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一会→十会――絆を断たれた契約者――

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一会→十会――絆を断たれた契約者――

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【異世界採石場: 外へ!】


「めー!」
 分厚い木の扉へスヴェントヴィトが穴を空けると、向こう側には数体の亜人が残されてしまっていた。
「運の良い奴らだ!」
 奴等が顔を庇っていた両腕を開け放った瞬間、ウルディカが地面の石土をすくい目潰しする。
 それでも全てがその攻撃を喰らった訳では無かったが、横で某黒光りする虫のようにカサカサと動いていた葵が気になって仕方が無い。
「あー! なんなんだ貴様はうざグアッ!
 言葉は最後迄言い切る事無く、羽純のツルハシによって断末魔に変わる。
 亜人は後ろから無限にわくように押し寄せていたが、ナオやリカインなどは契約者たる力を行使していたから、苦戦する様子は無い。
(歌が内側から湧いてくる。
 そう、これが私の本当の力――!
 …………そういえば、あの白いぱんつの持ち主にして妹でもありアレ君のセクハラ相手の……誰だっけ?
 ワールドメーカーをも凌ぐ凄まじい歌の使い手だったはずなんだけどな……)
 リカインは違和感と共にアレクの隣の空間を見つめていた。
 彼の隣には、何時も彼女が居た筈なのだ。
 そんな折に、羽純が中央で声を上げる。
「皆、囲まれない様に気をつけろ!」
 扉の先は開けた場所になっていた。

「歌が聞こえる」と言ってからのアレクは止まらなかった。
「あの歌は……あの声は、俺の妹の声だ。
 俺の金髪碧眼巨乳で優しくて純粋で料理上手でちょっぴり嫉妬深い可愛い嫁が俺を呼んでるんだよ!」
 と続いて言った時には、遂に気が狂ったのかと思ったが、道が幾つに分かれようと、どれだけの亜人が押し寄せようと、彼は迷い無く先へ進んで行く。
 そうして歌に導かれる彼に続いて、契約者達は此処迄辿り着いたのだ。
「ここ行き止まりだよ?」
 真が不安そうに振り返るが、豊美ちゃんは首を横に振る。
「いいえ、ここであっています」
 彼女の黒い瞳に、強い光りが宿っていた。
 元々彼女は契約者では無い。
 だから此処迄来た事で、記憶の殆どを取り戻していたのだ。
「私達を縛っているのはあの鎖です」
 豊美ちゃんが天井近くの巨大な岩に絡み付いていた鎖を指差し言った。
「あれを斬って下さい!」
 豊美ちゃんはそう言って、陣の持っていた剣へ手をかざした。
 刀身が豊美ちゃんの魔法光に桃色に輝くと、陣はそれをアレクへ投げる。
 陣のはっきりした記憶にあるのは、彼が剣を扱い戦う事が多かったというものだ。
(何時も剣を――いや、刀を使っていたのはあいつだ!)
「アレク行け!」
 陣に背中を押されて、アレクは岩を踏みグンとバネのように飛び上がり、鎖を斬り上げる。
 闇の魔法と豊美ちゃんの聖なる魔力がぶつかり合い、耐えきれなくなった剣が砕け散りぱらぱらと落ちて行く。
 それらの全てが地面に落ちた時、彼等の目の前に別の空間が広がった。
 そこは採石場のようであるが、この暗く冷たかった場所とは全く異なっている。
 契約者達が戸惑っている間、向こう側から声が響いた。

