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第一試合

――第一試合で行われるのは一般的なリングを用いたハードコアマッチ。
 暗くなった会場内で、選手入場の花道に火柱が立ち上ると、今か今かと待ち受けていた観客からわっと歓声が湧く。
 まず現れたのは佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)とセコンドの佐野 悠里(さの・ゆうり)だ。
 ルーシェリアは【天使の白衣】を纏い、更に【レティ・インジェクター】を担いで現れた為一見すると看護師のように見える。【レティ・インジェクター】が凶悪すぎるが。
「頭を治してほしい人はこれで一発ですぅ!」
 リングへ上がった【レティ・インジェクター】を構え、ルーシェリアが観客にアピールする。一部の、恐らくナースフェチがその仕草に何やらクる物があったらしく、観客席から「……ふぅ」と溜息が所々漏れている。
 観客へのアピールを終えると、ルーシェリアは【天使の白衣】を脱ぎ、【レティ・インジェクター】と一緒に場外の悠里に渡す。白衣の下はリングコスチュームであった。観客席から先程とは違う「……はぁ」というため息が所々漏れる。少々落胆気味であった。
 ルーシェリアが渡し終えると、再度会場が暗くなる。程なくして、会場中に響き渡りそうな「ヒャッハー!」という叫び声が、天井の方から聞こえた。
 観客が首を上げると、そこには闇の中を光何かが上空を疾走していた。
 それは【バーストダッシュ】で空を駆けるマイト・オーバーウェルム(まいと・おーばーうぇるむ)であった。
 勢いそのままにリングに着地するマイト。その姿を見て、観客からは息を呑む。
 マイトが身に纏っているのは、見ると炎をイメージするコスチュームであった。その中で最も観客を驚かせたのはマントが着いた肩当てである。
 肩当てが、実際に燃えていたのである。 上空を光っていたのはこれが原因なのだろう。
 今の所マントには燃え移っていないが、勢いよく燃え盛る炎を見ると時間の問題になりそうである。
「俺こそはマイト・オーバーウェルム! どこからどこでもだれでも何人でもかかってきやがれぇい! 全て受けてやるぜぇヒャッハー!」
 マイトはそう叫ぶと、肩当てを脱ぎ捨て場外に放り投げる。するとマントにまで火が移り、あっという間に全体が燃え出してしまう。
 燃え盛るコスチュームを着ておきながら、全く気にも留めないその姿に、観客からは「あいつ色んな意味で只者じゃない」というような空気が漂い始める。
 両者が対峙し、ゴングが鳴り響いた。

