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リアクション
【異世界採石場: 一か八か】
採石場は当然舗装されていない土と砂利の混じる道な上、明かりはランプが点々とあるだけで、非常に視界が悪い。
それでも彼等の運が良かったのは、監察官達が、身体と心の抵抗力を失った契約者達が、こうして反旗を翻すだなどと思っていなかった事だろう。
武器は、そこかしこにあったのだ。
「うおわああああああああ!!」
ナオが石を詰めたバケツを振り回す。
彼は小柄であるが、遠心力があるため力はそれ程必要無いし、勢いをつけようと雄叫びを上げている為、監察官が怯みかけた。
「な……!」
と言っている間に、リカインが拳で敵の頭を横から殴りつける。
「…………え、私なんで…………?」
亜人を拳ひとつで沈ませたリカイン自身が、握りしめた手を信じられないという顔で見つめている。
彼女は元々歌を歌い、己で肉体を行使するのを戦闘スタイルとしていたので、思わず先に拳が出たのだろう。
否、彼女の本来の性格故かもしれないが。
「リカインさん、大丈夫です! そのままでいいんです!」
豊美ちゃんが後ろから叫ぶのに、リカインは弾かれた様に正面を見て止めていた足を進めた。
「え、えーい!」
ミシェルが勇気を振り絞り、バケツを目の前に迫った亜人の頭に被せると、銀が棒切れ――壊れたシャベルの柄が運良く落ちていたのを、見つけて拾ったのだ――を武器にして、その亜人の心臓部に突き刺した。
亜人の心臓は上手い事人間と同じ場所にあってくれた為、一撃で絶命する。こうして急所を狙い続けていれば、体力を温存出来るだろうと銀は考える。
「出来れば罠を仕掛けたいが……」
ロープを張って――などと考えてみるが、契約者達は走り続けているため、そう上手くは行かない。
(……しかし、どうにも調子が出ない。俺には戦う理由がないからだ。守らなければ、とは思う。
だが、誰を?)
走る銀は思わず呟いた。
「俺は、誰のために戦っているんだ? 何のために生きているんだ?」
声を聞いたミシェルが振り返る。
視線が絡み合い、何かがかちりと合わさるような、そんな気がした。
と、そのとき契約者達の前に、二つの道が現れた。
右からも左からも敵はくる。
契約者達が目指すのは――何故かそれが正しいと思われた――採石場の上なのだが、もし此処で判断を誤れば、行き止まりに辿り着いてしまうかもしれない。
「陣!」
「無理だ戻れねぇ!」
声を受け取り、アレクは立ち止まり考える。
その間は、葵が――敢えて詳しくは言わないが大変トリッキーな動きで、足止めをしてくれていた。
「きゃあ!」
悲鳴に気付いて亜人に襲われていた結の前に低い姿勢で割り入り、鉄の棒で両足を横薙ぎにし転ばせる。亜人が落とした剣を空中でキャッチし殿の陣へ投げていると、さゆみがアレクが引倒した亜人に向かってツルハシを振り上げていた。
「死ねえッ!」
脳天めがけて情けも容赦も無く振り下ろせば、生暖かい血が身体にびしゃびしゃと降りつける。
その人間よりも黒い色を見下ろした瞬間、さゆみの中でふつりと何かが切れた。
「……ふ……、ぅ…………きゃああああああッ!!!」
叫び声を上げ、ツルハシを出鱈目なぐらいに振り回し行使する。彼女が通る場所には、幾人もの亜人の死骸が転がった。
それは仲間すら息を呑む凄惨な光景だったが、足を止めている状況ではこれ以上無く力強い味方だ。
ナオは彼女の進路をサポートするように、石を投げて敵を怯ませる。
「アレクさん、どうするんですか?」
「誰かどっちか分かるか?」
アレクが亜人の首を蹴り真を見ると、真は飛んできたその亜人を類希な筋力まかせでシャベルで横殴りに反対側の壁に叩き付ける。
「分からないよ、俺もこの辺で仕事したことないんだ」
皆が首を振る中、結が「あの……」と怖ず怖ず声を漏らし、それからすうと息を吸って皆に聞こえるように言った。
「右です! 私、一度ここへ着た事が有るんです。
左は監察官の方の部屋に続いていて、そこに集めた石を持って行く筈だったんですけど、そのとき間違えて右に行っちゃって……
右の先には階段が有りました!
多分…………いいえ、間違えありません!」
彼女の言葉が終わると同時に、契約者達は早速そちらへ動きだした。
暫く進むと確かに結の云う通り、階段があったのだ。
昇って行く度に、咽の奥へ通る空気が優しく澄んでいく。
自分達は今、外を目指している。感情だけだったそれが確信へと変わっている。
真は思った。
(『外』か……なんだろう、近づくたびに誰かの姿が思い出されていく)
黒い長い髪の男……あれは自分の親友だ。
それに愛らしい顔の栗色の髪の……彼女もそうだ。
そして、真にとって何より大切なご主人様が。
「あれは、あの人は――」
「吊り橋です!」
真の考えを斬り裂いたのは、唯斗が上げた声だった。
階段を昇り切って暫くするとそこは崖になっていた。
今、契約者達の進路にあるのは、細く頼りない老朽化した木の吊り橋で、無事に皆が辿り着けるかどうかも怪しいところだ。
だが――、
「私が先に行きます」
と、手を上げたのは豊美ちゃんだった。
豊美ちゃんは身体が小さい分、体重はこの中で一番軽いだろうから、確かに彼女が行くのがいいだろう。皆は息を止めて彼女を見守った。
一歩、また一歩。
慎重になるには時間が足りず、早足で進む豊美ちゃん。
真ん中へ行くと、何と彼女は左右のロープを両手で掴み、ぴょんぴょんと飛び跳ねたのだ!
