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第六試合

「ラルフの試合が棺桶マッチになるとはね……」
 観客席、芦原 郁乃(あはら・いくの)がリングを見て呟く。
 次に行われる第六試合の対戦カードはジャガーマスク鳴神 裁(なるかみ・さい)。リング上では既に両選手が各コーナーに着き、ゴングを待っている。
 ジャガーマスクことラルフ モートン(らるふ・もーとん)はロープに体を預け、張り具合を確認しつつ自身の身体を動かす準備をしている。対する裁はセコンドのメフォスト・フィレス(めふぉすと・ふぃれす)とロープ越しに何やら会話をしている。
「けど大丈夫なのかなぁ……ど真ん中にあんな邪魔そうな物あるのに」
 郁乃が目を向けたのはリング中央にある棺桶である。
 今回ラルフは「どのリングでも文句は無い、魅せる試合ができるなら」と特に希望を出していなかった。結果、枠が空いていた棺桶マッチとなったのである。
 ラルフのファイトスタイルはルチャリブレだ。リングを縦横無尽に飛び回る戦いに於いて、あの棺桶は不利になるのではないか。郁乃はそう考えていた。
 そんな郁乃の不安を余所に、ゴングは鳴り響く。

――いざ試合が始まってみると、郁乃の不安など杞憂でしかなかった。
 人が入れるほどの大きさの棺桶はリング中央を静かに陣取っている。その棺桶を、ラルフも裁もリングの一部として気にする様子など全くなく動いている。
 ラルフはその巨体からは考えられないほどの身軽な動作で棺桶を挟んでのロープワークを行っている。
 一方の裁も、新体操のレオタード風のコスチュームを身に纏い、軽業師の様にムーヴを見せる。
 ロープワークからラルフが裁をモンキーフリップで転がす。転がった裁は起き上がりながら棺桶を踏み台にして、側転のような動きからキックを放っていく。
 奇抜な動きからのキックにラルフの動きが止まると、裁は連続してしなやかな蹴りを放っていく。
 更には持参したリボンをラルフに巻きつけ、動きを止めるなんて芸当も見せた。まるで新体操のような動きである。
 それもそのはず、裁のファイトスタイルは格闘新体操という、酔八仙拳を母体に新体操の動きに型を変えた物だ。
 師匠であるメフォストは、格闘新体操をこう語っている。
 近代スポーツにおいて、何かを手にした状態での身体運用を前提とする種目は少ない。
 科学的なトレーニングが確立し、かつこの利点が許された数少ない選択肢。それが新体操だ。
 新体操の『移動しながらの手具捌き』により多彩な武具を駆使し、なおも自らの生命線である速度を殺さない。
「武と舞は互いに相通ず」という裁に相応しいファイトスタイルである、と。

 余談であるが、その昔新田衣操と呼ばれる類稀な柔軟性を持つ格闘家がおり、ソウが使っていた我流武術があまりにも芸術的であったため、その動きを真似した者達がやがて型のみで芸術点を競った事から新体操という競技が生まれたことは余りにも有名である。が、今はその事はどうでもいい。重要ではない。

 裁が前転しつつ倒立すると、両足をラルフの頭に引っ掛け手を使い反動をつけて回転する。やがて手が不要なほど十分な勢いがつくと、その勢いを利用してのコルバタを決める。
 蹴り以外にも裁は時折ティヘラを織り交ぜ、ラルフに攻めに掛かる。
 これに対し最初は奇抜な動きに少し戸惑いを見せたラルフであるが、徐々に自身の動きを見せ始めていく。
 コルバタを決められると起き上がりつつその勢いを利用しロープに走る。そして反動を利用し戻ると、裁に飛びつきコルバタの動きを見せる。
 だが一回転で終わらない。勢いそのまま、二回転し漸く投げるデジャヴ。これにより動きが止まった裁の腕を掴むと、ラルフはそのままトップロープへと駆け上がる。そして掴んだ腕を引きながら、ロープ上を走る。【軽気功】を使った軽快な動きに、観客席から驚きの声が上がるとそのまま飛びあがり、勢いを利用して裁を投げる。
 転がった勢いを利用し裁が場外へエスケープすると、すぐさまラルフも後を追う。
 ロープを軽く飛び越えエプロンに着地。場外を背にし、裁の姿を確認するとそのまま飛びあがりトップロープに乗る。そして、ラ・ケプラーダが弧を描く。
 ラルフの巨体を浴びせられた裁は溜まらずダウン。すぐに起き上がったラルフはそのままリングへと戻る。
 膝を着きながら立ち上がる裁に、メフォストが駆け寄る。
「動けるか?」というメフォストの問いに「問題ないよ」とリングに上がる。すると「コイツを使え」とメフォストがフープを投げる。それを裁はリボンでキャッチした。
 フープを手にした裁を目にし、ラルフは身構える。どのような行動に出るかがつかめない為、迂闊に手が出せないのだ。
 それに気づいたのか、裁は笑みを浮かべるとフープを投擲。咄嗟にラルフは躱すが、同時に裁が駆け出していた。
 投擲したフープをリボンでキャッチすると、そのままラルフの足元を掬うと体重をかけて押し倒す。
 押し倒した裁はそのままエルボーを打ち込もうとするが、ラルフはモンキーフリップの様に彼女の腹に両足を当て押し上げる。
 そのまま真上に上がった裁は正面からリングに落下。その背後にラルフは回り込んだ。
「勘違いして貰っちゃ困るな。ルチャは空中殺法だけじゃないんだぜ?」
 そう言うとラルフは裁の背中に乗り、相手の両膝を踏んで両足を固定。背中に膝を立てて裁の顎を引き抜かんばかりの力で絞り上げるカベルナリアが極まる。
 だが裁はフープを回転させ、縁でラルフの頭を殴打し拘束が緩んだところを抜け出すと距離を取る。
 棺桶を挟み、互いに見合う。先に動いたのはラルフであった。背後のロープの反動を利用し、裁に向かって駆ける。
 するとラルフは棺桶を踏み台にし、身構える裁を飛び越えトップロープへと着地する。
「せぇッ!」
 ロープに立つラルフの足を払う様に、振り返りざまに裁はフープを投げた。狙い通りフープは当たった、かに見えた。ラルフの足がロープから離れると、大きく開脚し尻餅する様にロープへと落ちる。そして反動で裁に向かってラルフの巨体が弧を描く。
 アラビアンプレス。ロープの反動が着く分、素早いボディプレスを浴び、裁はたまらず倒れる。その際に棺桶のが背中に当たり、バックブリーカーの様に息が止まる。
 着地したラルフが裁を捕らえる。このまま棺桶に押し込み、蓋を閉めれば勝利となる。
 だがラルフはそうせず、コーナー近くへと裁を連れていくと、そのまま仰向けにさせる。そしてトップロープへと駆け上がりリングに正面から向くように立つ。
「ヨ、アラス、バリエンテ!!」
 ラルフはそう叫ぶと、前に飛んだ。その状態で270度バク宙するという矛盾したような動きのボディプレス――シューティングスタープレスが放たれた。
 ラルフの体重を受け、裁が大の字になる。そして今度こそ棺桶に放ると、そのまま蓋を閉めるのであった。
 裁は抵抗できず蓋は閉められ、棺桶が穴へと飲み込まれていく。これにより試合は終了。
 観客の歓声に、ラルフがコーナーへ上るとバク転しリングへ着地するパフォーマンスを見せ応えるのであった。