 試合が始まり、マイトとルーシェリアは互いに距離を取り、出方を伺う。
 最初に動いたのはルーシェリアだった。ルーシェリアが手四つを誘うと、マイトが笑みを浮かべて倣う。
 手四つの力比べでは、マイトとルーシェリアだと男性のマイトの方が分がある。そうと解っていながら力比べを誘ってきたルーシェリアにマイトは思わず笑みが漏れたのである。
 互いの手が伸び、指が触れそうな距離。ルーシェリアは一歩踏み出し距離を詰めると、マイトの顔面にナックルパートを叩きこむ。
 ジャブのような速度の速いナックルを二発、三発叩き込むとマイトの身体がよろけと、ルーシェリアはその場でのショートレンジクローズラインを放つ。
 マイトはそれを胸を張って受けるが、勢い余ってロープまで後退り身体を預ける。それを逃がすまいとルーシェリアが後を追う。
「いいぜいいぜぇ! こういう技のぶつかり合いは嫌いじゃないぜぇ!」
 ロープの反動を利用し、向かってくるルーシェリアにマイトは肩から身体ごとぶつかっていく。
 衝撃でロープまで後退したルーシェリアも、反動を利用してのクローズライン。再度マイトはそれを胸で受けると、後退りしつつロープに体を預け、勢いをつけて腕を伸ばす。
「お返しだぜヒャッハー!」
 身体ごとぶち当たるようなマイトのクローズラインに、ルーシェリアは吹き飛ばされるようにダウンする。だがすぐに起き上がる様を見ると、マイトはまたロープへ向かって駆けだした。
 戻ってきたマイトはルーシェリアに向かって突進する。だが、ルーシェリアはマイトに敢えて向かい、身体を低くすると腹部を狙い頭から身体ごとぶつかるスピアータックルで押し倒す。
 ダウンしたマイトの上に、ルーシェリアは押しかかる形になった。フォールと判断したレフェリーがマットを叩くがカウント2でルーシェリアを撥ね飛ばす様にマイトが起き上がった。
 続けてルーシェリアも体を起こすが、足元が若干覚束無くなっており、肩で息をしているようにも見える。マイトの身体ごとぶち当たる突進技の連続は、決してダメージは小さくない。
「貰ったぜヒャッハー!」
 ふらつくルーシェリアに、マイトが踏み込み身体を沈み込ませる。そのまま転がる様に体を回転させると、勢いをつけて足を浴びせる胴回し蹴りを放った。
 だがそれをルーシェリアは両手で受ける。マイトは即座に起き上がるが、背後からルーシェリアが腕を回しクラッチ。
「せぇッ!」
気合と共に、そのままルーシェリアは反り返りジャーマンスープレックスを仕掛ける。途中、クラッチを外した投げっぱなし式だ。
 だがマイトは受け身を取ったのか、すぐさま立ち上がる。そこまで大きなダメージではないようだ。
 即座にルーシェリアは反応し、マイトの頭を狙いトラースキックを放つ。が、読んでいたのか蹴り足をキャッチされてしまった。
「そらっ!」
 足を捉えたまま、軸足を払う様にしてルーシェリアを倒したマイトは、払った足も捉えて両脇に抱える。
 このまま逆エビ固め、サソリ固めといった関節技へと持ち込む事も出来るし、後ろに倒れ込み反動を利用して投げる事も出来る。この中でマイトが選んだのは、
「回すぜぇッ! ヒャッハァァァァァァァ!」
豪快にぶん回すジャイアントスイングだった。マイトの身体を中心軸とし、ルーシェリアがぶん回される。その回数を観客がカウントし始める。
 あっという間に回数は二桁へと突入する。マイトが回転する勢いは上昇し、観客のカウントする声も大きくなり、徐々に
 回数が50回に到達する頃、徐々に回転の勢いは無くし、やがてマイトはルーシェリアの脚を離す。観客からは拍手が起こった。
 振り回されたルーシェリアは何とか膝を着きながら立ち上がろうとするが、中々立ち上がれない。そして、
「へ、へへ……うぉえぇぇぇ……」
それ以上に三半規管をやられたマイトがふらついていた。ジャイアントスイングという技のお約束である。
 足がもつれそうになり、よろけてロープへともたれかかるマイト。
 ふと、マイトの目にセコンドの悠里が映る。悠里はルーシェリアが持ち込んだ巨大な注射器を持ち、マイトへと向けて構えていた。
 その巨大な注射器を目にし、マイトが目を輝かせる。
「ヒャッハー! そう来なくちゃ面白くねぇ! 何だって受けてやるぜかかってこい!」
 マイトが嬉々として挑発するが、悠里は身構えたまま動かない。
「どうした!? 来ないのか!? その凶器だって受け切ってやるぜヒャッハー!」
 ロープから身を乗り出してマイトが手招きしながら叫ぶ。
 悠里に注意が向き、完全に隙だらけになっていたマイトの背後から、ルーシェリアがクラッチを極める。そして再度、ジャーマンスープレックスで放り投げた。
「うぉっと!?」
 今度はマイトも反応できず、受け身も不完全で後頭部を強か打ち付ける。それでも何とか立ち上がろうと膝を着く。直後、
「頂きですぅ!」
ルーシェリアが走り、マイトの膝を踏み台にしてのシャイニングウィザードが決まった。側頭部に叩きこまれた膝は、タイミングもあり意識を刈り取るのに十分な威力であった。
 ダウンするマイトにそのままルーシェリアが倒れるように抑え込む。レフェリーがカウントを始める。1、2、とリングを叩く。
 一瞬であるが意識が飛んだマイトは今の状況に気付くと、ルーシェリアを弾き飛ばす様に体を跳ねあげた。だが、遅かった。僅かな差でカウントは3を数えられ、起き上がったマイトの耳にゴングが鳴り響く音が入るのであった。
 唖然とした表情でマイトは指を二つ立ててレフェリーに問う。「今のカウントは2であっただろう?」と。
 だがレフェリーは首を横に振り否定する。結果は、駆け寄った悠里に支えられ、ふらつきながらも立ち上がっているルーシェリアの勝利であった。
 悠里に支えられ花道を歩くルーシェリアの背後を、マイトは驚いた表情で眺めていた。

 花道からバックステージへと戻ると、ルーシェリアがよろけて倒れそうになり、慌てて悠里が支える。
「お母さん、大丈夫!?」
「え、ええ、何とか……」
 ルーシェリアが笑みを作ろうとするが、ダメージの深さは隠し切れていない。
「でも危なかったですぅ……悠里ちゃんが隙を作ってくれたから勝てたようなものですぅ……」
「けど、あの人が向かってこなくて良かったわ……これ、何にもできないし」
 悠里が【レティ・インジェクター】を眺めて呟く。
 実はこれは、単なるハリボテの様な物である。本来は凶器として中にとある液体を詰め込み、それを緊急時にばら撒くつもりであった。
 しかし注射器の形をしているとはいえ、【レティ・インジェクター】は単なる飛空艇。注射器のように扱えるかと言うとそうでもなく、そもそもどうやれば中身を詰め込めるかが解らなかった。
 仕方がないので持参したが、マイトに向けたのはハッタリでしかない。
「中身、どうしましょうかねぇ……」
 困った様にルーシェリアが呟いた。中身の液体として用意したのは玉葱を削り出した際に出す液体だ。大量に用意したが、無駄にしかならなかった。