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第二試合

 第一試合が終わり、リング変更のための休憩時間が設けられても観客席から離れる者は居なかった。
 リングはスタッフの手により、次の試合の為の特殊リングへと手を加えられる。そのリングが変わる様に目を離せないのである。
 リングにある、選手の為の衝撃吸収素材が取り払われ、堅い板が剥き出しになっている。
 またコーナーポストも取り払われロープをつなぐ金属が露出した状態になっている。
 次に行われるこの特殊リングによる試合――ノーキャンバスマッチとも呼ばれる試合形式の為のリングである。

 リングの設営が完了しスタッフの撤収が終わる。間もなくして会場の明かりが落ち、わっと歓声が上がる。
 そして花道から花火と共にパンツのシルエットらしき奇怪なデザインのマスクを被ったパンツマシンこと国頭 武尊(くにがみ・たける)と、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がセコンドのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)を伴い特殊リングへと歩んでいく。
 歓声を浴びつつロープを潜り、国頭、セレンフィリティ両名がリングに足を踏み入れる――瞬間、違和感が生じる。
 共通した違和感はリングの堅さだ。2人共プロレスのリングへ上がった経験がある。その時のマットの感触が異なるのである。
 コンクリートほどではないとはいえ、投げ技は勿論ダウン等の倒れ込む際のダメージは大きくなるだろう。
 このリング上でどのように戦略を立てるか、国頭、セレンフィリティ両名の視線が交わり、レフェリーの合図と共にゴングが鳴り響いた。

 開始直後、両名共軽快なステップで動きつつ近寄る、と見せかけて距離を取る、というように様子を伺う様を見せる。
 じわじわと距離を詰め、国頭が手四つを挑むように手を上げるとセレンフィリティも合わせる様に手を挙げた。
 お互いの指を絡めつつ、力勝負に――
「せぇッ!」
はいかず、国頭のローキックがセレンフィリティの足に叩きこまれる。膝の横から重い衝撃が貫く。
「っく……こぉのぉッ!」
 先手を取られたセレンフィリティが睨み付け、蹴られた足でミドルを叩きこんだ。これを国頭は胸を張り踏ん張って受ける。
 再度、国頭がローキックを放つ。お返しとセレンフィリティがミドルを叩きこむ。
 国頭はロー、セレンフィリティはミドルを交互に何発も叩きこむ。
 このやり取りが二桁に突入しようとした時、変化が起き始めた。国頭がローを放つとセレンフィリティが顔を顰め、嫌がる様に受け流す動きを見せる。
 度重なるローで足のダメージが蓄積されてきたのであろう。返すミドルが放てず、再度国頭のローが放たれる。こちらも嫌がる様にセレンフィリティはオーバーアクションで受ける。
 だがセレンフィリティは睨み返すと、エルボーで国頭を殴る。リズムを狂わされた国頭がよろける。
「調子乗るんじゃないわよ変態マスクが!」
 追い打ちをかける様にセレンフィリティが国頭の頭を掴み、2発3発とエルボーを叩きこむ。そしてダメ押しのエルボー、と見せかけて喉元に地獄突きを放つ。
 喉を苦しそうに抑え、セレンフィリティに背を向ける国頭。ここから一気に責め立てようと、セレンフィリティが笑みを浮かべ国頭に手を伸ばそうとする。
 だが振り返りつつ国頭は低く跳び、痛めつけたセレンフィリティの膝にドロップキックを放った。
「っつぅ!?」
 体重の乗った一発にセレンフィリティが大きく後ずさる。国頭は起き上がるなり、再度低空ドロップキックで足にダメージを与えていく。
 それでもセレンフィリティは倒れない。しかしローキック、低空ドロップキックとダメージを与えられた足は身体を支えるのも辛そうである。
「そろそろ倒れておけよ……っと!」
 ロープに体を預けた国頭は反動を利用し、セレンフィリティに向かって駆けると腕を振りかぶる。狙いはラリアットだ。
「突っかかればいいってもんじゃないわよ!」
 だがセレンフィリティが両腕でラリアットをブロック。動きが止まった国頭の頭をセレンフィリティは身体ごと浴びせるように蹴り抜く。タイミングは十分ダウンを奪えるもの、ぐらりと国頭の身体が揺れた。
 セレンフィリティは痛む足を堪えながら立ち上がる――直後、背後から捉えられる。
 国頭はダウンしていなかった。背後からセレンフィリティを捉えるとそのままバックドロップでリングに叩きつける。
 堅い板にセレンフィリティが叩きつけられると、普通のリングとは違う乾いた音が会場に響く。咄嗟に受け身を取ったものの、セレンフィリティは一瞬呼吸が止まり頭を押さえて悶える。そして放った国頭も、浴びせ蹴りのダメージにより中々立ち上がれなかった。
 激しい展開に沸き上がる歓声を浴び、両者がリング上で大の字になる。
 
