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リアクション
【異世界採石場: 心に灯る光り】
「アレクさんと同じです……。
わたしも、『外』にとても大切な人がいる気がするんです!」
堂島 結(どうじま・ゆい)が白いぱんつを握りしめたアレクが皆を説き伏せようとするのに、感動した様に彼の手を取る。
暫しの沈黙の後――
「ぱんつで思い出すんじゃねーっ!」
陣が採石場全てに響く程、とんでもなく大きな声を上げた。
皆の注目を集めて、殆ど反射的に行動していた陣はハッと我に返る。陣がこの砕石場でアレクとまともに会話した事は、皆無と言って良い筈だが――
「そうだ……俺はこいつに何度もツッコンだ気がする」
「俺もアレク以上のボケと毎日戦っていたような気もする!
……ここを出て手がかり掴めりゃいいが」
ベルクが陣に頷いた。
違和感は無かった。このような行動も、アレクの発言も、それに続いた豊美ちゃんも、何もかもだ。
『外へ』
この採石場は、絶対に出る事が出来ない彼等の牢獄。今迄の暮らしを考えればアレクの提案は突拍子も無く思えたが、大切な人が居る筈。という部分に覚えがあったからだ。
『大切な人』という言葉を聞いて、契約者は胸の中に俄に暖かい光りが灯るのを感じていた。
それは自虐めいた行動で、精神をすり減らしていたさゆみも同様であったようだ。
彼女が行為に耽る度に、時折脳裏に誰か――きっと自分に近しい人なのだろう――の姿が浮き上がっていた。それが誰だか分からないというのが、苛立ちや焦りを加速させていたのだが、今はっきりと分かった気がしたのだ。
(あれが私の……大切な人!
此処から出れば、あの人に――)
「あの人に会う!」
さゆみはそう声にはっきりと出して、アレクの顔を見上げる。
「アレク、私もあなたに賛成するわ。
少なくとも……こんな場所でこき使われるよりはマシよ」
そうだろうと同意を促すような笑顔を見せるさゆみに、仲間達は降って湧いたこの突然の状況が、何故か正しく感じられた。
そして此方の方が正しいのだと一瞬でも思えば、それが定石となったのである。
「とにかくこんな場所から脱出するっていうのには賛成だ」と、陣が言えば、
「ええ、ここを逃げ出して、今度こそ幸せになりましょう!」と、ユピリアが彼を恋の沼地へどっぷり引きずり込もう!というような、うっとりとした瞳で見つめる。
陣はササッとアレクの影に隠れた。
今突っ込んだりしたら、話しが進まない……否、彼女は拒否の言葉を聞かない気がしたのだ。
「此処の生活も案外悪くないけど、僕が此処にいる理由も無いし――
脱出っていうのも愉しそうだ、乗った!」
葵は軽く二つ返事だ。
「『絶対助けにいくから……』誰かがそう言ってくれた……。
きっと助けに来てくれる。
それなら、俺だって動かないと!」
ナオもそう言って立ち上がる。
「なんだかしっくり来ないこともあるし……此処から出られたならその答えが見つかるかもしれない」
相田 なぶら(あいだ・なぶら)は口に出したその瞬間、あらゆる思いが蘇ってくるのを感じる。
(俺は……そう、勇者をずっと目指してたんだ……
でも、どうして勇者を目指していたのか、勇者になって、何をしたいのか……)
その部分は相変わらず全く思い出せないが、自分にも『大切な人』が待っている事だけは確信がある。
「そう、誰か守りたい人がいたんだ……大切な……誰かが……」
なぶらの言葉に反応して、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が指の付け根に触れた。
この指環になんの意味があるのか、何故大事なのか分からないが、沸き上がる感情はあるのだ。
それは月崎 羽純(つきざき・はすみ)も同様であった。
彼の左手にもまた指環がある。採石場の絶望的な暮らしの中でこれによって滓かに感じられていたのは、「俺には大事な存在があった」という事実だった。
羽純はアレクの背中を見つめていた。
彼の中にはまだ滓かなそれだったが、アレクたちの言葉には説得力が有る。彼らにはきっと、何かが見えているのだ。
(アレクについていけば、この不可解な感情に応えが出る気がする)
「それで俺は、その…………」
皆がそれぞれ堰を切ったように喋り出す中、独り言を吐き出していたなぶらは、それ以上霧は晴れない事が分かると、頭をぶるぶると振って叫んだ。
「えぇい、もやもやする! 考えるのは一旦やめやめ!!
今は脱出を最優先だ、そうすれば自ずと答えは見えてくるだろう」
「あたしは、指示されればできるかもしれないけど…………。
皆が決めてくれる?
