校長室
賑やかな秋の祭り
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夜。 「お待たせしました……シリウスさん」 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)の前に平行世界のミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)いやミルザム・バイナリスタが現れた。 「急に誘って悪かったな。あいつら大概唐突なもんでさ。まぁ、一度会ってみたいとは思ってたし」 シリウスは双子の突然の思いつきによる祭りに一度断りを入れた。なぜなら目の前のミルザムはイルミンスールの上映会の映像で見た地球人で百合園女学院の踊り子で相棒と共に各地を冒険する者。 「それは私もです。二人に色々聞いて会ってみたいと……改めましてミルザム・バイナリスタです。前は本当に大変でしたね」 ミルザム・バイナリスタは縛るものが無い者特有の明るい笑みで名乗った。自分の世界のシリウスと相棒がこちらで活躍した事情を聞いている模様。 「あぁ、シリウス・バイナリスタだ。あの時は二人のおかげで何とかなったよ」 シリウスは過ぎ去ったあの騒ぎを振り返りながらカラカラと笑う。騒ぎが終わった今はすっかり笑い話。 「大変でしたね……それにしても本当にそっくりですね。姓は違うんですね。彼女はツァンダですから」 ミルザム・バイナリスタは改めて目の前のシリウスをまじまじと頭から足の爪先まで舐めるように見て瓜二つぶりを感じた。彼女の世界のシリウスは守護天使でディーヴァのシリウス・ツァンダとしてこちらのミルザムのように知事をしているのだ。ただ強い意思で職に就いた訳では無く流されるままという事で卑屈で愚痴っぽかったりする。つまりこちらと平行世界の二人の種族やら経歴やらが入れ替わっているのだ。 「あぁ、こっちではミルザムの姓だけどな……そういや、これ、お前はできないよな?」 そう言うなりシリウスは超国家神態に『変身!』してみせた。 「出来ませんよ! 凄いです!」 ミルザム・バイナリスタは驚き、拍手を送った。彼女にも素養はあれど超国家神というのはイレギュラーな存在のため無理なのだ。 「……ところでリーブラとも、まだ一緒なんだよな?」 シリウスは以前見た冒険する二人の映像を頭に浮かべながら訊ねた。 「えぇ、一緒ですよ。各地を冒険して回って、つい最近も……」 ミルザム・バイナリスタが話を続けようとした所で 「赤黄色に黄金色♪ いらっしゃい。秋の味覚沢山ですよ?」 というお菓子を販売する詩穂の声が耳に入り、ミルザム・バイナリスタの興味はそちらに向かった。 「……焼き芋にパンプキングラタンに焼きリンゴのチーズタルトですか。どれも美味しそうですね」 ミルザム・バイナリスタは並ぶ温かな秋の味覚に目を彷徨わせ迷い中。 「夜ですから温かい食べ物でほっこりして貰いたくて……お持ち帰り用にジャムも揃えてますよ〜」 詩穂は素敵な営業スマイルで温かな食べ物をお客様に紹介。 「林檎、梨、葡萄……秋の果物を瓶詰めしたジャムですよ」 隣のアイシャは様々な秋の味覚のジャムを勧める。 「チーズタルトをお願いします。後、お土産に林檎と梨のジャムをお願いします」 ミルザム・バイナリスタは相棒とシリウス・ツァンダのためにお土産を購入。 「この食べやすそうなスティックを頼む。オレも今日の土産話のついでに二人に林檎と葡萄ジャムを」 シリウスは食べやすくカットされたスイートポテトとこちらのミルザム達に今日の事を伝えるついでに土産を送ろうと考えジャムを購入した。 それぞれ商品を渡してから 「ありがとうございます!」 詩穂とアイシャはお客様にぺこりと頭を下げて見送った。 食べ物購入後。 「先程の話の続きですが、つい最近も……」 ミルザム・バイナリスタはチーズタルトを食べ歩きながら最近の冒険譚を愉快そうに話した。 「そんな事があったのか。前からなんとなくそんな気はしてたんだけどさ。そちら側は少しこっちより平和なんだな……というか、初めてなのに色々聞いて悪いな」 シリウスはスティックを食べる手を止めて立て続けの質問に断りを入れた。ミルザム・バイナリスタの冒険譚からこちらと違って幾らか平和である事を感じ取ったのだ。 「いいえ、私も楽しいので大歓迎ですよ。実は会った時から気になっていたのですが、こちらにも私と彼女がいると聞きましたが、今日は祭りには来てはいないのですか?」 ミルザム・バイナリスタは連続の質問は気にしていないが、知っている存在が一人足りない事が気になっていた。 途端 「残念だけど来てない。というか、今はオレ一人かな。色々あってリーブラたちとは離れて暮らしてる」 シリウスは軽く溜息を吐き、スイートポテトを口に放り込んだ。 「……色々」 様子から何か深刻なものを感じたミルザム・バイナリスタはしまったという顔になっていた。聞いた話と違っていた上にこちらのシリウスに会えば一緒にいるであろう相棒にも会えるのではと。 「こっちのミルザムは知事で忙しいし、リーブラはシャンバラ宮殿勤めだし、サビクも色々あって別れて……ともかく今は完全に一人みたいな。というか、このオレも百合園の教師で忙しいし」 シリウスはあの騒ぎ以来進んだ状況を明かした。就職で離れたり決戦の後に色々あったりして一人となるも仕事で忙し現在を。 