 序盤の国頭の徹底したローキックはセレンフィリティに毒の様に蝕んでいた。
 一度投げられたセレンフィリティは投げを警戒するが、ならばと国頭はグラウンドの展開に持ち込みアンクルホールドと膝十字という足関節を狙い、更に足にダメージを与えていく。
 勿論セレンフィリティもやられっぱなしではない。序盤の浴びせ蹴りのような大技を交えつつ反撃している。だが、
「……ッ」
膝立ちの国頭に向かってシャイニングウィザード狙いのセレンフィリティが、逆に崩れ落ちる様に膝を着き動きが止まる。
 足攻めの結果、セレンフィリティの機動力は格段に低下していた。それでも半ば意地で攻める姿勢を見せる物の、すぐに動きが止まってしまう為に流れは国頭の方に向いてしまう。
(そろそろ頃合いか……)
 消耗し、息が上がるセレンフィリティを見て国頭はそっと背後に回り、【非物質化】で隠していた【ぱんつ】を取り出した。
 そしてその【ぱんつ】を、セレンフィリティの頭に被せ視界を奪うと、首に腕を回し立った状態でのスリーパーで絞め上げる。
 セレンフィリティは咄嗟に顎を引き、完全に極まる事を避けたが油断すると直ぐに極まってしまうだろう。振りほどく事は難しい。
「流石にこれ以上は危険ね……」
 エプロンサイドから見ていたセコンドのセレアナはそう呟くと、一気にエプロン上へと上がる。
「これでも食らいなさい!」
「ぐぁッ!? 目が! 目がぁ!」
 セレアナは国頭に向かって【光術】を放つ。眩い光に視界を奪われ、拘束を解き目を覆う。
 そして持参していた凶器のゴングで国頭に一撃をくらわせる。
「ほらセレン、しっかりしなさい!」
 セレアナが倒れるセレンフィリティから被せられているパンツを外し、頬を軽くはたく。苦しそうに僅かに呻くが、まだ戦意はあるようだ。
 そっと【ヒール】を試みようとしたセレアナだったが、突如視界が暗転する。
「む!? むぅ!?」
 口まで覆われてしまい、言葉を発する事も出来ず混乱するセレアナの首に何かが巻きつけられる。
 それは視力が回復した国頭の腕だった。セレンフィリティに被せていたパンツをセレアナに被せ、スタンディングスリーパーへと持ち込んだのである。
「やってくれるじゃねぇか! まずはおまえからだ!」
 絞めつける腕はそのまま、もう片方の手を少し持ち替えると、国頭はそのまま後ろに反り返りセレアナを投げた。
 スリーパースープレックスで頭から叩きつけられたセレアナはダウンしたまま動かない。そのセレアナから被せた【ぱんつ】を外すと国頭は足で場外へと押し出した。
「セレアナになぁにしてくれてんのよ!」
 その間に回復したのか、セレンフィリティが国頭の背後からエルボーを叩きつける。
 国頭の身体を抱え、ツームストンパイルドライバーの体勢に持ち込む。
「……くっ」
 セレンフィリティの身体ががくがくと振える。国頭の体重が加わり徹底的に攻められた足が悲鳴を上げているのだ。
 後はこのまま頭から落とすだけだが耐えられず、倒れ込むように形が崩れてしまった。
 セレンフィリティが抑え込むがカウントは2。起き上がるなり、国頭はショートレンジラリアットを叩きこむ。
 ダウンするセレンフィリティを無理矢理引き起こすと、回収していた【ぱんつ】を再度被せ、スタンディングスリーパーで絞め上げる。そしてセレアナにも放ったスリーパースープレックスでリングの板に叩きつける。
 板が大きく悲鳴を上げて壊れそうな勢いで叩きつけられたセレンフィリティに覆いかぶさる。だがカウントは2.9。ほぼ無意識でセレンフィリティは肩をあげた。
「これで終わるわけがねぇよな」
 ならばと国頭はセレンフィリティを起こし、頭を脇に抱えると反対の手で腕を固める。そしてその姿勢で反り返り、投げる。国頭の必殺技、魔神風車固めである。
 駄目押しの魔神風車固めに、流石のセレンフィリティも返す事は出来ず、3カウント。ゴングが鳴らされ終止符を打たれたのであった。