だってあたしが自分で判断していいわけがないんだよ。そうに決まってる……」
ミルディアが皆の勢いに気圧されちらりちらりと見上げそう言うと、唯斗も流される同意する。
「この広大な採石場から逃げられるかなんて、分からない。
でも、やってみなくちゃ逃げられない……
皆が行くなら、俺も行こう、かな……
きっとこの『外』で、大切な人が自分を待っているはずだから」
今迄唯斗は何度もふと心に浮かぶ人影を感じていたのだ。彼等、いや、彼女達が誰なのかは分からないが――
(絶対にこの人達を泣かせちゃいけない……そんな気がします……)
皆が準備を始める中、ミシェルも立ち上がり小さく呟いた。
「こんな怖いところから、早く逃げなくちゃ。
……何でこんなに怖いんだろ。あの人が一緒にいてくれたら怖くないのに」
口に出して気付いた。(…………あれ、あの人って、誰?)という違和感に。
「今まで私の隣にいてくれたのは、守ってくれたのは……誰?」
彼女の言葉を捉えた銀が、そちらを振り返る。
(ああ、あの長身の女は外に出るつもりなのか……だったら一緒に行かなければ。
……理由は、わからないが)
彼女の事は絶対に守らなければならないと、銀は覚悟を決め、頷くのだった。
皆のやり取りがなされている時、なぶらは腕を組んでウンウンと唸っている。
「問題はどうやって脱出するかだよね
こっちは殆ど丸腰だし、なるべく見つからないよう行動するのがいいんだろうけど……」
と、そこで豊美ちゃんが声を上げた。
「アレクさん、先程の大砲の音……? 陣さんの突っ込みの声? えっと、どちらかで、亜人達に気付かれたみたいです。
足音が沢山……、追っ手がきています!」
その言葉に、なぶらはカラッとした笑顔で皆へサムズアップしてみせた。
「まぁ、基本は逃げの一手だよねっ」と。
亜人の監察官はもうきている。
自分達は此処を脱出したい。
武器は無いが、退路もない。選択肢はこれしかないのだ。
「体力が少ないものと戦えないものは中に入れ」
此処から先の道は酷く狭い。横に二列になるのがやっとな場所が殆どだ。
アレクの指示に、豊美ちゃんがミルディアや結達を自分と同じ様に真ん中に集めだす。
「おい、俺達も行くぜ」
「グラキエス――」
ベルクに手を引かれたグラキエスは、ウルディカに介助され一番層の厚いところへ放り込まれた。
吐血する程衰弱しているグラキエスが、追手から逃れて脱出をするのは難しいように思われる。が、このまま此処に居ても彼は死んでしまう。
「チャンスがあるなら、その方がいいだろう。
しかし……、あのアレクと言う男、度々踏まれそうになったり実際踏まれた気もするが、その度何かを思い出す。
……戻らなければ!
俺は、会いたい誰かが――」
ウルディカの淡々とした呟きを、グラキエスは聞いていた。彼はもう此処に残る気は無いのだろう。
(ウルディカは血を吐いて倒れたり、動けなくなった俺を何度も庇って介抱してくれた。
その度に咎めを受けても止めなかった。
ベルクも何くれとなく気にしてくれた、足手纏いにはなりたくない)
自分が此処に残れば、彼等が助かる確立は上がるだろう。
(だが俺が諦めれば、ウルディカの思いを無下にする)
グラキエスはぐっと足に力を込めた。今迄助けてくれた彼等の為にも、自分は必ず助からねばならない。
(ああ、こんな時、俺は何時も助けられていた)
そう、誰かがグラキエスを何時も助けてくれていた。ウルディカはここにいる。
(では誰が。
俺は誰に助けられていた?)