「皆!!」
 空間から白い手が伸びた。歌っていたあの声が、皆を呼んでいる。
 次いで、別の手が次々とこちらへ伸ばされてきた。
「こっちです、早く!」
 馬宿、スヴェトラーナ、トゥリンがミリツァの能力により空間が開く場所へやってきていたのだ。
 契約者達がパラミタへ戻って行く中、ジゼルの手をとったアレクと豊美ちゃんのところへミリツァが駆け寄ってきた。
「此方側の戦いで、ゴズの魔法は相当弱まっている。
 お陰でミリツァも皆の出てくる場所が特定出来たのだわ。
 奴等は皆此方側の契約者を相手にする事で、私達の動きに気付いていないようよ」
「今がチャンス、ですね」
 豊美ちゃんが言うと、馬宿が強く頷いた。
「この先にハインリヒが率いる分隊も此方側にきている。
 皆、動けるか?」
 馬宿の問いに、契約者達は不敵な笑みを返した。
「ったり前だろ!
 大事な事を忘れさせられていたこの借りは、万倍にして返してやる!」
 唯斗の言葉に、馬宿はふっと微笑み踵を返した。




陽乃光一貫――!

 凛とした声が響き、戦場を貫く桃色の魔力光に亜人の軍団が文字通り“消滅”した。
「な、何ぃ!? ……しまった、杖の魔法が!?」
 慌てた表情を浮かべたゴズが自分の持っていた杖を見る。一見変わりないように見えたが、何となく放つ光がくすんでいた。
「忌々しい奴らめ……契約者の絆は、消えたのではなかったのか?」
「こんな事くらいで、私とコハクの絆が消えるわけ無いじゃないの!」
 戸惑うゴズの呟きに返しつつ、一瞬の隙を付いて飛び込んできた美羽がゴズの持っていた杖を自慢の脚で蹴り飛ばした。
「アッシュ!」
 声の先、ゴズと対戦していたアッシュは飛んできた杖をキャッチしようと手を伸ばし――直後、険しい顔を見せたかと思うと炎を生み出し杖を舞い上げる。上空で杖は大きな爆発を生じて塵と消えてしまった。
「ごめんなさい美羽。杖には『ゴズの手を離れた場合、爆弾として作用する』作用がかけられていたみたいだ。
 ……このような対策をされていた、
 ということは、ゴズ、お前はその程度の信頼しかヴァルデマールから得られてい無かったということだ」
 アッシュの指摘に、ゴズは分かりやすい程に狼狽した様子を見せた。その間にも契約者は異空間から脱出を果たし、戦場を席巻し始める。ここから先は契約者の一方的な展開、そう思われた矢先――。
「――ガアアアアアアアア!! 許さん、許さんぞ貴様らアアアアア!!」
 ゴズの激昂と共に、それまで怯えた様子を見せていた亜人たちがビクン、と身体を一旦震わせたかと思うと、次の瞬間にはまるで狂したように咆哮をあげ、契約者を手当たり次第に攻撃し始めた。
(これも魔法か? ……いや、これはゴズと亜人たちの特性とでも言うべきか)
 おそらく死ぬまで戦わされ続けるであろう亜人に一握りの憐憫を、それを命じたゴズに激しい怒りを抱きつつ、アッシュは突っ込む愚を犯さず踵を返し態勢を整えんとする。


「歌菜ぁああッ!」
 呼ぶ声に弾かれたようにそちらを見た歌菜は、本来の彼女を急速に取り戻した。
 今直ぐにでも彼に駆け寄りたいが、そんな時では無いと深い呼吸をして、溢れる涙をふく。
 この戦いが終われば、彼の胸へ飛び込む事が出来るのだと思うと、手にも力が篭った。

