことないッスよ」
「……よく分からないけど、よっぽどなんだね。
 とにかく、ここから出られないのは問題だ。確か魔穂香が持ってる石盤を、部屋に持っていくんだよね?」
「そうッス。豊美ちゃんとギャル姉ちゃんが同じく石盤を持って向かってるッス。まあ、二人のことは大丈夫ッスから、僕たちも急ぐッス」
「うん、そうだね。……美羽、魔穂香、そろそろ行こう?」
 コハクが促せば、端末をしまい代わりに石盤を持った魔穂香と美羽がそれぞれ『魔法少女リリカル魔穂香』『魔法少女マジカル美羽』に変身する。
「行こう! マミーなんてサクっとオーバーキルだよ!」
「そうね、この怒りはそいつらにぶつけてやるわ」
 頷き合い、先行する美羽と魔穂香の背中を、コハクと六兵衛が半分頼もしい、半分マミーへの哀れみの表情を浮かべながら付いて行く。

「……えっと、オルフェ、閉じ込められちゃったです?」
 その頃、遺跡を歩いていたオルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)は自分が置かれた状況を理解し、さてどうしようか、と思案していた。
(早くおうちに帰りたいのです。こたつでぬくぬくしたいのです〜)
 冬の時期、尽く人をその身に取り込んで離さない魔物の如き家具の魅惑に囚われかけていたオルフェリアを、トントン、と肩を叩く何かが現実に引き戻す。
「あ、はい、なんです?」
 くる、と振り返ったオルフェリアの視界に映ったのは、包帯。その包帯の一部がギギギ、と動いてまるでやぁ、と言いたげなポーズを取った。

「い〜〜〜や〜〜〜あ〜〜〜!!」

 突然そんなことをされた衝撃で、オルフェリアが奇声をあげながら通路を一目散に走り出す。だが振り切る前にマミーの飛ばした包帯が絡みつき、オルフェリアをコマのように思い切り回す。

「あ〜〜〜れ〜〜〜え〜〜〜!!」

 悪な代官に回される娘のごとく回されたオルフェリアがふらふらとその場にへたり込み、マミーがゆっくりと近づいていく。顔の包帯が解かれ、おぞましい顔があらわになった所で、額にドス、と煌めく矢が撃ち込まれる。
「ふふ〜ん、ねえ魔穂香、どう、私の弓! これで合体必殺技なんてカッコいいと思わない?」
「合体必殺技……いいわね、素敵な響きだわ」
「あの〜、盛り上がってる所悪いッスけど、倒れている人、介抱してあげたらどうッスか?」
「……ダメみたいだね。六兵衛、お願いできる? 僕はあのマミーが復活しないように燃やしておくから」
 マミーを倒した美羽と魔穂香が必殺技について語り合っているのを横目に、六兵衛が目を回しているオルフェリアを介抱し、コハクはまだ微かに動いているマミーへ油をかけ、マッチで火を点けた。
「……ん……」
「お、起きたッスね。大丈夫ッスか?」
 しばらくしてオルフェリアが目を覚まし、まず六兵衛を見、次いで自分を見る者たちを順に視界に入れる。
「……ふぁ……おはようなのです。……あ? えっと、もしかして、魔穂香さんなのです?」
「えっ? えっと、そうだけど――」
 魔穂香が答えるや否や、オルフェリアが起き上がって魔穂香の手を取り、会えた喜びを全身で表現する。
「あわ、あわわ! あのほとんど出てこない事で有名なレアキャラさんの魔穂香さんがここに居るのです!! サイン下さいなのです!」
「あはは、言われてみれば確かにそうかも。レアキャラ好きな魔穂香が実はレアキャラでした!」
「わ、私ってそんな目で見られてたの? ……うーん、そう言われると微妙ね……これからは魔法少女のお仕事、ちゃんとやろうかな……
 ブンブンと腕を振られながら、これからのことを思う魔穂香であった。

「……えっと、遺跡の石碑の封印が全部できればなんとかなるかもです?」
「ええ、そう。私が持っている石盤と、豊美ちゃんとキアラさんが持っている石盤の魔法を発動させれば、遺跡から出られるみたい。
 私達はこれから石盤を設置する部屋へ向かう所だったの」
 魔穂香から状況を説明されたオルフェリアが、分かりました、と頷いて立ち上がり、背中からお玉を取り出す。
「コハクさん、あれどこから出てきたッスかね」
「多分、光条兵器じゃないかな。そんな事言ったら魔穂香だってどこからあのどでかい銃出してるのさ」
「……仰る通りッス」