ぼんやりし始めた自分の顔を覗き込んでいたウルディカに気付いて、グラキエスはふっと息を吐いた。
「グラキエス、ベルクの側に。奴は不思議と信頼出来る。
大丈夫だ。脱出迄、俺が守り通す」
「若いオレが代わりに働いてでも体力温存して貰わないとね」
彼らの近くで、ジブリールがぎゅっと拳を握る。仲間は皆良い人ばかりだ。自分の出来る限りで彼等の助けになって――、ジブリールは皆で脱出したいのだ。
「セレアナ、ペアを組みましょう。
私ね、実は時折輪郭のぼやけたシルエットが、頭の中に微かに浮かんでは消える事があったのよ。
人の形をしているように見えたわ。
それが誰なのかは分からないけれど、その人影を見る度に胸がひどく締め付けられる様な、それでいて心が休まるような気持ちになったの。
その人に会うために今こうして生きているのだとすれば――」
セレンフィリティは呟き、セレアナを見つめた。
「私はここから出なければ」
「ええ、セレン。
あなたの背中は、私が守るわ」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が差し出した手を、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はぐっと握り返した。
元々はパートナー関係にある彼女達だが、皆と同じ様にその記憶は消えていた。
彼女たちを結んだのは、奴隷として扱われた契約者達が、満足に食事を与えられなかったことが原因だった。
ある日、腹ぺこだったセレンフィリティは、豊美ちゃんの側で飛び回るものを見つけた。
丸を二つくっつけたような団子のようなフォルム。
「めー」と鳴くあの声。
「……食べたい」
あれはきっと、美味しいものだ。
それからセレンフィリティは虎視眈々とスヴェントヴィトを狙い続け、ある日遂に計画は実行された。
「めえぇえぇぇッ!」
採石場に情けない鳴き声が響く。
スヴェントヴィトの尻をがぶりと咥えたセレンフィリティに、豊美ちゃんはバケツを取り落として、どうしようどうしようと兄姉を探している。
「あ、あの、駄目です、止めて下さい、その子は食べ物じゃないんです!」
二人が見当たらないとなると、遂に豊美ちゃんは勇気を振り絞りセレンフィリティを止めにかかるが、腹を空かせた彼女はもう既に暴走状態に有り、毛玉をもぐもぐと咀嚼するばかりだ。
幾ら山羊の声で鳴こうと、あれは兵器なんだから食える訳が無いのだが、今の彼女達にはそれが分からない。
「あああ、どうしたら……!」
豊美ちゃんが半泣きになっていた時、セレンフィリティを止めたのが、セレアナだったのだ。
その出来事が切っ掛けとなり、二人はあっという間に仲良くなった。
仕事の時も、そうでない時も。契約者達が間柄を深めるのをよく思わない監察官の目を盗んで、ペアを組み助け合っていたのだ。
だから逃げ出す時も、勿論一緒だ。
「俺は後方に回ろう。
どこに何がいるか分かりゃしねぇんだ。
後ろを守る奴だって必要だろ、な? アレク」
「頼む、陣」
互いに名前を知らない筈の二人が、名を呼び合い戦い慣れた簡素な会話をするのに、最早違和感を持つものは誰も居ない。
真っ先に動いた陣は、(道を切り開くのはアレクがやるだろう)とさえ思っていた。
「必ず外に出る。
ただし! 結婚なんざ絶対しねぇからな!!」
陣は取り敢えず先にそう宣言しておいた。ユピリアの視線が飛んできた気がするが、今は本当に突っ込みは止めておこう。
そうやって陣が移動する間、アレクがスヴェントヴィトが破壊した鉄格子の柔い部分を蹴飛ばして鉄棒になったそれを武器にと拾い上げた。
「行くぞ」
皆を振り返ったアレクが、採石場での何時もの穏やかな笑顔ではなく表情の無い顔で先導する。
こうして契約者達は、先陣をきるアレクに続いて雪崩のように飛び出して行のに、真はあわあわと両手を宙に泳がせている。
「ちょっと、仕事を放棄して……って皆乗り気!?」
皆の前に立ったり、視線を合わせたりしても、確固たる意志を持った仲間達は止まらない。
「カワイイ顔のキミ、いい身体してるじゃない☆
一緒に行こうよ」
葵に鼻先を弾かれて真は真っ赤になったが、葵はもうどんどん先へ言ってしまった為、否定の言葉は投げる様に大きくなってしまう。
「可愛い顔って言わないで気にしてるんだからっ!
……あーもうここのご主人様に怒られても知らないからな!」
叫んでみて、真は初めて此処で自分の言葉に違和感を持った。
「ご主人様?
……引っかかる、なんだろう……外に出れば俺もそれが分かるのかな?」
俯いて考える真に、列の最後でこれから外に出ようというところの陣が、背中を叩いた。
「なに、アレクに任せとけば大丈夫だ」
「アレ君の言葉は嘘じゃない」
リカインも続く。
なんでそんな風に言えるのかと首を傾げる真に、陣とリカインは顔を見合わせた。
「……なんでだろうな? そう言いきれるほど信頼している自分がいるってくらいなんだが」
「理由は分からない……というかあんまり分かりたくないけど、そう確信できるのよ」
「ああ、他にも信頼できる奴らばかりだと思える。
アンタの事もな!」
二人の笑顔を見せられた瞬間、後ろから雷のような怒号が響いた。
「貴様等何してやがるッッ!!」
「監察官が――!」
陣が構えようとした時、迫っていた監察官が、何かに顔を減り込ませて後ろへ倒れた。
真が鉱石を投擲し、顔面にヒットさせたのだ。
「とりあえず他の鉱石も投擲に使えそうだから持っていくか!」
呆気に取られる陣に丸い目で見つめられながら、真は素早く上着を脱いで腰に結び付け、バラバラ落ちた石をその中に入れる。
「なんでそんなもん持って…………」
「うん? 幾つか俺が鍛えるために使ってたものだけど……
……あれ? そういえば何で俺この状況でさらに鍛えようとしてたんだ?」
「…………何でだろうな。
とにかく次がきてやがる」
「うん、行こう!」
真と陣が走り出した。
こうして契約者は全て、鉄格子の外へ出て行ったのだ。
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