「……教師ですか。という事は先生とか呼ばれてるんですか……でもこっちのシリウスさんを頑張らせたと言っていましたから……意外ではないかもですね」 ミルザム・バイナリスタは思わず頓狂な声を上げたが、聞いた話を思い出してか納得していたり。 「まぁ、呼ばれてるも何も教師だからな……というか、向こうではどんな話をしたんだ? あっちは変わらず忙しいのか?」 シリウスは肩をすくめるものの、納得の仕方を見てあの二人がどう伝えたのかとか向こうの自分が気になったり。 「外見は一緒だけど中身が自分と違うとか何とか、シリウスさんは相変わらず知事の仕事で忙しいみたいで会いたいと思っているのですが、なかなか会えなくて電話でやり取りをするくらいで……でも教師も大変じゃないですか?」 ミルザム・バイナリスタは伝えられた事は適当に誤魔化してシリウス・ツァンダの忙しい様子を簡単に言ってから話を戻した。 「あぁ、学生並みに遊べると思いきやこれが大変でさ。でもまぁ、やり甲斐はあるよ。ただ……あそこにでも座るか」 進路理由がまさに休みが沢山あるだろうでシリウスは想定外の忙しさに大変な思いをしているが、悪くは思っていないらしく表情は嫌そうではなかった。お節介焼きだからだろう。 「そうですね。丁度、お茶も販売しているみたいですし、お菓子に合うかもですよ」 ミルザム・バイナリスタは食べかけのチーズタルトを一瞥してから賛成した。 二人は揃って茶色を基調として秋の飾りが付いた屋台に向かった。 「いらっしゃいませ」 迦耶はほわんとした笑顔でシリウス達を迎えた。 「あきいっぱいのフルーツハーブティーとおかしにあうハーブティーだよ。ホットとアイスどっちがいい?」 ペイジが元気な笑顔で可愛らしく品を紹介。小さくとも頑張っている。 「ハーブティーのホットでお願いします」 「フルーツハーブティーのホットで頼む」 ミルザム・バイナリスタとシリウスはそれぞれ注文。 「すぐにご用意しますので少々お待ち下さい」 注文を聞くやいなや迦耶は丁寧な作業でお茶の準備に入った。 その間にシリウス達は疲れた人用に用意された椅子に腰掛けた。 「……綺麗ですねぇ。オレンジ色の光に包まれて」 「そうだな」 ミルザム・バイナリスタとシリウスは改めて秋色に包まれた光景に目を向けた。先程は話をするのに夢中になっていたから。 ここで 「どうぞ」 ペイジが二人の品を持って登場。 「あぁ、ありがとう」 「ありがとうございます」 茶を受け取ったシリウスとミルザム・バイナリスタは喉を潤してから 「美味しいですねぇ。飲みやすくて疲れが癒されます」 「こっちは柿は紅葉や梨は銀杏の形で……葡萄とか林檎とか無花果とか色々入っていてなかなかいける」 ほわぁと一息吐くミルザム・バイナリスタとシリウス。 そして 「さっきの続きだけど、たださ、心はきちんと繋がってるけど……やっぱりちょっと羨ましいと思ってさ」 シリウスが中断していた話を再開させた。寂しげな光を一瞬だけ瞳に横切らせて。 「……」 ミルザム・バイナリスタは静かに耳を傾けている。 「ほら、隣にいるといないとじゃ違うだろ?」 シリウスはカラカラと笑って先程の横切った寂しさを隠してしまう。思い出すのは賑やかに仲間と過ごしていた時の事。一人で見る世界と誰かと一緒に見る世界はやっぱり違うから。人生は流れる川の如く止まる事が無いから昔を思い出してもどうにもならないと分かっていても。 「……そうですね。というか、想像出来ません。リーブラさんと離れて別々の道を歩むという事が。もしかしたらそういう事もあるかもしれませんが」 ミルザム・バイナリスタはしんみりとカップの水面に目を落とした。楽しく冒険する今は別々の道を行くという事が想像出来ない。可能性としてはあると分かっていても。 「……悪かったな、何かしんみりしちまって。ちょっと話をしたい気分だったんだ。相棒の事大切にしてやってくれよ。後、向こうのオレにもお前なら大丈夫だって伝えてくれ」 シリウスは忘れてはいけないと伝言を先に伝えた。向こうの相棒と自分に。 「絶対に伝えます」 ミルザム・バイナリスタは力強くうなずいた。おそらく言われるまでもなくここでの出来事は二人に伝えていただろうが。 シリウスはぐぃっと残った茶を一気に飲み干してから 「歌も賑やかだし踊りに行こうか? こっちのオレも、けっこうやるんだぜ?」 悪戯っ子のように踊りに誘った。 「それは楽しみです。折角ですから、ここは貸衣装屋もしているみたいなので衣装替えをして踊りませんか?」 ミルザム・バイナリスタも急いでお茶を飲み干してから誘いを受けるも貸衣装を扱っている事を知るや提案をした。 「いいかもな。何せ今日は祭りだ」 シリウスが賛成した所で二人は衣装を借りるために移動し 「衣装ですか、いらっしゃいませ。色は紅葉をイメージした赤系の物、銀杏をイメージした黄色系の物、落ち着いた茶色系と緑系の物を用意しています。ストールや靴や帽子もありますよ。単品のみも可能です」 迦耶の丁寧な説明を受けた。 「なかなか良さそうだな」 「素敵ですね」 シリウスとミルザム・バイナリスタはそれぞれ気に入った衣装と装飾をチョイスし、着替えをしてから 「衣装も整った事だし、行くか?」 「えぇ、存分に楽しみましょう」 シリウスとミルザム・バイナリスタは踊りに加わった。 交わる事のない二人は交わったこの瞬間を舞う事で存分に楽しんだ。