「お帰り、真くん。その様子だと……まずはお風呂かな? なんてねっ」
 異世界から脱出を果たし、京子と再会した真はその姿に驚いた様子を見せたが、すぐに自分の姿に気付いて恥じるように視線を落とした。
「燕尾服の真くんも素敵だけど、今の真くんも……素敵かも」
「か、からかわないでよ京子ちゃん」
 狼狽える真にふふ、と京子が笑い――、二人の逢瀬を邪魔しようとした不届き者に金色の矢が突き刺さり絶命させる。
「でも京子ちゃんもその姿……格好良いと思うな」
「そう? ふふ、ありがと。これも悪くないかなって、今は思えるんだ」
 微笑んだ京子の背後で、闇の魔球が炸裂し巻き込まれた亜人が潰れて消えた。
「ふふふ、ふははははははは!! 主等、よくもまぁ要らぬ事をしてくれたのぉ?」
 唯斗と再会したことで記憶と力を取り戻した(ついでに今までの自分の振る舞いも忘れていなかった)エクスがこちらも狂しているんじゃないか? と思わしげな(もちろん実際はそんな事ない)笑みを浮かべて力を行使していた。
「まったく、余計なことを思い出させおって……」
 ちら、と視線を唯斗に向ければ、同じように鬱憤を晴らしている姿が見えた。だがエクスはそこに、ほんの少しだけ普段と違うな、という点を見つける。
(まあ……奴も奴で色々あるだろうて)
 それを詮索するなどという野暮は、するつもりはなかった。今はただ再会出来たことを力として、目の前の敵を粉砕するのみ。
「即刻、この場で潰れて果てよ!」
 両の手に生み出した魔球を、向かってくる亜人の軍勢へ放つ――。


「むむむ、手強いですね……ですがまだまだ、倒れるわけにはいきません! 姫子さんが力を貸してくれているんですから!」
 亜人の猛攻を、傷を負いつつ姫星が迎撃する。姫子が彼女のために送った力は――姫子はあえて分からないようにしていたが、姫星にはバッチリバレていた――彼女に普段以上の力を与えていた。
「受けろ必殺のぉぉーー! プリンセッセスターハリケーン! チェストォォーーー!!」
 姫星自身が回転することで生み出された刃の台風に、亜人たちが切り刻まれながら巻き上げられていった。そうして視界の先に豊美ちゃんとアレクの姿を認めた姫星は喜びを露わにしつつも、敵の様子が一変したことをその場に居た者たちに伝える。
「このままでは皆さんがボロボロになってしまいます、どうしたら良いでしょう?」
 契約者の全員がそうとは言わないが、少なくとも姫星は血で血を洗うような戦いをするつもりはなかった。しかし敵の亜人は今やリミッターを外され、身体が完全に崩壊するまで戦わされることを強制されている。下手に戦いを続ければ被害は免れないし、何より気分が悪い。その場に居る者みな、そういった気分が分かっていたから、次の言葉を紡ぐのを躊躇していた。
「……私に、やらせてください」
 その声――豊美ちゃんが発した言葉に、一行の止まっていた時間が動き出す。そこに疑問や否定の言葉は生まれない、ただあったのは豊美ちゃんが馬宿とアレクに視線を向けたのと、視線を向けられた馬宿とアレクが一瞬視線を交わしたことのみ。
「アッシュ、ここに居る者たちを凍結から護ってくれ」
「分かった」
 馬宿の指示を受けたアッシュは疑問を挟むこと無く、頼まれたことを可能にする魔法を一行の周囲に張り巡らせる。同時にアレクの意図を汲み取ったハインリヒがニコライとドミトリーに命じ、二人は了解の言葉の直後弾けたように飛び出していった。
「アレクさん、ジゼルさん、お二人の力を私に、貸してください」
 豊美ちゃんに改まってぺこり、と頭を下げられ、ジゼルも口を挟む事無く意志を持った瞳で協力を約束する。
「豊美ちゃん、何か貸したら返ってくるのが当たり前だけど、今回は――」
「はいー、また皆さんで一緒に、お出かけしましょうー」
 戯けた様子で言うのに豊美ちゃんが笑顔で答えると、アレクはジゼルの唇に指先で触れる。
「ジゼル、歌え」
 命令の瞬間、音響兵器セイレーンの背中から構造色の羽根が広がり光りに青く煌めいた。
 彼女はスッ、と息を吸い、歌を紡ぐ。
 それを始まりの合図として、作戦が開始される――。