「大丈夫です! 安心して進んで下さい」
勇気ある彼女の行動に、皆は安心して続いて行く。
が、豊美ちゃんが振り返ったとき、彼女の目の前に亜人の手が迫った。
「先へは行かせぬぞ!」
振り下ろそうとした手は、コハクのシャベルによって弾かれた。
後ろから走ってきた彼は、なんと豊美ちゃんを飛び越えたようだ。
「邪魔よ、私達は先へ行くの! そして外の世界で陣と結ばれるんだから!」
ユピリアが鉱石のつまった袋を亜人の腹に叩き付けると、彼女の馬鹿力に亜人は吹っ飛んで崖の底へと落ちて行く。
「……ふぅ。
さっき羽純に渡されたのよ。か弱い私でも、振り回せば中々の力になるのね。
それにこの鉱石、もし高価なものだったら、私達の結婚資金に出来るでしょう?」
服の中からぽろりと石が落ちる。あんなものを抱えていられるなんて――
「ユピリアてめぇ、何処が『か弱い』だよ!」
陣が突っ込みを入れるのに、ユピリアはうふふと満足そうに笑う。
二人は気付かぬうちに、互いの名を呼び合っていた。
陣たちの近くでは、セレンフィリティが亜人の攻撃をシャベルを面にして弾き、同じ様にパートナーを呼ぶ。
「セレアナお願い」
「OK!」
セレアナは飛び、亜人踵を脳天に落とした。
「ナイス!」
セレンフィリティの賞賛にハイファイブをしたセレアナは、一時的なペア――と言うだけでは無い何かを、セレンフィリティに感じていた。
(セレンと私。
以前、どこかで会ったような……)
考え込む彼女の隣で、色花もまた考えていた。
(そうです、確か私はあの時、あの人を助けたんです。
気まぐれだったのか分かりませんが、怪我を負っていたから放って置けなくて……。
それでよく分からないまま、あの人と契約する事になって――
『契約を……するんですか? 私と? どうしてです?』
あの人の名前が出かかっているのに思い出せません。
ここから出れば思い出せるかもしれません)
「……あの時、あの人は何て答えたのでしょうか?」
そしてきっと答えは、もうすぐ目の前にあるのだ。
契約者達は皆、徐々にパートナーとの絆を取り戻し始めていた。
「この鉱石……」
ベルクはユピリアの服から落ちた鉱石を拾い上げ、天井へ向かってかざしてみる。
彼の中にあった魔術の知識が、溢れ出そうとしていた。
「…………とりあえずパクッとくか」
懐にしまう間、ジブリールが走ってきた。もう皆吊り橋を渡り切っている。
「オレで最後だよ! これで、全員……」
息を切らせたジブリールが振り返ると、亜人の軍団が押し合いながら吊り橋を渡り始めた。
我先にと行動しようとした為、崩れかけていた橋はあっという間に底が抜けて、奈落の底へ消えてしまう。
「やりましたね!」
結が豊美ちゃんと両手を握り合って跳ねていると、アレクが向こう側の大きな石の影で、ピンク色の髪が揺らめいているのに気付いて、崩れた橋へ近付いていった。
「ミルディア!」
亜人達が迫ってきた事で、一時的に隠れていた彼女は逃げ遅れてしまったのだ。
しかし橋の中腹は既になく、仲間達の方へ渡る事も出来ない。
「皆、先に行って。
私なんかいたって、足を引っ張るだけだもん……」
肩を落とし、無理矢理笑顔を作る彼女に、皆は首を横に振った。
「駄目です、誰も置いていきません!」
豊美ちゃんが叫ぶが、もうミルディアの背中の後ろに、新たな亜人達が押し寄せるのが見える。
と、その時。アレクが走り出した。
橋のかろうじて残っているいる部分の一番前まで行き、ロープを掴んでミルディアに手を伸ばす。
「来い!」
「みんなで一緒に脱出しましょう!」
ナオも向こうから叫んでいる。
「無理だよ! そんなところまで行ける訳ないよ!」
「あんたは跳べる筈だ!」
アレクは何を根拠に言っているのだろうか。
もう考える暇は無い。後ろから来る亜人達に捕まるか。アレクの言う通りに跳んで、崖の下に落ちるか。一か八か。
「無理…………だけど…………」
ミルディアは呟いた。
「無理も突っ切れば道理が引っ込むって…………!」
背中に伸びた無数の手を振り切り、全速力、持てる力を全開にしてミルディアは走り、跳躍した。
仲間が息を呑み、亜人達は呆気に取られる。
永遠のような刹那の瞬間の次には、ミルディアは向こう側まで辿り着き、無事アレクに抱きとめられていたのだ。
「……あたし、出来たんだ。
そうだよ。あたしの身体は、陸上でつくられたんだもん。
こんな簡単な事、出来ない訳ないんだよ!」
心臓はバクバクと音を立てているが、これは嬉しさからくる興奮だった。
ミルディアは彼女を取り戻したのだ。彼女の笑顔に頷いて、アレクは言った。
「歌が聞こえないか?」
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