 ゴニョゴニョと話す六兵衛とコハクの前方で、オルフェリアが自信満々といった表情をする。
「じゃあじゃあ、オルフェお手伝いするですよ〜♪
 ふっふっふ、さぁ虫さんでもゾンビさんでもかかってこいですよ? オルフェのお玉さんが火を吹くのですー!」
「あ、ありがとう。……だ、大丈夫かな
「大丈夫、じゃないかな……多分」
 お玉を掲げるオルフェリアを、心配そうな目で見る魔穂香と美羽であった。

 ……それから一行は、道中を難なく進み(途中、やけに焦げ臭い箇所があり、そこで多くのマミーが燃やされたことを知った)、やがて一辺が数十メートルはありそうな広々とした部屋に辿り着く。
 そこの中心やや奥よりに石盤を設置するであろう台座があり、そして周りには無数の棺が縦置きの状態で置かれていた。
「……あからさま過ぎて感激ッスね」
「分かりやすくていいんじゃないかな。僕と六兵衛でマミーのトドメを担当するから、魔穂香は石盤を、美羽とオルフェリアはマミーの相手をお願い」
 コハクの言葉に魔穂香と美羽、オルフェリアが頷き、行動を開始する。
「えっと、これでいいのよね?」
 魔穂香が石盤を設置すれば、石盤が光り出しそれは台座を伝って地面をひび割れのように走り、置かれていた棺に飛び込む。直後、棺の蓋を蹴破ってマミーが現れ、封印を解除した魔穂香を標的に包帯を飛ばしてくる。
「もう、同じ手は食わないのですよ〜!」
 オルフェリアが掌に生み出した火種に、フッ、と息を吹きかけ爆炎を生じさせる。炎に炙られた包帯は焼け落ち、マミーのいくつかにも火が付いて瞬く間に全身に広がった。
「六兵衛、これ、しっかり持っててね」
「へ? 何をするッスかコハクさ――」
 六兵衛にランタンを持たせたコハクが、居並ぶマミーと平行にダッシュする。その間に撒かれた油に火が付き、同様にマミーの包帯を燃やしてしまう。
「六兵衛、大丈夫?」
「……危うく舌噛んで死ぬ所だったッス」
 げっそりとした顔で、六兵衛がコハクに非難の目を向ける。……残ったマミーは10体ほどであり、これなら難なく美羽と魔穂香で片がつく、と思われたのだが。

『おや? マミーの ようすが……』

 どこからかそんなメッセージが流れてきたような気がした途端、残ったマミーが一所に集まると、解けた包帯が一つの巨大なマミーを作り出す。
「が、合体したッスー!?」
「すごいね、流石に迫力ある」
「お、落ち着いてる場合なのです!? ちょっと大き過ぎるのですよ〜!」
 オルフェリアの指摘通り、合体したマミーはそれまでの人型サイズからイコンサイズにまで巨大化しており、相手をするのも容易ではなさそうに思われた。

「魔穂香、今だよ! 今こそ合体必殺技だよ!」
「そうね、美羽。行きましょう、私達の必殺技を!」

 しかし美羽と魔穂香はこの時を待っていたと言わんばかりに、それぞれの武器を構え、狙いを定める。

「「『マジカル・デュエット』!!」」

 声と共に放たれた魔穂香の弾に、美羽の矢が刺さりくっついた格好で、巨大マミーの身体を貫いて炸裂する。一部に穴を開けられたもののまだまだ平気と言いたげな巨大マミーは、しかし次の瞬間大量の同じような弾矢を浴びて無数の穴を開けられ、うず高く積まれた布切れと化した。
「ふぅ。こんな所かしらね」
「決まったね!」
 ハイタッチで喜び合う美羽と魔穂香を、コハクと六兵衛はなんとなく予想していたような顔で見守り、オルフェリアは素直に感動した表情を浮かべていた。

「魔法は無事、発動したのかな?」
「そう、だと思うわ。マミーもあらかた倒したし、目的は達せられたわね」
 ぼんやりと光る石盤を確認して、一行は中心部へと足を向けた。